金髪の偶像   作:結城 理

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第4ピリオド:ブザービーター

「やっぱり俺、樹里を好きだって想いを、諦めきれない…!」

 

抑えられるはずのない涙が溢れる。

44日ぶりに、樹里に泣いているところを見せてしまった。

フラれたら恋心は折れたままだと思っていた。

そんなことは全くなくて。

 

「おいおい、急に泣きだすから何言ったか分からねーよ。

ちょっと髪の毛触っただけじゃねーか」

 

樹里の声、手の感触、瞳、匂い、金色のままでいてくれた髪に至るまでが、恋しいままだった。

あの日から、ずっと。

 

「ごめん…俺やっばりあぎらめぎれない!

樹里といなぐで、ぶ、不登校になっで…」

 

俺の声、手が震え、目の前が滲み、啜っても啜っても鼻水が止まらない。

あの日とは比べられない程,感情が止まらない。

 

「と、とりあえず落ち着けって!

何言ってるか分かんねーし……あ」

 

「樹里が一緒じゃないごどがぼんどうにづらくでぇ…ぐぅええ!?」

 

急に樹里に、惨めったらしく伸び切った髪の毛を引っ張られ、引き摺られる。

痛みで我に返り、顔を上げると来賓用の駐車場に連れてかれていて。

 

「…ふぇ?」

 

「いったん落ち着けって。

大勢の生徒の前でアレはちょっと…」

 

……!

つい先刻の痴態を思い返して顔が猛烈に熱くなる。

周りの生徒からすると、さっきの俺は校内掲示板で例の金髪女子中学生が話しかけると突然泣き喚きだすボサボサのヤバい生徒にしか見えないわけで。

そりゃ速攻で引き摺ってでも移動させますよねハイ。

ぐちゃぐちゃになっていた感情の整理は少しずつしているが、落ち着いたら今度は何を話せばいいか分からない。

互いに次の言葉を紡げず、沈黙が流れる。

流石に妙な空気に耐えられなくなって、俺から乾きだした口を開いた。

 

「あ、あのさ樹里、おr「ごめん!!」

 

唐突な謝罪の言葉で遮られる。

意図がわからない。

謝るのはどちらかというと俺の方な筈だが。

 

「あの日…バレンタインの前の日……アタシ、逃げちまって」

 

逃げる?わからない。

 

「せっかくアンタが勇気を出して、告白してくれたってのに、アタシは照れちまって、頭がこんがらがっちまって、ヒドイことを言っちまった」

 

樹里の顔が赤くなっている。わからない。

 

「アタシも、アンタのことが……好きなのによ…!」

 

分からない分からない分からない。

樹里が、俺を…?

いや、確かにフラれた筈だ、からかっているのか…?

 

「エイプリルフール?」

 

「なっ、ちっげーよ!」

 

「いやでも『ふざけんな!』って言ってどついてから走り去ったよな?あの時!」

 

「それは…アレだ。気持ちの整理ができていなかったから……」

 

気持ちの整理ができていないのはまさしく俺もなのだが。

ちょっと待って、順を追ってちゃんと整理させてくれ。

 

「えっと…先に俺が告白します。樹里が拒絶します。けどそれは所謂照れ隠しで、本当は両思いでした……ってこと?」

 

自分で言っててそんな都合のいいことがあるのかと思う。

エイプリルフールのネタとしては結構強いとお

 

「…そうだよ」

 

今年のエイプリルフールは2時間早く終わるらしい。

どうしよう、とてつもなく恥ずかしい勘違いをしていた。

 

「はっずかしいいいぃぃ……!」

 

樹里に今の顔を見られたくない。

人生の中で一番恥をかいてる多分。

両手で鉄仮面を作り、すかさず樹里の後ろを向く。

恥ずかしすぎて逃げ出したい。

そうだ。そのまま逃げよう。

校門に向かって回れ右して顔を隠したままダッシュ―――――できない。

既に樹里に先回りされてる上に呆気なく両手を剝された。

痛い痛い。知らない間に腕力と脚力、成長したなぁ。

夕焼けぐらい赤い惨めな顔が晒され―――――

 

