2027年3月、春の足音がすぐそこまで来ている頃、既に神を屠る竜との戦いから1年以上が経過していた。竜がこの地を去ってから、性悪党をはじめとした人陰は、まるで最初からなかったかのように消えていった。
塾屋ゴン達は、無事卒業を迎え4月からそれぞれ新たな道へ進もうとしていた。
その日、ゴンは言葉と一緒にある場所へバイクで向かっていた。
山道を走りながら、二人はもうすぐ着くその場所へ想いを馳せていた。
「もうすぐだ。」
ゴンがそう言った直後、森の隙間から太陽の光が漏れ出ていた。
その光の向こうには、街を見下ろす高台からの壮大な景色だった。
「懐かしいな…」言葉は懐かしさと感動のあまり声を出した。
そこから見えている街は、ゴン達が住んでいる場所だ。普段はその中にいるから分からないが、こうして見てみると、かなり広い街だった。
2人にとってここはどんな場所なのか分かっていた。
初めてここへ来た時は、2人ともまだ小学校低学年から中学年の頃だった。
その暑い日、2人は初めて2人っきりでちょっとした旅行をした。その時、バスで通ったこの場所に2人は初めて感動という言葉を知った。他人からしてみれば、ただの街の風景にしか見えないが、まだ幼かった2人にとってそれは未知との遭遇の様に感じた。2人は、その思い出を忘れられず、最後にもう一度ここへ足を踏み入れた。
ゴン達は、バイクを近くに止め降り立った。そしてその風景に心を落ち着かせた。
「やっぱり来てよかったね…」言葉が言った。ゴンはそれにうん…と頷いた。
ゴンは、景色に夢中になっている一方、言葉は何か言いたそうな雰囲気を漂わせていた。しばらくすると、何かを決意したのか、よしと小声で言った。そして、彼の方を向いた。
「本当は、言わないつもりだったけど、やっぱり言わないと気が済まない。」言葉は頬を赤くした。
「…なに?」ゴンは、頬を染めた彼女を見て聞いた。
「…やっぱり、私はゴンが好き。馬鹿みたいに優しい、ゴンが…」その言葉に、彼は特に驚く様子もなく話を聞き続けた。
「…私はゴンが1番好きだけど、貴方にとって私は1番じゃないんでしょ…」
言葉は、彼の顔を見るのが怖くなり景色に目を向けた。
「…いいの、気にしないで。分かってたから…」彼女は、ゴンの顔を気になりつつも見ないようにしていた。その彼女に、ゴンは口を開いた。
「…昔の俺だったら、そうだねって言ってたと思う。でも、最近気づいたんだ。俺は風香さんと同時に、同じくらい言葉のことも好きだって…なんだかんだで俺のことをずっと見てきてくれた君が…」
そう彼が気づいたのは、最近の事だった。
彼はふと疑問に思ったことを、ワードに聞いた。
「俺は、なんで『矛盾』の力で変身するんだ?」
ワードはこれまでにも矛盾、跳速、剛力、烈火、光芒の形に変身してきた。しかし、矛盾だけは他と違い最初から手元にあった。
『…原理はよく分からないのじゃが、ワードの力を手にしたものを反映した核がその人の想いから作られる。お主にとってそれが『矛盾』だったという訳じゃ。」
「俺を反映した…?」ゴンは身に覚えがなかった。というよりも、気付きたくなかった。
『…やはり、自覚はないようじゃのう…』ワードは既に分かっているような素振りを見せた。
「…俺には、2人を選ぶ事はできない…どっちも好きだ。そこが矛盾しているってことなのかな…」
やはり分かっていたかとため息をつくと、ワードは言った。
『人間、自分の都合の良い事に物事を捉える。だからこそ矛盾が起きる。じゃが、それは全て悪いことではない。慎重に考える事もまた必要なのじゃよ。お主は…どうしたいのじゃ?』
ワード、今がその時だ。見ていてくれ…
「だからこそ言いたい。俺は言葉に幸せになって欲しい。まだ見知らぬ誰かと、無責任に思うかもしれないけど…俺にはそれくらいしかできない。」
ゴンは、その選択をして正解だったのかずっと考えていた。
「…。私も、ゴンに幸せになって欲しいって思ってる。そして、幸せにするのは私じゃないって分かってる。だから…」
その頃、とある公園では勝治と神楽が散歩…というよりもデートをしていた。2人は、竜との戦いののち、恋人の関係になった。クラスで最速と最強の2人の関係は誰もが祝福した…と思いたい。
「…なぁ、本当にどこも行かなくていいのか?」
勝治は、てっきり遊園地や小洒落た店に行くとばかり思っていたからか、公園で散歩だなんていう行為で驚いていた。
