走れテイオー   作:球磨猫

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お久しぶりです。ネタは浮かぶけど中身が書けない球磨猫です。
最終投稿日から今までに、アプリで色々ありましたが皆様如何だったでしょうか。
またぼちぼちと訳が分からない文章を投稿していこうと思っておりますのでよろしくお願いいたします。




山月記 メジロの虎

メジロのマックイーンは才色兼備、平成の末年、若くして名をトレセンに連ね、ついで有マ記念1位に選ばれたが、トゥインクルシリーズに甘んずるを潔しとしなかった。

 

いくばくもなくトゥインクルシリーズを退いた後は、ドリームトロフィーリーグに移籍し、スイーツと交わりを絶って、ひたすらトレーニングに耽った。

 

先輩となって直ぐにゴールドシップと同じと見られるよりは、名ステイヤーのカッコいいマックイーンとしての名をメジロ百年に遺そうとしたのである。

 

しかし、スイーツの誘惑は容易に耐えられず、精神は日を逐うて苦しくなる。

 

マックイーンは体重が■㎏増えて漸く焦躁に駆られて来た。

 

この頃からその容貌もまんじうとなり、肉増え足太で、眼光のみ(いたずら)炯々(けいけい)*1として、曾て(かつて)天皇賞春にゲートインした頃のスレンダー(まな板)の美少女の(おもかげ)は、何処に求めようもない。

 

数週間の後、見るに()えず、トレーナーの懇願(泣き落とし)のために遂に膝を屈して、メジロライアンの元へ赴き、ライアン式ダイエットの任を奉ずることになった。

 

一方、これは、己の精神力の無さに半ば絶望したためでもある。

 

かつての同輩は既に遥か高位(トレーナーとのゴールイン)に進み、彼女が昔、ツッコミとしてハリセンを向けていたそのゴールドシップに心配をされたことが、メジロの次期当主マックイーンの自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。

 

彼女は怏々(おうおう)*2として楽しまず、スイーツ脳の性は愈々(いよいよ)抑え難がたくなった。

 

一年の後、レースの下見で京都に出、京都競馬場の近場に宿った時、遂に発狂した。

 

或る夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駆け出した。彼女は二度と戻って来なかった。

 

附近の甘味処を捜索しても、何の手掛りもない。

 

その後マックイーンがどうなったかを知る者は、誰もなかった。

 

 翌月、マックイーンのライバル、トウカイテイオー(無敵の帝王)という者、生徒会長に就任しトレセン学園の使いとして、途に京都の地に宿った。

 

次の朝未だ暗い中に出発しようとしたところ、女将が言うことに、これから先の道に虎が出る故、旅人は白昼でなければ、通れない。

 

今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでしょうと。

 

テイオーは、しかし、付き添いの(グラスワンダー)多勢なのを(エイシンフラッシュ)恃み(カワカミプリンセス)、女将の言葉を退けて、出発した。

 

残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹のビクトリーズファンが(くさむら)の中から躍り出た。

 

ビクトリーズファンは、あわやテイオーに躍りかかるかと見えたが、忽ち(たちまち)身を翻して、元の叢に隠れた。叢の中からもっちりした声で「あぶないところでしたわ。」と繰返し呟くのが聞えた。

 

その声にテイオーは聞き憶えがあった。

 

驚懼(きょうく)*3の中にも、彼女は咄嗟に思いあたって、叫んだ。

 

「その声は、我が友、マックイーンではないか?」

 

テイオーはマックイーンと同年にトゥインクルシリーズのターフに上がり、友人の少なくはなかったマックイーンにとっては、最も親しい友であった。

 

叢の中からは、暫く返辞が無かった。

 

しのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。ややあって、もっちりした声が答えた。「如何にも私はメジロのマックイーンですわ」と。

 

 テイオーは恐怖を忘れ、叢に近づき、懐かし気に久闊(きゅうかつ)を叙した*4

 

そして、何故叢から出て来ないのかと問うた。

 

マックイーンの声が答えて言う。私は今や異類の身となっています。

 

どうして、おめおめと故人(とも)の前にあさましい姿をさらせましょうか。

 

かつ又、私が姿を現せば、必ず貴女に憐れみの情を起させるに決っているのです。

 

しかし、今、図らずも友人に会うことを得て、愧赧(きたん)*5の念をも忘れる程に懐かしく思いますわ。

 

どうか、ほんの暫くでいいから、私のもっちりな今の外形を厭わず、曾て貴女の友マックイーンであったこの自分と話を交してくれないでしょうか。

 

