主人公のアエルスドロが、故郷を脱出するところから始まります。
これは、とあるダークエルフの剣士とその仲間による、小さくも強く輝く物語――
アルカディアの地下にある、ダークエルフが住む都市にて――
「うっ!」
ダークエルフのツリーンマチャス家の主、ジルヴサーラが腹を押さえて蹲る。
「どうなさいました、ジルヴサーラ様」
「私の……新たな子が、産まれるのだ……ぐぅぅ!」
陣痛からか、ジルヴサーラの苦しみが強くなる。
そのせいでジルヴサーラは動けなくなっていた。
彼女の背後に、彼女の実の娘であるキアランが迫っている事を知らずに。
「……産まれたぞ……!」
こうして、ジルヴサーラは四人目となる子を出産した。
産まれた子供は、右目が赤、左目が紫の、とても可愛らしい
「な、に……男、だ、と……!」
ダークエルフの社会では、男性は立場が低い。
ジルヴサーラは子を司祭にしようと思ったが、それができなかったため悔しそうな顔をした。
「仕方あるまい……こやつの名は……アエルスドロにするぞ……!」
アエルスドロは、ダークエルフ語で「放棄した命」という意味である。
つまり、ジルヴサーラはアエルスドロを息子だとは思っていないのだ。
「う……はぁ……」
すると、出産直後で弱っているジルヴサーラを、長女キアランが背後から短剣で貫いた。
ジルヴサーラはばたりと倒れ、息絶えた。
「フン……確かにこいつは男だ、司祭にはなれない。
だが、使い物にはなりそうだ、殺さずに利用しておくぞ……!」
こうして、アエルスドロが10歳になった時。
彼は、鎖で縛られたオークがいる部屋にいた。
「さあ、レイピアを持て」
ツリーンマチャス家の主となったキアランは、そう言ってアエルスドロにレイピアを持たせた。
「そのオークは、我らに逆らった愚かな存在。故に、お前自身の手で殺すのだ」
「ころ……す?」
アエルスドロは、殺すという言葉を聞いて少し震えていた。
「どうした、早く殺さぬのか」
「……ぼ、くは……そ、の……」
アエルスドロのレイピアを握る手が震える。
それは、目の前にいるオークを殺す事を躊躇っているようだった。
「ええい、腹立たしい!」
それを見たキアランは怒り、アエルスドロからレイピアを奪った。
「何故殺さぬ! 我らダークエルフは愚かな奴隷を殺す事こそが正しいのだぞ!」
「ただ、しい……?」
「おい! そこの者! この男の属性を確認しろ!」
「はい、キアラン様」
キアランの指示により、ダークエルフの剣士がアエルスドロの属性を確認する。
すると、ダークエルフの剣士の顔が見る見るうちに青くなった。
「か、か、彼はダークエルフの中でも忌まわしい『善』の心の持ち主であります」
「何!? おい、この男を殺せ!」
「し、しかし……」
「裏切り者には死を。それがダークエルフの掟だ」
そう言って、キアランは短剣を構え、アエルスドロの首に突きつけた。
(……まずい……!)
すると、ダークエルフの剣士がアエルスドロを抱えて逃げ出した。
「おい、待て!」
キアランはダークエルフの剣士を追ったが、あっという間にその姿は消えてしまった。
「アエルスドロお坊ちゃま……」
「な……に……?」
「お坊ちゃまは善の心を持っておられます。あのままでは裏切り者として殺されます。
わたくしと共に、逃げてください……」
「きみ、は……」
「わたくしはツリーンマチャス家に仕える執事、アルトンです。
お坊ちゃまの姉上は欲深きダークエルフの中でも一際欲深く、母を殺して主になったのです」
自分の姉が、そんな人だったなんて。
それを聞いたアエルスドロは、恐怖でアルトンの袖をギュッとしがみついた。
普通のダークエルフならば、まずしない事だ。
「ここはお坊ちゃまにとっては地獄でしょう。早く、お逃げください……」
「……」
アルトンに抱かれながら、アエルスドロは眠りにつこうとした。
その時だった。
「ギギィー!」
恐らくは姉がけしかけたのだろう、大量のゴブリンが襲い掛かってきた。
「ゴ、ゴブリン……!」
「お坊ちゃまは下がりなさい。私が相手します!」
アルトンはアエルスドロをそっと下に降ろすと、長剣を構えて戦闘態勢に入った。
「お坊ちゃま、その間にお逃げください」
「……でも……」
「大丈夫です、お坊ちゃまは最後までわたくしがお守りいたしますから。さぁ、逃げなさい!」
「……うん!」
アルトンに見送られながら、アエルスドロは地下都市を駆けていった。
その目から、涙を流しながら。
「ギギーッ!」
ゴブリンが短剣を構えてアルトンに突っ込んでいったが、
アルトンは攻撃をかわし斬撃をゴブリンに叩き込む。
アルトンは剣を構え直すと、ゴブリンの群れを強く薙ぎ払った。
「お坊ちゃまは私が守ります。ですから、ゴブリン程度に後れは取りません!」
襲い掛かるゴブリンの攻撃を回避しつつ、ゴブリンに斬りかかるアルトン。
ゴブリンを剣で貫くと、ゴブリンを利用して飛び上がり、残りのゴブリンを薙ぎ払った。
周りのゴブリンがいなくなったのを確認すると、アルトンは剣をしまう。
「お坊ちゃま、もう大丈夫です。わたくしも後で行きますから!」
アルトンがアエルスドロに追い付こうとした、その時。
「ようやく見つけたぞ、アルトン……いや、一族の裏切り者!」
「キアランお嬢様……!」
アエルスドロの姉、キアランが、アルトンを追ってやって来た。
「貴様、アエルスドロはどこにいる」
キアランからアエルスドロの行方を聞かれたが、アルトンは一切何も話さなかった。
「どこだ」
「……」
「話さぬのか?」
「……」
何も言わないアルトンにキアランは痺れを切らし、短剣を抜いた後、平常心を取り戻す。
「まぁいい。貴様の考えている事はお見通しだ。まずは貴様を殺してからにしよう」
キアランが呪文を唱えると、アルトンの周りを大量のトロールが取り囲んだ。
「さあ、トロールよ! この者を殺せ!!」
・モンスター図鑑
オーク
豚のような姿をした魔族。
雑食かつ欲望の塊で、どの種族よりもエルフやドワーフを嫌っている。
知能は低く、ダークエルフに奴隷として使役される事が多い。
ゴブリン
緑色の肌に尖った耳、子供くらいの背丈の魔族。
弱い者には強く強い者には弱い、典型的なやられ役。
だが徒党を組んだ時の数の暴力は馬鹿にはできない。
トロール
オークと似たような魔族だが、オークより体格も腕力も大きい。
夜行性で、日光に当たると石になってしまうという。
再生力も高いため、駆け出しの冒険者は相手にしないのが吉。