走れテイオー   作:球磨猫

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走れメロスのパロディです。
キャラ崩壊注意。

追記:一部の誤字と見られる部分は意図的なものです。



走れテイオー

トウカイテイオーは激怒した。必ずかの邪智暴虐の女王を倒さねばならぬと。

テイオーにはバブ味がわからぬ。テイオーはトレーナーの彼女(自称)である。トレーナーとしっとりしながら暮らしていた。けれどもハイエナにだけは敏感であった。

 

きょう未明テイオーは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此のトレセンの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。三十六の、だんでぇなトレーナーと二人暮しだ。

このトレーナーは、中央の或るかっこいいな皇帝を、近々、ゲストとして迎える事になっていた。ウィニングライブも間近かなのである。

テイオーは、それゆえ、推しTの予備やらライブのサイリウムやらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。

 

先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。

テイオーには竹バの友があった。メジロマックイーンである。

今は此のトレセンの市で、メジロ一家を仕切っている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。

 

歩いているうちにテイオーは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。

もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。

 

のんきなテイオーも、だんだん不安になって来た。

路で逢った若いウオッカをつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆がライブを開いて、まちは賑やかであった筈はずだが、と質問した。若いウオッカは、首を振って答えなかった。

 

しばらく歩いてエアグルーヴに逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。エアグルーヴは答えなかった。テイオーは両手でエアグルーヴのからだをゆすぶって質問を重ねた。エアグルーヴは、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

 

「女王様は、人をバブらせます。」

「なぜバブらせるの。」

「おぎゃりが足りない、というのですが、誰もそんな、性癖を持っては居りませぬ。」

「たくさんの人をバブらせたのか。」

「はい、はじめはオグリキャップさまを。それから、ご自身のトレーナーさまを。それから、タマモクロスさまを。それから、サイレンススズカさまを。それから、スペシャルウィークさまを。それから、賢臣のアグネスデジタル様を。」

「おどろいたよ。女王は乱心か。」

「いいえ、乱心ではございませぬ。欲求を、抑える事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の性癖をも、バブらせになり、少しく大人な振舞いをしている者には、前掛けにおしゃぶりを付けることを命じて居ります。御命令を拒めば膝枕にかけられて、バブられます。きょうは、六人バブられました。」

 聞いて、テイオーは激怒した。

「呆れた女王だよ。生かして置けないね。」

 

 テイオーは、単純な女であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼女は、巡邏の警吏に捕縛された。調べられて、テイオーの懐中からはゼクシィが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。

 

テイオーは、王の前に引き出された。

「このゼクシィで何をするつもりであったか。言え!」暴君スーパークリークの代理、ゴールドシップは静かに、けれども威厳を以って問いつめた。その女王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。

 

「トレーナーをママ味の手から救うんだ。」とテイオーは悪びれずに答えた。

「おまえがか?」ゴルシは、憫笑した。

「仕方の無いやつだ。おまえには、女王の孤独がわからぬ。」

「言うな!」とテイオーは、いきり立って反駁した。

 

「人の性癖を捻じ曲げるのは、最も恥ずべき悪徳だよ。女王は、トレーナーの心をさえ奪おうとしている(そんな事実はない)。」

「でもこういうのが好きなんでしょう?」女王は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。

「わたしだって、甘やかしたいのだけど。」

「なんの為の幼少期だよ。赤い彗星を増やすつもり。」

こんどはメロスが嘲笑した。「バブ味の好きでない人をバブらせて、何が自由だ。」

「だまって、幼き者。」女王は、さっと顔を挙げて報いた。

 

「私は皆を甘えさせたいの。おしゃぶりをつけて前掛けかけて膝枕に哺乳瓶でママママ言ってればいいんです。私のためにおぎゃってればいいのです私は皆を甘やかせれてハッピーミーク皆は私に甘やかされてハッピーミークでウィンウィンでしょう?ほら私は間違ってないんだから貴女も私に甘やかされなさいほら早く早くハリーハリーハリー!!!」

「ああ、女王は滑稽だね。自惚れているがいいさ。僕は、ちゃんとおぎゃる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、メロスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、僕に情をかけたいつもりなら、バブらせるまでに三日間の日限を与えてよ。ルドルフ会長のライブに、最後のサイリウムを振りたいんだ。三日のうちに、私は村でライブでオタ芸し、必ず、ここへ帰って来るから。」

 

「ばかな。」と暴君代理ゴルシは、しわがれた声で低く笑った。

「とんでもない嘘を言う。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」

「そうだよ。帰って来る。」テイオーは必死で言い張った。

「僕は約束を守るよ。僕を、三日間だけ許して欲しい。皇帝が、僕のサイリウムを待っているんだ。そんなに僕を信じられないなら、いいよ、この市にメジロマックイーンというウマ娘がいるから。僕の無二の友人だ。彼女を、人質としてここに置いて行く。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を甘え殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」

