PSO2NGS外伝 新世紀の前奏曲〈プレリュード〉   作:矢代大介

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05.プロローグ

 ぺダス・ソードが撃破されたことで巻き起こった爆発が過ぎ去ったのを確認して、俺はゆっくりと顔を上げる。

 眼前に残されていたのは、ぺダス・ソードが踏みしめたことで生まれた無機質な足跡と、先の戦いによって地面に刻まれた、斬撃の痕のみ。撃破された亡骸が残っていないこともあって、終わってみれば、まるで夢だったかのような静寂だけが、そこに残されていた。

 

「よう、お疲れさん」

 

 背後からかかった声に向き直れば、プリムソードを貸し与えてくれた仮面の男性が、軽く手を上げながらこちらに歩いてきていた。背後には、俺を治療してくれたキャストの女性の姿もある。

 

「お疲れ様、です。――これ、ありがとうございました」

「ああ、良いってことさ。せっかく助けたのに、丸腰が理由で死なれちゃ寝覚めが悪いからな」

 

 返却したプリムソードを腰のホルスターに差し戻した男性が、自身の頭部を覆っていたフルフェイスメットに手をかける。

 取り払われたメットの下から現れたのは、声に違わぬ精悍な男性の顔。濡れ烏色の髪から垣間見える碧玉色の瞳と、閉じられた左目を縦断する一筋の傷跡が特徴的な男性は、何処からか取り出した電子タバコらしきものを口に加え、小さく一息をついた。

 

「なんにせよ、ここまで自力で来れたんなら、こっちでいらん手を貸す必要はなさそうだな。いやぁ、仕事が減って何よりだ」

 

 そういってからからと笑う男性の頭を、ウォンドらしきものがこつんと殴りつける。

 

「あだっ」

「ダメですよルプス。仕事はちゃんとしないと殴りますよ」

「もう殴ってんじゃねえか!」

 

 ウォンドを下げたキャストの女性を頭をわしづかんだ男性が、女性の髪をぐっしゃぐっしゃとかき回す。

 ……一瞬仲が悪いのかと思ったが、男性の言葉から怒気は感じない。どうやら、単純におふざけを交えてじゃれ合ってただけのようだ。

 

「ったく奇行女め。……あぁ、そういえば自己紹介もまだだったか」

 

 ひとしきりじゃれ終わった後、2人が改めてこちらに向き直る。

 

「オレは〈ルプス〉。知り合いからはあれこれあだ名つけられてるから、お前さんも適当に好きな呼び方で呼んでくれ。んでこっちが――」

「やっほー、はろー、こんにちは。めーちゃんこと〈メーヴ〉です。好物はレスタサインです、宜しくお願いします」

 

 仮面の男性、ことルプスが電子タバコをふかし、キャストの女性、ことメーヴが折り目正しく一礼するのを見て、俺も慌てて軽く会釈を返した。

 

「あ、えっと、コネクトです。……えっと、2人はアークス、で間違いない、んですよね?」

 

 挨拶がてら、気になっていたことを問う。

 武器と言い戦い方と言い、彼らがアークスであることは間違いない。だが、流石に憶測だけで決めつけるのは良くないだろうと考え、改めて聞き直してみたのだが――眼前の二人は、なぜか驚いた表情を浮かべていた。

 

「……ひょっとして、記憶があるのか?」

「え? あぁ、まぁ。コールドスリープのせいかところどころ抜けてますけど」

 

 首肯してみたものの、反応を見るに、どうも2人が知りたかった答えとは微妙にずれていたらしい。だが、俺の発言から何かを察したのか、驚き顔のまま得心したような表情を浮かべていた。

 

「こりゃ驚いたな。何人か前例はあるって聞いてはいたが、まさか記憶のあるホシワタリだったとは」

「驚きです。ですが、戦闘経験が引き継がれていたのであれば、〈ドールズ〉と戦えていたのも納得です」

「ん、それもそうか。確かに、あの数相手に一人で持ちこたえるのは普通のホシワタリには無理な話だな」

 

