「ねぇ比企谷くん」
「あん?」
高校3年になった俺達は、新たな季節の始まりと今までに別れを告げてその一歩を踏み出した・・・なんてことはなく、合同プロムのツケをキッチリと払っていた。
PCと書類に意識を向け、俺と雪ノ下は真面目に仕事をしていた。誰だよ合同プロムなんかやり始めた奴・・・俺だった。勝手に色々やると、こんな風に仕事もかさばります。これ人生の教訓な。
とまぁ、放課後も部室を使って色々やっていると隣に居る雪ノ下から名前を呼ばれた。
・・・は?なにそのちょっと顔を赤らめて不安げにこっちを見てくる表情。何が言いたいのか全く伝わんないし、なんならこのまま見つめ合っているのもちょっと悪くないかなーと思っちゃうまである。近くで見るとその美しさが際立つとかどういう事なの?神様の造形かなんかなの?端的に言えば、可愛い。
「『恋』と『愛』って、どう違うのかしら」
「・・・・・・Are you serious?」
「あなたに正気を疑われるなんて、私も落ちたものね」
あっぶねーあまりの驚きに、つい英語が出ちゃったよ。なにその疑問・・・答えるの小っ恥ずかしいやつじゃないですかー。でもでも、そんな事を正気で尋ねてくるこのパートナー様はちょっと愛らしくて、やっぱり敵わない。ふぇぇ〜惚れた弱みってヤツだよ〜。
「少し休憩にしましょう。そして私のこの疑問を共に考えましょう・・・つまり、私と討論しましょう、いえ、しなさい」
ましょうましょうって執拗いし、最後に至っては命令になってるし、なんなん?なんでそんな短文だけで話をしているのでしょうか。
・・・あー・・・分かった。お前、結構いっぱいいっぱいなんだな。ごめんって、だからそんなに口元を結ばなくていいよ。
「・・・実際休憩は欲しいし・・・まぁ、議題自体は面白そうだから、やってもいい」
「ではルールを決めましょう」
一転、その表情に花が咲く。かわっっっ。
意識飛びかけたわ。
「そうね・・・辞書に書いてある事を言うだけなのは駄目よ。引用して自身の論を述べるのは有り。あくまで、私たち個人の解釈を言う。それから、ここで言う『愛』とは、異性に向ける感情を指すから『家族愛』などは除外する・・・私からは以上よ」
「オーケー。俺からは、そうだな・・・否定ではなく、疑問に収める。それくらいだな」
「こちらもそれでいいわ。では、始めましょう。議題は、『恋と愛の違い』」
PCの画面を閉じてドヤ顔で宣言する雪ノ下の顔は、とても楽しそうだった。こういうのやってみたかっただろうな・・・えぇ、なにそれ可愛い。生徒会長になろうとしたのも、こういう議論とか討論がやりたかったっていうのもあるのかな?・・・まぁ、うん・・・責任取って、俺とするか。幾らでも付き合うよ。
*
「言い出したのは私なのだし、私の解釈から述べることにするわ」
それに頷いて応える。雪ノ下の考える『恋』と『愛』・・・めっちゃ興味あります。コイツの頭脳でどのような結論に至ったのか、その答えはとても楽しみだ。
「まずは『恋』からね。『恋』はその根底に、憧れがあると思うのよ。その人への憧れ、関係への憧れなどが挙げられると思うわ」
再度頷く。なるほど、確かに根底に憧れはあるかもしれない。そこは俺も同意できる、と言うか、経験談としてある。流石は雪ノ下雪乃、初手から強い。
「その憧れは、好意に変わる。長所が大きく見え始め、その人の印象もある程度固定される。そうして、その人と共に過ごしたいと思った瞬間にそれが『恋』となる・・・って所かしら」
ふむふむ・・・これめっちゃ恥ずかしいな。
思い出すのは、合同プロム終盤での出来事。
『あなたが好きよ、比企谷くん』
顔を赤くし、笑顔でそう言った彼女の顔を思い出す。そんな事考えてたの?ねぇ、俺これからどんな顔してあれを思い出せばいいの?あ、思い出すのは確定なんですかそうですか俺ってばチョロい。
「ではこのまま『愛』について話すわ。『愛』とは、その人を必要不可欠とする感情ね。一人では出来ない、一人では成り立たない、一人では芽生えない。想い、想われ、その二つの感情があって初めて生まれるものだと、私は思うの」
