屑鉄の錬金術師   作:超電磁加湿器

10 / 16
第二話 五章

 ランプが放つ橙色の光が、暗黒の空間に球状の穴を穿っていた。この光源が無ければ、地下道の中を進む事などまず不可能だっただろう。

 地面に転がった小石に気を付けながら、硬質な反響音と共に俺とカミルの二人は歩を進めていく。

 樹木に仕掛けられたギミックを解き、数分前俺達は地面の穴からこの地下道へと進入した。その内部は入り口を見た時の俺の予想に反して広く、屈んだりしなくとも十分進んでいける程度の高さに作られていた。

 横幅の方も、両腕をいっぱいに広げてやっと壁に指先が付く位の広さであり、俺は改めてこの屋敷のスケールの大きさに驚かされる。

 このでかさだと、地下道の中に何があるか分からない。一目見てそう判断した俺はドロテー夫人に地上に残るよう伝え、カミルと二人で内部の探索を開始したのだ。

 夫人も危険だと察知したのか俺の提案をすんなりと承諾し、結局「入り口の傍で俺達の帰りを待つ」という役割を引き受けてくれた。

 地下道に入ってから、もう何分経っただろう。痛いほどの静寂を破るのは、規則的な足音と時々の会話だけになっていた。

 

「何処まで続いてるんだろうね、この地下道」

「さあな…。でも、入ってすぐに右に曲がったろ?一直線じゃないとは思うぞ」

 

 地面の穴から下に降り、進み始めて十数歩ほどの所で、俺達は一度曲がり角に遭遇している。

 その直角の曲がり角は右に折れており、その時の俺達は何となく道なりに進んでいたのだが、今になってあの曲がり角には意味があったのではないかと思えてきた。

 無言のまま進んでいると、光に照らされた空間の中にまたもや曲がり角が浮かび上がった。

 今度は九十度左に曲がっている。思わず後ろを振り返って最初の曲がりからの距離を測ろうとする俺だったが、ランプに照らされた範囲以外は当然真っ暗闇で、距離など測れるはずも無かった。

 

「どうする、あんちゃん?素直に曲がる?」

「それしか無いだろう。他にどうしろって言うんだ」

 

 歩きながらそう言い、腕を伸ばして曲がり角の先へとランプを掲げる。依然として先は見えず、俺は溜息を吐いた。

 だがそれでも、二か所の直角と直線の続く地下道の構造から、俺はある程度の推測を立て終えていた。

 すなわちそれは、「この地下道は地表にある長方形の屋敷に沿って掘られているのではないか」というものだ。

 今の段階では確たる証拠は無いが、曲がり角があと二か所現れればこの仮説はかなりの信憑性を帯びてくる。

 まだその先に何があるのかは解らないが、地下道の構造を把握する事が叶えば遺産の発見という最終目的にもかなり近付くはずだ。

 この先の道筋に注意して進まなければ、と再度気を引き締める俺を、カミルの小さな声が呼び止めた。

 

「あんちゃん…。さっきから思ってたんだけどさ、この壁の穴は何なんだろ?」

「穴?…そんなもの、こっち側の壁には無いぞ」

 

地下道に入った時から、俺は左側、カミルは右側に寄って互いの位置を確認しながら進んでいた。

俺も壁には手を触れながら歩いてはいたが、今までの道のりで穴の様なものが空いていた記憶は無い。

 だが、カミルの示す右側の壁を照らしてみると、確かに幾つもの穴が不規則に並んでいるのが分かった。

 ―――何の穴だろう…。

 穴の直径はビール瓶の底ほどだが、中を覗き込んでみても奥は全く見えない。相当深くまで横穴が掘られているのは明らかだった。

 

「今までの壁にもあったのか?」

「最初は崩れてきてるだけかと思ったんだけどね。ずっと続いてたよ」

 

 今頃になって言い出すカミルに多少苛つきながら、その場でこの穴の意味を考えてみる。 顎に手をやりながらしばらく思案し、「取り敢えず錬金術で穴を開いて中を見てみれば良いのではないか」と思い至った。

 両手を合わせ、壁に近づけていく。理解、分解、再構築。数え切れないほど行ってきた流れをもう一度頭の中で繰り返し、壁を別の形に変えようとした、その時だった。

 俺の手が壁に触れる寸前で止まる。

 

「……」

 

 ―――何かおかしい。錬金術の研究をしていた男が、ここで錬金術を使われる可能性を考えないのか?

