屑鉄の錬金術師   作:超電磁加湿器

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第一話 二章

 錬金術は有用ではあるが万能ではない―――俺が最初に買った「錬金術入門」という本には、そのような旨の記述がうんざりするほど書かれていた。

 一見、あらゆる物を生み出す秘術に見える錬金術にも厳然たるルールが存在する。その枠組みの中で最大限の効果、成果を挙げる者こそが優れた錬金術師と呼ばれるのだ。

 そのルールの中でも絶対に破られる事の無い要素が、「等価交換」である。

 同質量の物から錬成できる物は、錬成材料の質量を絶対に超過しない。それを無理に超過させようとすれば、術者の身体に「リバウンド」と呼ばれる副反応が起こる。

 「何かを得る為には同等の代価が要る」―――これこそが錬金術の鉄則だ。

 

「…後ろ向きな言い方だよな…」

 

 窓の外から見える、枠で切り取られた空の中心には橙色の夕日が輝いていた。青かった空も緑色の草原も、全てが朱色に塗り込められた夕方の景色。その光は窓を透過して部屋の中、机の上にまで伸びて来ていた。

 明るい朱色の空間の中、俺は今までに幾度となく考え続けた事を反芻する。

 

「等価交換…」

 

 何かを得る為には同等の代価が要る。それはすなわち、「同等の対価を払えば等しく何かを得る事が出来る」という意味でもあるはずだ。

 錬金術はどこまでのものを作り出せるのか。本を読み、実践し、学べば学ぶほど限界を試したいという欲求が湧き出てくる。

 俺はおもむろに机の引き出しから一枚の大きな紙を引っ張り出した。大小様々な円や図形が規則的に重なり合い、文字や直線が複雑に絡み合ったその絵は、俺の研究の一つの完成形と言える代物であった。

 錬金術の発動に必ず用いられる「錬成陣」。円形をベースとしている点は共通するが、用途や術者によって形は千差万別だ。

 机の上に広げられたこの紙に描かれているのも、俺の考え出した錬成陣だ。但し、この錬成陣が作り出そうとしているものは通常と一線を画している。

 

「…試せないのが残念だ。まあ、機会があってもそんな勇気は俺には無いか…」

 

 この陣が想定しているのは、「人体錬成」。つまり、人を作り出す為の錬成陣なのだ。夕日に照らされた紙の上で、真っ黒なインクがその存在感をより一層増す。

 紙をしばらく見つめ、諦めた様に再び畳む。この錬成陣は使えない。決して使えないのだ。

 錬金術において「人体錬成」は最大の禁忌に指定されている。人が人を創り出してはいけない―――それは最早神の領域に踏み込む、人の領分を超えた行為だからである。

 勿論、俺はその禁忌を犯す気は毛頭無い。今まで錬金術の学術書に書いてあった事は粗方試し、その全てを成功させてきた。自分に才能が無いという訳ではないだろう。

 だが、俺は自惚れる気もない。今まで成功例の無い人体錬成を、一介の錬金術師である俺がさらっと成功させられるはずもない事は自分が一番分かっているつもりだ。

 医術系の錬金術にも手を出し始めた頃から、趣味の様な形で続けてきた人体錬成の研究。医療錬金術の腕前の方は、今では時々訪ねてくる村人を診察し、軽い怪我程度ならば治療も出来るまでに上達していた。

 しかし、それと人体錬成とでは余りにもレベルが違い過ぎる。

 結果としてこの錬成陣はただの空想であり、独自の理論を形にしただけに過ぎないのだ。

 

「…ああ、もう空が…」

 

 窓の外に目をやると、いつの間にか空は紫色へと変色していた。それに加えて灰色の厚い雲もかかってきており、空気も心なしか冷たい。

 やはり雨が降るんだろうな―――空を見上げながらそう思った。

 

 

 

 

 上着を一枚羽織り、食卓のランプを灯す。仄暗く柔らかな光は夜に合い、心を落ち着かせてくれる不思議な力を持っていた。

 一人きりで食卓の前に立つと、ふと、強い寂寥感に襲われた。父が死んで独りになってからもうずいぶん経つのに、未だに寂しさを感じる事があるのは何故なのだろうか。

 胸が締め付けられる様なこの感情は、そもそも時間がどうこうしてくれる様な類のものでは無いのかも知れない。

 唇を噛みながら、日中に交わしたあの温かい唇の感触を必死で思い出して孤独感を耐え切る事にした。

 彼女がもうすぐ帰って来る。その後は一緒に料理を作って二人で笑いながらそれを食べよう。この暖かい光の中で―――意識して頭の中を幸せな空想で満たし、両の腕で自分の肩を抱き締める。

 激しい雨音に囲まれた寒々しい家の中で、今この柔らかい光の照らす場所だけが、ここだけが俺の居場所だった。

 

「まだかな」

 