 後で考えれば不思議だったが、その時、テイオーは、この超自然の怪異を、実に素直に受け容れて、少しも怪もうとしなかった。

 

彼女は付き添いに頼んで行列の進行を停め、自分は叢の傍らに立って、見えざる声と対談した。

 

トレセンの噂、ゴルシの消息、テイオーが現在の地位、それに対するマックイーンの祝辞。

 

トゥインクル時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それ等が語られた後、テイオーは、マックイーンがどうして今の身となるに至ったかを訊たずねた。

 

草中の声は次のように語った。

 

 今から1ヶ月程前、自分が下見に出て京都の宿に泊った夜のこと、パク睡してから、ふと眼を覚ますと、戸外で誰かが自分の名を呼んでいる。

 

声に応じて外へ出て見ると、声は闇の中から頻りに自分を招くのです。

 

覚えず、私は声を追って走り出した。無我夢中で駈けて行く中に、何時しか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に私は左右の手でメガホンを攫んで走っていました。

 

何か身体中に力が充ち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行きました。

 

気が付くと、何やら帽子を被りが法被を着ているらしい。

 

少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に重度の野球ファンの様になっていました。

 

自分は初め眼を信じませんでした。

 

次に、これは夢に違いないと考えました。

 

夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、私はそれまでに見たことがありましたから。

 

どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、私は茫然としました。

 

そうして恐れました。

 

全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く恐れました。

 

しかし、何故こんな事になったのでしょう。分りません。全く何事も私たちには判りません。しいて言うならゴールドシップが元凶でしょう。

 

理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめです。

 

自分は直ぐに社会的な死を想いました。

 

しかし、その時、眼の前を一枚の観戦チケットが駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の『(スイーツ民)』は忽ち姿を消しました。

 

再び自分の中の『(スイーツ民)』が目を覚ました時、自分の手にはホームランボールがあり、あたりには球団の勝利を祝う人たちが散らばっていたのです。

 

これが『(やきう民)』としての最初の経験でした。

 

それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びありません。

 

ただ、一日の中に必ず数時間は、『(スイーツ民)』の心が還って来るのです。

 

そういう時には、曾ての日と同じく、人語も操れれば、複雑な思考にも堪え得るし、駅前のスイパラのメニューを諳んずることも出来ます。

 

その『(スイーツ民)』の心で、『(やきう民)』としての己の残虐な行ないのあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤ろしい。

 

しかし、その、『(スイーツ民)』にかえる数時間も、日を経るに従って次第に短くなって行くのです。

 

今までは、どうして『(やきう民)』などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、私はどうして以前、『(スイーツ民)』だったのかと考えていました。

 

これは恐しいことですわ。今少し経たてば、己の中の私の心は、『(やきう民)』としての習慣の中にすっかり埋もれて消えてしまうだしょう。

 

ちょうど、130億円が次第に紙切れになり替わるように。

 

そうすれば、しまいに私は自分の過去を忘れ果て、一匹の猛虎魂として狂い廻り、今日のように途で貴女と出会っても故人と認めることなく、貴女を野球場に引きづり回してして何の悔も感じないだしょう。

 

一体、スイーツ民でもやきう民でも、もとは何か他のものだったんでしょう。

 

初めはそれを憶えているが、次第に忘れてしまい、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか? いや、そんな事はどうでもいいのです。

 

私の中の心がすっかり消えてしまえば、恐らく、その方が、私はしあわせになれるでしょう。

 

だというのに、私の中の『(スイーツ民)』は、その事を、この上なく恐しく感じているのです。

 

ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っているでしょうか! 私が『(スイーツ民)』だった記憶のなくなることを。

 

この気持ちは誰にも分らない。

 

誰にも分らない。

 

私と同じ身の上に成った者でなければ。

 

ところで、そうでしたわ。

 

私がすっかり『(スイーツ民)』でなくなってしまう前に、一つ頼んで置きたいことがあるのです。

 

テイオーはじめ一行は、息をのんで、叢中の声の語る不思議に聞入っていた。声は続けて言う。

 

 

他でもない。私は元来メジロ家に春秋天皇賞の盾を三回持って帰るつもりでいました。

 

しかも、悲願いまだ成らざるに、この姿になってしまいました。

 

はずかしいことですが、今でも、こんな美味しそうな身と成り果てた今でも、私は、私の盾がメジロ家の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのです。

 

道頓堀の橋の上に横たわって見る夢に。

 

嗤ってください。

 

名優に成りそこなって『(やきう民)』になった哀れなウマ娘を。

 

