翌週の月曜日、樹里は学校に来なかった。担任の先生に聞くと、毛染めの校則違反により、2ヶ月の停学処分がなされたらしい。
……罰が大きすぎないか。このままでは樹里がバスケを再開するどころではなくなるかもしれない。
どうすればいいか、いい案が全く思いつかない。
6限目の頃にはどう考えても一度校舎を爆破する他ないという考えしか浮かばなくなり、一度考えるのをやめた。
もやもやしながら帰宅すると、弟がリビングで録画していたニチアサを見ていて。
外の学校で何が起ころうと、自宅で流れる時間は変わらない。
一度思考を切り替え、日課になったスポーツ医学書の熟読をいつものリビングでいつものように行った。
テレビの向こうでは敵の怪人が高等学校の校舎を破壊して暴れまわっている。
…ちょこっとだけ気になってしまった。教本に栞を挟み、弟の隣のソファに座り、ダイジェストを聞き出す。
敵の怪人は厳しい校則に罰された生徒たちの恨みから生まれ、規則に厳しい人間を襲っているらしい。
他人事とは思えない、怪人にこれ以上ないシンパシーを感じる。
倒された途端悲鳴を上げてしまったじゃないか。
まだ巨大化戦が残っている!がんばれ!負けるなシバルーナ!
『嫌なルールがあっても!周りの人と話し合って自分達でルールを変えていくんだ!』
……!ヒーローの叫びと怪人の断末魔でひらめいた。
校則が敵なら変えてしまえばいい。
3週間後に生徒会の総選挙がある。立候補者になるか、応援演説等の補助に回って見返りに毛染めの校則の緩和を頼めばいい。
そうすれば樹里の停学を半分は早められる。
よし、さっそく準備に取り掛かろう。
俺に最適のひらめきを獲得させてくれてありがとう、ジャスティスⅤ。
そしてどうか安らかに、シバルーナ。
9月の中旬からおよそ一か月間、それはもう奔走の限りを尽くした。
師走の語源で東西奔走した僧に並んだだろう。
まずは生徒会会長立候補者の有力候補の特定、これは半月に一度行われる委員会会議の中で、選挙管理委員会の生徒からこっそり聞き出して行えた。
自身が立候補者になるという選択肢は面倒が勝つのでナシだ。
候補者は3人いたがその中でも学力トップの高山君の応援に回ることにした。
後日、話を持ち掛けると即決した。
……どうやら友達いなかったらしい。なんというか、うん、ドンマイ。
次に応援演説の文書作成。
所謂陰キャである高山君をいかに生徒に受け入れてもらえるような演説を行うか、かなり難しい問題であった。
成績面を重視する教師側と違い、生徒側が優先するのは堅苦しすぎず、楽しく学校生活を送れるように計らってくれる生徒像だ。
高山君は教師側の生徒像に近い。
そこで内容の相談、及び生徒会長としての厳格な方針の一部修正について数日間話し合った。
幾度となく議論を超え、討論、口論、暴論、幸福論を重ね何とか納得のいく形に落ち着いた。
その間に学力トップの口から放たれる存在否定は普通に傷ついたし、何度も匙を投げかけた。まったく、高山には始末書でも書いてほしいものだ。
原稿の提出、応援メンバーの手続きを終えると、間もなくチャレンジテストがある。
すでに頭脳はフル回転しきっているので、ただただ頭痛。
回答はスペースか?(ワット?)の記入が格段に増えてしまった。頭痛い。チョコが欲しい…。
テストが終わると大体の部活動が秋の大会等の為に活気づく。
同時に、体育大会に向けての準備も本格化する。
より忙しくなるが、俺にとっては好都合だった。
女子バスケ部の練習前に軽く部員と話ができるからだ。
樹里がまた登校出来ても、現在の部員との関係が劣悪な場合、長くは続かないだろう。
個人技のテニスでさえ、団体戦云々関係なく部内の人間関係は重要だった訳で。
手始めに、二年生の女バス部員数人に樹里が抜けてからの部活動の状況と、樹里はどんな部員だったのかを世間話を交えながら聞き出した。
樹里が抜けた後も大きな問題はなく、平常に活動しているらしい。
……なんだか、悔しいな。
翌日更に聞き出すと、もともと樹里は性格、プレースタイル共に一匹狼寄りであるらしく、チームワークが無い訳ではないが若干距離感があったらしい。
心配している部員もいたが総体連の戦績で勢いづいている最中、樹里の心配の優先順位は下げるのは当然で。
樹里の周りの人間環境を変えるには、俺はあまりにも力不足であり、邪魔者だと認めぜるを得なかった。
一週間ほど聞き出しながら体育大会の準備を進める放課後、帰宅後はいつもの学習に加え、図書館から借りたバスケットボールの教本からバスケの基礎を覚える時間を設けた。
クラスメイトが新発売のゲームの話題で持ちきりの中、俺はバスケの世界に没入していった。
忙しく大変な日々だが、バスケを通じて樹里のことを会わずとも知る感覚は、悪い気がしない。
樹里の駆ける姿を再び見られるまで、もう少しだ……!
金曜日の6時間目、一縷の不安も残さず応援演説、高山の演説は成功、投票結果を見ずとも次期生徒会長は決まった。
余韻に浸る間もなく、翌日土曜日、全生徒が鎬を削る体育大会の開催だ。
誰もが競技に熱中している中、俺だけは運動場の外だけを駆けまわっていた。
体育委員の仕事の為ではない。
――――樹里がいない…!
