中堅呪術師変身系 作:でんでんむし
二日後の午後五時。
約束(一方的だったが)通りに五条さんはやってきた。
一応、自身の中で呪術高専に行くことは決めていたので、祖父母にその許しを貰いに行くと言う形で。
僕と五条さん、祖父母の四人でテーブルを囲み、呪術高専の話をした。もちろん、祖父母は大反対した。そもそも呪術だなんてオカルトなもの、僕が変な新興宗教にでもハマってしまったのかと祖父母は酷く心配してくれて、五条さんが僕に変なことを吹き込んだのではないかと疑い、敵意を剥き出しにしていた。
だが、僕が実際に二人の前で呪術を使って見せると、疑いは瞬時に晴れた。
見せたものは、呪霊が見えない祖父母にもわかるように、遠くのものを弾き飛ばしたりするようなもの。
五条さんから僕を呪術高専にスカウトしにきた旨が祖父母に伝えられ、僕が高専に行きたいと言う意思を二人に伝えると、祖父母は半信半疑ながらも「蓮司がその道に進みたいの言うのなら」と許してくれた。
呪術高専への転入の手続きは滞りなく進み、とうとう高専のある東京へと引っ越す前日。引っ越しの準備を手伝ってくれた祖父母から、向こうでも頑張りなさいと言う言葉と、辛くなったらいつでも帰ってきなさいと言われて、思わず二人に抱きついて大泣きした。これほど泣いたのは、小学生の時に祖父母の家で飼われていた犬の『ポチお』が死んだ時ぶりだろうか。
当日の朝、祖父母に見送られながら五条さんと共に出発し、新幹線に乗って東京の呪術高専に向かった。東京駅に着くと、そこで一旦荷物を駅に預けておくように五条さんから言われる。そのまま高専には向かわないのかと聞くと、どうも高専に行く前に行かなければならない場所があるらしい。
「君と同じ転校生だよ。乙骨憂太君って言うんだ。ちょっと問題ありだけど、きっと仲良くなれるさ」
「転校生ですか」
僕と似たような境遇と言うことだろうか。そう聞いて少し親近感を覚える。仲良くなれると良いな、なんて思いながら五条さんのあとをついていった。
タクシーに乗り込んで緑が鬱蒼と茂った山の見える郊外へと移動。しばらく人気の無い住宅街を歩き、立派な神社にたどり着く。そこの墓地に入っていって、沢山並んだお墓の間の小道をしばらく歩いていると、木々の向こうに突然立派な建物が現れた。
神社と関係のある建物だろうか。ただ一つ妙に思ったのは、その周りが注連縄でぐるりと囲われている事。
建物の周囲に生えた木々に、大きな注連縄が巻き付けられていて、その建物を閉じ込めるように囲んでいる。
「あの、五条さん」
「んー、なに?」
「この建物、どうして封印されてるんですか。ここ、何かまずくないですか」
建物に近付いて行くにつれて、じっとりとした嫌な空気が身体の表面に纏わりついてくる。本当にここに自分と同じ転校生がいるのだろうか。もっと良くないものが、恐ろしいものがいるのでは無いかと不安になって五条さんに問い掛けた。
「ここで間違いないよ。怖いかい?」
「いや、怖いと言うよりも、人じゃないと言うか」
「彼は人だよ。ちょっと呪われてるだけのね」
「だけ、とは……」
五条さんとの付き合いはまだ短いが、何となく人となりは見えてきた。この人は大人子供だ。変なところでふざけ出すし、大雑把で人への説明は端折りがち。
どうせ今回も、『ちょっと』どころでは済まないに決まっている。心の中で深く溜め息をつきながら、何かあった時の為にと『獏』の水晶を取り出して、ポケットへと滑り込ませた。
壁から床まで、御札が隙間なく敷き詰められた部屋の中で、乙骨憂太は椅子の上に体育座りをしてぼんやりと虚空を見つめていた。
確か今日は呪術高専なる学校に行く日だと五条さんが言っていたが、正直乗り気ではない。自身に取り憑いている『里香ちゃん』が、また自分の周りの人を傷付けてしまうのではないかとびくびくしていた。
呪術師とか言う人たちによって自分が死刑になると聞いた時、躊躇いなく死を受け入れようとしたぐらいには生きることに頓着が無い。自分が生きていることで周りを傷付けてしまうぐらいなら、死んでも良いと心から思っていた。
でも、『里香ちゃん』が自分を死なせてくれない。
ナイフでの自殺を試みた事があったが、その時も里香ちゃんに阻止された。突き立てたナイフが自分に刺さるよりも前に、どこからともなく現れた里香ちゃんによってナイフは奪われ、使い物にならないぐらいにねじ曲げられてしまった。
生きることにはとっくに疲れていると言うのに、死ぬことも許してくれない。
死ぬことも殺される事も出来ないのなら、ここにずっといればいい。
誰も傷付けたくないから、もう外へは出たくない。
