「んん……」
先ほどまでの重たい駆動音やそれに応対する雑音が鳴り響いていた状況から一転して物音一つ立たないような静寂の中、ジョジョが重たい瞼をゆっくりと開くとそこには真っ白な天井が広がっていた。
「あ、起きた!」
「……響香か?」
声のした方へジョジョが向くとそこには椅子に座ってこちらを見つめる響香の姿がある。
次第に意識がはっきりし始め、ジョジョは自分がベッドに横になっていることに気付くと布団を払い起き上がる。周りを見渡すと様々な医薬品が並べられた棚に身体測定器具、誰かが先ほどまで利用していたであろうベッドが一つ置かれていた。
「意識は大丈夫そうね。ここは保健室でアンタは試験後に運び込まれたってワケよ」
「成程な……あの後気絶しちまったからなァ。二人は? 一緒に気絶してた奴らがいたと思うンだけど」
「二人? 私がアンタが運ばれてるの見てここに来た時にはアンタともう1人、黒髪の人しかいなかったよ」
「あー、じゃあアイツは怪我とか大丈夫だったんだな。俺と切島は黒焦げだぜ全くよ……」
ジョジョは先ほどまで行われていたであろう試験に思いをはせる。
巨大敵を前にして行った共闘。波紋ではどうにも出来ず、策を講じる暇もないあの場であの二人がいてくれたのは幸運だったと思う一方、二度とあの雷にでも撃たれたかのような衝撃を食らいたくないものである。
「その切島君から伝言。『試験中は世話になったな。滅茶苦茶漢らしかったぜ! お互い合格出来たらよろしくな!』だって」
「ヘッ、こっちの方こそ世話になったっての。一言お礼くらい言いたかったが仕方ねえ……にしてもアイツも黒焦げになっただろうに良く動けるぜ」
「そのことだけど……別にアンタ焦げてなんかないよ、ホラ」
そう言って響香が手持ちの鏡をジョジョに見せる。
そこに映っていたのは顔面黒焦げ頭爆発の姿……ではなく至って健康そのもの、むしろ試験前より健康だと見違えてしまう程に傷一つない姿だった。
「アレ?アレェー!? あの時確かに電撃食らって結構やばい感じだった筈なんだが……」
「保険室の先生が治してくれたんだよ。治る様子見てたけど劇的だったし。例えるなら……そう、汚れ切った窓が高圧洗浄で一瞬で新品同様にクリアになったような感じだった!」
「汚れ切った窓って……人を使い古された汚れ物みてェに言いやがってよ」
響香が良い例えが思いついたものだと腕を組んでウンウンと頷いている様をジョジョは軽く睨み付けるもベッドから降り、軽く深呼吸と伸びをする。
問題無く身体は動く。そのことをジョジョは確認すると近くの机に置かれた自身が試験に持参した鞄を背負い保健室を、響香もその後ろのつくようにその場を後にした。
外からは未だ明るい陽射しが窓を通して廊下を歩くジョジョらを照らしており、試験終了からそれほど時間は経っていないことが理解できた。
「にしても流石雄英ってトコだよな。けが人を超回復させる人がいるなんてよ」
「だからこそ怪我しやすい試験や訓練がやりやすいんだろうね。ま、その治療方法は……ブフッ! い、言わないでおこうかな」
「オイ響香……なんだなんだその笑みはよォ! 気になっちまうじゃあねぇか!」
「私は気にしないけど……ちょっと個性的っていうか、ね? やられてる時ジョジョ呻いてたし……ブフッ!」
ジョジョは頭を抱え叫び、その反応を見た響香は笑いをこらえきれず吹き出す。
受験生のほぼ全員が帰宅した雄英高校の校舎内でのそのやり取りは校外へと出るまでの間に十数回も続き、遂に得た『婆さんのキスにより超回復した』という真実にジョジョは『聞かなきゃ良かった』と心底後悔するのだった。
「オ―ッ!ノーッ! この俺のファーストキッスがァ!!!」
尚、ジョジョの反応を面白がる響香によりその真実はある程度誇張されていることをジョジョは知る由もなかった。
「じゃあ俺ここだから……」
「うん、相変わらず大きいよねジョジョの家」
二人の目の前にあるのは周囲の家が敷地内に2件建てられるのではないかと思える程の敷地の上に建つ二階建ての洋風の建築物。