 

それを聞いてゴルシは、残虐な気持で、そっとほくそ笑んだ。

生意気なことを言う。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。

そうして身代りのウマ娘を、三日目にもちもちにしてやるのも気味がいい。

人は、これだから信じられぬと、ゴルシ様は悲しい顔して、その身代りのウマ娘を1週間甘やかしの刑に処してやるのだ。世の中の、ロリコンとかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。

 

「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっとバブらせるぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」

「なに、何をいうんだ。」

「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」

テイオーは口惜しく、地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。

 

竹バの友、メジロマックイーンは、深夜、王城に召された。暴君スーパークリークの面前で、佳き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。

テイオーは、友に一切の事情を語った。メジロマックイーンは無言でアームロックを決め、テイオーにスイパラ奢りを約束させた。

友と友の間は、それでよかった。メジロマックイーンは、豪華な一室に捕らえられた。テイオーは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。

 

テイオーはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌くる日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。

テイオーの三十六のトレーナーも、きょうはテイオーの代りに家事をしていた。よろめいて歩いて来るテイオーの、疲労困憊の姿を見つけて驚いた。そうして、うるさくテイオーに質問を浴びせた。

 

「なんでも無いよ。」テイオーは無理に笑おうと努めた。

「市に用事を残して来たんだ。またすぐ市に行かなければいけない。あす、会長のライブを見る。早いほうがいいでしょ?」

 トレーナーは顔を青ざめた。当たり前だ。今から準備してゲストを急いで迎えに行かないといけないのだから。

「えへへ。綺麗な推しTも買って来たんだ。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来てよ。ライブは、あすだと。」

 

テイオーは、また、よろよろと歩き出し、家へ帰って神々の祭壇を飾り、ライブの席を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。

 

 眼が覚めたのは夜だった。テイオーは起きてすぐ、ライブ主催者の家を訪れた。

そうして、少し事情があるから、ライブを明日にしてくれ、と頼んだ。

主催者は驚き、

「不可! まだゲストも来ていない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、葡萄の季節まで待ってくれ」と答えた。

テイオーは、待つことは出来ない、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。主催者も頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか主催者をなだめ、すかして、説き伏せた。

 

ライブは、真昼に行われた。

シンボリルドルフの、神々への祈祷(うまぴょい)が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。

祝宴に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い会場の中で、むんむん蒸し暑いのも怺え、陽気にサイリウムを振るい、コールを行った。テイオーも、満面に喜色を湛え、しばらくは、女王とのあの約束をさえ忘れていた。

 

ライブは、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。テイオーは、一生このままここにいたい、と思った。

この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。

 

テイオーは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。

あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。

その頃には、雨も小降りになっていよう。少しでも永くこの家に留まっていたかった。

 

テイオーほどのウマ娘にも、やはり未練の情というものは在る。というか未練たらたらであった。今宵呆然、歓喜に酔っているらしいトレーナーに近寄り、

「ねぇトレーナー。僕以外の子を見ちゃだめだよ?僕以外の子とうまぴょいしちゃダメだよ?わかってるよね?僕は約束を破る人とうそをつく人は嫌いなんだ。トレーナー、君はそうじゃないよね?僕は信じてるから。トレーナーは僕のこと裏切らないって。だから約束して?トレーナーがかいちょーよんでくれたのは嬉しいけどだからってかいちょーばっかり見てちゃダメだよ?」

 

トレーナーは、夢見心地で(悪夢かもしれないが)うなずいた。テイオーは、それからライブに偶々来ていたカレンチャンの肩をたたいて、

「僕のトレーナーとっちゃダメだからね?」 カレンチャンは揉み手して、必死に頷いていた。

 

テイオーはにっこり笑って(きっと黒い笑み)村人たちにも会釈して、ライブから立ち去り、トレーナーのベッドにもぐり込んで、死んだように深く眠った。

眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。テイオーは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。

きょうは是非とも、あの王に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる。

メロスは、悠々と身仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。

さて、テイオーは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出た。

 

僕は、今宵、バブらされる。

バブらされる為に走るのだ。

身代りの友を救う為に走るのだ。

女王と側近の奸佞邪智を打ち破る為に走るのだ。

走らなければならぬ。

そうして、私はバブらされる。

若い時から性癖を守れ。

さらば、ふるさと。

 

若いテイオーは、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。

えい、えい、むんと大声挙げて自身を叱りながら走った。

村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨も止み、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。

 

テイオーは額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、もはや故郷への未練は無い。

トレーナーたちは、きっと佳いファンになるだろう。私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。

まっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。

そんなに急ぐ必要も無い。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気さを取り返し、恋のダービーをいい声で歌い出した。ぶらぶら歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、テイオーの足は、はたと、とまった。