やっべぇぇぇ・・・真面目な顔して言っているところ悪いんだが、これは新手の拷問かなんかなのだろうか?今すぐにでも雪ノ下を抱き締めたくて仕方ねぇ。ヘタレな俺がんな事出来るとは思えないんだが、今のテンションとこの心持ちなら行ける気がする。
「満たされた感情を育み、その人から与えられ、また自分の中で育む・・・」
雪ノ下は、自分の胸元に手を置いて目を瞑る。女神か天使のそれにしか見えないんですけど。
「だからきっと、感情を向けることだけをするのが『恋』であり、感情を受け取ることを『愛』だと、私はそう思うわ」
その頬には外に咲く桜と同じ色が差している。微笑と、桃色と、少しばかりの気恥しさを兼ね備えたその姿を・・・俺はあと、何度見ることになるのだろうか。
あと、何度見惚れることになるのだろうか。
「・・・ん、んんっ!ひ、比企谷くん・・・次、お願いするわ」
「へ?・・・あ、お、おう」
この後にやるとかちょっとキツいんだが。雪ノ下の言葉で割とメンタルがイカレ始めた。
「結論から言えば行為の向け方の違いだと思う。『恋』とは否定を根底に好意を向け、『愛』とは肯定を根底に好意を向けるって感じだ」
雪ノ下とは違い、結論から先に述べる。彼女に倣ってそれぞれ語ってもいいのだが、今のメンタルだと余計なことまで喋ってしまいそうなので少し怖い。
「リスクがあること、リターンがないこと、醜いところ、嫌いなところ、後悔があるかもしれないところ・・・挙げればキリがない」
雪ノ下は、黙ってこちらを見続けている。
「『恋』ってのは、それらを許容出来ないもんだと俺は思う。独善的で、一方的で、押し付けで・・・そんなんはその人への否定でしかない」
ある意味、憧れに近いもんだ。感情を向けることだけという点では、雪ノ下と被る所がある。
「だが、『愛』はその人への否定がない。色んなとこを見て、感じて・・・それでも、丸ごと引っ括めてその人を受け入れる事が出来る」
人には、無論、短所がある。完璧な人間なんて居ないのだから、当然の事だ。『愛』はきっと、その人の短所でさえも受け入れてしまえるのだ。
めんどくさいところも、可愛いと感じてしまう程に。
「要は、『恋』は理想のその人を想い、『愛』は現実のその人を想う・・・まぁ、そんなところだ」
長く、大きな溜息を吐く。なんかこの部屋熱くないっすか?顔の辺りがえらく熱を持っちゃって仕方ないんですけど。まだ春の季節ですよね?おっかしいなぁー、夏はまだまだ先なんだが。
「・・・よく分かったわ」
無言を貫いていた雪ノ下は、一度目を閉じるとそう言った。よく分かったって・・・恥ずかしいな。
「では質問タイムね。私が思うに、あまり比企谷くんは『恋』に対して良い印象を持っていない・・・そういう事かしら?」
「言い方もそうかもしれんが、確かにあんまりいい印象はねぇな」
「その心は?」
「『恋』をした事があるから」
「・・・・・・途轍もない説得力ね」
全部失恋なんですけどね。寧ろ、失恋しかして来なかったからこそ、良い印象がないまである。
結局の所、勝手に期待して、勝手に幻滅して・・・俺が今までしてきたのは『恋』だったのだ。なら、『それでも』と目の前にいる人に手を伸ばし続けたこの感情は、『恋』では無い。
『愛』と、そう結論付けるしかないじゃないか。
「比企谷くん、質問はないのかしら?」
「ねぇな・・・なんつーか、割と納得してたところはあるからな」
「・・・私も大体同じだわ。論自体は納得出来るところがあるのだから、あまり疑問という疑問がないのよね」
それって、発表会じゃないですか?という言葉は、しまっておく。どんな形であれ、雪ノ下が満足してくれればそれでいいのだ。
リターンなんて、初めから求めていないのだから。
「・・・なら、今日の討論会は終わりね」
「だな」
お前が微笑んでくれていれば、それでいいまである。
「今回の結論としては、私は比企谷くんを愛しており、比企谷くんは私を愛している・・・異論反論抗議質問の一切は受け付けないので、以上でおしまいよ」
・・・は?待て、待て待て待て待て。なんでいきなりそんなに結論になった?脈絡は?文脈は?さっきまでの俺たちの発表はなんだったの?
いや、まぁ、うん・・・否定はしないけど。
「次回は『永遠』の存在についてよ。ちゃんと考えをまとめてきてね」
まだやんのかよ・・・。