金髪の偶像   作:結城 理

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第1ピリオド:金髪の偶像

 

―――――これほど面白くないスポーツがあったのか。

スコアの差で数値化される実力の差、一発逆転の術も存在しない。

闘志が潰えた瞬間に、美しく躍動していた肢体が骸と化す。

中学2年の真夏、果てしなく瑞々しい彼女の黒髪は、どこまでも醜い金色の髪になった。

 

 

 中学2年、二学期。

残暑が余計に体力を奪う日中、サンサンと照り輝く日差しに負けない金髪を持つ女子中学生がその容姿で回りの生徒を威圧していた。

 

「さ、西城さん…?その髪の毛どうしたの!?」「おい西城!校則違反だぞ!」

 

「……うす」

 

隣のクラスの西城樹里は夏休みを経て純真無垢なスポーツマンをかなぐり捨てていた。

彼女が所属している女子バスケットボール部は3年が数名県の選抜メンバーにいて、7月の総体連でも準々優勝できるほどの強さを誇っていた。

だが、8月末の地区大会第三回戦で敗退、先輩方の引退試合となった。それがよほどのショックだったのか、西城は黒髪を金髪に染め、バスケ部にも顔を出さなくなっていたらしい。

始業式から一週間不登校だったらしいから今日まで誰も知る由もなく。

同級生の野次馬が一日中隣のクラスで響いている。

なんというか、かわいそうだなと思った。

 

 翌日の放課後、彼女の不良化の話題は殆ど聞くことはなかった。

周りの配慮か、話題の流行が過ぎたのか、少なくとも西城の風当たりが少しはマシになったようだ。

成績のために体育委員に入っている俺は、関係はなく、一か月後の体育祭に向けて体育館の倉庫で用具の整理をしていた。

「あっ」と女子の声がして、振り返ると、その西城樹里がいた。

 

「‥なんだよ、人の顔ジロジロ見やがって」

 

「ああいや、ガラッと印象変わるもんだなって。髪の毛の色が一回変わるだけでさ」

 

「あっそ。そこ、どいてくれねーか」

 

西城が指をさす先には部員用のロッカーがあって。通すとそそくさとシューズケースを取り出していく。

 

「…邪魔して悪かったな」

 

彼女が一言だけ放った直後、僅かに、それでいてどこまでも重たいため息が聞こえた。

まだ青春盛りの女子が、こんなにも暗い声を出せるのか。

 

金髪、戻さないと面倒なことになると思うぞ。

 

「ちょっと、待ってくれ」

 

「…は?」

 

……しまった。口に出す言葉と心に留めておく本音が逆転してしまった。

すでに俺の腕は西城の手首を掴んでしまっていて。

もう後戻りはできない。しっかり前を、西城樹里を見つめて、向き合ってみよう。

 

「…実はさ、夏休みの女バスの試合、途中から全部見ていたんだ」

 

「はぁ?それって、す、ストーカーじゃねーか!」

 

「ち、違うって!…いや、普通に考えてストーカーとやっていることは一緒かも…」

 

西城の腕を掴んでいるのに気が付いた時点で感じてたが、この時空にいることがすごく恥ずかしい。

 

「まさかアンタ、倉庫にアタシを閉じ込めてハ、ハレンチなことをしようとしてるんじゃないだろうな!?」

 

恥ずかしさで体中から汗が出てくる。でも、言い間違いでも、それを通すことしかできなくて。

 

「落ち着いて。さっきの続きを話させてほしい」

 

西城の両肩をつかんで、もう両者とも逃れられない。しっかりと吐露する準備は整った。

 

「地区大会の三回戦の第3ピリオド、たぶん西城ケガしたよな」「!」

 

バスケのルールはあまり分からないが、西城は確かにあの時相手選手との接触によって内膝を痛めた。あんなに活発に動いていた彼女の動きはあからさまに悪くなり、2分も経たずにメンバーチェンジさせられた。

拮抗していた点差はみるみる広がっていき、3年生の奮闘むなしく敗北した。

 

「まぁ、大体、合っているよ…」

 

「言い方が悪いかもしれないけど、部活をやっていく中でミスやトラブルは起こるし、先輩もいつかは必ず引退する。たったそれだけのことで荒れるのは――」

 

「アタシがどうしようとアンタに関係ねぇだろ!!」

 

大声で怒鳴られ、言葉が遮られた。

不機嫌そうな顔は昨日何度か見たが、怒りを露わにした顔を見たことはなかった。

 

「必死に練習して、部活が終わってもランニング、筋トレ体幹は欠かさなかった!