 

見よ、前方のダートを。きのうの豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集り、猛勢一挙に芝を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、無慈悲にもダートを不良バ場にしていた。

 

彼女は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、芝は残らず浪に浚さらわれて影なく、ダート因子持ちの姿も見えない。

ダートはいよいよ、ふくれ上り、山のようになっている。

テイオーはゲート脇にうずくまり、男泣きに泣きながら3女神に手を挙げて哀願した。「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂うダートを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、僕のためにおぎゃられるのです。」

 

ダート場は、テイオーの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。

ダートは芝を呑み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。

今はテイオーも覚悟した。走り切るより他に無い。ああ、3女神も照覧あれ! 適正Gにも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。

 

テイオーは、コンセントレイトとダートに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う砂を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を足にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅のウマ娘の姿には、神も哀れと思ったか、ついに憐愍を垂れてくれた。

押し流されつつも、見事、対岸の芝の上に、すがりつく事が出来たのである。

 

ありがたい。テイオーは大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊のスピカが躍り出た。

 

「待ちなさい。」

「何をするんだよ。僕は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならないんだよ。放して!」

「どっこい放さないわ。一番を全部を置いて行きなさい。」

「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命(社会的命)も、これから女王にくれてやるのだ。」

「その、いのちが欲しいのよ。」

「さては、ゴールドシップの命令で、ここで僕を待ち伏せしていたんだな。」

 

スピカたちは、ものも言わず一斉にダンスダ〇スレボリューションにコインを入れた。

メロスはひょいと、テイオーステップを駆使し、飛ぶ鳥の如くハイスコアを更新し、そのランキングを塗り潰して

「気の毒だけどトレーナーのためだ!」

と猛然一撃、たちまち、三人を踊り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走って坂を下った。

 

一気に坂を駈け降りたが、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、テイオーは幾度となく眩暈を感じ、これではだめだ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩いて、ついに、がくりと膝を折った。スタミナが足りないようですね。

立ち上る事が出来ないのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。

 

ああ、ああ、ダートを渡り切り、スピカを三人も踊り倒し、ここまで突破して来たテイオーよ。

真の帝王、トウカイテイオーよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情け無い。

愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがて性癖を歪められなければならぬ。

おまえは、稀代の不信のウマ娘、まさしくゴルシの思う壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはやナメクジほどにも前進かなわぬ。

 

路傍のターフにごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。

もう、どうでもいいという、帝王に不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。

 

僕は、これほど努力したんだ。約束を破る心は、みじんも無かった。シラオキ様も照覧、僕は精一ぱいに努めて来たんだ。動けなくなるまで走って来たのだ。僕は不信の徒では無い。信じてないけど。

ああ、できる事なら僕の胸を截ち割って、真紅の心臓を……そこまでしたくないなぁ。愛と信実の悪を貫くラブリープリチーなテイオーだぞぉ。

けれども僕は、この大事な時に、精も根も尽きたんだ。

僕は、よくよく不幸な女だ。僕は、きっと笑われる。僕のトレーナーも……いやそれだけは許さないけども。僕は友を欺いた。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。

ああ、もう、どうでもいい。

これが、僕の定ったですてにーなのかも知れない。(ウオッカの持ってた本にそう書いてあった気がする)

 

メジロマックイーンよ、ゆるしてくれ。

君は、いつでも僕を信じた。僕も君を、欺かなかった。

僕たちは、本当に佳い友と友であったんだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。

いまだって、君は僕を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。

ありがとう、メジロマックイーン。よくも僕を信じてくれた。それを思えば、たまらない。

友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだから。あでもやっぱり一番はトレーナーかな。

 

メジロマックイーン、僕は走ったんだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じて! 僕は急ぎに急いでここまで来たんだ。

ダートを突破した。スピカの勧誘(誘拐)からも、するりと抜けて一気に坂を駈け降りて来たんだ。

僕だから、出来たんだよ。ああ、この上、僕に望み給わないでくれ。放って置いてくれ。どうでも、いいんだ。そもそもマックイーンなら喜ぶんじゃないかな。クリークのご飯美味しいし。

 

ゴルシは私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。おくれたら、身代りを甘やかして、僕を助けてくれると約束した。僕はゴルシの卑劣を憎んだ。根はいい奴だけど。

けれども、今になってみると、僕はゴルシの言うままになっている。僕は、おくれて行くだろう。女王は、ひとり合点して私を甘やかし、そうして事も無く私を放免する…する…のかな…?

