現実とは時にして残酷だ。いかに努力しようともその努力は実を結ばないことが大抵で、理不尽な何かに妨げられることもある。まるで神様が生きづらいように設計したかのように夢や構想は簡単にトチ狂うのだ。
M県S市に身を置くとある漫画家はこう語る。
『人生は理不尽だって? そうだとも、人生とは試練の連続だからね。数多の試練や屈強を乗り越えてこそ人はより強く、より魅力的になるのさ』
そして彼はこうも付け加える。
『それらを満たす人物こそが主人公たりうるのだ』と。
物語は半刻ほど前まで遡る。
相澤に指示され体操着へと着替え終えたジョジョと響香はグラウンドへと向かっていた。
「見ろよ響香、グラウンドまで馬鹿広いぜ! 流石は雄英と言ったところか!」
「入試でも見たでしょアンタ……まぁ改めて見るとホント広いね。ライブとか余裕で出来そう……って呑気に話してる場合じゃないじゃん! 行くよジョジョ!」
「痛ててて! 耳を引っ張らなくたって急ぐからよ! 玩具売り場で駄々をこねる子どもじゃあねぇんだから!」
ジョジョは不満を口にしながらも響香とともに指示された場所へと駆けていく。
そこには既に相澤とクラスの面々と思われる体操服を着た生徒たちが集まっていた。
「ジョースター、耳郎。遅いぞ」
「はは……すいません」
「おお? 誰かと思えばジョジョじゃねぇか! 久しぶりだな!」
「相変わらずでっかいなぁお前。……あ、俺らのこと覚えてるよな? 入試の時一緒に戦ったろ?」
「あ、ああ。お前が上鳴なのはわかるけどよォ……おめぇ誰だ? 知り合いにこんな髪が赤かった奴はいないと思うンだが」
「俺だよ俺! 切島だよ! 会えて嬉しいぜジョジョ!」
「何ィーー!? 切島だとォ!?」
赤髪の男の言葉にジョジョは驚きから目を丸くする。
ジョジョの知る切島は黒髪でやや大人しめな髪型であったのに対し、今目の前にいる男の髪は赤く、ワックスでガッチガチに固められ逆立ったものであった。それ故最初は困惑するジョジョであったが聞き覚えのある声や顔から切島だとわかるとすぐさま打ち解け笑顔を見せた。
「にしてもお前らも受かってて良かったぜ! しかも同じクラスときた! 学校はあんまり好きじゃあないがこれからが楽しみになってきたぜ」
「俺もだぜ! よろしくなージョジョ!」
「そういや合格したらお互いの名前を教え合うって話してたよな。俺は切島鋭治郎でコイツが……」
「上鳴電気。そんでジョジョはなんて言うんだ?」
「そういやそんな話もしてたな。俺の名前は「……そろそろいいか? 時間が勿体ない」
ジョジョが話を続けようとしたところで相澤の静止が入る。
普段のジョジョであれば注意程度では小さな声にシフトして話を続けるのだが相澤の鋭い視線と同じく体操服を着るメガネを掛けた少年からの熱意の籠った視線を受けては流石のジョジョも黙る他なかった。
「こういうのを予想して早めに集合して良かったよ。だがこれでもう余裕は無くなった訳だ。ここからは合理的にいこう」
「うっ……センせーの視線がキツイぜ……」
「これから君たちには自分が如何に個性を扱えるのか把握するためにテストを行ってもらう。さしずめ……個性把握テストと言ったところだ」
「「「「個性把握テスト!!??」」」」
クラスの皆が驚きの声を上げざわめき立つ。
入学準備書類には今日が入学式だとしっかり記載されており、仮にそうでなくとも入学初日は入学式が行われるだろうと考えるのは当然と言えた。そもそも入学式が無いと考えることの方が稀有である。
「入学式は!? ガイダンスは!?」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事に出る時間は無いよ。雄英は自由な校風が売りだが、それは教師もまた然りというわけだ」
相澤は懐から取り出したスマホを生徒らに向けて話を続ける。
その画面にはソフトボール投げや持久走などいくつかの種目名が羅列され表示されていた。
「個性使用禁止の体力テストは皆やったことがあるだろう。それを今から個性アリでやってもらう。実技試験一位は……爆豪だったな」
「あ?」
「お前中学のソフトボール投げ何mだった?」
「……67m」
「じゃ、個性使ってやってみろ」
相澤はソフトボールを投げ渡し、爆豪はそれを受け取ると予め作られていたサークルの中へ足を運ぶ。
「円から出なきゃ何してもいい、早よ。思いっきりな」
「そんじゃまァ……球威に爆風を乗せて――――死ねェ!!」
(((死ね?)))
