ダークエルフと悪役令嬢   作:アヤ・ノア

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「ダークエルフと悪役令嬢」の最終回です。
主人公とヒロイン、そして仲間達を、最後まで見守ってください。


エピローグ

 邪神アラネアとの戦いから数週間後。

 ナガル地方を覆っていた不穏な気配も薄れ、ようやく平穏な時が戻ろうかという頃――

 

「何? お父様がガルバ帝国に戻って来い、ですって?」

「一度左遷した人を呼ぶとは、一体どういう風の吹き回しだ?」

 アエルスドロ達は何が何だか分からず、

 フロイデンシュタイン伯爵にガルバ帝国へと呼び出された。

 妙な熱気に包まれた首都を通り抜け、マリアンヌの家に案内されたアエルスドロ達は、

 フロイデンシュタイン伯爵の下へ通される。

 マリアンヌの隣には、彼女のライバル、今は友人であるエマも立っていた。

 あまり表情を感じさせない、透明な表情をしているフロイデンシュタイン伯爵だが、

 アエルスドロ達の姿を見ると、穏やかに、淡く微笑んで見せる。

 左遷したマリアンヌが久しぶりに戻ってきたが、

 フロイデンシュタイン伯爵は嫌な顔をしなかった。

「来たな、我が娘、マリアンヌよ」

「は、はい、お父様」

「ディストという男から聞いたぞ。

 お前達はアラネアという邪神を前に勇敢に戦い、ついには撃破し、

 この世界を覆う闇の一つを打ち払った。

 そして、お前の友人も救う事ができた。

 これほどの偉業を為したお前達に、最大限の敬意と感謝を送る」

「ありがとうございます」

 マリアンヌは、再会した父に、敬礼するように頭を深々と下げた。

「この世界に訪れようとしていた、恐るべき災厄は偉大なる英雄達によって退けられた。

 彼らが我らの絶望を払い、未来に希望をもたらしてくれた。お前達は英雄となった。

 しかし、だからといって、その身を立場や義務で縛ろうとは思っていない。

 お前達はあくまでも冒険者だ。マリアンヌも辺境の領主。

 その心に持つ翼の欲する通りに、これからも自らの道を進み続けてくれ」

「……はい!!」

 マリアンヌは元気よく、父に返事をした。

 他のメンバーも、明るい声でフロイデンシュタイン伯爵に言葉を返した。

 普段は感情を表に出さない驟雨も、今回は少しだけ、感情的になっていた。

 

 こうして、アエルスドロ達はマリアンヌの今の故郷、ナガル地方に戻って来た。

 邪神アラネアを倒したため、ナガル地方の住民が、歓声を上げている。

うおおおーーーーっ!

マリアンヌ様が帰って来たぞーーーーっ!!

「おかえりなさいませ、マリアンヌ様」

「ディスト! 生きてくださっておりましたのね!」

「もちろんですよ。私はずっと、マリアンヌ様を待っておりましたから」

 最初にマリアンヌ達を出迎えてくれたのは、ディストだった。

 彼はマリアンヌの帰りをナガル地方でずっと待っていたのだ。

ひゃっはーーーーー!!

留守は守ったぜーーー!!

お帰りーーーーーーー!!

 続いて、九人を出迎えたのはラメン三兄弟。

「ただいま戻りましたわ。ちゃんと、留守は守りましたわね?」

ひゃっはーーーーー!!

もちろん!!

守ったぜひゃっはーーーーー!!

 ラメン三兄弟はひゃっはーと言いながら、

 自分がやるべき事をきちんとやったような表情をした。

「みんな、ご苦労様ですわ。後は……」

 マリアンヌはきょろきょろと辺りを見渡す。

 すると、彼女はふくよかな女性を発見した。

 料理係の、ファルナだ。

「ファルナさん! ただいまわたくしは、戻ってきましたわ!」

「お帰り、マリアンヌ! やっぱりここがいいだろう?」

「ええ……左遷先とはいえ、ここはわたくしの第二の故郷。やっぱりここが一番落ち着きますわ」

「はっはっはー、やっぱりそうだよねぇ!」

 豪快に笑うファルナを見て、マリアンヌは釣られてくすっと笑った。

「それとファルナ、お料理はちゃんと作ってありますわよね?」

「もちろんさ! 邪神を倒したからその記念に、あたしがたっくさん料理を作ったよ!

