中堅呪術師変身系 作:でんでんむし
あといつの間にか帯がオレンジ色になっていました。拙作をこんなに評価して頂けた事が本当に嬉しいです。評価を下さった皆様、本当にありがとうございます。
「『眠れ』!」
叫ぶと同時に乙骨くんは目をとろんとさせてよろめき、黒板の方へと倒れながら眠りに落ちた。倒れて床に頭をぶつけそうになった彼の身体を『里香ちゃん』は優しく抱き抱え、威嚇するようにぐるりと周囲を見渡してから愛おしそうに彼の頭を撫でている。
「よっ、ファインプレーだね冬樹くん!」
「五条先生……ちゃんと伝えてなかったんですか」
五条先生(どうも高専の先生だったらしい。優秀とはいえこんな人に習わなければならないのか)は愉快そうに笑いながら手を叩いているし、これからクラスメートになる三人?(あのパンダは一人と数えて良いのだろうか)は呆然とした表情のまま固まっているし。これから自己紹介と言うタイミングでこのありさまだ。
乙骨くんに出会ってから、何があってどうしてこうなったのか、それは数時間前に遡る。
今から数時間前。
注連縄で囲まれたあの陰気な建物から乙骨くんを連れ出して、これから学校で学ぶ内容について乙骨くんと話しながら東京駅に荷物を取りにUターン。そうして呪術高専へと向かい、先に高専の学生寮に荷物を置きに向かった。乙骨くんは荷物らしい荷物は無かったようだが、これから何年も生活する事になる部屋の振り分けという形で。リビングからトイレ・キッチン・風呂と一通り揃っている上にかなり広く、学生一人ぶんの部屋と言うには随分と豪華だなと言う感想が始めに出たが、そもそも呪術師になる人材が貴重だから扱いも手厚いのだろうか。
一番大きな部屋にはベッドや勉強机、テレビなどが一通り揃えられていて、ベッドの上には丁寧に畳まれた黒い制服一式が置かれている。横にメモが置かれており、それに着替えておくようにと言う事だ。
制服に着替えて部屋から出れば、今度は五条先生が教室に向かうと言う。どうも教室には既に同学年の生徒が居て、顔合わせと言う事らしい。里香ちゃんの事もあってか乙骨くんも緊張しているようだったが、いざとなれば止めるぐらいは出来ると言えば落ち着いた。身に染み付いたオドオドとした様子はすぐには抜けないようだったが。
そうして、先に教室へと入った五条先生によばれて、乙骨くんと共に教室へと入った時、事件は起きた。
教室に入った途端、危険を感じ取ったのか乙骨くんの中から里香ちゃんが出てきてしまったのだ。結果、教室に居た学生の一人が『乙骨くんが呪われている』と言って薙刀を取り出し、乙骨くんに突きつけてしまった。幸いわざと外すコースを狙ったのか乙骨くんには当たらなかったが、彼が害されたと判断した里香ちゃんの方が黙っていなかった。
あらかじめ『獏』の水晶を用意していなければどうなった事か。流石に最後まで放っておくとは思えなかったが五条先生はニヤけながら眺めているだったので、咄嗟に獏の融合呪霊鎧を装着して彼を眠らせたと言う訳だ。
乙骨くんを眠らせてから数分後。
乙骨くんを抱いた里香ちゃんはしばらく乙骨くんを愛でながら此方をずっと警戒していたが、自分も鎧を解いてクラスメートの人たちにも武装を解除するように促すと、里香ちゃんもひとまずは安心したのか乙骨くんの影の中へと戻っていった。
ゆっくりと近付いてみて、倒れている乙骨くんを抱き起こしてみても里香ちゃんが出てくる気配は感じられない。
「ひとまず、落ち着いてくれましたね」
「何だったんだ、今の……」
「『里香ちゃん』って言うそうですよ。彼を害そうとすると現れて、敵だと判断した人に攻撃するとか」
「何ッでそんな大事な事……おいテメェ」
ポニーテールの女子が悪態をつきながら五条先生を睨み付けた。先に伝えておくべき事を伝えずにいたのだから自業自得である。当の本人はヘラヘラと笑っていて全く堪えている様子は無いが。
「乙骨くん。乙骨くん、起きてください」
「………ん、むぐ……っ! み、みんなは!? 大丈夫だった? 怪我は無い!?」
「大丈夫です。里香ちゃんが動く前に乙骨くんを眠らせたので、里香ちゃんが護りに集中して穏便に済んでくれました」
「……は、はぁぁ。良かった。ありがとう、冬樹くん」