 色々と思うところがあるのか、なにやら二人だけでトントンと話を進めていく。

 邂逅時から出ているキーワードや、先ほど戦っていたエネミーの総称と思しき名称など、分からない単語は山ほどある。ルプスの発言の意図も含めて、色々と聞きたいことばかりがどんどん積もってきていた。

 

「あー、えっと……寝起きで色々分かってないんで、できればいろいろ教えてほしいんですけども」

「おっと、悪い悪い。……あー、一々説明するの面倒なんだし、ホシワタリ用の覚えとく事マニュアルとか作っといてほしいぜ」

「というわけで、大雑把で信用ならないルプスに変わって、僭越ながらワタシが解説いたします。どんな質問でもバッチコイ、です」

「あ、はい」

 

 なんというか、この二人の間には独特のペースがあるらしい。

 思わず生返事を返してしまいつつも、ひとまずは改めて、聞きたいことをいろいろ聞いてみることに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、大丈夫か?」

「ダイジョウブジャナイデス……」

 

 で、結果はこのザマ。あまりにも衝撃的な情報が洪水のように押し寄せてきた結果、見事頭を抱え込んで崩れ落ちる結果になってしまった。

 

「無理もありません。まっさらな状態から知識を得るならともかく、前提となる知識がある状態でこの情報を渡されれば、混乱するのは当然だと思います。ワタシでも混乱します」

 

 メーヴから慰めの言葉と頭ポンポンを頂きつつ、俺は改めて、オーバーヒート寸前の脳をフル稼働させて、2人から聞いた「現在(いま)」に関する情報をまとめ上げることにした。

 

 

 

 

 まず、今俺が立っているこの場所は、「ハルファ」と名付けられた惑星らしい。

 豊かな自然に恵まれたこの星には、先ほど遠景に見えた街の存在から察せるように、人の手によって起こされた文明が根付いている。そして驚くべきことに、その文明には「アークス」という組織が存在しているというのだ。

 

 アークスと一口に行っても、その組織実態は俺の知るアークスとは少し毛色が違っている。

 人々を守るために戦う組織、という点は変わらないが、彼らハルファのアークスはダーカーではなく、先ほど戦った謎の敵性存在(エネミー)「ドールズ」との戦いを生業としているらしい。俺を助けてくれたルプスとメーヴもまた、ハルファ由来のアークスとして、日々ドールズとの戦いをはじめとした各種の任務(タスク)に従事しているそうだ。

 

 

 で、そんな新アークスの存在する惑星ハルファには、しばしば「降下ポッド」が宇宙から飛来するらしい。

 飛来した降下ポッドの中からは、時に人が発見されることがある。そうして宇宙からやってきた人間のことを、ハルファの人々は「星渡り(ホシワタリ)」と呼んでいるのだ。

 そして、ほぼ全ての星渡りに共通する特徴として、「降下してくる以前の記憶が無い」という点があるという。故に、星渡り達がいったいどこから、何の目的でこのハルファに降りてくるのかは、いまだに明らかになっていないのだそうだ。

 

 ただ、ごくごくまれな話だが、過去の記憶を保持している星渡りの前例もあったらしい。しかし、それらの星渡りも記憶の保持状態は断片的であり、俺のようにかつての所属などを覚えている星渡りは、輪をかけて希少な存在なのだそうだ。

 

 

 

 

 そして、ここまで纏めた情報に加えて、もう一つだけ重要な情報がある。

 

 

 それは――今俺たちの立つこの世界は、俺が生きていた時代から「1000年」の時が経過した、「未来の世界」だということだった。

 

 このハルファに何故文明が根付くことになったのかをはじめとした、詳しい経緯はルプスたちにもわからないらしい。

 確かになっていることは、このハルファで活動するアークス、ひいてはハルファ人たちの文明には、かつてオラクルで使われていた技術の断片や、当時の文字などが使用されていること。そして、現在(いま)をオラクル標準暦に換算すれば、「新光暦1242年」に相当する時代だということだけだった。

 

 

