「知り合いですか、ホタカさん?」
「ダチだよ」
こんな真夏に燃えるように暑そうなパーカーを着る奴なんて他にいない。
死んだ魚のような目も相変わらず、ホタカの記憶の中のシンタローそのものである。
「ハヤト、なのか? なんで、生きて、え、ゆう、霊.....?」
『ご主人?』
「─人を勝手に殺してんじゃねーよ」
不登校の引きこもり。 如月伸太郎の代名詞である。
中学時代はそこそこ顔は出していたものの高校に入ってからはその顔を見ることは随分少なくなった。
ホタカ自身も高校は休学扱いになっているので、彼のことは特に言えない。
「それにしてもお前が外出するなんて、明日は槍でも降るのか?」
「おま、お、俺だって外出くらいするわ!」
『ご主人二年ぶりの外出じゃなかったでしたっけ?』
「しまった、こんな身近に嘘発見器が!?」
「お前、いくら友達出来ないからってそういうのは、いや、最近たしかに流行ってるけどさ」
スマートフォンに向かって話してる同級生を見ると何故か悲しくなってくる。
「ちょっと、ホタカさんや? 距離が遠すぎませんかー? 俺の肺活量じゃこれ以上の大声は辛いんですけどー!?」
「気にするな、物理的な距離はあっても心の距離はすぐそこだろ?」
「俺たち友達だよなー!?」
シンタローが息を切らしながらこちらに向かってきてる。
ホタカはケラケラ笑いながら待っている、双方とも同級生との再会は嬉しいものらしい。
「それ、で、そっ、ちは、ハヤト、の妹さ、ん?」
「違うぞ」
「そうですよ、恋人です」
「それも違う」
今度はシンタローがドン引きした。
「.....ロリコン」
「俺たち友達だよな!?」
※
何が悲しくて夕暮れの遊園地で18歳の男二人が息を切らさなければならないのか。
訳も分からず、とりあえず近場の喫茶店に入って一息つくことにした。
「.....まじでどういう技術だこれ」
『技術ではありません! 生命です、生きてるんですよ、茶髪さん!』
「世の中は謎に満ちてます」
ホタカとマミはシンタローのスマートフォンの中に住む少女、エネに興味を持っていかれていた。
シンタローは蚊帳の外である。
「それであんたがシンタローの面倒見てくれてるってことでいいんだよな、迷惑掛けてないか?」
『それはもう、迷惑だらけですよ』
「おいコラ」
突如、届いたメールを開いたら勝手に住み込んでたという迷惑な存在である。 むしろ、迷惑を受けているのはシンタローの方であった。
「お前、喫茶店でもコーラってどうなの?」
「風情よりも好きなもん飲む方がいいに決まってるだろ、こっちは金払ってんだぞ」
元も子もなかった。
「それで、なんでお前は一人寂しく遊園地に来てたんだ?」
「俺だって好きで来たわけじゃねぇよ。 エネとモモが煩くてな─」
なんでも、限定ストラップなるものがあったらしい。
学校の補習で来れなかった妹の代わりに自宅警備員が持ち場を離れてまでもここまで来たというのが彼の言い分であった。
「これのために、まさか一日使う羽目になるなんてな」
『ご主人の運動不足のせいでバスを何本も逃してしまったのが痛手でしたね』
「お前は本当に何もしてないだろ!」
「お前ら仲良いな」
思わずホタカが呟く。
頬を緩めてニヤニヤと笑うのを我慢しながら。
「.....本気で言ってんのかよ」
「本気だよ、お前が生き生きしてるのなんて見るの久々だし」
「.....なぁ、ハヤト」
時刻は六時を回ろうとしていた。
シンタローはさっきまでと打って変わり、真剣な表情を浮かべホタカの顔を見る。
「─生きてたんなら、なんで学校来なくなっちまったんだよ」
悲痛な声、やっとの勢いで絞り出したシンタローの声はとても弱々しかった。
「あいつ、もいなくなって、俺は、一体、なんのために─」
「.....アヤノが?」
時間が止まった気がした。
これ以上触れてはいけない、世界がまるで真相を探ることに歯止めを掛けているような感覚になった。
