屑鉄の錬金術師   作:超電磁加湿器

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第二話 二章

 茶色のソースを鮮やかな黄色のオムレツに絡めると、断面から出来たてである事を証明するような湯気が一筋立ち昇った。

 だが、スプーンでそれをつつく俺の気分は灰色だ。

 

「どうしたの、あんちゃん?食いなよ」

「…お前なあ」

 

 能天気なカミルの声にうんざりし、溜息を吐いて手元のチケットを恨めしそうに眺める。

 乗り換えの為に買っておいた列車の切符だが、一連の騒動のせいで大幅に遅刻してしまった為に今ではただの紙切れだ。

 所在無げに付け合わせの人参をいじくり回す。

 

「…明日の夕方までセントラル行きの列車は無いんだぞ。丸一日以上棒に振ったことになる

。―――お前のせいでな」

「そこ、わざわざ付け加えないでよあんちゃん…」

 

 コーヒーを啜りながらカミルが苦笑いする。砂糖やミルクを全く入れずに飲むその仕草は何処か大人びており、妙に様になっていた。

 オムレツを一口食べ、本題に入る。

 

「それで?さっき言ってた儲け話を具体的に教えろ。明日のセントラル行きの列車までには解決するんだろうな」

「それはあんちゃんの腕次第だよ。まあ、解読できるとは思うけどね」

「…解読?」

 

 カミルの言葉のニュアンスからすると、何か謎を解かされるのだろうか。無意識にスプーンを持つ手が止まる。

 

「街外れの丘にでっかい屋敷が建ってるんだよ。そこに住んでたのは地元の資産家でさ、投資に投資を重ねて手を広げて行って、かなりの額の資産を持ってたらしいんだと。その資産家が一年ほど前にぽっくり死んじまったんだ」

「その遺産が何で俺達のの手に出来るんだ?普通は遺族が持ってくだろ」

「いや、遺族どころか誰もその遺産には手を付けてない。付けられないらしい」

 

 そう言って滔々と話し始めたカミルの「儲け話」とやらは、にわかには信じがたいものだった。

 その資産家には子が無く、血縁は遠い親戚しかいない孤独な身だった。しかし結婚はしており、十歳ほど年下の妻が居るのだそうだ。

 資産家は死ぬ間際にその妻に暗号めいた遺言を残し、遺産の一切の在処を秘してしまったと言う。

 妻は遺産を見つけられず、途方に暮れて広告などを出し、遺産の一部を分け与えるという餌を撒いてその謎を解いてくれる者を募っている―――という事らしい。

 

「何でそこに俺の錬金術の腕が必要なんだ」

「その暗号やらなんやらが錬金術の理論?だか何だかに基づいて作られてるらしくてさ。その知識が無い人間には全然解けないんだ。実際、今までに誰も解いてない」

「…ふーん」

 

 大体の事情は呑み込めたが、まだ資産家夫人がどんな人なのかも遺言がどんな物なのかも確認していない。

 取り敢えずそれらを確かめる為に屋敷に向かおうと席を立つ。

 

「屋敷に行くのかい?」

「お前も来いよ、全面的に協力してもらうぞ」

「もちろんだよあんちゃん」

 

 オムレツを半分ほど残したまま店を出る。頭上にある太陽は丁度最も高い位置にある頃らしく、強い熱線を俺の露出した皮膚に浴びせ掛けていた。

 ごく薄い橙色の塗り込められた壁を持った、四角いフォルムを持つ建物が並ぶ街には、強い日差しが何となく合っている様に感じられ、俺は何処か高台からこの街全体を見下ろしてみたいと、ふと思った。

 街の大通りをひたすら歩い続けているとだんだんと人が少なくなり、代わって目に飛び込んでくる緑の総量が増えてくる。

 やがて民家がぽつぽつとしか無くなり、両脇に木々や雑草ばかりが生い茂る、踏み固められてもいないガタガタの道へと変わって来ていた。

 森か林か、と言う感じの山道を進んでいくと、不意に目の前の木々が開けた。

 

「あ、あれだよあんちゃん」

「やっと着いたか」

 

