これが、この長編のラストダンジョンです。
ガルバ帝国国境沿い、地下神殿に通じる洞窟の前まで、アエルスドロ達はやってきた。
大地に穿たれた穴の中には、禍々しい瘴気が渦巻いている。
この洞窟の先に、邪神アラネアのいる地下神殿があるのだ。
「う……瘴気が……!」
洞窟の入り口から湧き出る瘴気に、マリアンヌは口を塞ぐ。
ルドルフとエリーは、瘴気を浴びて気絶してしまった。
「どうしましょう……」
「大丈夫だ、マリアンヌ。私達にはこれがある」
そう言って、アエルスドロは大地の水晶を鞄から取り出した。
イーファから授かったこれは、瘴気を抑える効果がある。
アエルスドロが大地の水晶を掲げると、その周囲を淡い光が取り囲んだ。
周囲の瘴気が弱まった事により、気絶していたルドルフとエリーが起き上がった。
「た、助かりました」
「
「ああ、こちらこそ、ありがとう。……よし、行くぞ」
「うん……。いくよ……!」
エリーは妖精にしては珍しい真剣な表情を見せた。
その、ふざけた様子がない真剣さを見た他の七人も頷き、洞窟の中に入っていった。
「豊穣神イーファよ、我らをその御手で守りたまえ」
アエルスドロは、神官ではないが、神に祈りを捧げた。
「ダークエルフが何故光の神に祈る?」
「邪悪な神に負けない気持ちを奮い立てるためだ」
「なるほど……」
「それはつまり……」
神の力は権能によりエネルギーとなる。
邪神は負の感情により力をつけるため、
その逆となる正の感情を強める事で弱くなる、とルドルフは説明した。
「まったく、私もまだまだだな。精霊使いに説明されるとは」
「いえ、僕も最近知った事ですから」
「なんだと? つまり、互いに知らなかったというわけか」
お互いに宗教関連には疎いな、と言うルドルフと茜であった。
「ここは狭いな……」
「まあ、洞窟だからな」
洞窟は狭く、注意して動かなければ魔物の奇襲を受けてしまう。
アエルスドロの指示を受けて、一行は魔物に見つからないように慎重に歩いた。
「魔物の気配はするか?」
「しない」
物音に敏感な驟雨がそう言っているため、安心して前に進んだ。
また、茜も空を飛んでいるため、罠を踏む事はない……と思っていたが……。
「しまった!」
茜がある程度進んだ瞬間、壁から矢が飛んできた。
幸い、翼に当たらなかったため墜落しなかったが、
後ろにいたルドルフとエリーに刺さってしまう。
「いったぁ~!」
「何をしましたか」
「ああ、すまない。罠にかかってしまった。と思ったら、また罠を見つけたぞ」
茜が謝る暇もなく、一行の目の前に、魔物の姿をした巨大な石像が立っている。
見つからないようにそっと進み、かつ迅速に仕留めなければならない。
そんな繊細な作業ができるのは、驟雨だけだ。
驟雨は音を立てないように、石像の背後にそっと近づいていく。
そして懐から石像を分解する効果を持った薬を塗った短剣を取り出し、
石像に突き刺すと一瞬で崩れ去った。
「へー、頭の文字を削らなくてもいいんでしたね」
「静かにしろ、ユミル。敵に見つかるぞ」
「あ、ごめんなさい」
思わず大きな声を出したユミルを驟雨は注意した。
すると、洞窟の中からそれを聞いたと思われるゴブリンの群れが現れ、
アエルスドロ達の道を塞いだ。
「言った傍から……」
「あら、ゴブリン? 楽に倒せそうですわね」
「それは外だったからだろう。ここは洞窟だぞ?」
ゴブリンは一体一体の強さはとても弱いが、
夜でも物が良く見え、狡賢く、群れによる人海戦術を得意としている。
狭い洞窟の中でゴブリンに襲われれば、たとえゴブリンであっても殺される可能性がある。
そのため、驟雨はゴブリンと戦わずにこの場を突破したいのだ。
「驟雨、この状況でどうやってここを突破する」
「……俺が何とかしよう。ここは狭いが、何とか罠にかける事はできる」
「お願いね」
驟雨は音を立てないように、紐を編み、足を引っかけるための罠を作った。
「後はどうすればいいかしら」
「茜、前に出ろ。お前ならゴブリンを陽動して、罠にかける事ができる。空も飛べるしな」
「狭い場所で飛ぶのは苦手だが……やってみよう」
茜は天井に頭をぶつけないように、上手く空を飛んでゴブリンをおびき寄せた。
ゴブリンは茜を捉えようと、弓で彼女の翼を射抜こうとする。
それを茜は上手く避け、鈍器で衝撃波を飛ばして弓を持ったゴブリンを気絶させる。
「よし、弓兵は倒した。後は歩兵だけだ」
ゴブリン達は剣を持って茜がいる場所に突っ込んでいく。
すると、ゴブリン達の動きが止まった。
ゴブリン達は頭が弱いため、驟雨の作った、紐を編んだだけのスネアに引っかかったのだ。
「よし、今のうちに逃げるぞ」
「ええ!」
「ああ!」
ゴブリンが罠にかかっているうちに、アエルスドロ達は急いで奥に進んだ。
「ふぅ、ひやりとした……」
何とか、ゴブリンの群れを突破する事ができた。
危ない危ない、とルドルフは胸を押さえる。
「ねえ、ゴブリンって実は強いのでは?」
「ゴブリンは得意な場所では強いんですよ。それに、僕達が戦うのはゴブリンじゃありませんし」
ルドルフ達の目的は、邪神アラネアを倒す事だ。
わざわざこんなところでゴブリンを倒すのは、消耗するだけだ。
そのため、一行は彼らを相手にしないで、洞窟の奥に進んだのだ。
幸い、ゴブリンは罠を外すのに時間がかかるため、もう追ってはこないと確信した。
「とりあえず念のため、ゴブリンが追いかけてこないように道を塞いでおくわよ」
「え、それだと戻れなくなって……」
「だーかーらー、あたし達は元から倒すまで戻らないって決めたのよ?