とはいえ完全に洋風というわけでもなく、周りの景観から浮かないよう所々に和の要素も取り入れておりここにジョジョとその祖母エリナは暮らしているのだ。
「大きいのも大概だぜ? 使ってない部屋でも掃除の必要はあるからな」
「あー、確かにめんどくさそう……って大丈夫? 顔色悪いけど」
「寝てる間にあんなことされたって知ったら誰だってこんな顔なるわ……じゃあな」
ジョジョは恨めしそうな顔を見せ、響香に別れを告げると自宅の敷地内へと入っていく。
ドアまでの道のりはコンクリートで舗装されており、その道を歩む者を歓迎するかのように色鮮やかな花々が咲いている。
どれもこれもエリナの手によるものであり、そこらの店で売るようなものよりも鮮やかに見える。
そんな鮮やかな花々がブルーなハートに幾ばくかの安らぎを与えてくれているようにジョジョは感じた。
「はぁ……想定外のことが起きてクッタクタよォ。でもエリナおばあちゃんに情けない姿は見せられないぜ!」
少し安らいだとはいえ心労に肉体的疲労を重ねたジョジョは扉の前に立つと思わずため息を吐く。
けれど数少ない家族に心配をかけないためにも情けない姿は見せられない。
そう考えたジョジョは自らの頬を叩き、スイッチを切り替えると扉のバーハンドルに手をかけた。
「たっだいまァ~!」
「おかえりなさい、ジョセフ」
「お邪魔しているよジョジョ」
いつも通り陽気にジョジョが扉を開け玄関に入るとジョジョが来るのをわかっていたかのように二人が立っていた。
「エリナおばあちゃんにスピードワゴンの爺さんまで! 随分と賑やかなお出迎えじゃあねえか!」
「いやなに、あの雄英の試験だ。私も今までに何回か見させてもらったが相当ハードなものだからね。今朝見送ることが出来なかった分出迎えくらいしてやらなくちゃあと思ってね」
「私も大したことが出来なかったから……。疲れているようだけれど大丈夫? あなたの好きなお菓子とか用意しておいたから早く上がりなさいな」
「二人とも……」
礼儀作法に煩いものの普段から優しい二人がいつもの何倍も自身を気遣ってくれている。
そのことが嬉しく、ジョジョは頭を搔き照れながらも二人に対し笑みを浮かべた。
「どうした急に笑って……私の顔に何かゴミでもついているかね?」
「いやそうじゃねぇよ爺さん。……そんなことよりお菓子よ!お菓子! リビングだろ? 先行ってるぜ!」
「全く……疲れているだろうにあのはしゃぎぶり。試験がうまくいったのか、他に良いことでもあったのか……」
「フフッ……どちらもなら嬉しいですけれどね。」
ジョジョは靴をきっちりと揃えてから一人リビングへと駆けていく。
その背中を見て二人は微笑むと追うようにリビングへと歩き出していった。
「成程、今年の雄英入試は機械が相手だったのだな。倒したポイントの合計を競う、か」
「そうなんだよー。事前に対人戦っていう情報得てただけに発表された時に叫びそうになったぜ」
「『波紋』は生物以外には効果がない……でしたものね」
「そうです、エリナさん。波紋はあくまで破壊を目的とした力ではないのですから」
「……二人とも俺より詳しいんじゃあねぇか? 俺の個性って一応前例が無いって医者には言われてたんだけど……」
二人は既に多くの人生経験を積んできている。それもヒーロー飽和社会なんて言われるずっと前、悪が蔓延る混沌の時代を経験してきていることは歴史を学んでいる上で理解していた。
「……古い知人がいたのです。ジョセフ、貴方と似たような力を持つ人が」
「俺と似たような力、ねぇ」
「まぁ今はそんな話はいいじゃあないか! 試験は波紋が有効じゃなかったのだろう? 試験はうまくいったのかね」
「そりゃ勿論……」
ジョジョが鼻を高くし語ろうとする。『波紋がなくてもこの俺の策で十分に立ち回れた』と。
確かにジョジョの即席武器によりポイントはかなり得ていた。けれど合格定員に対して十分かと言われればそうではない。ヒーロー科の定員は40名という狭き門なのである。加えて0P敵に対し貴重な時間を使ってしまったのだ。