テイオーは昔のライバルマックイーンの奇行__にんじんのたたき売りやゴールドシップとのコント__を思い出しながら、悲しく聞いていた。でも思えばあの頃から太り気味だった気はするしユタカの名を叫んでいた気はする

 

 

そうだ。

 

お笑い草ついでに、今の懐を即席の歌に歌って見せましょうか。

 

この『(やきう民)』の中に、まだ、曾てのメジロマックイーンが生きているしるしに。

 

 

 

〜〜〜少女メジロ賛歌歌唱中〜〜〜

 

 

 

 

 時に、残月、付き添いの目ひややかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。

 

人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、このメジロの薄倖を何とも言えない顔で聞いていた。

 

メジロマックイーンの声は再び続ける。

 

 何故こんな運命になったか判らないと、先刻は言いましたが、しかし、考えように依れば、思い当ることが全然ないでもないのです。

 

ウマ娘であった時、私はライアンに連れられてスポーツ観戦に赴きました。

 

私は帰り道、余り興味のない様に振る舞ってました。

 

実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、ライアン達は知りませんでした。

 

メジロ次期当主がスポーツにハマり派手に騒いでいるなどと知られたくなかったのです。

 

私は次第にスポーツと離れ、ユタカと遠ざかり、次期当主としての振る舞いと自分の欲求によってますます己の身体を飼いふとらせる結果になりました。

 

人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。

 

私の場合、あの球団へと惹かれた心が猛獣でした。

 

虎だったのです。

 

これが己を失い、姉妹を苦しめ、トレーナーを傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えていったのです。

 

それを思うと、私は今も胸を灼やかれるような悔を感じますわ。

 

私には最早スポーツマンとしての生活は出来ません。

 

たとえ、今、己がターフの中で、どんな優れた肉体を作ったにしたところで、どうしてパドックで披露できましょう。

 

まして、私の頭や外見は日毎に(やきう民)に近づいて行く。

 

どうすればいいのですか。私の空費された過去は? 私は堪たまらなくなる。

 

そういう時、私は、隣の県に下り、ホームベースに向って吠えるのです。

 

この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのです。

 

私は昨夕も、彼処でユタカに向って吠えました。

 

誰かにこの苦しみが分って貰えないかと。

 

天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人私の気持を分ってくれる者はない。

 

私の枕の濡れたのは、ビクトリーズの勝率のためばかりではない。

 

 

 漸く四辺あたりの暗さが薄らいで来た。木の間を伝って、何処からか、サラリーマンが哀しげに歩き始めた。

 

 最早、別れを告げねばなりません。

 

酔わねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)近づいたから、と、マックイーンの声が言った。

 

だが、お別れする前にもう一つ頼みがあります。

 

それは私のトレーナーさんのことです。

 

彼は未だトレセンに居るのでしょうか。

 

元より、私の運命については知る筈がないのです。

 

君がここから帰ったら、私は既に引退したと彼に告げて貰えないでしょうか。

 

決して今日のことだけは明かさないでください。

 

厚かましいお願ですが、彼の苦労を憐れんで、今後はドーベルのトレーナーとして奮ってくれるのなら自分にとって、恩、これに過ぎたることはありません。

 

 言い終って、叢中から慟哭の声が聞こえた。

 

トウカイテイオーもまた涙を浮かべ、よろこんでマックイーンの意に添いたい旨を答えた。

 

 そうして、付け加えて言うことに、テイオーが兵庫からの帰途には決してこの道を通らないで欲しい、その時には自分が酔っていて友を認めずに襲いかかるかも知れないから。

 

又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上ったら、此方を振りかえって見て貰いたい。

 

自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。

 

勇に誇ろうとしてではない。私の醜悪な姿を示して、以って、再び此処を過ぎて自分に会おうとの気持ちを君に起させない為であると。

 

 テイオーは叢に向って、別れの言葉を述べ、その足を動かした。

 

叢の中からは、又、堪たえ得ざるが如き悲しみの声が洩もれた。テイオーも幾度か叢を振返りながら、涙の中に出発した。

 

 一行が丘の上についた時、彼等は、言われた通りに振返って、先程の林間の草地を眺めた。

 

忽ち、1人のビクトリーズガチ勢が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼女等は見た。

 

猛虎は、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声応援歌を歌ったと思うと、又、元の叢に躍り入って、再びその姿を見なかった。

 

 

 

 

 

 

 

*1
目が鋭く光るさま。

*2
心が満ち足りないさま。晴れ晴れしないさま。

*3
おどろきおそれること。

*4
久しぶりのあいさつをした

*5
恥じて顔を赤くすること。





卒業した後にスポーツ実況者やってるマックイーンとバクシンオーとかどうでしょ。
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