中堅呪術師変身系 作:でんでんむし
「おおトこここここ殺ススススス!」
「術式『蜘蛛手格子』!」
時間稼ぎに徹する。
準備はした。正面から来られてもある程度は押さえられるように頭の中で策を練った。
だが、準備をしたからといって、そのまま正面から通させはしない。
両の掌を合わせた瞬間、コンクリートの床から現れた岩で出来た巨大な手が呪霊の進路を妨害し、足元から吹き飛ばした。
術式『蜘蛛手格子』は両手を合わせる事が発動条件。両手を合わせている間は最大6本まで巨大な腕を自在に操る事が可能だが、両手が離されてしまえば術式も解除されてしまう。両手を封じる代わりに6本の腕を操る少々ピーキーな性能をした術式だ。
そのぶん腕一本ずつのパワーは中々にあるし、移動についての制限は操作範囲外に出ない限りは無い。腕の素材は生やした部分に依存してしまうが、素材によって特性が変化する部分はある意味メリットだろう。近付かれれば弱いが、前衛の術師と連携する事で存分に能力を活かす事が出来る。
「しし死ねシねねねね」
「冬樹、足場!」
「はい!」
だがやはり一撃の威力と言う点で夜行の『閃光踏破』に勝る事は不可能。吹っ飛んでいった呪霊も空中で器用にバランスを立て直し、空中に垂直の板のようなものを出現させたかと思うとそれを足場にして再び此方へと突っ込んでくる。
咄嗟にパンダさんの足元に足場となる腕を生成し、それと同時に移動用の腕を更に二本生成して呪霊とぶつかるように持ち上げる。
「フンッ!」
「ァ"あ"ばァ"あ!」
コンクリートの掌の上で、呪霊の持つ包丁とパンダさんの手甲がぶつかり合う。パンダさんは腕をクロスさせて二つの手甲の隙間に包丁を挟み込む形で何とか押さえているようだったが、呪霊のパワーも相当なようでギャリギャリと金属同士が擦れ合う音が響く。
「ふぬっ、ぐう」
「っ、合掌!」
応援が来るまで押さえ込むとは言っても一筋縄では行きそうに無い。最初に奴を吹っ飛ばした腕を更に伸ばし、更にもう一本腕を生やして呪霊を両側から叩き潰してやる。だが、
「シッ、ギャアア"アァ"ァァ!」
「うおっ」
「クソッ、やっぱり駄目だ!」
コンクリート製の柏手を砕きながら、内側から呪霊が飛び出してくる。出力が違い過ぎる。
咄嗟にパンダさんが呪霊の顔面に目掛けて渾身のパンチを打ち込むが、当の呪霊は僅かにぐらついただけで堪えた様子がない。
「ヤベッ、冬樹ぃ!」
「わかってます!」
先程攻撃に使った腕と足場に使った一部の腕を放棄して、今にも包丁をパンダさんに突き刺そうとしている呪霊の下から拳を突き上げる。呪霊はその拳を宙返りで回避し、その隙にパンダさんを乗せた腕を移動させて彼を逃がす。
「無理ですこれ、僕たちも退避しましょう」
「さんせーい。んで、逃走経路は?」
「そりゃあ、さっき僕が蹴破った扉から……」
ちらりと扉の方を見やる。
すると、確かにそこにあった筈の扉は跡形もなく消え去っていた。
「嘘でしょ……」
「え?詰み?」
パンダさんが間の抜けた声を出す。はっとして周囲を確認すると、工場内の様子がじわじわと変化していた。
残されていた機材は肉が腐るように錆びて朽ちてゆき、その内側からおびただしい数の人骨が現れてばらばらと崩れ落ちる。彼女に殺された人々の末路がそこにあった。
「なんなんですか、これ。こんな奴、相手にしたことが無い」
「領域展開、じゃねーな。建物を基礎にした生得領域ってとこか。あー、マジでやべぇよ。俺たちの手に負えないもん寄越しやがった」
「なんですかそれ」
