しかし……。
ナガル地方で新聞記者に化けていた魔族ロルフは、アエルスドロ達の手によって倒された。
最初は魔族ロルフに対し何もしたくなかったマリアンヌであったが、
アエルスドロの「少しだけでも私達の味方をしてくれた」という言葉により、
ナガル地方にロルフの墓を立てる事になった。
「遺骸は残っていませんけどね……。こんな小さな墓ですけど、立てた事を誇りに思いなさい」
そう言って、マリアンヌは墓に手を合わせた。
せめて、ロルフがそこにいた証拠でも、このナガル地方に残しておきたかったのだ。
墓参りを終えた後、マリアンヌはアエルスドロのところに戻った。
「さて、ディストの容態はどうですの?」
「4日すれば治るだろうなと医師は言っていた」
「ふむ、妥当ですわね」
「何故だ?」
「帝国の医療技術が治してるんですもの、一週間より早いのは当然でしてよ!」
ガルバ帝国は軍事力だけでなく、医療技術も発達している。
そのため、たとえ重傷であっても、他国を上回るほどの速度で治癒できるのだ。
「それなら安心だ。さて、私達はどうするか……」
「とりあえず、昼食でも食べましょう」
「そうだな」
「お疲れさん。はい、昼食だよ」
ファルナは昼食としてフィレ肉のソテー、オニオンスープ、海草サラダを出した。
「「いただきます」」
アエルスドロとマリアンヌは、海草サラダを口にした。
「ふぅ、疲れが取れますわ」
「信頼していた人に裏切られるのはショックだけど、あんたが元気になればあたしはそれでいい。
あたしはこの料理で、みんなを元気にするのが仕事だからね」
「ファルナ……」
「さ、ちゃんと全部食べな。あんたがこんな気持ちじゃ、ナガル地方も落ち込んじゃうからね」
「はい、分かりましたわ!」
そう言って、マリアンヌはファルナが作った昼食を食べていった。
ミロは、肉が苦手なルドルフとエリーの代わりにフィレ肉のソテーを食べた。
「ありがとうございます、僕達の代わりに肉を食べてくださって」
「いいって事よ。……っていうか、あなた達が肉を食べないからこんな体格かもしれないのよ?」
「う……それは自覚します」
「でも、そもそもあたしは妖精だし、そんなに食べるわけないじゃない」
ミロはルドルフとエリーの痛いところを突いた。
だが、エリーはフェアリーであるため、さらっとミロの発言を流した。
「それもそうね。じゃ、あたしとユミルで二人ずつ分けるわ」
ミロは、エリーが食べない分の料理を、自身とユミルで二人ずつで分け合った。
「結構、食べる量は少ないのね」
「当たり前でしょうが! 人間と同じ量を食べる妖精だったら、今頃ガチンガチンに固くなってるわよ」
「ま、そりゃそうね。もぐもぐ」
ちなみに、通常のフェアリーが食べる量は、人間のおよそ10分の1である。
それは身体が小さいためであり、それ以上の量を食べると弱ってしまうからだ。
「ごちそうさまでした」
ファルナの昼食を食べ終わった八人の顔には、活気が戻っていた。
「みんな元気になったんだね、よかった。
最近、マリアンヌちゃんが元気ないから、あたし、心配だったんだよ」
「色々とあったからですわ。あなたには分からなくてよ」
「まぁ、こんなに色々あると、あんたもこうなっちゃうよねぇ」
「……」
エマとの再会からの誘拐、そしてロルフの裏切り。
この短時間で起きた出来事は、マリアンヌの精神をすり減らしていた。
「ま、今はゆっくり休みな。すぐに調子を取り戻さなくてもいい」
「ありがとうございますわ……ファルナ……」
ファルナの励ましの言葉に、マリアンヌは一安心するのだった。
その頃、驟雨と茜の倭国出身組は、文官が建ててくれた小屋の中にいた。
「お前とこうやって二人きりで話すのは初めてだ」
「俺もだ」
二人は倭国生まれでありながら、種族と職業が異なるため顔を合わせた事が皆無だった。
ナガル地方に来た時も、あくまでパーティーメンバーとしてであり、個人としてではない。
そのため、このように驟雨と茜が二人きりで話すのは、今回が初めてなのだ。
「最初にここに来た時の印象はどうだったか」
「あの女はどことなく偉そうな雰囲気だったが、私を差別しなかったから悪い人ではなかった」
