中堅呪術師変身系 作:でんでんむし
気が付いたらなんか本誌で乙骨君が腕にアーマーみたいなのを付けてました
やっぱり鎧は男の子のロマンなんだよなあ
◆◆◆◆
押し入れの中に入り、うずくまる。
小さくて、弱い僕にアレをどうにかする力なんて無いから。
「パパ、ママ、はやく窓を閉めて! あいつが来ちゃうよ!」
「アイツって何だい。何もいないじゃないか。そんな事より、綺麗な海と町がよーく見えるぞ」
「蓮司、そんな所入ってないで、はやく出てきなさい。あんまり変なこと言ってると怒るわよ」
「嘘じゃないもん! はやく閉めなきゃ、あぶないよ……」
窓の外から漂ってくるのは濃厚な磯の香りと、鼻が曲がるような腐肉の臭い。人一人外出していない奇妙な町。異常がこんなに重なっていると言うのにも関わらず、両親はまるで聞く耳を持ってくれない。
父にも母にも見えていないのだろう、町中をまっすぐ此方に向けて歩いてくる大男の姿が。身長6メートルはあるだろう、法衣を着たその男は、ゆらりゆらりと頭をふらつかせながら確実に此方へと歩いてきていた。
「……ひっ」
恐怖で息が詰まる。
感じるのは明確な殺意と、獲物を見つけた喜び。
ヤツが近付くたびに漂ってくる悪臭は強烈なものへとなっていき、ぼそぼそと呟く声まで聞こえ始めた。
もう、窓からあと数メートルと言うところまで来ているのに、何度と窓を閉めてくれとお願いしたのに、二人は旅行気分に浸ってのんびり窓の外を眺めている。
「全く、蓮司ったら急に変なこと言い出すんだから。あなた、蓮司に変なものとか見せてないわよね」
「何も見せてないししてないよ。ただ……たまに発作みたいになるあれは、確かに心配だな。今度、病院に連れていって診て貰おうか」
「何も無いと良いんだけどねぇ」
「はやく……閉めて、死んじゃうよ……」
小さな自分では窓には手が届かない。だけど、頼みの綱であった両親は自分の言葉を信じてくれない。
あいつが怖くて、足が震えて逃げ出す事も出来なくて、立ち向かう事も出来なくて。
僕は、襖を閉めて押入れに閉じ籠った。
「……なんか、変な臭いしないか? 魚、みたいな」
「どうしたのよ……あなたまでおかしくなっちゃったの? 仕事の疲れが溜まってるんじゃない?」
「そうかなあ。まあ、海も近いしもしかしたら魚の臭いくらいするかな」
暗闇のすみでうずくまり、両手で耳を塞ぐ。
「は……え? 何だ、この、なんで服が濡れて」
「…………」
「なっ……?! おまえまでどう……ぅ、うぼ」
どれだけ耳を塞いでもきこえてくる。
バタバタともがく音と、水が飛び散る音。
「フタリ……つれテいく」
濃厚な魚の腐臭と潮の匂い。
やがて重たいものを引き摺るような音が聞こえてくる。
まだだ。まだ出てはいけない。
今、この襖を出たら自分も殺されてしまう。
更にぎゅっと身を縮ませて、気配がわからないよう息を殺す。
潮の匂いが薄くなっていく。
辺りが静寂に包まれていく。
ああ、本当に自分は酷いやつだ。
自分だけ見えていたから、一人だけ生き残ってしま━━━
「ミツケタ」
◆◆◆◆◆
「━━━━ッッ!??」
声にならない叫びをあげながら飛び起きる。
全身は汗でぐっしょりと濡れていた。
「………夢」
久し振りにあの日の夢を見た。
記憶も曖昧になるほど小さかった頃、両親が死んだ時の事。薄れた記憶の中でもあの記憶だけは恐怖と後悔と共に鮮明に残っている。小学生くらいの頃はそれでよく悪夢も見た。だが、それも中学に上がる頃には無くなっていたのだけど。
「今更、怖がるなよ……」
多分、先日の実習が原因だ。
あの日以来、感じることの無かった『死』の感覚を思い出させられた。直接の恐怖こそあの日程ではなかったけれど、自分の命が削られていく感覚は確かに身に刻まれた。その事が悪夢を見る原因になったのだろう。
あの実習の後、自分は高専の保健室に連れていかれて治療を受けた。怪我は肋骨に5ヶ所、右腕に1ヶ所のヒビと右足に空いた孔、両足に起きた筋繊維の断裂。戦闘中は痛覚が薄れていたせいで気が付かなかったが、思った以上に身体へのダメージは深刻だったらしい。
何故この怪我で立っていられたのか、五条先生には大笑いされ、保険医の女性には呆れられた。別に自分はバトルジャンキーと言う訳では無いけれど、そんな訳で保険医の人に戦い方を考え直すように注意された。五条先生は術式について知っていたから、全く別の能力をそれぞれ完璧に使いこなすなんて無理だろうとも言われてしまったが。
「一応、考え直すべきか」