「要するに、退避が難しくなったってコト。来るぜ冬樹!」
彼の声に反応して呪霊へと視線を戻すと、大量の金串を手に持って今まさに此方へと投げつけようとしている所だった。それを見て、瞬時に出現させていた腕を全て解除すると共に呪霊と自分の間に一気に六本の腕を全て生やした。
「ヒヒヒギャァァ!」
不気味な叫び声と共に大量の金串が飛来する。
僕を逃がすまいと投げられた金串はショットガンのように拡散しながら襲い掛かり、防御の為に展開されたコンクリート製の腕に次々と突き刺さっていく。
「うっ、ぎいっ!」
一本、腕の防御を貫いてきた串が鬼蜘蛛の鎧すら貫いて大腿部に突き刺さった。焼けるような激痛が走り、思わずその場に膝をついて倒れてしまう。
「ヤッタア」
「冬樹っ!」
倒れた時に両手が離れてしまった事で作り出していた全ての腕が崩れ始め、瓦礫となって床に積もっていく。崩れていく腕の向こう側で、宙に浮かんでいる呪霊がニタニタ笑っているのが見えた。
「ツカマエタ」
「まさか、この串っ」
呪霊の意図に気がついた時はもう遅かった。
串の根元、輪になっている部分に呪力の糸が頑丈に結びつけられていて、刺さった獲物を逃がさない作りになっていた。
「あがっ、ぎ」
ぐらりと、太股から不自然に身体が持ち上がる。
いつの間にか串の先は変形し、釣り針のようなかえしとなって無理に引っ張っても抜けにくいようになっていて、そこに全体重が集中した事で更に痛みは増していく。
「死ネ」
糸を持った呪霊に空中で振り回され、勢い良く壁に叩き付けられる。
「死ネ!」
何度も。コンクリートの壁が砕け散る程に力強く。
「死ネ!死ネ!死ネ!」
執拗に。僕が絶対に死ぬように。
「これ以上させるかこん畜生!」
激痛と蓄積したダメージに耐えられず意識が朦朧としてきたその時、何者かが突如として呪霊に襲い掛かり、凄まじいパワーで呪霊を吹き飛ばした。
パンダさんだ。彼の能力なのだろうか、全身の筋肉が大きく隆起して姿がゴリラのようなものに変形している。彼は呪霊が吹っ飛んだのを確認すると急いで此方に駆け寄ってきた。
「冬樹、大丈夫か!」
「……う、う」
心配した様子で話し掛けてくるが、痛みと大きすぎるダメージで声が出ない。僅かに下を向いて串が突き刺さっていた足を確認すると、串こそ無くなっていたものの鎧ごと太股にぽっかりと穴が空き、どくどくと血が流れ出ていた。
鎧自体も限界寸前だ。所々にヒビが入り、生身の方にもダメージが及んでいる。
「やべえよ……反転術式とか使えねぇし。冬樹、その血、どうにか抑えられないか?」
「……表面、だけな、ら」
パンダさんに支えられながら立ち上がる。
身体中が痛い。身体を動かす度に激痛が走る。おそらく骨も何本か折れているのだろう。まともに戦うにはダメージを受けすぎた。
隙を見せたつもりでは無かったのだが、たった一つのほんの小さなミスによってここまで追い込まれるとは思っていなかった。
「拡張……術式『灼鱗』」
無垢の水晶を一つ取り出して『破壊』する。破壊した水晶は細かな粒子へと変化していき、傷口から流れ出る血と混ざりあって傷を塞ぐような形に凝固した。
自身の術式を応用して作った拡張術式『灼鱗』は、無垢の水晶を一つ完全に破壊する事で傷口を塞ぐ応急手当の為の術式。発動するには
「準備が良いのな……」
「すごく、痛いですよ」
「痩せ我慢かよ」
それでも失血死の心配が無いだけマシだが。
「うううウウううううううう」