今秋から校則が緩和され、樹里はこの体育大会には登校できるはずなんだ。
担任の教師から連絡は届いているはず。
でも、校内のどこを探しても、樹里が見当たらない。
グラウンド、職員室、食堂、教室、校舎周り、廊下の隅、屋上、部室棟、来賓用の駐車場…。考えつく場所全てを探すが、いない。
……俺の頑張りは、無駄だったのか?
校則を変えるために動かなくても、樹里が再び黒髪に戻せばいいだけだったじゃないか。
バスケを学んで樹里の支えになりたいと頑張っても、部活にマネージャーをつけるのは原則禁止じゃないか。
今までの努力は全部、骨折り損じゃないか。
「…自分勝手な偶像を西城に、勝手に押し付けているだけじゃないか……」
俺は、なんてつまらない人間なんだ―――――
見慣れたプールの白い壁が、くすんで見え、遠くの生徒の歓声も聞こえなくなっていく。
キュッ、
心が折れる音が聞こえる寸前、音が聞こえた。
硬い床にシューズが擦れる音、スキール音だ。
不規則に鳴るその音は、確かに聞き覚えがあって。
「……体育館?」
今日、まだ行っていない場所が、正解だった。
意識より先に足がその場へと向かわせた。
だんだんとスキール音がよく聞こえるようになってくる。
「ハァ、ハァッ、フッ、そりゃ!」
夏休みに聞いた一人の少女の吐息が聞こえる。
俺が、支えたいと、そう思った相手の声が、聞こえる。
全開になっていた体育館の扉に立って、彼女のレイアップシュートを打った姿を目にする。
数分前に支配していた不安、後悔が心から完全に取り払われた。
「…樹里」
再び見たかった光景が、ようやく見れた。
コートを削るようなフットワーク、ゴールに向かってひたむきに駆ける姿勢、彼女の意思に応えるように美しく躍動する肢体。
「体育大会サボってまた停学になるつもりかー!」
「うわあっ!ごめんなさい…ってアンタか!」
「……ひさしぶり」
俺の偶像に、ようやく会えた。
あの日、体育館の倉庫で見た時と同じ、どこまでも醜かった金色の髪を持ったままだ。
こちらに駆け寄る時も、その髪はなびいている。
「…なんか、色々してくれてたみてーだな。アタシの停学期間を早めるために」
「樹里が黒髪に戻して反省文を先生に提出していれば、こんなよりみちしなくても良かったんだけどね」
黒髪の樹里は、瑞々しかった。
純性というか、汗だくになっていても、見ていてすっきりするような髪色だった。
俺も肘が壊れていなかったら、この髪のような清々しい夏休みを過ごせていたのかなと、そう思わせてくれる黒髪だった。
「色々と悪かったな。
でも、アンタの頑張りを友達から聞いてさ、アタシもちゃんともう一度頑張るぞ!って気持ちになった」
「……!えーと、くどいようなんだけどさ、樹里はどうして金髪から戻さなかったんだ?」
対して金髪の樹里は、濁っているように見えた。
悲しさ、悔しさ、怒り。ブリーチでそれらが無理くり塗りたくられている感じがして、初見はあまり好きじゃなかった。
むしろ嫌だった。
それでも、嫌な金髪を持つ樹里を助けるような行動をここ一ヶ月やり遂げた。
偶像をも重ね合わせた。何故だ?
「それは…アンタが…」「ん?」
「アンタが、あの倉庫でアタシに手を差し伸べてくれて、その…その時の決意のカッコでいたいっていうか…」
「あ、あああ分かった分かった、大体わかったから!なんか恥ずかしくなってくるから!」
真っ赤になった樹里の顔を背けて、つい俺も顔を背ける。
不意にそんな顔するの、反則…。
だが、その可憐な顔と、先ほどのひたむきにバスケをする樹里の姿から、確信した。
西城樹里の金髪は、濁っていない。
樹里の黒髪が純性であるのなら、樹里の金髪はいわば過純性だ。
瑞々しさを超え、本人以上に情熱を込めている。
悔しさや悲しさだけでなく、喜びや楽しさも見せてくれる、素敵な髪色だったんだ。
『生徒の呼び出しをします。2年5組、西城さん。2年5組、西城さん。至急、本部テントに集合してください』
「うわあ、呼ばれちまった…。出場競技なんてねーから大丈夫だって思ったんだけどなー」
「健闘を祈るよ…」
「それじゃ、そろそろ行くよ。ちゃんとアタシ、バスケ頑張るから」
「うん、ここ最近でバスケのこととか勉強したから、何かあったら呼んでくれ」
「そっか!またその時はよろしくな!」
西城が体育館を出る直前、感情が漏れてしまった。
「金髪は良くないと思っていたけど、むしろ、綺麗な色だな」
「なっ…!う、うるせー!」
パスと言うには強引な投げでボールを渡し、そそくさと駆け出して行った。
……樹里の駆けだす後ろ姿を見て、もう一つ、ここ一か月樹里のために頑張った理由がわかった。
「うん。やっぱりよく似合っているよ」
俺は、西城樹里が、好きなんだな。
偶像を超えて、好きな女の子としても、見ていた。
そりゃあ、必死に頑張れるわけだ。
これからも、好きである樹里を支え続けたい。
おこがましいだろうが、バスケだけでなく、樹里の心の面でも。
具体像は浮かばないけど、交際なんかもしたり―――――
「いや、樹里の夢だけを応援していよう」
リングに向かって、シュートを打ってみる。
呟いたこととは反対に、心の内で、自分の恋の成就を祈って。
ネットを通る音が確かに聞こえた。
「…って、肘痛った!」