 この地下道を発見出来る錬金術師の腕ならば、地下道全てを錬成してしまう事も不可能では無いはずだ。

 自分がもし死んだこの屋敷の主人なら、無闇に錬金術を使われる可能性を潰しにかかるだろう。

 そうだとすれば、不規則に空いたこの穴は。

 

「カミル、離れてろ。かなり遠くまで…」

「この暗闇で離れると危ないよ?」

「それでもだ。俺が錬成した瞬間、何か起こるかも知れない。…ランプの光が俺に届くようにはしといてくれよ」

 

 怪訝そうな顔をしていたカミルだったが、俺の言葉通りにその場から離れた。

 穴の開いた側の壁から錬成を始めるのは危ないかも知れないと、本能が告げている。その本能に素直に従った俺は、身を翻して反対側の壁に向き直ると、意を決して両手で壁を叩いた。

 青白い錬成光が一瞬、地下道の中を明るく照らし出す。

 しかし。いつも行っている錬成とは明らかに違った反応が起きた。

 

「…!?」

 

 一旦始まったはずの錬成が、即座に打ち消されたのだ。

 そして、錬成光が掻き消えたと同時に、俺は背後から微かな「カチッ」という音を拾った。

 ―――まずい……!!

 そこで倒れ込むように左に飛び退く回避行動を取れたのは、全くの幸運と言って良いだろう。

 一秒前まで俺が立っていた空間には、先の鋭く尖った金属の棒が突き刺さっていた。

 出所は言うまでも無く、カミルが見つけていた壁の穴だ。

 

「…やっぱり、罠だったか…!」

「あんちゃん!?大丈夫か!?怪我してないか!?」

「ああ…。不思議な事にまだ五体満足だ」

 

 壁の穴から突き出した槍の様に細長い棘は、よく確認すると俺が錬成を行った壁の真後ろにあった数箇所の穴からしか出ていない。つまり、この罠は俺が錬成を行った位置を探知し、その部分の穴だけが効率的に作動する様に設計されているのだ。

 

「錬金術に反応する罠…こんなのを作れるのは相当な腕の錬金術師じゃないと無理だな」

「…この地下道じゃ錬金術は使えないって事?穴を先に錬金術で塞いだらどうなんだ?」

 

 服に付いた土を払いながら立ち上がり、棘に近づく。暗いランプの明かりの中で注視してみると、案の定表面には錬成痕が浮き出ていた。

 

「塞ぐのも無理だ。錬金術は発動前に何でか知らんが打ち消されちまってた」

「そうか…………………ん?」

「どうした?」

「静かに!!」

 

 緊迫した感じのあるカミルの声につられて俺も黙り込み、その場で聴覚を研ぎ澄ます。

 すると、さっきまで静寂だったはずの地下道、それも俺達が進んできた方向から、何か大きな物音がしていた。

 規則的であり、しかし不規則的にも聞こえる、地面から反響している様な音。

 聞き覚えのあるその音を数秒間耳に入れ続けた後、俺はその原因を思い付き、戦慄した。

 

「足音だ…!!誰かこっちに来る!!」

 

 よく聞いてみれば、複数人の足音に混ざって怒号の様な声も微かに聞こえているではないか。

 俺達とは相容れない考えの者達である事は明白だった。

 誰がこの地下道に入って来たのか、どうやってここの存在を知り得たのか、入り口に居たドロテー夫人はどうなったのか。

 様々な疑問が浮かぶ頭を無理矢理落ち着かせてカミルの手を引っ掴み、地下道の奥を照らさせる。

 

「あんちゃん!!逃げ道の当てはあるの!?」

「あるかそんなもん!でも、ここには居られないだろ!」

 

 突き出ていた棘は、いつの間にか再び穴に引っこんでいた。後ろからやって来る者達の姿はまだ見えないが、その者達が持ち込んできたのであろうランプの光によって曲がり角付近の壁が明るくなってきている。

