中堅呪術師変身系   作:でんでんむし

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一級呪術師技巧系

 

 

 

 

 

 頭部を失った呪霊の身体が膝から崩れ落ち、倒れると同時に塵となって空気に溶けてゆく。後に残されたのは呪霊がその身に纏っていた人間の皮だけ。

 

「………すっげ」

 

 僕とパンダさんの二人がかりで相手して散々苦戦した相手を一撃で屠った呪術師の男を見て、パンダさんがそんな言葉を漏らした。

 

「領域が、溶けていく」

 

 術師を失った事で展開されていた生得領域は泥のようにとろけて、元の廃工場へと戻っていく。ただ、廃工場に残されていた機械類だけはボロボロのまま、散らばった人骨も元に戻らなかった。彼女の生得領域は、気付かなかっただけで僕たちが入ってきたその時から発動していたのだろう。

 

「ひとまず、お疲れ様です。言いたい事は色々ありますが、ここまでよく耐えました」

 

 スーツの男性が僕とパンダさんを順に眺めながらそう言って、ズレた眼鏡を指でクイッと上げる。気だるげなようで、生真面目なようでもあり、あやふやな輪郭をした雰囲気をした彼は、スーツについた煤を払いながら僕とパンダさんへと歩み寄ってきた。

 そうして未だに鬼蜘蛛の鎧を纏ったままの僕とゴリラモードのパンダさんを、品定めでもするようにまじまじと眺めてくる。

 

「格上の相手だと判断してからの素早い判断。戦力にならない仲間の退避と応援の要請、実に結構。ですが大事を取って君達も退避するべきでした。今回は運良く私が間に合い、偶然君達も生き残りましたがいつもこのように上手く行くとは限らない」

 

 眼鏡の奥から彼の視線が僕を貫く。

 今回の戦いで失敗したと思っていた点を丁度指摘された事で、思わず口元が引き締まる。

 

 狗巻君を撤退させてから、自分も戻って戦うのではなくパンダさんの撤退の援護をするべきだった。

 今回が初の共闘とあって互いの力量を図りかねていた部分は確かにあった。しかし、それでも狗巻君がたった一回の呪言で喉をやられてしまったという事実を、あの時の僕とパンダさんはあまりにも軽く見すぎていたのだろう。

 

「軽く見積もって今回の呪霊は一級。それも特級と呼ばれる化け物にかなり近付いていた個体でした。たまたまアレの耐久とスピードに難があったのが幸いして、私でも充分に祓うことが出来ましたが。それでも、今の君達の呪力では傷一つ付けることすら苦戦する相手なのは間違いありません。しかも様子を見る限りでは術式に小細工など一切存在しないパワータイプ。それを、何故足止めできると考えたのか。学生とはいえ少々観察力と判断力に欠けているのではありませんか」

「全く、面目無いです……」

 

 助けられて早々、説教を受けているような様子になってしまったが正論過ぎて言い返す言葉も見付からない。

 それに、彼の言葉はからはただ責めているのではなく思い遣りのようなものも感じられた。あと、自分に言い聞かせているような、僅かな後悔。

 

「その失敗も踏まえて……助けてくださりありがとうございます。貴方が来ていなかったら、僕たちはきっと助からなかった」

「あー、なんつうか、ちょっと言いづらい雰囲気になっちゃったけど。助けてくれてあんがとな、スーツのにいちゃん」

 

「……結構。これも仕事なので」

 

 二人で彼に頭を下げると、彼はふいっと踵をかえして建物の出口へと歩き出した。冷たさを感じさせるその仕草に、隣に来ていたパンダさんが眉間に皺を寄せながら此方に何とも言えない視線を向けてくる。「助けてもらっておいてなんだけど、あの態度は無いだろ」と、その瞳が雄弁に物語っていた。

 

「(まあ、その気持ちはわからなくもないけど)」

 

 前へと視線を戻す。

 スーツを着ていてもわかる。大きな背中だ。

 きっと相当に鍛えてきたのだろう。呪力による身体能力の強化だけに頼らない、戦うための身体作り。

 

 名前も知らない彼の過去に何があったのかは知らないが、会ったばかりの学生相手にわざわざ説教なんてしていくあたりに僅かに心の闇を感じた。同時に、彼の優しさも。

 人の心は複雑だ。愛と憎しみ、怒りと優しさ。時に感情は裏返り、また同時に現れる事すらある。

 

「でも、多分、あの人は『善い人』だと思います」

「え、そうかぁ? 俺にはよくわかんねーな。やっぱ人間ってのはヘンな生き物だわ」

「印象が悪かったかもしれないけれど。確かに人間はヘンな生き物かもしれないけれど。『人の心は複雑怪奇』とも言いますしね」

「ハハハ、人間自身がわかってねーんじゃ仕方無いわな。蓮司、足痛むだろ、肩貸せ」

 

 呆れたように笑うパンダさん。色々あったけれど、とりあえず一仕事お疲れ様と、互いを労うように拳を軽く打ち合わせつつ廃工場を後にした。

 

 

