衛宮士郎が八神はやての家に住んでから数日が経過した。今まで独りだったはやての生活も、世界中を巡ってばかりだった士郎の生活も、ガラリと変わった。
はやてはずっと独りで食事を作っていたり、通院していたりしていた。車椅子の少女にとってはかなり難しかった。しかし、士郎が来てからそれは変わった。今は士郎がご飯も洗濯も家事ならなんでも引き受けてくれるし、はやての通院にも付き合ってくれる。そして士郎の生活も変わっていた。久しぶりに他人のために食事を作ったりしている。いや、実際は世界中で被災している人たちのための食事を作っていたのだが、場所がかなり物騒だったので最低限生きる上で必要な食事しか作れなかった。そのため、こういう一般的な家庭で提供される食事を作るのは久しぶりだった。
「はやて、今夜何食べたい?」
「そうやなぁ…今夜は…うーん…」
「じゃあ病院の帰りにスーパーに寄ろう、そこで選んでいくか」
「せやな♪」
士郎の作るご飯を、はやては毎日楽しみにしていた。これまでずっと独りだった彼女にとって、士郎と食べる食事は格別だった。
海鳴大学病院
今日も士郎ははやての車椅子を押して病院へと向かう。
「あ、はやてちゃん、士郎さん♪」
「こんにちは、石田先生」
「今日もうちの診察よろしゅうお願いします」
最初は急に大人の男性がはやての車椅子を押していることに、担当の石田先生は思い切り驚いていた。しかしはやては
「士郎はうちの従兄弟で、遠いとこから久しぶりに会いに来てくれたんや」
と説明したことでなんとか切り抜けた。今ではすっかり石田先生からも信頼されている。
「そうそう、士郎さん少し…」
「…はい?」
一通りの診察が終わったとき、廊下のベンチに座っていた士郎。はやての診察室に入る前に、士郎は部屋から出てきた石田先生に呼び出される。
「実は明日、はやてちゃんの誕生日なんですよ」
「そうだったんですか?誕生日か…」
「今の状態なら健康面の問題もないので、せっかくですし、豪華な食事をするのもいいですよ♪」
「…わかりました、それじゃそうさせてもらいます」
士郎は明日のために大量の食事を用意することにした。
「じゃあ、明日もお願いします」
「はやてちゃん、士郎さん、また明日♪」
「さよーならー」
そのままスーパーに向かうが、今夜用意するのはあくまでもはやての要望に応えた普通の食事。誕生日用の豪華な食事は後でこっそり用意するつもりだ。
「んー、魚のフライでも作るか」
「えらい美味しそうやなぁ、楽しみ♪」
「簡単にできるから食べたいときに言ってくれればすぐ作れるぞ?」
「ほんま士郎は料理上手やね〜」
「…士郎?」
「あっ、さん付けのほうがええんかな?」
病院では疑われないよう呼び捨てで呼んでいたはやてだったが、相手はかなり歳が離れている大人にして血縁関係のない他人だ。だが士郎は特に気にしていなかった。
「いや、別に俺は呼びやすい呼び方でいいぞ?今は俺達、家族なんだろ?」
士郎ははやてに笑顔でそう伝える。
「じゃあ士郎でええな♪」
こうして普段でもはやては士郎を呼び捨てで呼ぶことになった。
夕食を食べ終わり、はやてを風呂に入れ、士郎はリビングのソファに座っている。はやてが寝たあとに食材を買って、夜中のうちに料理を作り上げるつもりだ。待っている間、彼はあの夢の内容を思い出していた。
(…はやてがああなる前に…食い止めなきゃな)
少しうろうろしていると、何やら謎の気配を感じた。振り返るとそこには鎖で閉じられた茶色い一冊の本があった。本の中央には剣のような十字架が飾られている。
「なんだこの本は…異質だな…」
はやての髪を乾かしていると、彼女が口を開いた。
「士郎、明日…実はうちの…」
「…何か特別な日なんだろ?なんとなく察した」
「っ!?まだ何も言ってないのに?」
察されたはやては驚いて素っ頓狂な声を上げる。まあ士郎は既に答えを知っているのだが…
「まあ待ってろ、明日ははやてにとってとてもいい日にしてやるから♪」
笑顔で士郎はそう答えた。はやては嬉しくなって涙が零れそうだった。今までずっと一人で誕生日を迎えていたのだから、誰かに祝ってもらえるとなると嬉しくて感情が溢れそうになる。
「はっはやて?大丈夫か?」
「え、ええ、平気やよ?ちょっと嬉しくなっただけや」
「期待していろよ、今夜はお前が寝るまで隣にいてやるから」
安心させるために士郎はそう口を開く。はやてはとても嬉しそうだった。
6/3 21:00