乙骨くんの目を覚まさせて、寝起きでふらつく彼を支えながら立ち上がらせる。里香ちゃんが出てきたところまでは覚えていたのか起きて早々かなり焦った様子だったが、戦闘にならずに済んだことを伝えれば安心したのかため息をついていた。
僕も彼に取り憑いている里香ちゃんを見るのは始めてだったが、あんな恐ろしい呪霊だったとは。彼女の目的自体はやはり乙骨くんを守る事で間違いなかっただろうが、あれほどの凄まじい呪力を常に放っていられると、目的に関わらず驚異を感じてしまう。
「じゃ、みんな良いかな~?」
「良くねぇ」
「今日からウチに転入してきた乙骨憂太くんと、冬樹蓮司くんでーす!」
「オイ聞いてんのか」
「ハイ自己紹介よろしくぅ!」
乙骨くんを立ち上がらせると、先程まで教室の端っこに背をもたれさせていた五条先生がパンパンと手を叩きながらやってきて、黒板に乙骨くんと僕の名前を書いた。ポニーテール女子の突っ込みも無視して、僕と寝起きの乙骨くんを教卓の真横に引っ張っていき、ニヤけながらサムズアップ。
白髪の少年とパンダ(?)は目を細くして呆れたような表情をしている。
「え、あ……乙骨憂太、です。よろしくお願いします」
「冬樹蓮司です。本日からよろしくお願いします」
取り敢えず名を名乗ってから礼をしてみたが、反応が薄い。と、言うか白けている。十中八九、先ほどのごたごたのせいだろう。
「と、言うわけでェ、乙骨憂太くんと冬樹蓮司くんでーす。皆よろしくー!ちなみにだけど、さっきみたいに乙骨くんに攻撃すると里香ちゃんの呪いが発動したりしなかったり! なんにせよ、皆気をつけてね~!」
「そういうの先に言おうぜ」
「しゃけ」
「いや~ゴメンゴメン。ほんと忘れててさ。あ、みんなの紹介はパパッと僕がやっちゃうね」
「もう勝手にしてくれ」
やけに流暢に日本語を話すパンダと、何故か魚の名前を呟く少年。五条先生は僕と乙骨くんに向き直ると、順々に彼等を指差していく。
「じゃあまず呪具使い、禪院真希。呪いを祓える特別な武器を使うよ」
「………」
薙刀を持ったポニテ女子だ。相変わらず渋い表情をしている。
「次に呪言師、狗巻棘。おにぎりの具しか語彙がないから会話がんばって」
「こんぶ」
次に指差されたのは先程の魚の名前を呟いていた少年。彼が呟いていたのは魚の名前ではなく『おにぎりの具』らしい。『こんぶ』とは、『よろしく』ぐらいのニュアンスで合っているだろうか。
「最後に、パンダ」
「パンダだ。よろしく頼む」
最後にパンダが指差され、彼(?)はヒョイッと右手を上げた。見たまんまだ。姿も大きさもパンダそのもの。獣臭さはまるで感じず、お日様のような柔軟剤の香りが漂ってくる。
「以上! 覚えた?」
「えっ、パンダさんについての説明とかは無いんですか」
「え、でもパンダはパンダだし」
一番気になっていた存在についての説明が一切為されず思わずそんな言葉をポロっとこぼすとそんな答えが帰ってきた。
このモヤモヤに対して乙骨くんはどうなのかと隣を見れば、彼も非常にむず痒い表情になっている。
「ま、そう深く考えんなよ」
「パンダさん……」
パンダさん本人からそう言われ、手を伸ばされた。伸ばされた手はしっかりとした五指があり、明らかにパンダのものではない。その上、握るとぬいぐるみのようにふかふかと柔らかく、それでいて暖かさもあった。明らかに自分の知っている生き物では無いのだが、間違いなく生きている。
「ぬい……ぬい?」
「冬樹、くん? だ、大丈夫?」
世界は不思議で満ち溢れているのだ。
取り敢えず互いの自己紹介も終了し、その後も多少のいざこざはあったものの早速授業の方を始めようと言うことになった。が、その内容が授業と言うには些か乱暴である。
「午後は実習形式ね。取り敢えず乙骨・禪院チームと狗巻・パンダ・冬樹チームで別れて、実際に呪霊退治に向かって貰うよ」
コツコツと白チョークで五条先生が勝手に決めたチームとその行き先が書かれる。乙骨くんの方はどうやら小学校へ、僕の方は工場の跡地らしい。
「オイオイ大丈夫なのかよ先生。新入りがバラけてるけど、先生つくのは片方だけだろ?」
「うん? まあ大丈夫大丈夫。僕がつくのは乙骨・禪院チームだけど、冬樹くんの方は準一級レベルぐらいまで単独で祓ってるし、足を引っ張るような事は無いと思うよ」
「へぇ……なあ冬樹、学生証ある?」