「アタシ、もう逃げないから!」

 

樹里が両手首を掴んだまま、叫ぶ。

 

「アンタの気持ち、今度はちゃんと受け止めるから、」

 

樹里の真剣な目に影響されて、俺の頬が樹里のそれと同じ赤さに戻る。

 

「あの日と、同じ言葉を、もう一度アタシに聞かせてくれ」

 

樹里の決意を聞いて、これまでの恥を全部忘れた。

もう一度、やり直せる。

なんの憂いもなく、樹里に気持ちを伝え直せる。

ありがとう、樹里。

これからも、俺の憧れであり続けてくれ。

 

「俺、樹里のことが、好きだ」

 

「…ああ」

 

 

これは、俺があの日、偶像を壊して言った言葉。

 

 

「俺と、付き合ってください」

 

「……うん」

 

 

そしてこれは、俺が、樹里を新しい偶像にするための言葉だ。

 

4月1日は、俺と西城樹里との交際記念日になった。

初めての、樹里とのキスと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夏日の猛暑がただでさえ殆どない体力を奪おうとしている中、何かに体を揺すられて目覚める。

 

「―――さん、起きてくださ~い。聞こえてますか~?」

 

「‥‥‥んぁ?ここはどこだ?

ややっ、貴様はもしや、デビ太郎の手先か」

 

「ふふっ、また大昔のアニメの物真似ですか?

手先じゃなくて、貴方の担当看護婦ですよ~。

ベッド起こしますね~」

 

「ははっ、いつもすまんね、はずきさん」

 

いつも通りはずきさんに起こしてもらい、水分補給をする。

 

「そろそろ樹里さんがいらっしゃると思いますので、待っててくださいね~」

 

そして廊下へ出るを見送ろうとして動くも、途中から体を曲げられなくなる。

そろそろこの生活になってから3年経つ…のかな。

 

「いや、2年?8年は越えてた気もするなぁ…」

 

どうも最近の時間の感覚がわからない。

 

「さすがにボケてくるよなぁ」

 

「なーにまた独り言ブツブツ喋ってるんだいあんたは」

 

目の焦点を凝らして聞こえた方へ顔を向けると、樹里が来てくれていた。

 

「もうアナタって呼んでくれないのか?」

 

「何年前の話してるんだよあんたは。

もうすぐ金婚なのに新婚みたいにイチャイチャなんてできないよ」

 

突き放すような言動だが、樹里は穏やかな笑顔をしている。

毎日寝たきりの儂の為に、見舞いに来てくれる。

 

儂の病は治らないというのに。

 

意識はまだはっきりと保てるのだが、体の老衰と未知の不治の病を止めることができない。

数十年前の世界レベルの大パンデミックも、十数年前の未曽有の大震災も乗り越えた日本だが、医療の発展はめざましくはない。

樹里と儂の貯金を崩して海外で最先端治療を受ければかなりの延命は可能だが、儂と樹里は拒んだ。

 

「やっぱり、娘と孫らにもそろそろ会わせた方がいいんじゃないかい?」

 

「何度も言わせんでくれ。儂は誰かを泣かせながら、逝きたくはない。

あの子たちは、優しすぎる」

 

皆が明るく誤魔化しながら接してくれるが、誰もが儂がもう長くないことを悟っている。

儂と樹里は特に。

それにな、と続ける。

 

「これは我儘だが、最期は、儂が最も愛したあなたと…一緒にいたい」

 

もう、今がその時なんだよ。

直感とは、こういう時に最も働くものなのだろう。

目で樹里に訴えると、すぐに理解してくれたようで。

 

「‥‥‥‥そっか」

 

いつもより二歩、歩み寄ってくれた。

音もなく、左手を握ってくれる。

何度も儂の人生を綺麗に彩ってくれた両手の温かさが、今までの人生を振り返らせてくれる。

これが、俺と樹里との最終ピリオドになる。

 

「はずきさん、ベッドの下にある風船を取り出してほしい」

 

「え?はい。…って、いつの間に持ち込んでいたんですか~?」

 