はやてはベッドでぐっすりと寝ており、それを確認した士郎はこの時間でも空いているスーパーに行くために外に出る。なるべく早めに買い物を済ませ、できることなら日が変わる前に料理を完成させたかった。
「すき焼きにオムライスにシーザーサラダに…ケーキは思い切ってデコレーションケーキにするか」
着々と買い物を済ませ、最後に立ち寄った場所はデコレーションケーキを買うためのケーキ屋だった。夜まで営業していたことは本当に幸運だった。
そして家に戻り、長時間の料理に取り掛かる。ケーキはちゃんと冷蔵庫に入れてるのでご安心を。
6/3 23:50
豪華な食事を作り終えた士郎は冷蔵庫にそれを保管し、就寝に着こうとする。だが急に彼は寒気のような変な感覚に襲われた。
「なんっ…だ……これ…」
そして急に脳の中をあの夢がぐるぐると映し出される。一通り映像が流れると、士郎は放心状態から急に我に返る。
「はやてっ!!」
士郎はダッシュしてはやての部屋へと駆け込んでいった。
6/3 23:59
「な、何が起きてるん!?」
はやては起きていた。目の前にはあの鎖に閉じられた本が妖しい光を放ちながらその場に浮かんでいる。
『Anlaufen』
「大丈夫か、はやて!」
本から謎の音声が響いた直後、士郎が扉を開けて入ってくる。本の真下には魔法陣が展開されていた。
「士郎、これ一体何が…!」
「ま…まさか…」
士郎は似たようなことを数年前に経験している。忘れもしない、第五次聖杯戦争の開幕の刻。彼のサーヴァント・セイバーが召喚された、運命の夜のことを。
魔法陣から強烈な光が放たれ、その閃光に驚いた士郎は目をつぶって尻餅をつく。
光が収まると、魔法陣のあった場所には4人の姿があった。
「闇の書の起動を確認しました」
「我ら、闇の書の蒐集を行い、主を守る守護騎士」
「夜天の主に集いし雲──」
「──ヴォルケンリッター。何なりと命令を」
それぞれ桃色の長髪の女性、小柄な赤髪の少女、金髪の短髪の女性、獣の耳を生やす屈強な男性が士郎とはやての目の間にひざまずいている。彼ら四人は目を開き、それぞれ立ち上がる。
窓から入る月明かりに照らされた騎士と座ってそれを見ながら対極の位置に座す士郎。
その光景は、まさに聖杯戦争の始まりの夜と同じ──運命の夜の再来だった。
「な…なんだ……サーヴァント…か…?」
「…サーヴァント…?」
士郎の言葉にピンクの長髪の女性が疑問符のついた声で応える。どうやらサーヴァントとは違うらしい。
「…生憎私はサーヴァントなどという存在ではない。私はヴォルケンリッター、烈火の将・シグナム。貴様は何者だ。我が主の敵とみなせば…斬り捨てる」
殺気の籠もった声でシグナムは腰に携えている剣を抜き、士郎の眼前に突きつける。しかし士郎は冷静なまま、彼女の問に答える。
「俺は士郎…衛宮士郎だ。お前らの言う主って奴の敵じゃない」
「……」
口先で言うことでは信じられないのか、士郎に突きつけた剣を降ろさないシグナム。士郎も士郎で、対抗するべく剣を投影するために魔術を起動しようと、腕を青く光らせる。
「あのよーシグナム」
「何だ?」
赤髪の少女が会話に割り込んでくる。彼女が指差すは士郎──否、士郎の後ろだった。
「気絶してんだけど、そいつ」
見ると、はやてが突然の出来事に目を回して気絶していた。
「ほぇぇぇ……」
「……とりあえず、今は彼女をどうにかしないか…?」
「……ああ」
シグナムは突きつけていた剣を鞘に納める。今は戦うよりもはやての安全確保が先決だった。
運命の歯車は遂に加速を始めた。
この先の激闘と火花を、彼らはまだ知らない。
そして、正義の味方の葛藤と絶望も……。
「闇の書…これがか」
「みんなの衣食住、私がしっかり管理せなあかんゆうことやね!」
「シロウ、サーヴァントとは何なのだ?」
「あいつそっくりだな…ほんとに」
次回
「温もりのある日々」
Fate/stay night屈指の名場面、運命の夜の構図で書いてみました。どうでしょうか?セイバーも月明かりにてらされていたのでその描写を文字にしてみました。
思えばはやての中の人って遠坂凛と同じ植田佳奈さんだったんですね、なんか奇跡なような気がします笑
次は日常回です、士郎の料理上手っぷりがシャマルのメンタルを折りそうな気がしますね笑
この先は時間がかかりまくるので遅くなりますが、期待しないで待っててくれると幸いです(汗)
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