爆豪の怒声とともに大きく振りかぶられたそのボールは爆風を背に空高く飛んでいく。
メジャー顔負けの剛速球が雲の輪を幾つも作った後、遠くで豆粒にしか見えないボールが地に落ちた。
「個性を使ってテストを行い、出来ることと出来ないことをはっきりさせる。それがヒーローの筋を形成する合理的手段だ」
「「「「おおおおぉぉ!!」」」」
「700m……ってマジかよ」
「個性思いっ切り使っていいなんて、流石ヒーロー科!!」
「何コレ面白そう!!」
「面白そう……か」
皆がこれから始まるテストに盛り上がりを見せる中、相澤がボソッと呟いたその言葉は生徒らのざわめきに消え入りそうなほどのボリュームであったもののジョジョの耳には確かに届いていた。
「ならこうしよう。今回のテストで最下位だったものは――――除籍処分とする」
「「「「ええええ!?」」」」
「何だよそれ! ありえねぇだろ!」
「理不尽ー!」
相澤の発言に生徒らは阿鼻叫喚する。
それもその筈、折角苦労して倍率が300をも超えるこの高校に進学したというのに初日から退学となっては納得しようにも無理な話だろう。そんな生徒の声を相澤は聞く耳を持たないというように話を続ける。
「自然災害、大事故…そして身勝手な敵たち。日本は理不尽で溢れている。そういうピンチを覆していく者こそがヒーローなのさ。放課後マックで談笑したかったのならお生憎、これから雄英は君たちに苦難を与え続ける。全力で乗り越えてこい」
ボサボサに伸びた髪をかき上げ、心底悪そうな笑みを浮かべ生徒らに告げる。
「さらに向こうへ……Plus Ultraってやつさ」
雄英の校訓、
その言葉を皮切りに入学初日の在籍を賭けた戦いが幕を開けるのだった。
第1種目は50m走。
そのスタート地点にジョジョと切島は各々のレーンに並び立っていた。
「大変なことになっちまったな、ジョジョ。初日から除籍なんて言葉聞くことになるとは思わなかったぜ」
「全くだぜ。折角大嫌いな勉強を頑張って雄英に入ったってのによォ~ あのセンコー終わったらどうしてくれようか!」
「やめとけやめとけ、先生に聞こえるぜ。ま、どうなろうとだ」
切島は拳をそっとジョジョに突き出す。彼の浮かべたその表情は笑みを含みながらも確かに『熱意』が籠ったものだった。
「やるからには全力だ。手加減無用だぜ!」
「勿論だぜ! やるなら全力、恨みっこなしよ!」
「早くしろお前ら、後が閊えてるんだ」
「ヘイへーイ、わかってますよーっと」
切島の拳に自らの拳で突き返すと、二人はスタートの姿勢を作る。
小さく吹いていた風が止むと同時に相澤がスタートの合図を出し、二人は一斉にスタートした。
「うおぉぉぉ負けねぇ!!」
「悪いが負けるわけにゃいかねェぜ!」
両者ともに50mというわずかな距離を一心不乱に駆けていく。
けれど20m、30mと距離が経過するとともに二人の間には差が広がっていった。
『5’89』
「よォし、まずはそこそこな結果だぜ!」
「畜生負けたァァ!」
50m走、二人の間での勝負は一先ずジョジョが勝利を収め切島はやや遅れてゴールする。同年代でもとびぬけた恵まれた体格を持ち、波紋法によりさらに身体機能は向上しているジョジョに対し切島の背丈はジョジョほど高くなく、個性はここでは使用しなかったため当然の結果とも言える。けれど二人の浮かべる表情はこの勝負を心底楽しんでいる……そんな表情だった。
「ここで負けたのは悔しいがこのテストは最後に総合結果が出る。 そこで決着を付けようじゃねぇか!」
「良いぜ、その勝負受けてやらァ!」
「いいから早く次の種目に行け」
二人は固い握手を交わすも相澤に急かされ、次の種目場所へと足早に移動するのだった。
第2種目は握力測定。用意された器具を用いて握力を測定するのだがここでも個性を用いて良いのは変わらずでジョジョがたどり着いた時には既に様々な形跡があった。
「このでっかいの……万力か? あっちには何かテープの塊があるし、スゲー状況だなコレ」
あちらこちらで個性の使用跡があるが、この種目でジョジョに出来ることはただ単純につかむことだけだ。
ジョジョは机に載った握力計を手に取ると、深呼吸をし右腕に力を込める。
『140㎏』
「…ふぅ、こんなもんか。ま、万力みてぇなもん使わずにこんだけの記録出したのは俺くらいなもんだろ「540㎏ってアンタゴリラ!? いやタコか!?」―――アハ、ハハハ」
「なぁ」
「あァん? 何だ笑いに来たのかてめぇ」
ちょっと良い気でいたのを馬鹿にしに来たのか横を振り向くとジョジョの腰ほどの背を持つ失敗したモヒカンのような紫髪の男が立っていた。
「何でそんなキレてんだ? オイラ峰田って言うんだけどさ、お前はタコってどう思うよ?」
「どうって……どうも思わなくねぇか? スシのネタぐらいにしか思わないぜ」