 あんた達の好物ばかりだから安心しな!」

「……ああ、ありがとう」

「本当にあなた達は有能ですわね!」

 マリアンヌは、改めて住民達の有能さに感心した。

 

 こうして、ナガル地方で盛大な宴が催された。

 ミロとユミルはファルナが作った料理をたくさん食べ、

 ルドルフとエリーは色んな人と話をしていた。

 驟雨と茜は、二人で黙々と話をしながら料理を食べていた。

「本当に、平和になったんですね」

「うん! みんな楽しそうだよ」

 ナガル地方に平和が戻り、ルドルフとエリーは安心してファルナが作ったポトフを食べる。

 ポトフは宿の定番で、冒険者にとってはおふくろの味だ。

 最後の戦いを終えた時にこれを食べるのは格別だ。

「んー、美味しい! まさにおふくろの味だね!」

「冒険を終えて帰って来た時に食べる料理は格別ですね」

「喜んでくれてありがとよ」

 ルドルフとエリーはファルナに笑顔を見せる。

 心を込めて作った料理を美味しいと言われるのは、ファルナにとって最高だった。

 遠くではラメン三兄弟がひゃっはーと言いながら子供達と遊んでいた。

 こんな楽しい光景を見る事ができるのも、ナガル地方が平和になった証拠だ。

「ラメン三兄弟も入れて、ここの住民はみんな仲が良いんだな。ガルバ帝国の辺境とは思えない」

「でも辺境には、個性豊かな面々が勢揃いですわよ。

 わたくしもアエルスドロもルドルフもエリーも驟雨も茜もね」

「あの、ボクとミロさんは?」

「あなた達は部外者ですから関係ないでしょ?

 でも、まったく関係ない、とは言い切れませんわ」

「よかった……!」

 どうやら、マリアンヌはミロとユミルを一応だが住民だと思ってくれているようだ。

 ユミルはほっとして胸を撫で下ろす。

 ミロも安心して、ゆっくりとご飯を食べていった。

「マイペースだな、ミロは」

「だって、あたしは束縛嫌いだもん」

 

 そして、宴が終わった次の日。

 マリアンヌに同行した冒険者は、それぞれの道を進んでいった。

 

「んじゃ、あたし達は別の世界に行ってくるわ」

「もう行くのか?」

「だって、ボクは時空警察ですから」

 様々な世界を旅する事ができるミロとユミルは、1つの世界にいる事は難しい。

 警察という役職上、束縛からも逃れられない。

 ミロがマイペースな性格なのも、そのためである。

「あなた達と一緒にいられた時間は短かったけど、それでも、とっても楽しかったですわ」

「別の世界でも、元気にやってくれ」

「ありがとう! アエルスドロ、マリアンヌ!」

「また会う日を、楽しみに待っていますよ!」

 アエルスドロとマリアンヌは笑顔で、別世界に行くミロとユミルを見送っていった。

 

「あれ? 驟雨と茜もナガル地方から出ていきますの?」

「ああ……。ナガル地方よりも、故郷の香りを浴びた方が気持ちがいいからな」

「妖怪は倭国で生きる者だからな」

 二人は文官や武官ではなく、倭国人としての誇りをもってナガル地方を去る決意をした。

「ここで過ごしていかないんですの? ここは誰でも受け入れる場所ですのよ?」

「俺達は倭国で生まれ、倭国で消えていく。倭国で生まれた者の誇りだからだ」

「プライドだけは無駄に高いんですのね」

「お前が言うな」

 さらっと茜がマリアンヌにそう言うと、マリアンヌは右手の拳銃を彼女に突きつけた。

 茜はマリアンヌの表情を見て「すまん」と謝った。

「お前、本当に悪役令嬢なのか? こんなにも私に優しくしてくれて」

「そうですわよ? わたくしはたくさんの悪事をしたから『悪』と呼ばれていますわ。

 ただ、この国は人間至上主義ですので、わたくしが亜人に冷たくしないのもありますわ。

 悪ってどんな事を表すのかしら? 人間にとっての悪か、亜人にとっての悪か。

 悪というのは人それぞれですわ。

 他人の箪笥から何かを取っていく勇者の例もあるように、

 やむを得ない悪事や、殺してほしいと願った人を殺すのは、本当に悪い事ですの?

 ま、わたくしはそんな細かい事を気にするより、自分のやりたいようにやるだけですわ。

 こんな名言を気にするより、自分の道を進んでくださいませ」

「……まさか自分で名言と言うとはな」

「だってわたくし、悪役令嬢ですもの」

 マリアンヌの言葉に、驟雨と茜は感銘を受けた。

 

「では、俺達はそろそろここを出よう」

「さよならだ、人間よ。ここで過ごした時間は、短くも長かった……」

「驟雨、茜! また会う日まで、ですわ!」

「ああ、ありがとうマリアンヌ!」

 驟雨と茜は、マリアンヌに見送られ、ナガル地方を名残惜しみながら、倭国へと去っていった。

 

「世の中には、こんな変わった人間もいるんだな」

「ああ……悪を名乗っているけど、本当は悪ではない奴だ……」

 

「じゃあ、僕はナガル地方に留まりますね」

「あたしもー!」

 ルドルフとエリーは、マリアンヌと共にナガル地方で生きる事を決めた。

「そう言ってくださると、嬉しいですわ」

「だって、ここはガルバ帝国における妖精の聖地なんでしょ? だから、ずっとここにいるよ」

 ルドルフとエリーは人間ではない。

 そのため、このナガル地方から一歩出れば、被差別対象となってしまう。

 二人が生きる事ができる場所は、ガルバ帝国ではナガル地方しかないのだ。

「もちろんOKですわ。わたくしの大事な文官、手放すわけにはいきませんもの」

「やったー! ありがとう!」

「ありがとうございます、マリアンヌさん」

おーっほっほっほっほっほ!!