 工場の外に出ると帳はもう解けていて、日も陰りすっかり暗くなっていた。

 送迎して貰った車の横では先ほど僕たちを助けてくれたスーツの呪術師の男性と補助員の人が何やら話し合っている。そして、こちらに駆け寄ってくる影が一つ。

 

 

「高"菜"……! ツ"ナ"!ツ"ナ"マ"ヨ"! ずじご!」

 

「おう棘、何とか戻ったぜ」

「狗巻君、お待たせしました」

 

 未だに喉は良くなっていないようでガラガラ声だったが、退避させた時よりいくらか元気を取り戻したようで安心した。パンダさんに支えられながらびっこを引いて歩く僕を見て驚いた様子だったが、命に別状は無い事を伝えると安心したようでため息をついている。

 しばらく三人で互いの無事を祝いあっていると、話が終わったのか補助員の人が歩いてきた。

 

「皆さん、お疲れ様です。本来ならこれから報告などをしていく所なのですが、今回は少々特殊な事例という事でそのまま高専に戻ることになりました。高専に到着し次第、各自自室に戻り、授業は終了との事です」

 

 思わず三人共顔を見合わせる。

 十中八九、今回の呪霊が原因だ。

 実習に使うにしては、アレはあまりにも強すぎた。

 

「ま……流石に今日は帰ってゆっくりしようぜ。ハラもへったしな」

「パンダさん、ぬいぐるみっぽい身体かと思えばちゃんと食事も出来るんですね……」

「へへっ、特別製だからな」

 

 

 パンダさんと狗巻君の二人に支えられながら車へと乗り込む。

 今日は本当に濃い1日だった。今まで一人でやってきた呪霊退治の厳しさと言うものを初めて知り、行動・失敗・戦闘、全てに大きな学びがあった。

 ぬくぬくと祖父母の家で過ごし、片っ端から呪霊に喧嘩を売っていたあの頃とは違う。これからは今日のように厳しい訓練と実戦の日々が続いていく。

 

 帰りの車の中、独り改めて身を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレはどういう事ですか。実習用と言うには強過ぎる」

『わからない。けど、彼の事が気に入らない連中が早速仕掛けてきたって所だろうね。全く、やっと落ち着いたと思ったらこの通りさ』

 

 廃工場での戦いから数時間後。

 自身の事務所へと戻ってきた七海は言葉に怒気を含ませながら、高専の五条へと電話を掛けていた。普段は仕事で他人に深入りする事は無い七海だが、今回は事が事だ。電話越しに聞こえてくる五条悟の声も、いつものおちゃらけた雰囲気は鳴りを潜めている。

 

「仮にも、貴方という術師がついていながらどうして未然に防げなかったのですか。一歩間違っていたら、もしも私が到着するのが十数分遅れていたら、あの時と同じことが起きていた!」

『オマエが怒るのもわかる。僕もかなりキテるからね。今、どこの馬鹿がやらかしたか探させている所だよ。こんなものが入ってきたルートもちゃんと潰す必要がある』

「………本当に、頼みます」

『だいぶ、参ってるみたいだね。ここまで弱ってる声を聞くのは久し振りだ。やっぱり、アレを思い出すかい』

「………」

 

 嫌でも思い出す。

 大切な親友を喪ったあの日。

 今日の出来事が、あの任務の記憶と重なる。

 

 簡単な二級相当の呪霊の討伐依頼だった。

 慢心があった訳では無い。親友も自分も、どれだけ弱い呪霊であっても油断するような質では無かったし、実際あの時も出来る限りのベストは尽くした。

 胸の奥にこびりついて離れない。蓋を開けてみれば、二級だったはずの呪霊はただの呪霊ではなく、産土神信仰に基づく土着神。人の願いなんて呪いと表裏一体。端くれとはいえ神として機能していた呪霊が二級程度で収まるはずも無く、軽く見積もって一級相当。

 結果。親友は死に、自分も逃げることしか出来なかった。

 

 一級術師、七海建人。

 一応、呪術師としては上澄みに位置してはいる。昔と比べて自分も強くなった。きっとあの時の自分に今と同じだけの力があったなら、あのような悲劇は起きなかっただろう。

 しかし、強くなっても感じるのは更に上との力の差。同じ一級術師でも自分よりも遥かに強い術師の存在や、圧倒的強者たる五条悟の存在。

 

 全部、そんな強者達にやって貰えば良いじゃないかと、そう思った事もあった。だけど現実はそう上手く行かない。呪霊に対して呪術師の数が少なすぎるから。

 

「あれは……もう終わった事です。それより、貴方も教師なら自分の生徒の命ぐらい守ってください」

『わかってるさ……うん。それじゃ。あっ、頼んどいた事さ、出来るだけ急ぎで宜しくね』

「承知しています。報告出来るだけ集まれば、すぐにでも。それでは」

 

 電話が切られる。

 乱れた心を落ち着かせるようにゆっくりと呼吸を幾度か繰り返し、デスクにつく。デスクの上には、目星をつけた新興宗教団体のチラシが並べられていた。

 

「……夏油さん」

 

 苦い思い出達が、甦る。

 

 

 

 

 

 

 

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