 見上げると、外観からして豪奢な大屋敷がある種異様な違和感を持ちながらそびえ立っていた。

 周囲のごくごく自然的な樹木と、完全な人工物である屋敷は相反する要素であり、俺には調和などと言う概念とは真逆の関係にある様に思えた。

 これで屋敷全体に緑の蔦でも絡まっていれば少しは馴染んでいたのだろうが、生憎と屋敷の外壁は手入れの行き届いた綺麗なものだった。

 少々錆が浮いて軋む鉄の門扉を押して中に踏み入ると、正門らしき大きな扉の前で男女が一組、話をしていた。

 

「…ありゃあ誰だろうな」

「多分俺達みたいな宝目当ての錬金術師だよ。今でも良く訪ねて来ては追い返されてるらしいぜ」

 

 そんな事を話しながら近づくと、女の方がこちらに気付いて頭を下げ、会釈してきた。

 年の頃は五十か六十代前半辺りだろう。気品ある顔つきをした、身なりの良い白髪の老婦人だ。

 

「あなたも、夫の遺産を求める錬金術師の方ですか?」

「ええ、まあそうですね」

「…そちらは?」

 

 カミルの小汚い服装を怪訝そうに眺め、老婦人が俺に尋ねる。礼儀作法が成っているのだろうか、その顔には不快な表情一つ浮かばない。

 ―――そう言えば、カミルと俺の関係性について設定していなかった。

 慌てた俺は咄嗟に「私の弟子です。錬金術は使えませんが」とそれらしい出まかせを口から放ち反応を待った。

 内心ひやひやしたが、老婦人は俺の言葉を信じてくれたようで、にこやかに笑いながら背後の男を手で示した。

 

「あの方も錬金術師なのだそうです。今から簡単な実力試験を行いますので、少々お待ち頂けますこと?」

「彼の後で私もそれを?」

「ええ。もちろん」

 

 どうやらこの老婦人はここに来た錬金術師の力量を測り、事前にある程度の篩に掛けているらしい。遺産目当てで取り敢えず謎に取り組んでみよう、という有象無象の輩が過去に多かったのだろう。

 承諾し、俺は後ろから黙って試験を見守る。少し離れた所からなので聞き取れないが、地面を見ながら二言三言話している様だ。

 指示を受け終わったのだろう、錬金術師の男が懐からチョークを取り出して扉の前、たたきの床に錬成陣を描き始めた。

 

「あんちゃん、あの人試験合格するかな」

「さあな。でも今まで誰も解いてない暗号だろ?この試験も結構難しいと思うぞ」

 

 男が陣を描き終えた様だ。手を二、三度開閉した後、陣の傍に両手をついた。

 

「おお…!」

 

 青白い錬成光が激しく発生し煌めいた。その派手な光景にカミルは声を上げて興奮している。

 しかし、俺はと言えばたたきの床から隆起してきた錬成物を黙って注視するだけだ。男が創り上げたのは俺の腰の高さほどもある彫刻風の馬だったが、俺の目から見る限りそれほどの精度を誇っているとは思えなかった。

 ―――条件は知らないが、あの精度の物なら俺にも出来るな。

 そう思い、無意識下で肩に入っていた力を抜いた瞬間だった。

 

「あっ!?馬が!」

 

 カミルの声が俺の耳に届くその僅か前に、錬金術で出来た馬の彫像の足元が大きな音を立てて陥没し、一気に傾いた像は地面にぶつかってバラバラに割れてしまっていた。

 像を錬成した男の嘆息がこちらまで聞こえてくる。途中までは上手くいくと確信していたのだろう。俺自身もまさかあんな事が起こるとは思わなかった。

 

「残念ですが、試験は不合格ですね。……先ほどの方、どうぞ」

「あんちゃん、俺達だよ」

 

 カミルに促され、つい今しがた錬成が行われた場所へと進み出る。床自体は今さっきすれ違ってとぼとぼ帰って行った男が、錬金術で元通りにしていった様だ。

 平らに均された床にしゃがみ込んだ老婦人が、おもむろに木炭で円を三つ標した。

 上から見ると、その円は互いを直線で繋ぐと正三角形になる様な位置関係である事が見て取れた。

 立ち上がった老婦人が俺に向き直り喋り始める。

 

