走れテイオー   作:球磨猫

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原点回帰

元作品のリスペクトとして一緒→一しょなど、一部表現を合わせてあります。




スペの糸

 

ある日のことでございます。

御ゴルシ様はトレセンの大樹のウロの側を独りでごるごるお歩きになっていらっしゃいました。

中庭に咲いている蒲公英は、みんなタマのように真っ白で、その綿毛が風に吹かれて揺れている様は、朝露がお天道様の光を反射して、なんとも言えない幻想さを感じさせています。

トレセンも丁度朝なのでございましょう。

 

 

やがて御ゴルシ様はそのウロの側に腰をお掛けになって、穴の面を覆っている水面の合間から、ふと下の様子を御覧になりました。

この大樹のウロの下は、丁度グラウンドの真上に当たって居りますから、水晶のような水を透き通して、ダートの二千や芝の二千四百の景色が、丁度覗き眼鏡を見るように、はっきりと見えるのでございます。

 

 

するとそのグラウンドの中に、スペシャルウィークと云うウマ娘が一人、他のウマ娘と一しょに蠢いている姿が、御覧に止まりました。

このスペシャルウィークと云うウマ娘は、日本ダービーを取ったりジャパンカップを制したり、色々その実力を示した総大将でございますが、それでもたった一つ、悪い事をした覚えがございます。

と申しますのは、ある時このウマ娘がレース前の調整時期にお休みをしておりますと、小さな蜘蛛が一匹、路を這って行くのが見えました。そこでスペシャルウィークは早速手を出して、蜘蛛を助けたのですが、その先にあったのがスイーツパラダイスだったのです。

当然レース前のこの時期にそんな物を食べてしまえば、太り気味になってしまう事は間違いありませんが、「いや、いや、これも小さな命を助けた事への、恩返しに違いない。その案を無闇に無碍にすることは、いくら何でも可哀想だ。」と、こう急に思い返して、とうとうそのスイパラに入ってしまったからでございます。

 

 

御ゴルシ様はグラウンドの様子を御覧になりながら、このスペシャルウィークにはスイパラで太り気味にした事があるのを御思い出しになりました。

そうしてそれだけの事をした報いには、出来るなら、このウマ娘で暇を潰してやろうと御考えになりました。

幸い、側を見ますと、蒲公英に囲まれた芝生の上に、セイウンスカイが一人、釣竿と共に寝ております。

御ゴルシ様はその釣り糸をそっと御手に御取りになって、マンハッタンカフェのような漆黒のウロの穴から、遥か下にあるターフの芝へ、真っ直ぐにそれを御下ろしなさいました。

 

 

 

 

こちらはグラウンドの芝の二千四百で、ほかのウマ娘と一しょに、浮いたり沈んだりしていたスペシャルウィークでございます。

何しろどちらを向いても、名だたる強敵たちで、偶に抜け出せたかと思いますと、それはトレーニングの為に緩めただけですから、直ぐさま追い抜かれてしまいます。たまに聞こえるものと云っては、ただ併走相手が出す煽りの声だけでございます。

これは相手のペースに乱されない為のトレーニングであり、ウマ娘の本能をどれだけ抑えて走れるかと云うものでした。

 

 

ところが休憩に入った時の事でございます。

何気なくスペシャルウィークが頭を挙げて、トレセンの空を眺めますと、その晴れ晴れとした空の中を、遠い遠い天上から、銀色の釣り糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へと垂れて参るのではございませんか。

スペシャルウィークはそれを見ると、思わずその釣り糸の先を見て、思わず手を()って喜びました。

この糸の先には伝説のヒシアケボノ作キャロットケーキが付いていて、この糸に縋りついて、どこまでものぼって行けば、きっとあのケーキにありつけるに相違ございません。

いや、うまくいくと、さらに沢山のケーキを食べることもできましょう。

 

 

こう思いましたからスペシャルウィークは、早速その釣り糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。