 ……オラクル時代の記憶を保持する人間としては、ルプスたちの発言をすぐに飲み込むことは到底できなかった。

 しかし、よくよく考え直してみれば、こうして千年後のハルファに立っている俺も、何らかの理由でコールドスリープされ、星渡りとしてこのハルファにやってきたのだ。

 コールドスリープとは元来、長期間の航宙生活に備えて確立された技術だ。生命の劣化を防ぎつつ、長期間保管するための技術、という背景を持つ以上、老衰しないまま長い時を超えたという可能性も、あながちないとは言い切れないのが現状だった。

 

 

 

 

 一通り情報を纏め終えると、どうにか思考にも冷静さが戻ってきた。

 全てに納得できた訳ではないが、理解を拒否したところで、現状という現実は変わらないことくらい理解できているつもりだ。

 

「どうだ、落ち着いたか?」

「まぁ、なんとか。……正直、まだ現状を飲み込めたわけじゃないですけどね」

「そりゃそうだろうな。ま、無理に信じろとは言わないさ。現状さえ正しく理解できたなら、それで充分だ」

 

 ルプスの言葉に頷きを返してから、俺は再び口を開く。

 

「それで……この後俺はどうなるんですか?」

「基本的な星渡りへの対応としては、まずアークス側で保護する決まりになっています。その後どう生活していくかは、個人個人の意思を尊重する形ですね」

「さっきの戦いぶりを見る限り、オレとしては是非ともアークスに、って言いたいところだけどな」

 

 肩をすくめて、ルプスがいたずらっぽく笑う。

 

「いつの時期も、人材なんて不足しっぱなしだからな。まして、お前さんみたいに戦闘経験のあるヤツなんて余計にな。……ま、さっきも言った通り、最終的にどうするかはお前さんの自由だ。強制はしないけど、考えてといてくれると助かるな」

 

 ふぅ、と煙を吹くルプスの言葉に、しばし考え込む姿勢を取る。

 

 思い返すのは、過去。

 幸か不幸か、俺の転機となった「あの時」の経験は、千年の時を経ても劣化せず、俺の脳裏に刻み込まれていた。

 瞼を閉じれば、まるで昨日のように思い出すことができる、その瞬間。眼前で知己を奪われ、自身の命すら散らされんとしたその時に感じた「死への恐怖」。記憶と共に足先から這い上がってくるその冷たい感覚は、千年経っても俺を解放してはくれないようだった。

 

 千年前、俺がアークスとして戦いに身を投じていた理由。それを一言で形容するならば、「生存本能」とでも言うのが相応しいだろうか。

 理不尽に命を奪っていく闇の尖兵に抗い、打ち勝ち、自然の摂理がこの身を朽ちさせるその瞬間まで、己の意思で生き続けること。それこそが、かつての俺が掲げていた「戦う理由」だった。

 

 そして今、俺の中には戦う理由のきっかけとなった記憶が残されている。ならば、俺の取る行動は、一つしかなかった。

 

「いえ――戦いたいです。俺も、このハルファのアークスとして」

 

 俺を助けてくれた2人のアークスに向けて、明瞭な言葉でそう告げる。

 対する2人の顔に、特段驚きの色は見られない。代わりに浮かんでいた表情は、にこやかな歓待の微笑みだった。

 

「そうこなくっちゃな。お前さんの志がどうであれ、貴重な戦力が増えることは事実だ。歓迎するぜ、コネクト」

「右に同じく、歓迎します。――何はともあれ、まずはワタシたちのホームに戻るとしましょう。入念にメディカルチェックしちゃいますよ、フフフ」

「お前は担当じゃないだろうに。……とにかくだ」

 

 ごほん、と小さく咳払いを挟んで、ルプスが再び口を開く。

 

 

「改めてようこそ、惑星ハルファへ。これからよろしくな」

「はい!」

 

 

 

 

 

 これが、俺の第二の人生の始まり(プロローグ)だった。

 

 未知なる未来の世界での経験、そしてこれからの未来で待ち受ける、無数の出会い。それらが俺に、この世界に何をもたらすのかは――まだ誰にもわからない。




 お読みいただきありがとうございました。
 少しでも面白かったと思って頂けたなら幸いです。

 作者のブログ「コネクトの雑記スペース」にて、裏話や登場人物紹介を兼ねたあとがきを掲載しております。
 暇つぶし程度に覗いて頂けると嬉しいです。

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