ヒロインも世界も救うのが、マリアンヌの決意です。
この世界を滅ぼそうとする蜘蛛の女神アラネアとの最終決戦が、始まった。
「あれ、ミロとユミルは戦わないのか?」
「あたし達はあくまで部外者、最後はあなた達に任せるのよ」
「……そう、心強いあなたがいなくなるのは残念ですけど、仕方ありませんわね」
マリアンヌはミロとユミルが最終決戦から身を引く事を止めなかった。
変わったな、とアエルスドロは感じた。
「どういう風の吹き回しだ?」
「だって、アエルスドロがここを出ていきますもの。引き留めたら、申し訳ないでしょう?」
「マリアンヌ……!」
その言葉だけで、マリアンヌが成長した事を感じるアエルスドロ。
「……御託はいいから構えるぞ」
「あ、ああ」
驟雨の一言でアエルスドロ達は武器を構え直した。
「滅びよ!」
「バタフライダンス!」
マリアンヌはアラネアと彼女の従者の攻撃を回避しつつ、二丁拳銃を発砲する。
一度は狙いを外したが、その舞うような動きでもう一度撃って当てる事ができた。
「食らえ」
「ぐおあぁ!」
驟雨は短剣の切っ先に神経を集中し、必殺の突きを繰り出す。
その俊敏にして強烈な一撃をかわせず、アラネアはダメージを受ける。
しかし、アラネアはけろりとしていた。
「俺の攻撃が効かない?」
「いいえ、効かないんじゃなくて、痛みを感じないだけよ」
「左様、存じておるな小娘よ。ではダークエルフよ、束縛せよ!」
アラネアは右手をアエルスドロにかざし、見えない蜘蛛の糸を放った。
「うぁっ!」
その糸を食らったアエルスドロは全身が痺れ、動けなくなる。
「動けん……!」
「後でその肉をゆっくり食らってやろう」
アラネアは鋭い牙をアエルスドロに向ける。
こんな残酷な言葉をエマの身体で言うなんて……とマリアンヌは舌打ちする。
「風の精霊よ、見えざる衝撃を! ウィンドブラスト!」
「ダブルスラッシュ!」
ルドルフは風の精霊を召喚して衝撃波を起こし、
マリアンヌを攻撃しようとしたアラネアの従者を吹っ飛ばす。
アエルスドロはアラネアの腕と足に斬撃を浴びせる。
人を器にした邪神なので、どちらにも攻撃が命中しアラネアの動きが鈍った。
「ぐうう……器ごと妾を斬りつけるとは……」
「そんな誘いに乗るか」
「そうだ! お前はエマではない、邪神アラネアだ! 守護の術!」
茜は魔法の結界で戦っている六人を包み込み、物理攻撃を当たりにくくする。
「えい!」
「ふっ」
エリーはアラネアに衝撃波を飛ばし、驟雨は手裏剣をアラネアに投げる。
「大人しくしなさい!」
マリアンヌはアラネアの従者に銃弾を撃つが、
アラネアの従者はかさかさと動き回り攻撃をかわす。
さらにアラネアの従者は衝撃波を飛ばしてアエルスドロ、驟雨、茜を切り刻んだ。
「ぐっ……」
「のあっ!」
「くそっ!」
「あの女に当たらなかったのが残念だが、三人を切り裂いたからよしとしよう。
だが、次は逃がさんぞ」
アラネアはにやりと口角を上げる。
彼女の表情を見たアエルスドロは剣と盾を握る手を強め、叫ぶ。
「これ以上、マリアンヌを侮辱するな!」
「ほう、侮辱とな?」
「そうだ……そんな言葉を、エマの姿で言うな、エマの口で言うな!!」
邪神アラネアはエマの肉体で復活した。
自分が邪神として利用されている事に、エマは苦しみ続けている。
その苦しみを分からない邪神アラネアに、アエルスドロは憤慨しているのだ。
「まったく、そちは裏切り者の中の裏切り者じゃな! 故に妾の食糧に最も相応しい!」
「危ない! 風の上位精霊アイオロスよ、風よ裂けて刃となれ! ウィンドストーム!」
ルドルフは精霊を召喚して切り裂く風を作り出し、アラネアとその従者に向けて放つ。
「ふん」
アラネアは右手をかざして魔法の結界を作り出し、自身と従者を守る。
風は魔法の結界に阻まれ、僅かしかダメージを与えられなかった。
「そちの風力はその程度かのう? ゆけい! そのか弱き妖精を切り裂け!」
アラネアが従者に命じると、従者は風の刃を作りエリーに飛ばした。
「きゃああああ!」
エリーはそれをまともに食らった。
彼女の体力では強力な攻撃に耐え切れず、エリーは戦闘不能になった。
「一撃で倒れるとは、なんとか弱き生命」
「このぉぉぉぉぉぉっ!」
マリアンヌはアラネアの従者に突っ込んで蹴り飛ばそうとするが、攻撃は当たらなかった。
「怒りに身を任せるとは……そちは愚かじゃのう」
「本当に愚かなのはどちらでしょうかね?