終わったらちゃんと戻すから。ね?」
「……分かりました」
ミロが洞窟にあった巨大な岩を動かして、ゴブリン達が追ってこないようにした。
これでもう、本当の意味でナガル地方に戻る事はできなくなった。
「大丈夫よ、みんな。あたし達は必ず生きて帰る。
だって、アエルスドロとマリアンヌが約束したもの」
「ミロ……」
「わたくし達の事を、信じておりますのね」
「だって、乗り掛かった船だもの」
そして、アエルスドロ一行は、さらに洞窟の奥へと進み続け、
敵や罠の気配がない場所に着き、休息を取った。
皆、持っていたポーションなどを使って体力や精神力を癒していた。
「ふぅ……」
「考えてみればさぁ、特別な力を持ったり血筋が良かったりする人って、あんまりいないよね」
「あ、言われてみれば……」
アエルスドロとマリアンヌは高貴の出で、ミロは特別な吸血鬼ではある。
しかし、それ以外の、ルドルフ、エリー、ユミル、驟雨、茜は、
特別な力も血筋も持っていない、ただの冒険者だ。
それに気づいたルドルフは、少ししょんぼりした。
「そうですよね……僕は普通のエルフですよね」
「でも、血筋に縛られるのってなんか堅苦しくて嫌。あたしはあたしの思い通りに生きたいよ。
ルドルフも、本当は自由がいいんでしょ? あたし、知ってるよ」
エリーは妖精らしく、堅苦しいのが嫌いな性格だ。
そんなの言う暇があったら前を向こうよ、といった表情をしていた。
彼女の裏表のない表情を見たルドルフは、そうですねと笑って立ち上がる。
アエルスドロ達も彼に続いて立ち上がる。
「血筋も能力も、関係ない!」
「英雄でなくても英雄になれるのが人間ですのよ!」
……この場にいる人間は、マリアンヌだけだが。
そうして彼らはどんどん先に進んでいき、洞窟を出て、
いよいよアラネアがいるという地下神殿に足を踏み入れた。
「ここが……邪神アラネアがいる……」
「地下神殿ですのね……」
邪悪なる瘴気に満ちた地下神殿。
その大広間に、エマの肉体を器にした邪神アラネアはいた。
禍々しいオーラに身を包み、歪な八本の腕の形をした影が動いていた。
「あれが……邪神アラネア……」
外見こそエマであるが、その身に宿るのは邪神そのものだ。
今は、戦意を失わないために、アラネアとして対峙しなければならない。
「ぬ……?」
アラネアが八人の気配に気づいた。
爛々と輝く血のように赤い瞳から底なしの悪意が放たれ、八人の心を射貫く。
「瘴気の海を掻き分け、よくぞ、この地に足を踏み入れた。誉めてやろう」
「エマを返しなさい!」
マリアンヌは大切なエマを奪った邪神に二丁拳銃を向ける。
邪神はくすくすと笑った後、赤い瞳を鋭く光らせて八人を見る。
「かつて妾は脆弱なる光の神に後れを取り、この地に封じられた。
しかし、ダークエルフの手により妾は蘇った。
そして、妾が光如きに敗北する事など、二度とありはせぬ。
我が身に宿りし憎悪の闇で、汝らの魂を食らいつくし、復活の贄にしてくれようぞ」
邪神アラネアはマリアンヌの事など気にも留めず、
目の前にいる八人の魂を食らおうとしていた。
アエルスドロとマリアンヌは武器を握る手を強め、アラネアを睨みつける。
今の二人にあるのは、少女を器にした邪神を倒すという意志だけだ。
すると、アエルスドロが持っていた大地の水晶が光り輝き、地下神殿を包み込んでいく。
アラネアは眩しさから両手で顔を覆った。
「こ、この力は神々の……! ぬう、妾の闇の力が払われていく!
おのれ、こざかしい真似をっ!」
大地の水晶の力で、アラネアは弱体化したようだ。
アエルスドロとマリアンヌ以外の六人も、今がチャンスと戦闘態勢を取る。
「燃え上がれ、我が憎悪! 奮い立て、我が軍勢! 復讐の時は来たれり!
人間どもよ、我が憎悪でその魂を焼き尽くし、一片も残さず食らってくれるわ!」
「これが最後の戦いだ……みんな、行くぞ!!」
「ああ!!」
「ええ!!」
蜘蛛の邪神との最終決戦が、始まる。
次回はラスボス・アラネア戦です。
エマを救うために、世界を救うために、アエルスドロ達は決意します。