ぶっちゃけかなり結果は厳しいものになる。瞬間で理解したジョジョの顔はどんどん青ざめていった。
「勿論……なんだ?」
「も、勿論問題ナシよナシ! 二人は気にせずドンとしててよな!」
そう言い残すとジョジョは菓子を口に頬張ったまま自室へと階段を駆け上がっていった。
「……大丈夫かしら。あの子は私たちを心配させまいと陽気に振る舞うから……」
「大丈夫ですよきっと。詳しくは箝口令を敷かれているため言えませんが奴の性格なら、ね」
不安そうな表情を浮かべるエリナに対しスピードワゴンは励ますようにそう告げると立ち上がり、コート掛けに掛けておいたコートを羽織り愛用する灰色の帽子を頭に乗せた。
「どこか行かれるんですか?」
「ええ、とある研究のため少しばかり遠く……財団の本部へと。恐らく一月はこちらへ帰ってくることはないでしょう」
「そうですか…」
「雄英の入学式は確か生徒のみで行う筈ですし特に問題はないでしょう。ジョジョによろしく伝えておいてください」
スピードワゴンはエリナに向かい一礼するとそのまま家を後にし、リビングに残されたエリナは静かに紅茶を啜るのだった。
雄英入試が終わり、スピードワゴンが財団の本部があるアメリカへと旅立ってから早数週間が経過したある日の朝、ジョースター家に一通の手紙が届いた。白一色のその手紙に書かれた差出人の名は『雄英高校』、宛名にはジョセフの名が刻まれている。
それはこの手紙が試験の結果を通知するものであることを示していた。
「コイツの中に結果が入ってるのね……」
自室の机に座りジョセフは送られてきた手紙の外見を眺める。
この手紙に自分がこれまでやってきたことの成果が書かれている。そう考えると自然と心臓の鼓動が早くなっていくのがジョジョにはわかった。
「ふぅ、一旦落ち着こう。今更緊張しようが手紙に書かれた合否を示す文字は変わらねェんだからよ」
ジョジョは一息つき手紙を持つ手を机の上に置くと目を閉じ脱力する。
「努力嫌いな俺も良くここまで頑張ったぜ……」
思い返せば様々な苦難があった。テレビにゲーム、漫画に雑誌……いろいろなものが今まで以上に魅力的に見え、そして面白かった。
様々な誘惑に惑わされながらもここまで頑張ってきた自身のことはジョジョは結構誇らしかった。
「取り敢えず中のものを出すか」
一旦中に入っているであろう合否が記された紙を取り出し、それから心の準備をしよう。
そうジョジョは考え封を開けその中に手を突っ込む。
だが手を突っ込んだ手紙の中には予期していたような紙などなく、手に触った何かを取り出してみると一枚の薄いカジノに置いてあるチップのようなものがあった。
「なんだァこれ? 他には何も入ってないみたいだし雄英のミスか?」
『あーテステス。これマイク入ってる?』
「……ん? この円盤から何か聞こえるな?」
何かを円盤から聞き取ったジョジョは円盤を机の上に置くと円盤から空中に映像が表示された。
「お! 何か出てきたな!」
『あーはい。雄英高校教師の相澤です』
「あん時の説明してた先生か。相変わらず髪の毛ボサボサだなァ」
映像をジョジョは頬杖をしながら結構余裕の表情で眺めている。
ジョジョにはわかっていたのだ。経験上、こうした動画は前置きが長いということに。
突然動画が始まって少し焦ったが何も問題は無い、と。けれどそんな悠長な構えは一瞬で壊されることとなる。
『今回は試験内容の通知なんですが……面倒くさいから結果だけ伝えればいいよな』
「待て待て待て待てッ! こっちは心の準備が出来てないってのによォ!!」
ジョジョは画面の先にダルそうにしている男のことを心底憎く思いながら映像を映し出す円盤の停止ボタンを手さぐりに探そうとする。
けれどその円盤にはボタン一つなく映像は止まる気配は微塵もない。
『じゃ、お前の結果だが……』
「頼むからちょっと待ちやがれェーーーッッ!!」