「先週ぐらいに退院した隣の努君…だっけ?かがくれたんだよ」

 

「ああぁ、昨日に退院したあの子が~。

フフッ、ずっと仲良しだったんですね~」

 

「はずきさん、その風船玉、アタシに下さい」

 

ルームメイト?の努君から貰ったレモン色の風船玉を、はずきさんが樹里に渡す。

そのまま樹里が差し入れてくれたケイトウの花を花瓶に入れて水を入れる為に、退室する。

 

「‥‥‥最近、よく昔のことを思い出すんだ。

儂と、樹里との思い出を」

 

タイムカプセルに入った宝物を懐かしむように、手を伸ばして、樹里の髪を撫でる。

反省を金髪で生きてきた樹里の髪の毛は、今はもう立派な白髪になっていた。

 

「いろんなことが、あった」

 

「ああ、本当に。どれもこれも、かけがえのない人生だ……」

 

昔話に、付き合ってくれるか、樹里。

 

………‥‥‥

 

俺は高校に進学と同時に、本格的にトレーナーになることを目指して勉強した。

樹里とは進学先が違うが、交際は続いていたし、恋情は色あせなかった。

樹里は卒業後、夢であったWJBLのチームに所属。

それを追う形で俺は、バスケットボールのストレングスコーチ兼アスレティックトレーナーになった。

言わずもがな、樹里の担当トレーナーである。

程なくして同棲し、生活が安定した頃に婚約、結婚した。

28歳を境に、第一線から退き、樹里との子宝を授かった。

数年前に不治の病に侵されるが、孫の誕生を機にその時こそ知識を総動員して努力したが、結局今の入院生活に落ち着いたな。

 

「―――――儂は、学生時代が、一番楽しかったなぁ」

 

「アタシもだよ。あんたに出会わなきゃ、アタシはこんなに充実した人生を送れなかったさ」

 

「海に行って、渋谷で夜遅くまで遊んでみたりして」

 

「お台場の海浜公園ではしゃいだり、手作りでおせちを作ってみたりもしたし」

 

「よく知らない田舎に飛行機乗って旅行して……」

 

思い出す度、思い出を口にする度、腕の力が抜けてくる。

残された時間が、樹里の素敵な白髪に触れることを許さなかった。

 

「あんた―――――」

 

「そうだ!アレ見せてくれよアレ!」

 

樹里から暗い言葉が聞こえそうだので、少しばかり声を張り上げた。

 

「中3の最後の総体連の、決勝のブザービター!」

 

喉の奥が焼ける感覚があるが、叫んだ。

おそらく、これが樹里との、ラストプレーだ。

 

叫んだ声にはっとなった樹里は、立ち上がり窓の方を向く。

6号のボールではなく、レモン色の風船玉を構えて。

樹里が愛用していたバッシュではなく、スリッパでスキール音を鳴らして。

汗に濡れた偶像の金髪ではなく、汚れを知らない最愛の妻の、純白の髪が靡いて。

 

「…シュッ」

 

―――――!

 

放たれる樹里の最後のシュート。

中学最後の真夏の総体連、第4ピリオド残り0秒で樹里が放ったブザービーター。

 

まったくもって瓜二つだ。

目の前にあの日の樹里がいる。

あの、金髪の偶像が。

 

人生最後に、この光景<プレー>を見られてよかった。

思い残すことはもうないだろう。

 

「―――――大好きだぜ、アンタ」

 

「…俺もだ。

白髪になっても愛し続けられたことが、本当に嬉しかったよ」

 

 

 

 

「俺は、樹里と出会えて、本当に良かった―――――」

 

 

 

 

 

これほど素晴らしかった人生があるか。

バスケも恋も愛も一途に突き進み、不幸な時間も共に受け止めあう。

闘志が潰えても尚、華やかな生き様は骸とならず。

75回目の最後の真夏日でさえ、白髪の愛人として、最期まで寄り添ってくれた彼女がいて。

 

その人が持つ黄金の輝きは、間違いなく俺の憧れであり続けた―――――

 

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