 ルドルフとエリー、二人の妖精に感謝されたマリアンヌは、腰に手を当てて高笑いした。

 今ここに、ルドルフとエリーは正式にナガル地方の住民となった。

 

「マリアンヌ、私はガルバ帝国に戻ります。そして、裁きを受ける時になるでしょう」

 敵の策謀により邪神の器となってしまったエマは、今日、裁きの場に立たされる事になる。

 そのため、エマはナガル地方を去るしかないのだ。

「無罪になるといいですわね」

「私に情けをかけるつもりですの?」

 エマは怪訝な顔をマリアンヌに向ける。

 マリアンヌは「いいのよ」と首を横に振った。

「勘違いなさらない事ね。あなたが有罪判決を受けたら、二度と戦えなくなるでしょう?」

 マリアンヌとエマは、友人にはなったが、ライバル関係を解消したわけではない。

 あくまでも、二人はまだ、競い合う関係なのだ。

「では、マリアンヌ様は何をするおつもり?」

「わたくしはこのナガル地方を征服し、やがては世界を征服しますわ!

 もちろん、自分の力で、ですわよ!」

 マリアンヌは腰に手を当てて、自信満々な表情でびしっと前を指差した。

「さあ、エマ! 今度は自分で運命を勝ち取りなさい!」

「はい、マリアンヌ!」

 そう言って、エマはナガル地方を去り、ガルバ帝国に戻っていった。

 ちなみに後日、エマは無罪判決を勝ち取り、一週間後にはガルバ帝国の貴族に復帰したという。

 

 そして、残る仲間はアエルスドロのみとなった。

 アエルスドロは、この戦いが終わった後、ナガル地方を去ると決めていたのだ。

「行ってしまうんですのね?」

「ああ……約束しただろう。私は約束を守る男だ。

 本当の居場所を探すためにも、私はここを旅立っていく」

「……」

 マリアンヌは、ナガル地方を去ろうとするアエルスドロを見て、涙を零した。

 アエルスドロは「どうした?」とマリアンヌに声をかける。

「わたくし、去り行くあなたにプレゼントを渡そうと思っていましたの……!

 受け取って、くださります……!?」

「な、何?」

「これ、見てください……!」

 そう言ってマリアンヌが見せたのは、ジニアの花束だった。

「ジニアの花言葉は『別れた友を思う』。

 わたくしとあなたは、衝撃的な出会いを果たしましたわよね」

「あ、ああ……」

 アエルスドロは、マリアンヌに腹部を撃たれた事で彼女と出会った。

 それは非常に衝撃的なものであった。

 しかも、アエルスドロを撃った目的が、武官に相応しいかを試すためだった。

 マリアンヌにとってアエルスドロは最初の武官であった。

 だが、戦いが終わって別れる時、マリアンヌの中から寂しさが沸き上がった。

 そのため、マリアンヌは餞別として、アエルスドロに花束を渡したのだ。

「わたくしはあなたを絶対に忘れませんわ。だって、あなたは最初の武官ですもの。

 長く付き合っている人と別れるのは、わたくし、とても悲しいですわ……」

「マリアンヌ……」

「だから、わたくしと別れても、この花束を見て、わたくしを思い出しなさい。

 これは、わたくしからの最後の命令ですわ」

「……」

 マリアンヌの、別れたくないという気持ちを、アエルスドロは表情から読み取った。

 しかし、ナガル地方を去るのはアエルスドロ自身が決めた事で、曲げるわけにはいかなかった。

 アエルスドロはマリアンヌからジニアの花束を受け取った後、真剣な表情でこう言った。

「ありがとう、マリアンヌ。私はこれを、マリアンヌだと思って大事にする。

 だから……泣かないでくれ、マリアンヌ」

 アエルスドロは自身の服の袖をちぎり、ハンカチの代わりにマリアンヌに渡す。

 マリアンヌは「汚いですわ」と言いながらも、それで涙を拭き取った。

「ああ……アエルスドロ、アエルスドロがいて、わたくしは本当に、幸せですわ……!」

「マリアンヌがいてくれて、私も本当に幸せだ」

 アエルスドロとマリアンヌは、太陽が沈むまで、ずっと一緒にいるのだった。

 

 善のダークエルフと悪役令嬢の戦いは、これにてひとまず幕を下ろした。

 だが、冒険者である二人の冒険は、まだ終わっていない。

 心に持つ翼が赴くままに、これからも自分の道を進み続けていく。

 ダークエルフは居場所を探すために。

 マリアンヌは地方をさらに発展させるために。

 

 そう、この瞬間も、この先も――

 

 ダークエルフと悪役令嬢 完




ダークエルフの居場所は、まだここにはありません。
なので、アエルスドロは旅を続けます。
アエルスドロにもっと旅を続けさせたいというのが本音ですがね。
悪役令嬢がこんな感じになったのも、ちょっとしたパンチを入れたかったからです。
権力だけでなく武力でも勝利を! というのが、マリアンヌの信念です。

では、次回作でも、また、お会いしましょう!

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