信じられないのも無理ない。ならお見せしよう。言葉の力…言霊の力を。
第1話 言霊の統率者
「おばあちゃん、横断歩道を渡る時は余裕を持って渡ってね。」
1人の青年が、老婆と一緒に横断歩道を渡っていた。その老婆は少し前に横断歩道の信号が点滅している時に侵入した。そんな危険な事態に彼は声を掛け、共に歩いた。
「ありがとう、せめてお名前を…」
「俺の?俺の名前は塾屋ゴン、別に覚えなくてもいいですよ。」
塾屋ゴン、それが彼の名だ。常に人に親切にする、父親からよく聞かされていた言葉、それが今の彼を形作っていると言っても過言ではない。
彼の家族は父と母。父親は単身赴任中で母親と2人で暮らしている。
彼はふと腕時計を見た。その時計の針は9時50分を指していた。
「これはまた遅刻かな…」
「遅いな…ゴン。」
駅前の公園の時計台は10時を回っていた。その時計の前では、ツインテールが特徴的な可愛らしい女の子が塾屋ゴンを待っていた。
「ごめん!寝坊しちゃった!!」
「遅い!!せっかくこの私平方言葉が独り身で寂しそうにしている君の為にデートに誘ってあげたのに遅刻するなんて…」
平方言葉。塾屋ゴンの同級生であり、幼馴染である。その可愛らしい見た目は、同じクラスになった男子を魅了してきた。彼らは揃いも揃って告白するが、彼女はそれらを全て断ってきた。何故なら、今目の前にいる彼の事が大好きだからだ。
「別に寂しくはないんだけどな…まぁいいや。」
「はぁ…まぁ、5分程度だから許してやるか…」
ゴンはよく彼女と出かける事があるが、その8割が遅刻をしている。それも人助けに。だが、彼はそれを理由にはしない。毎回寝坊だとかお腹が痛かったからだとか嘘の言い訳をしてきた。
彼女も彼女で、本当は人助けをして遅れている事を知っていた。そんな馬鹿みたいに人助けするからこそ彼女は彼に惚れたのだ。
「お前達、明日は登山研修だ。持ち物を忘れないようしっかりと準備するんだぞ。」
翌日の学校、担任の先生が出張しているため代わりにやってきた北條志先生の話を皆粛々と聞いていた。眉毛が濃く強面なその顔に恐怖を抱かないものなんていないだろう。
北條先生は、解散と言い教室を後にした。嵐の過ぎ去った教室は再びいつもの賑わいを戻した。
「明日の登山楽しみだね。」
ゴンの隣に座る言葉が鞄に教科書を仕舞いながら話しかけてきた。
「そうだね。山登りなんて初めてだし。」
「だったら、尚更いい勝負になりそうだな。」
彼らの会話を遮るように後ろから男子生徒が1人現れた。
「勝治、言っておくが勝負は受けないぞ。」
「そう言うなって…」
彼はゴンの自称ライバルで陸上部エース片名勝治。何かとつけてはゴンと競いたがる。それもそうだ。彼は体育以外で一度も彼に勝った事がない。それも後一歩のところでだ。それが続いているからか、勝治は勝手にゴンのことをライバル視している。正直ゴンは相手をする事にかなり疲れている。
「勝治、またそうやって勝負をしない。山はそういう所じゃないのよ。」
「うげっ、神楽…」
茶色気味の髪を肩の辺りまで伸ばしている彼女は万葉神楽。彼女はクラスの学級委員長であり、暴走しやすい勝治と言葉、それから何故かゴンのお目付役でもある。そんな彼女、実は剣道の凄腕の持ち主。侮れない…
「とにかく、そんな馬鹿なことしようとしたら…」
彼女は、ゴンの机の上にあったシャーペンを持ち、勝治の頭スレスレに振り下ろした。
「今度は本物の竹刀が飛んでくるわよ。」