 いつもならもう帰って来ていてもおかしくない時間だ。雨でぬかるんだ道に時間を取られている可能性も十分にある。それならば俺が付いて行って、ぬかるんだ道を錬金術でどうにかしてやれば良かったか、などと考えている間にも、確実に時は流れていくのだった。

 

「……遅すぎないか?」

 

 時計を見ると既に10時を回っている。いくら道路状況が悪くなっていると言っても、これは遅すぎるのではないか。

 不安に駆られて玄関の戸を開け、雨の降りしきる外に目を凝らす。人影は無いか、ランプの光は見えないか―――見渡すほどに気持ちは焦り、不安は増大していった。

 

「…あっ!?」

 

 真正面、遠くの方に僅かばかりの光がちらついた。俺はその光を見逃さずに必死でその光の周囲を探る。その間にも光は大きくなってきていた。こちらへと向かっているのだ。

 

「おーい!!」

 

 明かりを持っている人影の輪郭も、おぼろげながら見えてきた。雨のせいでこちらの声が届いているかは分からないが、どうやら人影はかなりの速さで走って来ている様だ。

 果たして彼女の足はあんなに速かっただろうか、と疑問が脳裏を掠める。それに、はっきりしてきた人の輪郭は記憶の中にある彼女のそれよりも一回り大きいようだった。

 

「グラウズさんですかー!?」

 

 人影が俺の耳にもはっきりと聞こえるほどの大声で叫んだ。彼女の声どころか、女性の声ですらない。あの人影は男だ。

 この段になって俺は、「怪我をした周囲の村人が慌てて治療を求めに来た」という可能性を認識した。成程この雨だ、あり得ない話では無いだろう。

 その推測を裏付けるかの様に、ランプの光がもう二つほど雨の中から現れていた。

 

「そうだ、グラウズだ!!怪我人か!?」

「ええ、そうです!街と村の間の山道で土砂崩れが!土砂で道が絶たれて街の医者に運べないので、一人こちらに!」

「土砂崩れか…!」

 

 後ろからやって来た二つの明かりの方が怪我人を連れているのだろう。俺は奥に行ってベッドを用意し、湯を沸かし始めた。

 

「怪我人です!!」

 

 先ほどとは別の声に振り向くと、後から来た二つの明かりの持ち主だろう男達が到着していた。首にランプをぶら下げ、担架を持っている。

 担架の上には盛り上がった布。怪我人だ。

 

「ベッドを用意した!乗せ換えるから手を貸せ!!」

 

 覆われている布には血が染み出している。少々慌てながら二人がかりで怪我人を真っ白なベッドへと移し替えた。

 

「崩れた土砂の下敷きになっていました。外傷自体はそれほど大きなものは無かったのですが、出血がかなり多い状態です」

 

 男の話を耳に入れながら、傷の具合を確かめる為に布を取り払う。その間にも俺の頭の中では怪我に対応する錬成陣が描き出されていた。

 止血の錬成陣、皮膚復元の錬成陣、骨折修復の錬成陣も組み込む必要があるだろうか。正直な所、ここまで重傷の治療はした事が無い。失敗したら…という恐怖心が少しづつ芽生えてきているのを俺は実感していた。

 だが同時に、俺は自分の限界を超えられるかも知れないこのチャンスに感謝すらしていた。治療が成功すれば医療錬金術師として食っていける可能性だって出てくる。

 

 だが、そんな希望的将来設計は怪我人の顔を一目見た瞬間に何処かへと消え去った。

 

「…………そんな…」

「街で店を出していた女商人だそうです。物を売った帰りに巻き込まれた様で…」

 

 言葉が出なかった。全身から血の気が引く、とは今の俺の状態を言うのだろう。脳内で組み上げた錬成式も消えてしまった。

 

「…グラウズさん?どうかしましたか?」

「え…?ああ…」

 

 男達三人は蒼白になった俺の顔を不思議そうに見つめている。それもそうだ、彼らは俺と怪我人の関係など全く知らないのだから。

 

「…すまないが出て行ってもらえるか…?治療中は感染症を予防しなきゃならない。怪我人の面倒は私が見るから、帰ってもらって構わないよ」

「おお、それはそうでしたな。おい、出るぞ」

 

 男達は俺に頭を下げると家を出、駆け足で雨の中を去って行った。ドアを閉め、ベッドの上に横たわる怪我人を見下ろす。

 そのまま数歩にじり寄り、力無く床に膝をついた。

 怪我の度合いは先ほど一通り見終わっている。一言で言うと、酷い有様だ。

 骨折や内出血もさる事ながら、口から吐いている血の色などを見るに内蔵の何処かが損傷している。もしかしたら複数に渡っているかも知れない。

 

「うう…くそ…!そんな…」

 

 俺はベッドの縁に爪を立てて嗚咽を洩らす。涙が目からボロボロと、止めどなく溢れてくるのを抑えきれなかった。俺は直感していたのだ。

 

「助からない…」

 

 決して認めたくない事実が、俺の眼前に横たわっていた。 

 

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