 ―――もうすぐ角を曲がられる…。

 握ったままのカミルの手を強く引き、俺は全速力で走り出した。真っ暗な地下道の中を一心不乱に駆け抜けて行く。

 歩いている時には何とも思わなかったが、地下道の地面は案外ごつごつしており、速度の付いた俺の足は何度か躓いて転びそうになる。

 その度に体勢を立て直し、先に何があるかも分からない暗黒を進む。

 

「あんちゃん、遅いよ!後ろの奴らも俺達に気付いたみたいだ!」

「何!?」

 

 気付かない内にカミルは俺と手を離し、俺よりも速く走っていた。

 「後ろの奴らが気付いた」という情報を得た俺は後ろを向いて状況を確認したかったが、安全を考えるとその行動は危なすぎる。

 そして、更に悪い事に俺達の唯一の光源であるランプはカミルがその手に持っている。俺はどんなに息が上がってもカミルの走る速度から引き離されてはいけないのだった。

 俺に合わせてカミルがスピードを落とす事も考えられるが、それでは本末転倒だ。

 

「カミル、走れ!!もっと速く!!全力でだ!!」

 

 後ろからの怒号は最早一言一句を聞き取れるまでになっていた。かなり近付かれている。

 その事実が更に俺を焦らせ、息が加速度的に苦しくなり始めていた。

 その時だった。カミルの姿とランプの光が視界から消えたのは。

 

「なっ…!?」

 

 酸素不足で働きの鈍っていた俺の脳はその現象を理解し切れず、混乱するばかりだ。

 ようやくその理由が分かった時には、俺の体は硬い壁に激しく衝突していた。

 

「いっ…てえ…!!クソッ!曲がり角か…!?」

 

 いつの間にか、三つ目の曲がり角に差し掛かっていたのだ。よろめきながら左に曲がると、遠くの方に仄暗いランプの光が見えた。

 

「居た!!あいつだ!走れ!!」

 

 ―――追い付かれる!!

 やはり後ろの追手は俺達を狙っていた。頭を振りながら足を必死に動かして距離を離そうとする。

 前方の光はカミルの持つランプだろう。何故か光はその場に留まったままだが、取り敢えずその位置までは障害無く進めたという事だ。

 光を目指し、力を振り絞る。

 

「カミル…!!」

「あんちゃん…」

 

 予想通りにランプを持ったカミルを見つけて声を掛けると、暖色系の光に包まれているはずのその顔はどういう訳か青ざめていた。

 

「…何で先に進まない?もう追い付かれるぞ!?」

「それが…」

 

 足音はもうすぐそこまで来ていた。二十秒ほどで追い付かれるだろう。

 にも拘らず、カミルはその場で棒立ちだ。そのままゆっくりと、ランプを後ろの暗闇へと向ける。

 俺は今まで通り、暖かな色の光が先へと続く道を照らし出してくれると思っていた。

 だがしかし、光が投影されたのはただの壁だった。

 その光景が意味する所を理解した俺は、全身の力が一気に抜け落ちる。

 

「……行き止まり…?」

「―――見つけたぞ!!お前ら、さっきのお礼をさせて貰おうじゃないか!」

 

 遂に、背後からの追手が俺達を追い詰めた。明かりの中で浮かび上がったのは、俺達二人が宿から屋敷までの道中で戦ったあの三人組の男達だった。

 

「また懲りずにやって来たって事か…!?あんちゃん、疲れてない?」

「…また殴り合いか!?」

 

 ランプを地面に置き、拳を胸の前で固めたカミルを見て、俺は呻いた。

 地下道で散々走り続け、正直言って体はもう疲労困憊だ。この状態で勝てるとは到底思えなかった。

 ―――カミルも疲れてるはずだ。これじゃ勝てないな…。

 そこまで考えた時、俺の左目が男達の横の壁を捉えた。これまでの壁と同様、錬金術に反応する棘が突き出てくる横穴が不規則に空いている。

 その穴を眺め、俺は一か八か、たった今考え付いた賭けに出てみる事に決めた。

 少し息を吸い、激しく拍動したままの心臓を落ち着かせ、意を決して口を開いた。

 俺達がこの場で勝つには、もうこの賭け―――いや、ハッタリを通すしかない。

 

「おい、お前ら…」

 

 錬金術師のやる事じゃないな、と俺は心の中で苦笑した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。