こういうのは、敵よりも味方にした方が役に立つのです。
洞窟で驟雨を見つけたアエルスドロ達は、ナガル地方に戻ってきた。
アエルスドロは傷ついた驟雨をベッドに寝かせ、マリアンヌと交代で彼を看病する事にした。
これで二度も、驟雨はベッドに運ばれたという事になる。
「一応、傷の回復はしておいたけど、
まだ痛みは残ってそうだからしばらくベッドで休んでもらうよ」
驟雨が負った傷はエリーが治したようで、彼女の光る手がそれを物語っている。
「しかし本当に、エマ・クレーシェルに驟雨を取られなくてよかったですわ」
マリアンヌは驟雨の戦闘能力に目を付け、何が何でも武官にしようと思っていた。
しかし驟雨は「速雨に仕えている」という理由でマリアンヌに下るのを頑なに拒否していた。
何とか彼を無力化させる事は成功したものの、
マリアンヌがへまをやらかしたせいで洞窟に逃げられ、
エマが勧誘する前に驟雨を倒しここに運んだのだ。
「今度こそ、正式にナガル地方で働けるといいですね……」
ルドルフは、心配そうな顔で眠っている驟雨の顔を覗き込んでいた。
「というわけで、これから何をするかを考えていきますわよ」
マリアンヌは驟雨が目覚めるまで、これからどうするかを皆で相談する事にした。
「まずは土地の開発からいきますわ。住民達をここに迎えるためには、家が必要なんですもの」
「そうね、あたしは賛成だわ! このナガル地方をもっと豊かにしたいもの!」
「……」
ミロは賛成したが、
妖精のエリーは開発が自然を壊すという行為になるため不機嫌な表情になった。
「別に、必要以上に開発するわけではありませんわ。
ある程度住みやすくするためには、切り開く事も必要ですのよ」
「なら、いいんだけど……開発の道中で野生動物に遭遇したら、しっかり身は守ってよ?」
「わたくしは弱くはありませんわよ? それよりもあなた達がもっとしっかりしなさい」
マリアンヌはホルダーから二丁拳銃を取り出すと、それをくるっと回して自慢した。
ユミルは「根拠のない自信じゃなかったらいいんですけどね」と心の中で思っていた。
「……ん」
しばらくして、驟雨が目を覚ました。
その目に光はなく、表情は虚ろで何も映していない。
「目覚めたんだな」
アエルスドロが、ようやく目を覚ました驟雨に近づく。
「……誰、だ? お前は……」
「何? 覚えていないのか?」
「……」
驟雨が自分の事を知らない事に、アエルスドロは首を傾げた。
ルドルフは驟雨の顔に手を当て、彼の記憶を読み取ってみた。
「どうでしたか?」
「……驟雨さんは忘れたわけではありません。彼の記憶は、消えています」
「どういう事なの、ルドルフ?」
エリーがルドルフに問うと、ルドルフは深刻な表情でこう言った。
「あの傷が原因だったのでしょう、もう彼の中に僕達の存在はないのです」
ルドルフの言葉に、アエルスドロ達は一瞬だけショックを受けた。
しかし、対照的にマリアンヌは不敵な笑みを浮かべていた。
「という事は、氷雨という奴に仕えていたという記憶も綺麗さっぱりなくなったって事ですの?」
「ひ……さめ……?」
マリアンヌの「氷雨」という言葉を聞いても、驟雨は思い出せなかった。
氷雨に関する記憶も無くなっているため、マリアンヌは彼を雇う事ができると確信した。
「彼の事が分からないのならば、わたくしが雇い主になってもよろしくてよ?」
そう言って、マリアンヌは驟雨に手を伸ばした。
驟雨は、彼女の手を握ると、ゆっくりと立ち上がった。
「……まぁ、悪役令嬢的に言うならば『飼い主』の方が最適な言葉ですわね!」
何はともあれ、何とか驟雨をナガル地方の武官にする事ができたマリアンヌ。
「よく見たらあなたの格好、少し汚くてよ。
わたくしが着替えを持っていきますわ、そこで待っていなさい」
そう言って、マリアンヌは箪笥の中から新しい服を持ってきた。
「エリー、魔法のカーテンで隠してくださりません? ほら驟雨、これ持って着替えなさい!」
「はーい」
しばらくして、新しい衣装に着替えた驟雨が姿を現した。
驟雨は黒い生地で作られた服と漆黒の頭巾を身に纏っており、
忍者そのものと言える格好だった。
ちなみに、頭巾はフェルプール特有の猫耳を隠さないように、上の部分が広がっている。
「闇に溶け込む感じの色か。俺に相応しい色だな」
「あなたは暗殺者ですからね。この方が、仕事の邪魔にならないでしょう?」
「それで、俺はどうすればいい?」
「この辺境の地を開発しましょう。エリーが困るので、必要以上にはしませんけど。
さぁ、行きますわよ!」
マリアンヌが開拓に行こうとすると、どん、どんとドアを叩く音が聞こえてきた。
「な、なんですの!?」
マリアンヌが大急ぎでドアを開けると、漁師のフォリアが慌てた様子でやって来た。
「ナガル地方の入り江を、サハギンが占拠しました。
その入り江さえ解放すれば襲撃はなくなるでしょう」
「ええ……と、アエルスドロ、驟雨、ルドルフ、エリー、様子を見てきなさい!