なのに、
「やあ乙骨憂太くん、元気?」
扉が開く音が聞こえてから暫くして、部屋に五条さんが入ってくる。しかも、その後に続いてもう一人の足音が。
「こんにちは。あなたが乙骨くんですね。僕は冬樹蓮司と言います。あなたと同じ転校生と言うやつです。これからよろしくお願いしますね」
「え……あ、よろしくお願いします」
顔を上げれば、黒ぶちメガネをかけた堅物そうな顔の少年が目に入った。しかしそんな堅物そうな見た目とは裏腹に、柔和な笑みを浮かべて手を伸ばしてくる。
握手の形だ。
彼が僕に触れたら、また里香ちゃんに襲われてしまうかもしれないと、此方からも伸ばしかけた手が途中で止まってしまったが、彼によって半ば強引にその手が握られる。
里香ちゃんは、現れなかった。
「あ、れ……でない」
「ずいぶんと淀んだ空気だったので、どんなものかと心配だったのですが意外にも平和主義そうで安心しました。五条さん、彼、呪われていると言うよりは守られているのでは?」
僕の手を掴んだ手を離さぬまま、彼はちらりと五条さんに視線を向けてそう言った。五条さんは苦笑いをしながら、里香ちゃんがねじ曲げたナイフを拾い上げている。
「どうだろ。一概にそうとも言えないから、定義的には呪われてるって事になってる感じ。確かに、彼を害さない限りは出てこないけどね。所で乙骨憂太くん、これは何かな?」
彼が手に持ったナイフだったものをくにゃくにゃと揺らしながら見せてくる。見た目は笑顔だけど、確実に怒っていた。
「ナイフだったもの、です」
「どうしてこうなったの?」
「死のうとしました。でも、里香ちゃんに邪魔されました」
冬樹くんの手を振り払い、椅子の上でうずくまる。
いきなり知らない人に握手を求められた事で忘れかけていたが、自分の置かれた状況を思い出して気持ちが暗く沈んでいく。
「暗いね、今日から学校だよ?」
「自殺、しようとしたのですか」
ショックを受けたような冬樹くんの声が、近くから聞こえた。
「あっ、そうだ。冬樹くぅん、彼に取り憑いてる呪霊、君の術式で奪えたりしない?」
「倒さないといけないので実質無理です」
「あはー、やっぱり? 難しいなぁ」
ふっ、と影が視界を覆う。
次の瞬間、両肩を握られ、顔を上げさせられた。
眉間に皺を寄せた、冬樹くんだった。
「自殺は、いけません」
「でも、僕が生きてたら周りを傷付けちゃうから」
「果たして、本当にそうでしょうか。僕は今、乙骨君に触れています。ですが、君の言う里香ちゃんは出てこない。里香ちゃんが誰かを傷付けた時、それは本当に君が悪いと言えましたか?」
「……う」
「それに、受け売りですが呪いと言うものは必ずしも悪い事ばかりでは無いと言われました。使い方次第で毒にも薬にもなるそうです。君が里香ちゃんと向き合って理解すれば、人を助ける薬にもなるやもしれません」
「………」
「……初対面の癖に説教じみた事を言ってしまい、申し訳ありません。ですが、僕はもう人が死ぬのはこりごりです。それが、呪霊の関わっているものなら尚更」
肩を握られていた感触が離れていく。
真っ直ぐ立ち上がった彼が、こちらを見下ろしている。
「まあ、お互い転校生と言う訳ですし、友達として仲良く出来たら良いなとは思ってはいますが……学校、行きませんか?」
そう言って、彼は少し照れ臭そうに笑った。
友達なんていつぶりだろうか。
里香ちゃんに取り憑かれてから、ずっと自分から人を遠ざけてきたから、中学・高校と友達なんて出来た試しが無い。
「ボクが話そうとしてた事、全部冬樹くんに言われちゃったなー。あーあ」
「え"っ、あ……すいません」
「謝んなくていーよー。学生同士仲良くしてくれるのは良いことだし、乙骨くんだって、一人ぼっちは寂しいでしょ?」
冬樹くんと五条さんの言葉に心が揺れる。
「そんな訳だから、高専においで。さっき冬樹くんが言ったみたいに、高専でちゃんと呪いの扱い方を学べば人を助ける毒にも薬にもなる。全てを投げ出すのは、それからでも遅くないだろう」
最後に、あと少しだけ夢を見ても良いだろうか。
【冬樹 蓮司】
主人公。黒髪に黒ぶちメガネをかけた堅物そうな顔の少年。身長は175くらいで、肉弾戦ばっかりしてるせいで年齢のわりにガタイがいい。人と話す時に敬語っぽくなってしまうのはクセ。呪霊相手や独り言だと雑な口調になる。乙骨憂太と同世代。
両親のような犠牲者を出さない為に呪霊と戦う方法を自ら研究し、基礎的な知識も無しに自分の術式を使うことが出来るまでに至った。呪霊が生まれる原因の話を五条さんから聞いて、今は普通の人でも呪霊と戦う方法を模索中。呪詛師には絶対にならないタイプ。