「─死んだ」
また、目が充血したような気がした。
※
楯山文乃。
一緒の中学でホタカとシンタローが共に仲良くしていた少女である。
どうやら彼女は二年前に自殺をしたようだ、ホタカの与り知らぬところで。
シンタローからそのことを聞かされたときは頭が真っ白になった。
今でも夏の日にも関わらず真っ赤なマフラーを巻いていた彼女の笑顔が頭を過る。
三人で高校見学と称して文化祭に行ったことも覚えている。
アヤノの家に行き、弟妹と遊んだことも、図書館で勉強したことも、ファミレスで食事をしたことも思い出として色褪せることはない。
─その思い出が瓦解した。
失われた記憶となったような感覚。
「ホタカさん...」
「悪いマミ。 家まで送るから、先に晩飯食っといてくれ。 行かなきゃいけない」
シンタローから聞いたアヤノの墓、今日行かなければならない気がした。
─8月15日を迎える前に。
※
墓所は皮肉にも母校の近くだった。
楯山家墓標とある一つに彼女の名前が刻まれていた。
閉店ギリギリの花屋に駆け込み、彼女が好きだった薊の花を小瓶に添える。
「.....俺は助かったけど、アヤノは助からなかった、のか」
もし、マミを置いて行ってしまえていたのならばホタカはアヤノと同じところへ行けただろうか。
マミを悲しませることにならなかっただろうか、シンタローのことも救えただろうか。
「俺さ、お前が死んだってこと全然知らなかったんだマミを守るため恩を返すために必死こいてバイトして手伝いして世界のことなんか目を向けなんてしなかったシンタローとも連絡取ることなかったしお前の弟妹達にも会ってやれてないお前がいるから大丈夫だって心の中でずっと思ってたんだそれなのに今日知ることになるなんて笑えるよな俺は本当に馬鹿だよ今日遊園地に行ったのも俺に罰を与えるためなのかアヤノ俺が不甲斐ないからお前なりの喝を入れてくれたのかだとしても俺が言うのもあれだけどもう少し優しくしてくれても良かったんじゃないかとも思うんだけどシンタローほどじゃないにしろ勉強も手伝ったし弁当もお裾分けしたし委員会の仕事も手伝ったし体育のときにもマフラー巻いてるからってぶっ倒れた時も運んだの俺だぜ恩を売ってるってわけじゃないけどこんなことないだろ俺だってショック受けるし人間だ目の前のこと必死になってることは認める最近妙な夢を見て蛇が囁きかけてくることもお前が飛び降りた日も全部見せられて俺はおかしくなりそうだったんだよ楯山先生も冴えるに囚われちまっておかしくなるしさコノハもエネもいつまであの身体を維持できるかなんてわからない女王はまだ幼いんだからあまり無理はさせちゃいけねぇなぁ覚えてるか俺が─」
「─うるさいよ」
闇から声が聞こえた。
黒い髪に黒い喪服のようなセーラー服、真っ赤なマフラーと両目だけがアンバランスな世界を彩っている。
記憶の中のままの少女、死んだはずの友人がホタカの後ろに立っていた。
「アヤノ.....?」
「─軽々しく名前を呼ばないでくれる?」
一歩、一歩とアヤノが近づくたびに背筋が凍るような感覚に襲われる。
背には墓標があるのでこれ以上後退することはできない。
─アヤノとの距離がゼロになる。
記憶の中の表情、ではない。 見たこともないくらい冷めた表情。
侮蔑の目でこちらを見上げてくる。
「─今更懺悔? それで許されると本当に思ってるの?」
「いや、俺は」
「めでたい頭してるよ、笑えてくる」
彼女の髪が風に揺られる。
「違うんだ、俺は、そんなつもりは─」
「嘘つき」
彼女の赤い目が突き刺さる。
決して逸らすことのできない赤い目がホタカを責める。
彼女の言いたいことが伝わってくる、そんな気がした。
「─全部、お前らのせいだ」
終電列車の音が響く。
世界はゆっくりと8月15日を迎えた。
感想、評価、批評、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)