冒険ばかりでは疲れると思ったので。
フォノンが起こした異変を解決したアエルスドロ達は、ナガル地方に戻ってきた。
時間はもう、夕方を回っていた。
「お帰りなさい。無事の帰還、何よりです」
ディストがマリアンヌをお辞儀して迎えると、マリアンヌは「ご苦労様」と彼に労った。
「あの後、屋敷の茨が消えました。そこで何かありましたか?」
アエルスドロは、屋敷で起こった出来事、塔に魔導師フォノンがいた事を話した。
「なるほど……あそこには、強大な邪悪がいたのですね」
「でも、僕達が救いました。彼女の魂も召されていると思います」
ルドルフがそう追加で報告する。
すると、カラカラと満足そうな糸車の音が聞こえた気がした。
「ルドルフ、なんか聞こえたー?」
「気のせいだと思いますが……」
「でもまぁ、これで住民達は満足しますわね」
茨がなくなった事で、もう住民がそれに悩まされる事はない。
その事に対し、領主のマリアンヌは安心した。
「もうすぐ夜ですし、そろそろ夕食の支度でもしましょう。
今日は、わたくしとアエルスドロが作りますわよ」
マリアンヌは、アエルスドロを連れて台所へ向かった。
今日覚えた料理の腕を試すためである。
マリアンヌはレシピの本をめくり、眺めた後、クリームシチューを選んだ。
クリームシチューの材料は牛乳、ポテト、人参、玉葱、チキンだ。
「ではまずは、野菜とチキンを切りましょう。包丁を用意しますわね」
そう言って、マリアンヌは包丁を取り出した。
「まずは、野菜を切ってください」
「えぇと……」
アエルスドロは包丁を握り、用意された人参を切った。
少しだけ手は震えていたが、剣を握った事があるため、その手つきはスムーズだった。
人参やポテトを角切りにした後、玉葱も同じように切ろうとした。
しかし、玉葱を切ろうとした時、アエルスドロの手が止まった。
「どうしましたの、アエルスドロ?」
「玉葱を切ると、涙が出るらしいので、切れないんです」
「とりあえず、あなたの魔法で目を覆ってみては?」
「……やってみます」
アエルスドロは目を保護する魔法を自分にかけ、包丁を握り直して玉葱を切った。
すると、玉葱を切っている最中でも目に刺激が加わらず、涙が出ずに玉葱を切る事ができた。
「おお! 涙が出ません! これなら楽に玉葱を切る事ができます!」
「じゃあ、わたくしはチキンを食べやすい大きさに切りますわね」
マリアンヌも包丁を持って、チキンを切った。
彼女の方は、料理をした事がないらしく、かなり苦戦していた。
「く……難しいですわ!」
「あの、マリアンヌさん? 包丁はこうやって使うんですよ?」
「五月蠅いですわね、ちゃんとやりますわよ!」
意地を張りながら包丁を動かすマリアンヌ。
しかしその動きはぎこちなく、どこか大雑把で、アエルスドロは面白そうな顔をした。
それが、マリアンヌをますます意地っ張りにした。
(マリアンヌさん……本当に、美味しいクリームシチューができるのでしょうか……)
「よし、これで野菜とチキンは終わりましたわね。それじゃあ、次は鍋に油をひきますわよ」
野菜とチキンを切り終わった後、マリアンヌは油を取り出して鍋にひいた。
「アエルスドロ、それにさっき切った野菜とチキンを入れなさい!」
「はい!」
アエルスドロは鍋の中にポテト、人参、玉葱、チキンを入れた。
マリアンヌはさらに、急いでソルトとペッパーを入れる。
「さあ、炒めるぞ! ファイア!」
アエルスドロが鍋に炎魔法を唱え、材料を炒めた。
「私が初めて作る料理なんだ、みんなが喜んでくれればいい」
「わたくしも忘れないでくださります?」
むすっとしながらマリアンヌは言った。
アエルスドロは「分かりましたよ」と言った後、料理に集中する体勢に入った。
材料にしっかりと火を通すために、まんべんなく炒める。
そして、玉葱が透明になるまで炒めた後、アエルスドロは火を止めた。
「よし、後は牛乳と水を入れるわけですわね! 混ぜるのはわたくしがやりますわ!」
マリアンヌは牛乳と水を鍋に入れ、再びアエルスドロが火をつけた後にかき混ぜた。
かなり大雑把に混ぜていたが、その様子は料理を作りたい彼女なりに一生懸命だった。
とろみがつくまで、彼女は只管混ぜ続けていた。
「美味しくなりなさいよ、わたくしのクリームシチュー!」
「……」
その時のマリアンヌの表情は、アエルスドロも引くほど凄まじかったという。
煮立ってきてとろみがつくと、マリアンヌはアエルスドロに弱火にするように言った。
こうして、二人は完成するまでクリームシチューを煮込んだ。
「美味しくなぁれ、美味しくなぁれ……」
「美味しくなりなさい、美味しくなりなさい……!」
そして、ぐつぐつという音が聞こえてきたところで、アエルスドロは火を止めた。
「これでクリームシチューの完成だな」
「ちょっと中を見てみましょう」
マリアンヌが鍋を開けてみると、良い香りが漂ってきた。
見た目も美味しそうで、具も均等に混ざっている。
だが、見た目は良くても、味が良くなければ、初めての料理は失敗だ。
「美味しそうにできてますわね」
「後はみんなが喜んでくれるか、だな」
「ふっふふ、わたくしとアエルスドロが作った料理ですから美味しくないわけがないですわ」
アエルスドロとマリアンヌは、クリームシチューを皿によそった。
その日の夜。
「今日の夕食は」
「わたくし達が作った、クリームシチューですわ!」
「おや、珍しいねぇ。今日はあんた達が夕食を作ったのかい?」
今日は夕食を作ってもらう側になったファルナは感嘆する。
マリアンヌは自分とアエルスドロが初めて作った料理を食べてもらえる事にわくわくしていた。
「……よし、いただきます!」
ファルナがクリームシチューを口に入れると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「へぇ、なかなかいいじゃないか。あんた達の料理」
「わたくしも、ここで生きる時にはこの料理も学ばなくてはいけませんのよ」
ここに左遷される前は、料理もまともにしていなかったマリアンヌ。
しかし、ここで生活するために、家事全般を修得しようとしている。
そして今日、アエルスドロと共にクリームシチューを作ったのだ。
「私は巻き込まれた形だが……」
「何かおっしゃりました?」
「い、いえ」
マリアンヌは余計な一言を言った(?)アエルスドロを睨んだ。
二人を見ていたディストは、食事に手をつけた。
「ディスト、お味はどうですの?」
「ああ……美味しいですよ」
「よかった、ディストが喜ぶなんて嬉しいですわ。戦闘はできませんけど、有能な副官ですしね」
「ありがとうございます」
マリアンヌは、何だかんだでディストを認めているようだ。
「こうして、みんなが仲良く暮らしているなんて。私がいた場所では、あり得なかったのに……」
その温かい様子を、アエルスドロは羨ましそうに見ていた。
自分が元いたアンダーダークでは、毎日のようにダークエルフの女達が権力抗争をし、
男達はその戦力としてこき使われていた。
だが、ここでは全ての者が手を取り合って暮らしている。
長い間アンダーダークで暮らしていた彼にとって、まさに天国と言える場所だった。
「……この平和が、ずっと続けばいい……。それが、私の願いだ……」
ナガル地方は、マリアンヌがいる限りは基本的に安全です。
だから、住民は基本的にのほほ~んとしているのです。