ほら驟雨、初仕事ですわよ!」
驟雨は頷くと、アエルスドロ、ルドルフ、エリーと共に、外の様子を見に行く事にした。
なんでマリアンヌは行かないんだ、とアエルスドロは言うが、
マリアンヌは「こっちも忙しいんですのよ」と答えた。
「うわぁ……」
四人が様子を見てみると、確かに魚などの量が減っている。
このままでは、ナガル地方の生活に悪影響が出るだろう。
ルドルフは、入り江をじっと見た後にこう言った。
「洞窟がありますね……多分、そこがサハギンがいる場所でしょう。
あちこちに水が流れているようで、滑らないように気を付けましょう」
「うん、分かったよルドルフ。フォリア、あたし達でこの事件を必ず解決してみせるから」
「安心するんだぞ」
「ありがとうございます……」
「では、行くぞ!」
「ああ」
アエルスドロを先頭に、一行は入り江の洞窟の入口に着いた。
どうやら、ここには見張りがいないようで、代わりにサハギン達は入り江の方を見張っている。
「はっきり言って……」
「ザル、だな」
一行が洞窟の中に入ると、冷たいが湿度が高く、周りには水たまりがある。
少し先に進んでみると、道が左右に分かれていて、水は右から左に流れているようだ。
右に行ってみると、洞窟は下りになっていた。
流れる水の量も多く、滑りやすくなっている。
「落ち着け……何か罠があるかもしれない」
驟雨が周囲を見渡すと、落とし穴があるのを発見した。
「! ここには落とし穴がある。迂回すれば落ちる事はない」
「ありがとう、驟雨。お前が見つけてくれなかったら、滑って落ちるところだったよ」
アエルスドロは驟雨にお礼を言った後、右側の崖に戻った。
幅が狭い通路を通ると、広い空間に出た。
床には亀裂ができており、その下に水で光るような床が見える。
「なんか、落ちたらやばそうね」
「奥に行けば何かあるけど……」
「ここを通らなければ、行く事はできないな」
アエルスドロ、ルドルフ、エリー、驟雨はここを飛び越える事に挑戦した。
「はっ!」
アエルスドロは、ダークエルフの身体能力を生かして余裕で亀裂を飛び越えた。
エリーは、羽があったため空を飛んで亀裂を乗り越えた。
ルドルフと驟雨は、筋力を上げる魔法とロープを使って無事に亀裂を乗り越えた。
「あれ? 驟雨、忍者の癖に筋力無いんだ~」
「……」
エリーが驟雨をからかうと、驟雨は彼女の首に短剣を突きつけた。
ルドルフは「驟雨さん、やめてください」と彼を慌てて制止した。
「仲間同士でいがみ合う姿を、これ以上私は見たくないんだ……」
「ごめんね、驟雨。アエルスドロが可哀想だから、もうやめようね」
「……」
ダークエルフのアエルスドロは、同族同士が己の覇権をかけて殺し合う様を見ていた。
そのため、先ほどの光景は、アエルスドロにとっては苦痛でしかないのだ。
エリーは驟雨に謝った後、奥に行く事を決めるのだった。
一行が通路の奥に進むと、サハギン達が待機していた。
一回り大きなサハギンと、斧を持ったサハギンの戦士もいる。
戦士のサハギンは、アエルスドロ達を見つけるとこう言った。
「来たか! 海を穢し、魚を奪う者ども! ここで貴様らを始末して海を平和にするのだ!」
「……その平和を乱しているのは、貴様らだろうが。私達は絶対に、許すわけにはいかない」
アエルスドロは物怖じせず、サハギンに向かって冷たい表情で剣を突きつけた。
入り江を荒らしているのはサハギン達だと分かっているからだ。
「邪魔はさせんぞ、ダークエルフとその同胞よ。行くぞ、皆の者!」
その声と同時に、取り巻きのサハギン達が一斉に襲い掛かって来た。
~モンスター図鑑~
サハギン
半魚人のモンスター。
力の強い長に率いられて暮らしており、知能はおしなべて低い。