 

そうなったら、僕は、ちょっぴりつらい。僕は、永遠に裏切者だ。メジロマックイーンよ、僕も死ぬぞ。君と一緒に……眠らせてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい無い。

 

いや、それも僕の、ひとりよがりかな? ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。村には僕たちの家が在る。かいちょーもいる。トレーナーは、まさか僕のいない間に浮気とかしてないよね? 性癖だの、バブ味だの、おぎゃるだの、考えてみれば、くだらない。いやだって別にトレーナーを都に向かわせなければいいんだし。ああ、何もかも、ばかばかしい。

僕は、裏切り者だ。どうとも、勝手にすればいいよ。

やんぬる哉。――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。

 

 ふと耳に、潺々、はちみーの流れる音が聞えた。

 

そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、はちみーが売っているらしい。

よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から滾々と、何か小さく囁きながらはちみーが売っているのである。

そのはちみーに吸い込まれるようにテイオーは身をかがめた。硬め濃いめ多めはちみーを両手で持って、一くちで飲んだ。

 

ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。

義務遂行の希望である。自分の社外的地位を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。

 

日没までには、まだ間がある。僕を、待っている人があるのだ。

 

少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。僕は、信じられている。僕の性癖なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られない。僕は、信頼に報いなければならない。いまはただその一事だ。走れ! テイオー。

 

僕は信頼されている。僕は信頼されている。

先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るもんだ。

テイオー、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の帝王だ。再び立って走れるようになったじゃないか。ありがたい!

僕は、正義の士として生きる事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。

待ってくれ、3女神よ。僕は生れた時からさいきょーなウマ娘であった。さいきょーなウマ娘のままにして下さい。

 

路行く人を押しのけ、トーセンジョーダンを跳ねとばし、テイオーは異次元の逃亡者のように走った。

ターフでタイキシャトルの、そのバーベキューのまっただ中を駈け抜け、キングヘイローの取り巻きたちを仰天させ、サクラバクシンオーとバクシンし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。

 

一団のヒシアマゾン(筋肉A)メジロライアン(筋肉B)ウイニングチケット(筋肉C)とすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。

「いまごろは、あのウマ娘も、赤ちゃんになっているよ。」

ああ、そのウマ娘、そのウマ娘のために僕は、いまこんなに走っているのだ。そのウマ娘をもっちりさせてならない。

急げ、テイオー。おくれてはならぬ。

愛と勇気と情熱と努力の力を、いまこそ知らせてやるがよい。

風態なんかは、どうでもいい。

メロスは、いまは、推しT推しジャージであった。

呼吸も出来ず、二度、三度、アグネスデジタルから鼻血が噴き出た。

見える。

はるか向うに小さく、トレセンの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。

 

「ハァイ、トウカイテイオー。」うめくような声が、風と共に聞えた。

「誰。」テイオーは走りながら尋ねた。

「私はアグネスタキオンさ。君のお友達メジロマックイーンの知り合いの知り合いだよ。」

そのピエロじみた喋り方をするウマ娘も、テイオーの後について走りながら叫んだ。

「私と契約してモルモットになってよ!」

「いやだ!注射痛いからいやだ!」

「別に注射はしないさ。ただちょっと私が作った薬を飲むだけさテイオォー。」

「いやだ。どうせ苦いんだろう?」テイオーは胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。走るより他は無い。

「大丈夫だよ。ちゃぁんと甘くしてある。そら、たった一口でいいんだ。飲んでくれないかい?」

「本当に苦くない?」

「え、あぁ、うん。」

「じゃぁはちみー呑むからいいや!」

「ちょっ」

 

 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、テイオーは走った。

メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。

ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。

陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、テイオーは疾風の如く王城に突入した。間に合った。

 

「待って! その人をおぎゃらせてはダメだ! テイオーが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」

と大声で王城の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれてしわがれた声がかすかに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼女の到着に気がつかない。

すでにスーパークリークのスプーンに高級プリンがきらきらと乗っており、囚われたメジロマックイーンは、徐々に口を開けてゆく。

 

テイオーはそれを目撃し、最後の勇、先刻、ターフを走ったようにテイオーステップを踏み群衆を掻きわけ、掻きわけ、

「私だ、スーパークリーク! 甘やかされるのは、僕だ。テイオーだ。彼女を人質にした僕は、ここにいる!」

と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに舞台に昇り、釣り上げられてゆくクリークのスプーンに、齧りついた。

群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。

メジロマックイーンの縄は、ほどかれたのである。

 

「マックイーン。」テイオーは眼に涙を浮べて言った。

 

「僕を打ってくれ。ちから一ぱいに頬を打って。僕は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若し僕を打ってくれなかったら、僕は君と抱擁する資格さえ無いんだ。打て。」

 

メジロマックイーンは、すべてを察した様子で首肯き、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を打った。殴ってから優しく微笑み、

 

 

 

 

 

 

「よくも私のスペシャルプリンパフェを食べましたわね!!!」

 

力いっぱいアームロックをかけた。

 

 

 

 

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