パンダさんがのしのしと歩きながら手のひらを差し出してくる。どういう事なのかよくわからなかったが、制服の胸ポケットから学生証を取り出して彼に渡した。
「うお、最初から二級かよ。棘と同じだな」
「二級?」
「術師の強さを段階別に分けたヤツ。呪霊も同じように分けられてて、二級だったら二級相当の呪霊を単独で祓えるぐらいって感じ。一年生で二級って今まで棘だけだったけど、冬樹で二人目だな」
「すじこ!」
狗巻くんが自分の学生証をこちらに見せながらピースをしてくる。彼の学生証の顔写真の上には『二』という漢字がプリントされており、それが階級を示しているのだろう。
眺めているだけなのも何だと思い、笑顔を作りながらピースで返すと彼も目を細くして嬉しそうにしている。
「これから宜しくお願いします。パンダさん、狗巻くん」
「おう、よろしくな」
「しゃけしゃけ」
二人と軽く握手を交わし、自己紹介から二度目の挨拶を行った。実習形式の授業では車で目的地まで向かうようで、車の準備が出来るまでは教室待機という事らしく、二人と親交を深める為にも椅子に腰掛けて適当に雑談を始める。
だが、雑談を始めてから少しして乙骨くん達の方の雲行きが怪しくなり始めた。どうも禪院さんが乙骨くんに対して気に入らない事があったらしく、またも険悪なムードになりつつある。
「乙骨くんと禪院さんは大丈夫でしょうか……」
「高菜……」
「俺に任せな。ちと行ってくるわ」
ゆったりとした動きでパンダさんが立ち上がり、二人の仲裁に向かった。実際には気が立っている禪院さんを落ち着かせる為といった様だったが、パンダさんの機転でどうにかそこは落ち着かせることに成功。
そこからは二人が仲良くなる様子も無かったが問題が起きることもまた無く、出発の時間となった。
ただ、実習が始まる前からあんな様子で乙骨くんと禪院さんは大丈夫なのだろうかと心配になる。自分はプロではないから偉そうな事は言えないのだが、呪霊との戦いは常に命懸けだ。互いに足を引っ張りかねないあんな様子で、対呪霊に関しては素人同然の乙骨くんを連れて大丈夫なのかと気が気でない。
しかし自分もチームでの呪霊との戦闘は初めてなので、人の心配ばかりしていられない事も事実。せめて二人の足を引っ張らないように頑張ろうと意気込み、黒スーツの人が運転する車へと乗り込んだ。
「着きましたよ」
小一時間ほど車で移動し、目的地へと到着した。
工場の跡地とあったが、建物自体はしっかりと残っている。ただ、設備の類いやら看板やらは取り除かれており、無機質な不気味さを醸し出していた。
「えーっと。目標は、二級呪霊だっけ?」
「しゃけ」
「先生のお話では、この敷地内に入った人が戻ってこないからその調査とか言ってましたね。祓う必要は無いとの事でしたが……これ学生にやらせる内容なんでしょうか」
「ま、どんなに弱い呪霊でも一般人にとっちゃ充分脅威さ。強いのなら尚更だけど」
バタンと背後から車のドアが閉じる音がし、振り替えると運転手の黒スーツの人が降りてきていた。歳は40過ぎくらいだろうか。白髪交じりの髪で強面の彼は、補助監督という立場の人だそうだ。基本的に戦闘には参加しないが、呪術師を現場まで送迎したり『帳』という一般人から呪術師の活動を見られないようにするものを作ったりすると言う。
自分が一人で戦っていた頃は『帳』なんてもの勿論知らなかった訳で、最後まで誰にも見られることが無くて本当に運が良かった。今考えると、あんな事をしていたのを見られていたら即刻研究所行きではないだろうか。
車から降りてきた彼は資料に目を落としながら話し出す。
「えー、本日の目標ですが、可能ならば呪霊の討伐。最低でも呪霊の確認が目標となっています。予想される呪霊の強さは最低でも二級相当。危険だと感じたらすぐにここまで戻ってきて下さい。すぐに帳を解除して撤退します」
そこまで彼は言い切ると、帳を降ろし始めた。
真っ黒な液体のようなものが空高くに現れたかと思うと、それはどぷりと弾けてドーム状に工場の跡地を覆い隠していく。
「それでは皆様、ご武運を!」
彼の姿が帳の向こう側に消え、やがて静寂が訪れる。
真夜中のような闇に包まれた空間に、異様な気配を漂わせる工場の建物が静かに佇んでいる。
「棘、冬樹、行こうぜ」
「しゃけ……明太子!」
「行きましょう……!」
呪術師として、初の仕事が始まる。