「うん、これでいいの。勝治は東京行っちゃう訳だし、最後にこの街を歩いて記憶に刻んで欲しいって思って…」
勝治は、来月から東京へ引っ越す事になっていた。その就職先はジョーカーだ。彼は、紅蓮としての戦いを認められ、ジョーカーに正式に入社する事が決まった。
本来、ジョーカーに入る為には2種類の方法がある。一つ目は、勝治の様に、社長などジョーカー上層部に実力を認められる事。もう一つは、ほかの会社と同じように試験を受けて入社する方法。二つの違いとして、まず戦闘隊員になれるかどうかだ。後者の場合は、殆どの場合、その他部署へと回される事が多く、戦闘隊員になる事はほとんどありえない。そしてもう一つの大きな違いは重要とされている点。前者であれば体力や精神力、協調性が重視される一方、後者の場合はIQや理解力を重視している。
「…少しいいか?」勝治は、彼女に話しかけた。彼は、言いたい事があった。将来のこと…自分と彼女のこと…
「なに?」神楽は振り返った。
[怒り…悲しみ…嫉み…喜び…楽しみ…それらの感情が混ざり合う時…復活を遂げる…]
言葉が、言葉の続きを告げようとしたその時だった。
「ゔっ…」突然、胸を押さえて苦しみ始めた。あまりに急な出来事にゴンはパニックを起こしかけた。
「言葉!しっかり!!」ゴンは彼女の身体を支える、しかし、彼女の苦しみは頂点を迎えた。
「離れて…!!!!」言葉は、ゴンを押し倒した。
「言葉…!!!!」ゴンが彼女を振り向いた時、その姿はなかった。
そのかわり、かつて彼を苦しめた神を屠る竜の姿があった。ボロボロになっている翼を広げ、身体中に血管が浮き上がっていた。弱々しく見える身体から、叫び声を上げた。
「何が起きてるんだ。」言葉の中にいた性悪党は倒したはず…そう思っていた。
『…もしかしたら、あの小娘はずっと残留怨念に悩まされていたのじゃろう、それが何かの拍子に止められなくなり、あんな事に…』ワードも、平和を取り戻したとばかり思っていたからか、この状況に空いた口が塞がらなかった。
「俺は…」勝治がそう話そうとしたその時だった。
遠くから獣の遠吠えが鳴り響いた。かつて聞いたことのあるものだった。神を屠る竜のものだ。
「何!」神楽もその声の方へ振り返ったその時だった。
「ぐっ…」神楽もまた苦しみ始めた。
「どうした!神楽!」勝治が駆け寄った。
「うぁぁ!!!!」その以上は2人だけではなかった。突然彼らの後ろにいた男もまた苦しみ、そしてその姿を人陰に変えた。邪剣を手にしたその男は、周りの人間になりふり構わず襲い始めた。
それに目を奪われているうちに、神楽もまた姿を変えた。前に怪人化した時と同様の黒き獣へと姿が変わってしまった。
「何がどうなってるんだよ…」
そうした事が、街中至る所で発生していた。
ある場所では地面が粉々に破壊され、別の場所では街路樹や人々が氷漬けにされ、また別の場所では車が宙を舞った。
「言葉!」ゴンは彼女を追いかけようとした。
その時、電話がかかってきた。相手は刹那だった。
「刹那さん!」
『街で突然人々が人陰に変異している。それもかつて私やお前が倒した奴ばかりだ!』彼女にしては珍しく焦っていた。
『まさか竜の声に共鳴して、かつて人陰になったもの皆が変異しているのか…』ワードは、あまりの出来事で逆に冷静になっていた。
「…そんな…」
『とにかく今は手当たり次第倒すのみじゃ…』ワードのその言葉を聞き遂げた刹那は電話を切った。それと同じタイミングで竜は翼を動かし街へと飛んでいった。
「…変身!」
跳速の形へと変身した彼らは竜を追いかける。
「待って…言葉!!」ゴンはそう叫ぶが、竜は羽ばたき続ける。
その時だった。突然傍から攻撃があった。
『…なんじゃ!』ワード達が見ると、そこには白鳥のような人陰がいた。
「あれは弧敷夏希さんの人陰…」初めて跳速の形で戦った人陰だ。それはこちらに突撃してきた。まるで竜を守るかのように。
人陰は、ワードを掴み下へと投げつける。ワードは翼で体勢を立て直しながら弓を引き、矢を放った。その矢は人陰に激突、そのまま爆発した。人陰は徐々に姿を失い、弧敷夏希の姿へと戻っていった。
「夏希さん!」ワードは彼女を抱えそのまま地面に降り立った。
そして、安全なところに彼女を寝かせると、神を屠る竜の方向へ走り始めた。
『どうやら、倒した人陰はそのまま人間に戻るようじゃな。』