「…しょうがない、勝負はお預けだな。」
翌日…
ゴン達常盤高校の二年生は登山研修と題して学校近くの山に来ていた。
「はあっ!空気が綺麗だ。」
ゴンは精一杯深呼吸した。
「本当だな。天気も澄んでいるし、まさに勝負…じゃなくて登山日和だな。」
勝治は勝負欲を睨みつけてくる神楽を見て抑え込んだ。
「ホント、登山するのにいい天気ね。いくら登山用に舗装されているとはいえ、山は危険なんだから勝負事をしようとする馬鹿なんて居ないわよね…。」
「ホントだよな、あはは。」
「みんな、早く行こう!」
言葉の声に、3人は足を山へと踏み入れた。今日この日、彼らは大いなる歴史の中へ足を踏み入れることになるとは誰も知らなかった…
山の中腹まで彼らはやってきた。既に他の班は彼らより先にいた。それに対して彼らは、言葉が休憩を沢山するせいで時間がかなり押していた。
「これじゃあ、山頂の到着時刻には遅れるな…」
神楽は腕時計を見ながらそう呟いた。
「ごめん…」
「別にいいよ。疲れたまま歩いて怪我したらもっと大変だから。」
自分のせいで遅れていることを詫びた言葉にゴンは声をかけた。
「ありがとう。」
「さぁ、少しは気分変えて楽しく行こうぜ!」
勝治はみんなの前に出て励ました。しかし、それが仇となってしまった。
勝治が前に出た時、左足を乗せていた土が崩れ、彼は傾斜を転げ落ちそうになった。
「勝治!」
ゴンは彼にすぐ様手を伸ばすが、勝治は勢いを止められずそのまま滑り落ちる。
「2人とも!!」
そのゴンの足を言葉と神楽が掴むが、時既に遅し。3人は巻き添いを食らう形で滑りやすい斜面を落ちていった。
「うっ…ここはどこだ?」
彼らの身体はいつの間にか止まっていた。地面は平行になっていた。どうやら平坦なところに出たらしい。
他の3人も気を失った状態で倒れたままだ。
目の前をふと見ると、人が入れるくらいの洞穴があった。
普通、不気味な洞穴を見つけたら、絶対に入りたがらないだろう。だが、彼は違った。何か『神秘的なもの』を感じ、その穴に徐々に近づいていった。
中には人が2、3人入れる空間と、その中心に古代の石器の様なものがあった。
「先に見つけられてしまった様だな…」
その様子を外から見ていた人影があった。
それも二つ。1人は、サムライ風の男。もう1人は、中世の貴族風の女だ。
「怒。ここは私に任せなさい。土産を渡してやりましょう。」
「嫉、何をするつもりだ。」
「こうするんです。」
すると女は、勝治の身体を左手で軽々と持ち上げた。
「さぁ、貴方の「嫉妬」の心よ。目覚めなさい。」
右手を勝治の胸に当て、何か力を解放させた。彼の身体は、徐々に赤い紅蓮の炎に包まれ始めた。しかし、身体が焼き焦げたわけではない。
その身体は人間とは全く違う異質の怪物へと変わっていた。
「なんだろ、これ…」
世界のどの古代遺跡のものと一致しないその石器、彼は不思議に思い手に取った…手にとってしまった。
すると、その石器は紫色の光を放ち始めた。徐々に眩しくなっていくその光は、ゴンをも飲み込み、洞穴を砕くほどにまで達する。
外で悶絶する怪物、そこまで光が到達する。眩しさに、怪物は目を塞いだ。
その光が収まると、目の前に人型の何かがいた。紫の集光を放つその肉体、腰には先程の石器と同じ形をしているが、黒と銀に輝いていた。そして、その真ん中には、「矛盾」という文字が嵌め込まれている。
緑色の眼だけがあるその顔から、言葉が発せられた。
「ワシの眠りを妨げたのは…どいつじゃ。」