「オイラはさ、タコって触手が一杯でさ、何か……うっ!」
さっきまで頬を少し赤らめていた峰田の表情は一瞬で青白いものとなり、腹を抱えたままその場に倒れこんだ。
「オイ、どうした峰田!」
「は、腹が……やべぇ今すぐトイレ行かねぇとやべぇ!」
「その角超えた先だ、早く行け!」
「やべぇ」を計27回言い続け、汗をダラダラ流しながらも何とか立ち上がった峰田は死に物狂いの様相でその場を立ち去っていった。
その後は立ち幅跳びに反復横跳び、長座体前屈とTHE普通な種目が行われていった。
かいつまんで語るとすれば立ち幅跳びと反復横跳びでトップだった奴の爆破で煙がうざったかったってのとソフトボール投げで見せた緑髪の男の剛速球。先生にビビッて力出せないかと思ったらその圧を跳ね返すかの如くたたき出された好記録。彼の持つ『精神力』にジョジョは一目を置くのだった。
そしてすべてのテストは終了。総合結果の開示の時となった。
「大丈夫かよ峰田、さっきからトイレ行ってばっかじゃねぇか」
「あ、ああ何とかな。お前のおかげで初日から漏らさず済んだよ。ありがとう」
「もう大丈夫だろうなぁ……」
「これでテストは終了だ。結果は各種目の点数合計だ。各々自分がどこに今位置するのか確認するように」
相澤は手元の端末を操作し、結果を皆の前に表示する。
総勢21人の今テストにおける序列が発表され、ジョジョはその中で7位に位置していた。
「どうよ切島! 俺の勝ちみてぇだな!」
「やるなジョジョ! 今回の勝負、勝ちは譲ってやるよ!」
「オイオイ、俺を仲間外れにしないでくれよォー!! ジョジョ! 切島ー!」
「アンタら熱いねぇ……私も頑張らなきゃ」
「16位って結構やべーな……」
「私もーー 危なかったー」
「うーん11位かぁ……まずまずかな? 飯田君はどうだった?」
「僕は4位だ。やはりまだまだ精進しなければいけないな! 緑谷君は……」
皆が自身の順位に一喜一憂する中、皆の視線はランキング表示の最下部、除籍が掛かった最下位へと集中する。
「さて、お前が最下位だな」
「あ、ああああああ!!」
そこに映し出されていた名前は――――『峰田実』だった。
「さて、宣言通りだ。最下位は除籍処分とする」
「待って、待ってくれよォォォ!! 折角合格したってのに、雄英に入れたッて言うのに!」
「お前には不相応だったってだけ、テストで自分の『個性』を活かしきれなかっただけだ。ヒーロー以外にも世の為になる職業は幾つもある。それを目指せばいい」
涙をボロボロ流しながら峰田は懇願するも相澤は一蹴し、話を続ける
「そんじゃテストはこれで終了だ。この後教室で軽くガイダンスをやるから着替えて集合するように。以上」
「くそォ……!!」
「「「……ッ」」」
涙が溢れ、地面を濡らすその様を見てそこにいる者らは唇を嚙みしめる。
同じく除籍される可能性のあった者として、人を救いたいと思った者として彼を救いたいと先生に抗議しようとするもそのための声が出ず、足もピタリとも動かない。
『雄英の校風は自由、それは教師もまた然り』――抗議をすれば自分も除籍勧告を受けるかもしれない……そんな考えが皆の脳裏に浮かび動けなかったのである。
「あー、ゴホンゴホン! 今日会った奴が除籍って言うのはなァー 何か気分が悪いしなァー」
「……ジョジョ!?」
だがこの男、ジョジョは違った! 皆が足をコンクリートで固められたかのようにその場に静止する中校舎へ戻ろうとする相澤の背後へと近づいていく。そのことに気付いたのか相澤は足を止めジョジョの方へと振り返った。
「何だジョースター。合理的に動けと言ったはずだが」
「いやぁそのだな……雄英の校風が自由って言うならよォ~ 在籍する生徒も『自由』で良いんだよなァ?」
「自由にも程度ってもんがあるが……まぁいい。お前が『自由』にしたとして何が出来る? テストでも特段めぼしい成績を残せなかったお前に今何を為せるって言うんだ?」
相澤の問いかけにジョジョはニヤリと口角を上げる。
「―――勝負だ。俺とアンタの1対1。俺が勝ったら峰田の除籍はナシにしてもらう」
「話が見えないな。お前が戦って何で峰田の除籍の有無が決まるんだ?」
「俺がここでアンタに勝てば、だ。”テストで特段めぼしい成績を残せなかった奴”にも可能性があることの証明になるというわけよ! さっきの言い方に流石の俺も腹が立ったからな。逃げるはナシだぜ!」
「証明、ね。その言葉通りならお前が負けた場合その逆の証明になるわけだが――――覚悟はいいか?」
「いいぜ、覚悟は出来てる。何たって俺にはアンタを倒せる策があるからな! 勝負だ相澤、勝ったら峰田の除籍は取り消してもらうぜ!」
ジョジョが言い放った勝利宣言。
自由が売りの雄英高校でも前代未聞、教師対生徒の除籍を掛けたバトルが始まろうとしていた。