ワードはそう付け加えた。その直後、彼らは足を止めた。目の前には玄地とラーメン屋店主が変異した緑と青の人陰がそれぞれいた。
「…一気に行こう。」ゴンは核を剛力に付け替えた。青き鎧の剛力の形に変身した彼は剣を構え迫る緑の人陰に斬りつけた。そこへ青い人陰が迫る。肥大化した右腕でワードに攻撃する。同じ剛力の力だったから少しの傷で済んだが、それ以外だったらほぼ間違いなく大怪我だっただろう。
ワードは青い人陰を剣で斬り飛ばすと、立ち上がったばかりの緑の人陰を必殺の一撃で倒した。中から私服姿の玄地が姿を見せた。
青い人陰は、ワードを横からタックルで吹き飛ばした。
「ぐっ…こんな所で止まるわけには…」
ゴンは痛む身体を起き上がらせた。だが、青い人陰は容赦なく突撃してきた。
「どけ!!!!」その時だった。横から炎の攻撃がそれを妨害した。
「勝治!」ゴンはそれが誰かすぐに分かった。紅蓮に変身した勝治だった。
「ゴン、大丈夫か?」紅蓮は、ワードを見て言った。
「それはこっちの台詞だ。なんでお前も人陰になってないんだよ…」勝治は、ワードになって初めて倒した人陰に変身していたはず…
「多分烈火核を手元に持っていたからだろう。神楽も、他のやつのように人陰になっちまったからな…」
そう紅蓮が指差した方には、黒き獣の姿があった。
「神楽…どうすれば…」ゴンがそう呟いた時、勝治は驚くべき行動に出た。烈火核を引き抜き、変身を解除したのだ。
「何やってるんだよ!」そして勝治はゴンの目の前に烈火核を差し出した。
「俺が神楽をどうにかする。お前は言葉の方へ行け!」
「でも変身できなければ…」
「俺にはもう一つある。」そう言って見せたのは、『紅鎌』核だった。
「行け!ゴン、ワード!!」勝治はそう叫んだ。
「…分かった。絶対死ぬなよ…」
「…分かってる。俺はまだ神楽に伝えなきゃ行けない事があるからな。」勝治を背にしワードは走り出した。
ワードは、剛力の形から金色の光芒の形へと変身し、光の速度で走り出す。
途中、道路の人陰と木の葉のような人陰が立ちはだかった。
ワードは、まず道路の人陰に対して拳を突き上げる。そして、更に目にも止まらぬ速さで木の葉のような人陰も蹴り上げる。
そして、右脚に光を纏わせると、そのまま2体を蹴り飛ばした。
2体はそれぞれ元の人間へと戻っていった。
『言葉のところまでもうすぐじゃ!』
「待ってろよ…絶対に助けるからな。
ワードが進んでいくのを見守った勝治は、起き上がった青い人陰を斧で叩き伏せた。
「神楽、今言って聞こえるかは分からない…だが言わせてもらう。俺はどこへいっても必ずお前を迎えにいく。絶対に…その為にも、俺は戦う!!」
紅鎌核を勝治はベルトに装填した。しかし、変身用ではない強力な力が彼を蝕む。
「刹那さんができたんだから、俺にだってできるはずだ。変身!!」
[紅鎌、登上!][紅の炎に燃える大鎌、紅蓮!]
胸部に紅鎌という文字が現れ、勝治は新たな形態へと変身する。
両肩は鎌のように三日月状に変わり、腕部には鋭い牙が現れる。手にしていた斧は、前に必殺で使った時のように紅蓮の鎌に変化している。
「神楽、待ってろよ。すぐに助ける!」
紅蓮は鎌を振り下ろす。黒き獣は、身動きが取れずそのまま鎌の勢いで吹き飛ばされる。
彼はすぐさま次の攻撃に入ろうとした。しかし、そこへ青い人陰が乱入する。
人陰はその剛腕で殴ろうとする。紅蓮はそれを屈んで回避すると、そのまま右拳を奴の腹部に激突させた。その勢いでそのまま人陰は爆散、元のラーメン店主に戻った。
「次は神楽の番だ。」黒き獣は言葉を理解したのかしてないのか分からないが、紅蓮に迫る。
紅蓮は、鎌を下から上に振りかぶり黒き獣を吹き飛ばす。
勝治はベルトを操作した。[マウントサイス!]
炎を纏った鎌を、紅蓮は上から下へと黒き獣に振り下ろした。
その攻撃は、2人でも苦戦した黒き獣の身体を貫いた。
黒き獣の闇は徐々に晴れ、神楽の姿に戻っていく。
倒れていく神楽の身体を勝治は支えた。
「神楽、しっかり!」
「…ってるから…」神楽は、目覚めて最初、何か言った。
「…なんだ?」聞き取れなかった勝治は聞き返した。
「…待ってるから…何度も言わせないで…」神楽はそう笑顔で言った。
次回、最終回。遂に言葉の…神を屠る竜の元にたどり着いたゴン。しかし、暴走するその力に勝ち目はなかった。そんな中、ワードは彼にある決断を任せる事にした。ゴンは、その決断をどうするか…
最終回 言霊の終着点
今日21時公開…