この映像は録画である以上こちらの声は過去の彼らには届くことはない。
けれどジョジョは叫ばずにはいられなかった。高校入試とは人生にほぼ一度と言っても過言ではないイベント。その第一志望の結果発表である。これにはジョジョもしっかりと心の準備をしてから確認しようと考えていたからだ。けれどそんなジョジョの叫びも、思いも目の前にあるデジタル媒体に何も影響を与えることはなく男は遂にジョジョが必死に先延ばしにしようとしていた言葉を発する。
『合格だ』
「止まれ止まれッ―――え」
『何? ちゃんと説明しなきゃダメ? ……了解。筆記は良好、社会が特に良し。実技試験についてだが判断基準は敵Pの他にどれだけ他者のために動いたかという点についても考慮していた。お前は生徒の救助及び住人の救助のため動いた点が評価されたってわけだ。』
”合格”という言葉を聞かされたジョジョは電池の切れたロボットのように硬直しており、部屋にはダルそうに説明する相澤の声が通る。
『―――以上が総評だ。あと気にしてるかは知らんがあの老人は巻き込まれたとかじゃなく
「合格……した? 合格したんだよな?」
映像はプツンと途切れ、部屋が一気に静寂に包まれた。
その静寂の中でジョジョは次第に状況を理解し、脈拍はどんどん早まっていく。
「合格したんだッ! 合格したんだァーーッ!!」
ジョジョは椅子を倒すほどの勢いで立ち上がるとゴリラのように胸を叩き喜びの雄たけびを上げた。
その時刻は日曜の朝8時。良い近所迷惑である。
あと少しで最悪な目覚ましを受けた者らの怒号が飛び交おうという所でジョジョの持つスマホのコール音が鳴る。
しばらくコール音が鳴った後、ジョジョはスマホを手に持つと電話に出た。
「もしも『もしもしジョジョ!』―――うるせェッ!?」
『あははは……ごめんごめん。雄英から合否通知来てテンション上がっちゃって』
「まァ俺も人のこと言えないだろうしよォ……それよりテンション上がったってことは響香! お前もなんだな!?」
「お前もってことは……じゃあ!」
「『受かったんだ』よな!?」
同時に出た言葉にジョジョと響香はお互いに嬉しさを噛みしめ、笑い声を漏らす。
お互いにここまで切磋琢磨し、その結果が両者ともに実ったことが何よりも今嬉しかったのだ。
「良かったぜ全くよォ! ここまで嬉しいことはそう無ェ!!」
『本当にそう! 苦労してジョジョの面倒を見た甲斐があったよ』
「面倒かけたことなんかあったかよ? 思い出補正がちと強すぎんじゃあねぇの?」
『私が何回勉強中にサボるアンタから漫画や雑誌取り上げたと思ってるんだよ。身に覚えが無いって言うなら全部捨てちゃおうかな~』
「あ、ああ思い出した! そう言えばそうだったッ! サボる俺に鞭打ってくれてたんだよなァ!!」
『……それで?』
「助かったから! 響香さんのおかげで勉強に励めましたから! 頼むから捨てないでくれェーーッ!!」
先ほどまでの嬉しさ溢れる雰囲気はどこへやら、通話の中でジョジョは感謝の言葉と「捨てないで」を17回連呼した後無事了承を得ることが出来た。
勿論その懇願の声は屋敷の外にまで響いており、しばらくの間女の脚にしがみついて許しを乞うような結構な修羅場があったと曲解され噂になるのは少し先の本筋とは全く関係の無いちょっとしたお話。
かくしてここからジョジョのヒーローアカデミア、その一ページ目が幕を開くのだった!
地の文 文量
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多い
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普通(ちょうどいい)
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少ない
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その他(指摘等は活動報告、メッセージに)