風の精霊よ、見えざる衝撃を! ウィンドブラスト!」
「乱打!」
ルドルフはアラネアの従者を風の衝撃波で吹っ飛ばし、
そこに茜の連続攻撃が入って従者は戦闘不能になった。
「……小癪な!」
従者が倒れた事で、アラネアの魔力が弱まった。
「やってくれるではないか……。じゃが、まだまだそちら如き、敵ではない!」
「う……!」
アラネアが赤く鋭い瞳でアエルスドロを見つめる。
すると、アエルスドロが恐怖に襲われ、顔が青ざめて剣と盾を握る手が震えた。
「なんという事だ……これが邪神か……!? うう……勇気が出ない……!」
「諦めてはダメですわ、アエルスドロ! あなたは必ず、邪神を倒せましてよ!」
「ありがとう、マリアンヌ……よし! ミアズマソード!」
アエルスドロは自らの剣に瘴気を宿し、宙を舞い術者を護る呪剣に変えた。
「やるな」
「これで動けなくなっても大丈夫だ」
「本当か?」
「調子に乗るな!」
アラネアが再びアエルスドロを見えない蜘蛛の糸で縛った。
「これでそちは妾に手を出せぬ」
「と思ったか?」
「何?」
動けないアエルスドロが口角を上げると、
呪剣はアエルスドロの周囲を飛び回り、アラネアを切り刻んだ。
「うああぁぁ!」
「おお、凄いですね!」
空を飛ぶ剣を見たユミルが称賛する。
ミアズマソードは武器を振るわずとも、自動で標的を攻撃してくれる魔法だ。
そのため、このように動けない状態でも相手を攻撃する事ができるのだ。
「しっかりしろ」
茜は倒れているエリーに生命力を注ぎ込み、意識を取り戻させた。
「助かった~」
「エマを助けるためにも、回復役のあなたが倒れてはいけませんわよ」
「もっちろん!」
「おのれ!」
「当たらんな」
邪神アラネアが足を伸ばして驟雨を攻撃するが、
茜の術の効果があって攻撃は阻まれ、その隙に驟雨は二刀短剣で反撃する。
「植物の精霊よ、その腕を伸ばし彼の者の自由を絡め取れ! バインディング!」
ルドルフは植物の精霊を召喚してアラネアの従者に茨を絡みつかせ、動きを封じる。
その隙にエリーはヒールウォーターを唱えて自身の体力を回復した。
「……」
「集気法!」
アエルスドロは動けないながらも精神を集中し、瘴気が宿った剣を動かした。
茜は周囲にある気を集めて自身の傷を癒した。
「正気に戻りなさい、エマ!」
「陰陽交叉!」
マリアンヌと驟雨は、エマの身体から邪神の魂を引きはがすべく武器で彼女を攻撃する。
「その言葉で妾が正気に戻るか? 妾は元より正気じゃぞ?」
「効いてませんわ!」
「マリアンヌ、彼女の表情を見ろ」
「え……?」
マリアンヌは落ち着いて、アラネアの表情を見る。
彼女は余裕そうながらも、その顔には疲労が見えていた。
それと同時に、アエルスドロの鞄にしまってある大地の水晶も光り輝いていた。
「忌々しいその水晶め……! 妾が叩き割ってくれる……!」
「あの水晶のおかげで、邪神は確実に弱まっている。もう少しで、彼女を邪神から解放できるぞ」
「そっか……じゃあ、チャンスだね!」
「はい! エマさんを苦しめないためにも、早めにケリを付けましょう!