唸り声がした方を見れば、またも呪霊が立ち上がってきている。僕の閃光踏破・蜘蛛手格子による合掌とパンダさんの強烈なパンチを何回も受けているのに随分とタフな呪霊だ。
「パンダ、さん!」
「わかってる。もうお前に近付けさせねぇ」
ドウッと音を立て、砂煙を巻き起こしながらパンダさんは呪霊へと突進していく。その巨体で真っ直ぐに、凄まじい速度で突っ込んでいく姿はまるで大型トラックのよう。
「こっちは、脱出経路を……!」
再び両手を合わせ、六本の腕をコンクリートから生成する。今度は大きなものではない。だが、長さは今までの比ではない。
『蜘蛛手格子』で生成した腕は、範囲内であればどこまでも大きく、長くすることが出来る。故に、形状の変化次第では腕としてではなく木の根やツタのように至るところに張り巡らせる事も可能だ。
足元から伸びる六本の腕は床を這うように移動していき、近くの壁へと張り付いて更に広がっていく。細くそして素早く、覆う箇所を更に広く。
「オラオラオラオラァ!」
「コロ、ス……コロ"ス!コロズ!」
パンダさんが呪霊を止めてくれている間に、腕から伝わる感覚をたよりに脱出経路を探し当てる。
「(ここか……? いや、違う。こいつはただの空洞だ)」
背後の壁を探し尽くし、次は両端の壁へ。コンクリートの壁に数多の腕を這わせ、コツコツと壁を叩きながら正解を探す。
そして、自分から見て右側に伸ばした腕の一本が天井近くにさしかかった時、手に妙な振動が伝わった。
「(ここだけ、触った感触が違う。それにこの振動、外側から何度も力強く殴打されているような……)」
それが何であるかに気が付いた瞬間、急いで両手を離して全ての『蜘蛛手格子』を消し、再び両手を合わせるとその指先で呪霊に狙いを定める。
「パンダさん! 誰かが中に入ってきます! 仕切り直させるんで、1、2で左に避けて下さい!」
「ふんぬっ!ぐっ、……オウッ!」
「いち……に!」
合図した通りにパンダさんは横っ飛びして射線から抜けていく。
そして、呪霊と目があった。
「『螺旋抜手』!」
次の瞬間、六つの重なりあった腕が捻れながら真っ直ぐ呪霊へと伸びていき、呪霊をコンクリートの壁に叩き付けた。
「これッ、一応、胴体ブチ抜く勢いで撃ったんだけど!」
壁に押し付けた呪霊が此方を怨めしそうに睨んでくる。そして、怒り狂った呪霊が抜け出す為に蜘蛛手格子の腕を破壊しようとした瞬間、建物内に轟音が鳴り響いた。
「うお!? 何だ!??」
「……来た!」
見上げた先にあったのは、宙を舞うコンクリートの瓦礫と、鉈のような物を手にしたスーツ姿の男性。彼は壁に叩き付けられている呪霊の姿を確認すると、空中で体勢を整えながら、今しがた吹き飛ばした瓦礫を足場にして一直線に呪霊へと突っ込んでいく。
「オト……コ!!」
「もうとっくに定時は過ぎてるんですが」
右腕に巻き付けられるネクタイ。振り上げられた鉈。
「こいつですか」
ーーーズドンッッ!
次の瞬間、黒く輝く呪力の閃光と共に、呪霊の頭は風船の如く弾け飛んだ。
【拡張術式『灼鱗』】
水晶を鎧に変化させる術式を応用し、身体の一部分に鱗状の甲殻を作り出すようにした術式。他の水晶を鎧にしている時にも使用可能。術式の発動には三級以下の呪霊から得られる『無垢』の水晶が必要であり、使用した水晶は破壊され二度と使えなくなる。
発動すると水晶内に封印されていた呪力が出血部分の血と混ざり合い、傷口を覆うようにして装甲が生成される。即座に止血が出来るので有用だが、実際に傷が治ったわけではないので痛みは普通に残る。任意で解除も可能。