元より田舎っ子でございますから、こう云うことには昔から、慣れ切っているのでございます。

 

 

しかしグラウンドと大樹のウロの間は、何万里となくございますから、いくら焦って見た所で、容易に上へは出られません。

ややしばらくのぼる(うち)に、とうとうスペシャルウィークもスタミナが切れて、もう一たぐりも上の方へはのぼれなくなってしまいました。

そこで仕方がございませんから、まず好転一息(一休み休むつもり)で、糸の中途にぶら下がりながら、遥かに目の下を見下ろしました。

 

 

すると、一生懸命にのぼった甲斐があって、さっきまで自分が走っていたターフは、今ではもう遥か下にかくれて居ります。

この分でのぼって行けば、キャロットケーキまでも、存外わけがないかも知れません。スペシャルウィークは両手を釣り糸にからみながら、ここへ来てから数日ぶりの喜びの声で、「やったよお母ちゃん!」と笑いました。

ところがふと気がつきますと、釣り糸の下の方には、数限りもないメジロマックイーンが、自分の登った後をつけて、まるでコミケの行列のように、やはりパクパクですわと鬼気迫る表情で一心によじのぼって来るではございませんか。

スペシャルウィークはこれを見ると、驚いたのと恐ろしいので、しばらくはただ、モルモットに昼食を食べさせろと駄々を捏ねるアグネスタキオンのように大きな口を開いたまま、腹ばかり鳴らしておりました。

自分一人でさえ()れそうな、この細い釣り糸が、どうしてあれだけのメジロマックイーンの重みに堪えることができましょう。

もし万一途中で()れたと致しましたら、折角ここまでのぼって来たこの肝腎(かんじん)な自分までも、元のターフへ逆落としに落ちてしまわなければなりません。

そんな事があったら、スピカのポスターでございます。

が、そう云う中にも、メジロマックイーンたちは何百となく何千となく、ターフの底から、パクパクと這い上がって、細く光っている釣り糸を、一列になりながら、せっせと登って参ります。

今の中にどうかしなければ、糸は真ん中から二つに()れて、落ちてしまうにありません。

 

 

そこでスペシャルウィークは大きな声を出して、

 

「あげません‼︎」

 

と叫びました。

 

 

その途端でございます。今までは何ともなかったターフが、急に石を投げ込まれた水面のように波打ち、そこから大きな(マグロ)がメジロマックイーンたち諸共飲み込んで行きました。

ですからスペシャルウィークもたまりません。あっと云う間もなく風を切って、マルゼンスキーのタッちゃんのように飛んでいく(マグロ)の中に、まっさかさまに落ちてしまいました。

後にはただ鮪の掛かった釣り糸が、きらきらと細く光りながら、雲一つない澄み切った青空の中に、ゆるゆるとリールを巻かれているだけでございます。

 

 

 

 

御ゴルシ様は大樹のウロの側に腰をお掛けになって、セイウンスカイがリールを巻いているのをじっと見ていらっしゃいましたが、やがてセイウンスカイがその釣り上げた鮪をリリースすると、少しは満足なさったかのような御顔をなさりながらまたごるごる御歩きになり始めました。

メジロマックイーンに要求されるとついあげませんしてしまいたくなるスペシャルウィークの心が、そうしてその心とは無関係なセイウンスカイの固有スキルをうけて、元のトレセンへスピカのポスターしてしまったのが、御ゴルシ様の御目から見ると、満足思召されたのでしょう。

 

 

 

 

しかしトレセン学園は、少しもそんな事には頓着致しません。

そのタマのような白い蒲公英は、グラスワンダーの農園へとひっそり運ばれ、後にクッキーへとなるでしょう。

校舎の中にある食卓からは、何とも云えない良い匂いとオグリキャップに対するスタッフたちの悲鳴が、絶え間なくあたりへ溢れて居ります。

トレセンももう(ひる)に近くなったのでございましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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