それでも上手くいかなかったから今年の夏休みから更に追い込んだ!

それでようやく選抜入りしている先輩にも並べてスタメンにもなれた!」

 

怒鳴っていた西城の膝がだんだん震えていき、踏ん張りが利かなくなっているのがわかる。

 

「それなのに…あの時‥激突して、全力で立ち向かえなくなって…!」

 

震える膝を両手で抑えるも、崩れていくのがわかる。

 

「負けたのがわぐ、わかったときに‥役立たずだったって…先輩に、ぃ…」

 

西城が、崩れていくのがわかる。

 

「なんのためにバスケをやっているのか、わかんなくなっちまった…」

 

完全に膝が床についた少女の心の内を聞いて、確信した。

 

「……俺さ、今年の春に肘を故障して、テニスをやめたんだ」

 

「…え?」

 

うつむいていた彼女が少し顔を上げてくれたので、視線を合わせる。

 

「スタメンになろうと必死に練習した結果が故障だってさ。訳が分からなかったよ。

今後肘を酷使するスポーツは一切禁止。努力が全部裏目に出たって思って、後悔している」

 

西城樹里は、俺と一緒だ。

 

「信じていたものに裏切られる気持ち、よくわかるよ」

 

一つだけ違うのは、

 

「でも、西城は、まだあきらめる必要はない。ケガはもう直っているだろう?」

 

西城樹里はまだ立ち向かえる。

 

「すごく自分勝手なことを言っちゃうけど、もうテニスができない俺の未来を、西城のバスケで代わりに見せてほしい」

 

利き腕の左肘と夢が壊れた俺と違い、まだ心が壊れただけに過ぎない。

 

「は、はぁ…!?アンタ、いきなりなんなんだよ―――」

 

「死んだような夏休みに、唯一西城のバスケをしている姿を見ることが『生きている』って気持ちにさせてくれたんだ」

 

壊れた心は、きっと治せる。

 

「テニスができなくても、スポーツマンを支えることは出来るんだって分かったんだ。今、スポーツ医学を猛勉強してる。

西城の頑張っている姿を見かけなかったら気づかなかったかもしれない」

 

西城の努力は、きっと無駄じゃない。

 

「俺に新しい夢をくれた西城に、上を向いてほしいんだ!」

 

西城の努力は、俺が無駄にさせたくない。

 

「俺は、もっと西城がバスケをしている姿を見たい…!夢を応援し続けたい!」

 

 

……

 

…………言いたいだけ言って、黙り込んでしまった。一気にたくさん話しすぎて、引かれてしまったかな。

 

「ふぅん…夢、ねぇ」

 

でも、励ましや、慰めのつもりで言ったわけじゃないから。

 

「ていうか、アンタはアタシの夢が何なのか知っているのかよ?」

 

「う、知らない…さすがに夢を知らないのに応援したいっていうのは勝手すぎた…」

 

心の底から、西城を支えてみたいって、そう思える。

 

「…WJBLだ。バスケットボール女子日本リーグ。アタシはそこで頂点を目指したい」

 

西城を支えられるなら、何でもしてあげたいと、そう思える。

 

「……少なくとも、西城がまたバスケが出来るようになるように努力をすることは出来ると思う」

 

「ははっ、さっきまでの勢いがなくなってるじゃねーか」

 

バッドガールのままでくすぶる彼女の未来を変えられるのなら、俺の未来を西城と変えられるのなら。

 

「けど、そこまで言ったんだ、アタシのこともう一度バスケットマンにしてみろよ」

 

…!

 

「ああ、これからよろしくな、西城っ!」

 

「…西城樹里だ、さっきから下の名前で呼ばないからなんかむず痒くてよ。樹里って呼べよ」

 

一緒に、手を取り合って、がんばっていこう。

 

「…!ああ、これからよろしくな、樹里っ!」「んー」

 

ともに立ち上がり、合図もなしに同時に軽い握手を交わす。急に行動が一致したから、互いにくすくすと笑ってしまった。

 

隠せているかな。初めて見た樹里の笑う顔を見て、どきっとした。

 

 

この瞬間から、俺の中で、西城樹里は俺の夢の先を照らし合わせる偶像となった。

 

 

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