風の上位精霊アイオロスよ、風よ裂けて刃となれ! ウィンドストーム!」
ルドルフは竜巻を起こし、アラネアとその従者を切り刻んだ。
邪神と従者は、もう少しで倒す事ができそうだ。
「ふ、ふ、ふ……」
「何がおかしい」
もう戦意はなくなりかけているにも関わらず、
アラネアが笑っている事にアエルスドロは違和感を抱いた。
「傷はついたが、妾が恐れる者はそちの水晶以外に無くなった」
「え、それはつまり?」
「そう! 妾の魂は、この娘の肉体に馴染みつつあるのじゃ!」
「何!?」
「なんですって!?」
長く戦っていたのか、アラネアの魂がエマの肉体に馴染もうとしていた。
つまり、戦うのに時間がかかると、イーファが言ったような悲劇が起きてしまうのだ。
しかし、アエルスドロ達に焦りの表情はなかった。
逆に考えると、間に合うために全力を出す事ができるのだから。
「一気に行くぞ! 十字重ね!」
驟雨は切落、左薙ぎ、右薙ぎ、切り上げの順でアラネアを斬りつけた。
隙を与えない四連撃は、アラネアの反撃を封じる。
そこに、アエルスドロの呪剣が命中し、さらにダメージを与える。
「ならば時間を稼ぐまでよ!」
アラネアは闇の玉を3つ召喚した。
「その前にあなたを倒しましてよ!」
マリアンヌはアラネアの従者の急所を銃弾で撃ち、全ての従者を戦闘不能にした。
「ついに全ての従者が倒れたか。じゃが、この攻撃は避けられんぞ!」
「うわぁ!」
「きゃぁ!」
「ぐっ!」
アラネアが召喚した闇の玉がルドルフ、エリー、驟雨に当たり、爆発した。
闇属性に弱いエリーは、他よりも大きなダメージを受けた。
「はぁ、はぁ、あと少しです。風の精霊よ、見えざる衝撃を! ウィンドブラスト!」
ルドルフは少ない魔力を振り絞ってアラネアに風の衝撃波を飛ばした。
「僕の魔力ももう少なくなってきました。あなた達が決めてください……」
「分かりましたわ。皆さん、一気に攻めますわよ」
「もちろんだ! ミアズマスラッシュ!」
「うあぁ!」
呪縛を解除したアエルスドロが地面を蹴り、アラネアを斬りつける。
「魔狩の槌!」
「ガトリングショット!」
茜が空中から渾身の一撃を放ち、さらにマリアンヌが二丁拳銃を乱射する。
エマの服はボロボロになったが、八人がそれを気にする事はなかった。
「そろそろ、とどめを刺すぞ!」
アエルスドロは剣にありったけの瘴気を込める。
すると剣は見る見るうちに巨大化し、刀身が真っ黒い光の剣に変わった。
「ヴェロニク・ラグヴァリル!!」
「馬鹿な、妾が脆弱なものどもに敗北するなど……! お、おのれぇええええええええ!!」
そして、アエルスドロが勢いよくその剣を振り下ろすと、漆黒の光線がアラネアを貫いた。
アラネアは断末魔を上げながら、光線に飲み込まれていった。
「ウ……ガ……ガ……。ウアァアァァァァァ!」
その時、エマの中から、頭が女性になった巨大な女郎蜘蛛の影が現れた。
これが、アラネアの魂なのだろう。
「アエルスドロ!」
「分かっているさ」
アエルスドロは大地の水晶を取り出すと、アラネアの魂に突き出す。
大地の水晶は淡い光を放ち、アラネアの魂を包んだ。
「グアアアアアアアア!!」
アラネアの魂は苦しみ出す。
それでも、アエルスドロは大地の水晶を突き出し続けた。
やがて、断末魔が小さくなっていき、アラネアの封印を証明していく。
「妾は今、再び封じられてやろう。だが、次こそはこの世界を闇に閉ざす。
そう。妾は還ってくるぞ。必ずや……この世界に……!」
「何度でも言え、私は絶対に負けない……!」
「あなたのような奴は、わたくしには目障りですわ」
その言葉を最後に、アラネアは消え、同時に大地の水晶も粒になって消えた。
彼らの戦いに、こうして終止符が打たれた。
「やっと、終わった……」
はぁ、はぁ、とアエルスドロは息を切らした。
お疲れ様、とミロとユミルは労う。
「……う、あ、あれ、ここは……?」
やがて、器用に立ったまま気を失っていたエマが目を開ける。
彼女の瞳は、元の色に戻っていた。
「私は……何をしておりましたの……? あ、マリアンヌ……?
ごめんなさい……こんな事をして……」
マリアンヌの目を見たエマの目から、涙が零れる。
それは、今までにやって来た悪事を、謝罪するような涙だった。
彼女を見たマリアンヌは「いいのよ」と言う。
「わたくしの方がたくさん悪事をしましたわ。でも、あなたは利用されただけ。
あなたの方が悪くないですわ」
「本当にありがとうございますわ、マリアンヌ。私は本当に、幸せです……」
エマはそう言って、ゆっくりと目を閉じ、マリアンヌに身を委ねた。
今ここに、ヒロインと悪役令嬢が再会した。
「本当に、よかったですね」
「ええ……ヒロインとライバルが仲良くなるなんて、王道な展開ね……」
ミロとユミルは、エマとマリアンヌの再会にしんみりしていた。
と、その時だった。
神殿全体が大きく揺れ、壁に罅が入り、今にも崩れようとしていた。
「まずい! 神殿が崩れるぞ!」
「とっとと逃げるわよ、みんな!」
「でも、間に合うんでしょうか……?」
一行は急いで、神殿からの脱出を試みた。
エマは元々一般人なので、アエルスドロ達より動きが遅かったが、
それでも何とかギリギリで間に合った。
そして、神殿が完全に崩壊する直前で、九人は神殿からの脱出に成功した。
「わぁ……!」
「日差しが……眩しい……!」
ナガル地方に戻って来た九人の前には、青く澄み切った空が広がっていた。
こうして、彼らは邪神という闇を払い、
ナガル地方だけでなく、この世界全体に光を灯す事ができたのだった。
次回が最終回です。
アエルスドロ達が辿る道を、最後まで見守ってください。