茜が言う「あの女」とは、ナガル地方の領主、マリアンヌ・フロイデンシュタインの事だ。
彼女は人間でありながら、妖怪の自身を差別する事なく住民として受け入れてくれたため、
茜は彼女に心を開いている。
「最初は、人間なぞ信用できなかった。私達天狗は、物珍しい存在だからな。
だが、今は少しだけ、信頼できるようにはなった」
「そうか。……ああ、言い忘れていたが、ここには、善の心を持つダークエルフもいる」
「……何、ダークエルフだと?」
茜はダークエルフの存在を知らなかった。
倭国では、ダークエルフはほぼ存在が確認されていないからだ。
「悪しき心を持った黒い肌のエルフ……だが、彼はダークエルフにとっては忌まわしい、
清らかな心を持って生まれたそうだ。無論、マリアンヌから聞いた話だがな」
どうやら、驟雨はマリアンヌの話を聞いていたらしい。
実のところ、アエルスドロはあまり自身の過去を話すような人物ではなかった。
しかし、唯一心を開いているマリアンヌには、それをある程度は話していた。
その話を、驟雨が盗み聞きし、茜に話したのだ。
マリアンヌに見つからなかったのは、現役の暗殺者譲りの隠密の上手さからだ。
「このナガル地方、案外住みやすい場所だったな」
「そうだな。倭国も、もちろん故郷だから大事だが、ここも第二の故郷と言える場所だ」
驟雨と茜は、そう言葉を交わした。
「さて、そろそろマリアンヌも心配する頃だろう。帰ってみるか?」
「そうだな……」
二人は、マリアンヌのところに戻るために、小屋を出ようとした。
その時だった。
「……!?」
ドンドンと、ドアを叩く音がした。
何かあると悟った驟雨は、窓を開けて小屋を出た。
茜も、翼が引っかからないように開いた窓を通って小屋を出ていった。
「不死者か!」
ドアを叩いていたのは、ゾンビだった。
驟雨は素早くゾンビの背後に回り込み、短剣でゾンビを刺して倒した。
「私はマリアンヌに報告しに行く」
そう言って、茜は空を飛んでマリアンヌのところに向かった。
「茜、どうしましたの?」
「ナガル地方に不死者が現れた。今はゾンビ一体だけだがいずれナガル地方を襲うかもしれない」
「えっ!?」
不死者が現れた、というのは一体どういう事だ。
だが、ナガル地方を不死者に蹂躙されるのは、マリアンヌのプライドが許せなかった。
マリアンヌは急いで小屋に戻り、武装をして小屋を出た。
「他の人にはどう連絡しますの? 時間がかかっては困りますわよ」
「私が伝えよう。風よ!」
茜は翼を羽ばたかせて、アエルスドロ達に情報を送った。
「何、不死者が現れた!?」
アエルスドロ、ルドルフ、エリー、ミロ、ユミルは、茜からの連絡を受け、
武装してマリアンヌのところに来た。
「そうですわ。突然現れましたのよ。こんな辺境に、どうして不死者が……。誰か分かります?」
「私が調べよう」
そう言って、アエルスドロは前に出て、精神を集中した。
「……下の方から、強烈な瘴気を感じる」
「下?」
「ああ……。言いたくはなかったが……私が生まれた場所、アンダーダークだ」
アエルスドロは苦い表情で言う。
彼は一度、このアンダーダークを逃げ出した身であるからだ。
そこにもう一度行くのは、アエルスドロにとって不快だった。
「行きたくなかったの?」
「当然だ、そこには苦い思い出しかないからな。
だが、行かなければ、ナガル地方は平和にならない……」
「……ナガル地方のためにも、行かなきゃいけないんでしょう?」
「……」
アエルスドロは、迷いに迷った後、アンダーダークに行く事を決めた。
「……みんな、一緒にアンダーダークに行こう」
アエルスドロにとっては、もう二度と行きたくない場所だった。
しかし、そこから瘴気が溢れている以上、そこに赴かなければならない。
マリアンヌは、アエルスドロを信じる事にした。
ルドルフ、エリー、茜は正義感から、
ミロ、ユミル、驟雨は「だったら」とアエルスドロについていった。
「……行くぞ」
アエルスドロは頷いて、八人をバリアで包み、瘴気が渦巻く場所に向かって飛び込む。
八人はアエルスドロの故郷、アンダーダークに向かうのだった。
次回はアエルスドロの故郷に向かいます。