ダークエルフにも、心はあるのです。
「ア……エ……ル……ス……ド……ロ……」
アエルスドロの姉キアランは、地獄の炎の中に消えていった。
「終わっ……た……」
アエルスドロは、その場にぺたりと座り込んだ。
炎が消えたすぐ後に、アンダーダークを覆っていた瘴気も、跡形もなく消え去った。
「瘴気が消えましたわ……。やりましたわね、アエルスドロ! ……アエルスドロ?」
ナガル地方を守った事で、マリアンヌは喜んだ。
しかし、アエルスドロは何故か、浮かない顔をしていた。
「……キアラン、たとえ貴女が私を裏切り者と言っても、私にとっては家族だった。
その家族を討ち取った今、私は本当の家族を全て失った」
アエルスドロの家族の中で唯一生き残った姉、キアラン。
しかし、ナガル地方に瘴気を撒き散らした張本人だと知ったため、
彼はキアランを倒さざるを得なくなった。
そしてキアランは倒れ、こうしてアエルスドロは全ての家族を失ったのだ。
「貴方にとってはキアランは姉ですからね。普通の人では、その死を悲しく思うでしょう」
「私は生憎、その『普通の人』だからな」
ルドルフが言った「普通」とは、ダークエルフでない種族の普通である。
アエルスドロはその「普通」を持ってしまったからこそ、
他のダークエルフとは異なる思考になったのだ。
「……エマ……」
マリアンヌは、エマの居場所を知って、ぎゅっと握り拳を作った。
強く握った拳に、汗が少し滲んでいる。
エマを邪神降臨の器にされた事が、マリアンヌは静かに怒っているのだ。
「マリアンヌ、エマを助けに行くのか?」
「まさか。こんな疲れている状態で行っても倒れるだけですわよ」
アエルスドロ達は、アンダーダークを歩き回り、様々な敵や罠を潜り抜けていった。
その間で、体力も魔力も消耗してしまっている。
これでは、エマを追いかけようとしても逆にこちらが倒れてしまうだけだと、
マリアンヌは判断したのだ。
「ひとまず地上に戻って、身体を休めましょう」
「ああ……身体も痛いし疲れるし、一度リフレッシュさせよう」
こうして、八人はアンダーダークを出て、ナガル地方に帰還するのであった。
「お帰りなさい」
「お帰り、マリアンヌ」
「ディスト……ファルナ……」
帰還したマリアンヌは、副官のディストと料理人のファルナに迎えられた。
「皆さん、大丈夫ですの……?」
「ええ、貴女のおかげでナガル地方は無事ですよ」
「これはあたし達からのお礼さ! 受け取りな」
マリアンヌ達が慈母キアランを倒して、瘴気の元を消し去ったため、
ナガル地方が瘴気で覆われる事はなくなった。
ディストとファルナはマリアンヌに感謝し、彼女に多額の報酬を渡した。
「まあ、こんなに!」
その報酬は一人20000Z、ナガル地方に左遷された時はそんなに受け取れなかった額だ。
「うふふっ、これでナガル地方がどんどん発展していきますわね」
資金が溜まったため、ナガル地方を発展させたいとマリアンヌは考えた。
アエルスドロは「今更か……」と思いながらジト目でマリアンヌを見ていた。
「さて、まずはどうしましょう。……城は建てましたし、後、足りないものと言えば……」
「食糧だな」
「そうですわ。特に、肉とか」
ナガル地方の農地は広く、川もあるが、
そこから出る食糧が野菜や魚ばかりで栄養が偏っていた。
肉は狩人が獲るのだが、収入が不安定になる。
そこで、狩人に頼らずとも肉が取れるようにナガル地方を開発したいのだ。
「じゃあ、牧場を作るんだね! 楽しそー!」
「あら、作るのはそこそこ地味ですわよ?
わたくしは地味なものは嫌いですので、アエルスドロとミロがやりなさいな」
マリアンヌは、牧場作りをアエルスドロとミロに任せる事にした。
「えー、なんであたしが?」
「あなた達は武官だからですわよ。力仕事はしたくありませんの。さあ、牧場を作りなさーい!」
「……はいはい。手伝うわよ、アエルスドロ」
「分かった」
ミロは、渋々アエルスドロと共に、牧場を作るのであった。
数分後、ナガル地方に立派な牧場が出来上がった。
「ふ~、牧場ができたわ」
「もうできましたの? じゃあ、牛を呼びましょう」
マリアンヌは、金とコネを使ってナガル地方に牛を呼び寄せ、牧場に入れた。
「よし、牧場は完成しましたわ!」
「これで肉や乳製品を使った料理も豊富になるな」
「そのためにも、しっかりと牛を育てましょう。
牛が元気じゃないと、ボク達も元気じゃなくなりますからね」
茜は、牧場を作ったおかげで、当分は食糧に困らないだろうと考えた。
ユミルは、そのためにも、健康な牛を育てなければと考えた。
「じゃ、今日の夕食も、あたしが張り切って作るからね。楽しみに待ってるんだよ」
「はい!」
そして、ファルナが食事を作っている間に、
アエルスドロとマリアンヌは城でこれからの事を話していた。
「さて、エマの居場所も分かりましたし、彼女を助ける準備が必要ですわね……」
エマは悪魔にさらわれ、邪神の器になろうとしている。
邪神が現世に現れれば、ナガル地方だけでなく、アルカディアが闇に包まれてしまう。
幸い、儀式には時間がかかりそうなので、焦る必要はないようだ。
「エマ、せっかく見つけたんですもの。何としてでも連れ戻しますわ」
「無力な人間を贄にしようとするとは、あの悪魔め、許せん!」
アエルスドロは、戦闘力を持たないエマを邪神に捧げようとした悪魔に義憤した。
マリアンヌは、エマの行方を知り、必ず彼女を連れ戻すと誓った。
「……アエルスドロ。この戦いが終わったら、あなたはどうしますの?」
「……旅に出るよ」
「旅に?」
このままナガル地方に永住しないのか、とマリアンヌは問うが、アエルスドロは首を横に振る。
「ここが住みやすい場所とはいえ、やはり私はダークエルフ。
もし、私を迫害する者がいれば、私はまた命を狙われる。安息は、事実上ないからな」
アエルスドロは、生来、疑り深い性格だ。
裏切り者のロルフがいたように、いつ、裏切られるのか分からないために、
ナガル地方にも長くはいられないとアエルスドロは考えたのだ。
「私はいずれここを発つ。君はこれを皆に連絡してもいいし、しなくてもいい。
では、私はこれで」
そう言って、アエルスドロは城を立ち去った。
「アエルスドロ……」
マリアンヌは、アエルスドロが立ち去った方向を寂しそうな目で見ていた。
彼の腹部に銃弾を撃ったのが、アエルスドロとの初めての出会いだった。
その後は、彼をこき使ってきたのだが、いざ別れるとなると、寂しくなってきた。
最初は引き留めようと思ったが、アエルスドロの気持ちを汲んで彼を見守った。
「……あまり考えすぎても何も起こりませんわね。今は、ご飯を食べて、ゆっくり休みましょう」
うじうじ悩むなんて自分らしくないとマリアンヌは思ったのか、
彼女は席を立ち、外に出るのだった。
次回はエマを探すために、パーティーが決意します。
ヒロインを救う悪役令嬢……もえませんかね?