鎧ごとに得意不得意、大きく差がある。攻撃能力に優れたものもあれば、支援や守りに優れたもの、妨害を得意とするものもある。鎧そのものの性能も、呪力以外の単純な基礎性能にはばらつきがある為、実戦で使用する前にはある程度の調整が必要だ。そうして総合的なパラメータの確認を行った上で、適切な相手との間合いや戦闘スタイルの決定を行わなければならない。正直な所、見た目以上に不便な術式ではあると思う。鎧を切り替える度にパフォーマンスを落としていてはスロースターターも良いところだ。
枕元に置いていた目覚まし時計を見ると、時刻はまだ六時前。少々早く起きてしまった。始業まで二時間と少しはある。1日の準備と朝食の時間をあわせても余りある時間。
このままベッドの上でぼんやりとし続けるのも良いが、折角出来た自由時間を使わないのも勿体無い。取り敢えずキッチンでお湯を沸かし始め、湯を沸かしている間に洗面所へ行って一通りの身嗜みを整える。寝間着から制服に着替えた頃に丁度お湯も沸き、その湯でインスタントコーヒーを淹れた。
「さてと、今日はどんな様子かな」
湯気の立ち上るコップを片手に、リビングに置いたデスクに寄り掛かる。デスクの上には木で出来た容器があり、その内側には四級の呪霊を倒して作った無垢の水晶が入っている。
高専に入ってから始めた自身の術式と、その拡張性についての研究。それがこの桐の箱だ。
ネットでまことしやかに囁かれる都市伝説の一つ、『コトリバコ』と言うものを参考にした。話ではコトリバコは人間の子供の指や爪、内臓を使用して作られ、周囲に呪いを振り撒く事で人を殺すための道具となっているが、これはその逆だ。
呪いを振り撒くのでは無く、内側に吸収させるように木を組み、内部の水晶に箱に吸収した呪いを取り込ませる。いわば、呪いを対象にした空気清浄機と言うわけだ。非術師の人々が振り撒いている呪いを吸収して、呪霊が産まれる原因を取り除く事を目標にしている。水晶に呪いを吸収させる方法は、水晶同士を混ぜる方法を参考にして考えた。桐の箱を一つの水晶と認識する事で、内部の水晶を軸にして混ぜる事が出来る━━筈だったのだが。
「変化は……特に無いか」
どうも、桐の箱に呪いを吸収する過程が上手く行っていない。呪いを拡散させるならば、高専にある呪物でも参考にすれば良いだけだが、逆と言うとなかなか難しい。各地に伝わる伝承やら、何かしらの文字を媒体にした呪物を参考に箱に細工を施す形でトライアンドエラーを繰り返しているが、狙っていない効果が発現するばかりで一向に呪いを吸収してくれる様子が無い。水晶から呪力のみを抽出するなんて効果が現れた事もあるが、基本装着した鎧が持つ呪力をメインエンジンにしている自分からすれば無用の長物だ。適当な物体にでも抽出した呪力を纏わせてやれば使えないことも無いのだけど、呪力を物体に固着させる技術が今は無い為使えるようになる目処は立っていない。
「成功したら禪院さんにでも話してみようかな。呪具が破損した時の保険くらいにはなるかもだし」
ゆくゆくはカードやカプセルなんかにして予備の呪力タンクになったり、即席で呪具を製作できる道具にしていきたい。
授業で自分の呪力を武器に纏わせる練習はさせられるが、結局そういう事が出来るのは呪力が充分にある呪術師だけだ。自分の呪力を使わずとも呪霊を相手にすることが出来るようになれば、現代における呪術師不足もある程度改善されるのではないだろうか。上手く行けば呪霊を見ることの出来ない非術師であっても呪霊を視認し、呪霊に効果のある武器を使って戦えるようになるかもしれない。ただ、実現するは五条先生が嫌っている呪術界の上層部の人達が障害になりそうだ。流石に相手も人間なのだから全く話が通じないなんて事は無いと思うのだけれど。
「しばらくは実験だけかな」
あくまでこちらは個人的な趣味。
学生の本分は勉強だ。まずはしっかりと基礎を学び、必要最低限の知識は備えた上で続きをやっても遅くはないだろう。
「今日の実習形式の授業だけど、組み合わせこれね」
黒板には『禪院・狗巻・パンダ』『乙骨・冬樹』と書かれていた。それを見て、少し眉毛が釣り上がった。これまでも何度か実習形式の授業は行ってきたが、そういえば乙骨君とペアを組むのは初めてだ。意図的に一緒にならないようにされてきたようにも感じるが、どういう風の吹き回しだろうか。
「一応、乙骨・冬樹ペアには僕もついていくけど、基本手出しはしないつもりだから」
五条先生は何時も通りヘラヘラしているし、理由があっても答えてくれそうにはない。乙骨くんはどう思っているのかと彼を見ると、なんだかニコニコしている。彼は特に難しくは考えていないようだ。自分のほうが少し捻くれた考え方をしているだけかもしれない。
「冬樹くん、呪霊退治、がんばろうね」
「ええ、お互いに最善を尽くしましょう」
一応、新しく開発した拡張術式や、新しく手に入れた水晶もある。今回の実戦で、どれぐらい出来るか試してみるとしよう。