「先ほど見ていらっしゃったので流れはお分かりかと思います。私の腰から上ぐらいの高さのある物体を錬金術を使って錬成する―――それが試験の課題です。…但し、物体の材料はこの床に使われている石を使い、また、今書いた三点の円部分から誘導して構築していく事が条件です」

「…なるほど。足元の床を分解した後、この丸の中を通して地表に出し、再構築しろ…という事ですか」

「ええ。その通りです」

 

 脇に近づいていたカミルを手で制して後ろに下がらせると、先ほどまでの調子の良さは何処へ行ったのか、少し心配そうな声で俺に囁いてきた。

 

「あんちゃん、大丈夫か?出来るよな?」

「…割と難しい条件だな」

「どうぞ錬成陣をお描きになって。描く物が無いのならこの炭をお貸ししますわ」

「いえ、結構です」

 

 老婦人の申し出を断りつつ、脳内で錬成陣を構築する。一通り纏まった所で手を打ち合わせ、いまいち飲み込めていない様な顔の老婦人の前で床に手を叩きつけた。

 

「あんちゃん…!」

「誰が出来ないなんて言ったよ?」

 

 三点の円から蝸牛の目玉の様に分解された石材が伸び、飴細工の如き滑らかさをもって一本の太い柱に撚り合わされていく。

 その渦巻き状の石柱が膨らみ、またある部分は凹み、だんだんと細部にまで俺の意思を反映させた物へと仕上がっていった。

 ものの十五秒ほどで、真っ白な女神の胸像が玄関先に出現していた。

 

「これは…。見事ですわね…!」

「やった!あんちゃんは合格だよな、これなら!?」

 

 カミルが期待に満ちた目で老婦人を見ると、彼女はにこやかに笑って首肯した。

 

「条件は満たしていますし、制作物も精巧です。十分合格点でしょう」

 

 そのまま踵を返し、老婦人は閉ざされていた正面扉を解錠して押し開けた。半身になって俺達を招き入れる。

 扉の奥に広がっていたのは、想像を超える開放感を持った大広間だった。さっきオムレツを食べた料理屋の建物が三つ、すっぽり入ってしまうほどの大きさだ。

 両側の壁には豪華で巨大なタペストリーと細長い窓。俺の正面、つまり今入って来た扉とは反対側には何十段もある大階段が赤い絨毯を敷き詰められた状態で存在している。

 陽の光を受けただだっ広い空間は、それ自体が神々しさを持っているかの様に俺達を威圧した。

 

「ほえー…」

 

 カミルの溜息は、そのまま俺の心情と一致していた。俺の生まれ故郷ほどでは無いにしても、この街も都会とは言い難い。そんな中にあってこの豪邸。

 カミルの言っていた遺産の話に対する期待度が、自分の中で確実に高まっているのを感じる。

 

「改めてご挨拶させて頂きます。私がこの屋敷の現所有者であるドロテーです。…あなた方のお名前をまだ頂戴しておりませんでしたわね」

「俺はグラウズです。弟子はカミル。よろしくお願いします」

「いえ。こちらこそ」

 

 適当な会話を交わした後、おもむろにドロテー夫人は広間の隅に向かって行き、布に包まれた板状の何かを脇に抱えて帰って来た。

 

「…それは?」

「―――これが、私が解読をお願いしたい遺言ですわ」

 

 遺言。

 その先にあるものの存在を暗に感じ取り、俺達二人は緊張を感じて表情を硬くした。一体どのような物なのだろうか、好奇心と不安が入り混じって心臓の拍動を激しくさせる。

 

「見せて貰えますか」

「ええ…」

 

 ドロテー夫人の細い指が布を取り払う。僅かに舞い上がった塵が日光に照らされて輝きを撒き散らした。

 その奥に現れたのは、「遺言」という言葉から俺が想像していた物とはかけ離れていた。

 ―――解く?「これ」を解くとはどういう事だ?

 無意識にそう思った。

 誰もが言葉を発しない。少しばかりの沈黙の後、俺と同じ当惑に陥っていたであろうカミルがぽつっと呟く。

 

「ただの『絵』じゃねえか…」

 

 俺達二人の反応を、ドロテー夫人はただ黙って眺めていた。 

 

 

 

 

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