オジマンディアス(偽)は転生者である 作:仙儒
「ねぇ、確認したいことがあるんだけど良いかな?」
「どうした? 藪から棒に」
夕飯を作っていたら赤嶺から改まって話しかけられる。
顔をそっちに向けようかとも思ったが、何となくそれをするのは憚られた。
「東郷ちゃん達には本当のことを話さないのかな……なんて、思ってさ」
再開してから暫く、こちらは演技を続けてきた。
対して深くかかわろうとせず、誤魔化して赤嶺寄りの中立的な立場として時に助言と助勢をバレない程度にコソコソとし、時に乗り越える壁として勇者達と矛を交えてきた。
赤嶺は赤嶺で孤独にポンコツ臭を隠し切れないが敵役をそれなりにこなしてきていた。友奈顔の中では一番演技が上手いが、もともと持ち続けている性根の良さは友奈顔の例にもれず変わらない。誰かのために本気で行動できて、本気で泣くことのできる、人を騙すことが、噓を吐くことができない彼女がここまで敵役をやってこれたのは噓は吐かないけど本当のことも言わなかったから。
俺は彼女と悪だくみをここまでやってきたがわの存在である。散々中立である宣言してるのだが、彼女からすれば俺は仲間判定であるらしい。
その存在がかつての輩である者たちの前に時に武器を構えて邪魔を指せていることに強い罪悪感があるのだろう。
特に、赤嶺は婚約者である美森の味方になるなと言った張本人でもある。
はぁ、と心の中でため息を吐く。俺にも俺なりの理由があるから美森の側に行かなかったのだから気にするなと何度か口にしたのだけど、赤嶺はこれを気遣いだと受け取ってたらしい。
だから、できるだけ何でもないことを示すためにあえて料理の手を止めなかった。できるだけなんでもなさげに受け取られたいから。
「なぁ赤嶺。記憶喪失って、分類上何の病気になるか知ってるか?」
「……ええっと、ワカリマセン。頭のことだとは思うんだけど」
急な話題転換にも似た問いかけもあり、少し間があった後に素直にわからないと返ってくる。
「確かに頭のことではあるんだが、記憶喪失は少し特殊でな。心療内科……つまり、精神疾患の数多ある症状の一つなんだ」
そうなのだ。記憶喪失の治療の専門は心療内科になる。
人間の脳は一度見聞きした物事を忘れることは原則としてできない。絶対記憶能力と呼ばれるそれは人間であれば全員が持つものだ。
「美森は……、須美は俺たちの時間を忘れていた。俺との出逢いの記憶を綺麗にだ」
正確には俺と園子と銀達の過ごした記憶だが。
「それは……」
「ん? ああ、攻めてるわけじゃないんだ。今まで必死に戦ってきた須美が忘れてた方が幸せと願ったのだ。ならば、その願いを叶えなければならない……そう思ったからだ」
「それは絶体に違うよ! 東郷ちゃんはきっと貴方を待ってると思うな!」
うおッ! ビビった。急に大声を出して否定する赤嶺。心臓に悪いからやめてほしい。
と言うか、それの答える言葉は赤嶺に出会った時に既に口にしている。
「赤嶺、終わったのだ。俺の婚約者としての役割が。そして、須美が求めた真に苦楽を共にする理解者もできた。そこに俺の存在が入り込む余地は無い。それに須美もゆっくりではあるが自分で歩き出したしな」
そう、須美は頑固者で周りの言葉を余り聞かないのに、その在り方は自分の決めた者への徹底的な依存と言う典型的なメンヘラとヤンデレの悪いとこどりをしたハイブリットちゃんなのだ。
その須美が、只々依存するだけの在り方からほんの少しだけだが変わろうとしている。
この小さくとも確かな一歩を踏み出した須美の邪魔だけはするべきではないのは非人間である俺にも理解できる。
罰のように思い出す、あの日々。俺はそう言う存在だ。
多くの人々と同じく身勝手なろくでなし。
そんな機械に人を思いやる機能など搭載されている筈もなく。
だが―――、とても美しいと思った。
幸福の意義など考えず、彼女達には穏やかであってほしいと身勝手にも願った。
どこかの花の魔術師ではないが、十分に……それこそ一生に一度お目にかかれるかと言うものを見た。
あ奴の言葉を借りるならば、俺は間違いなく尊い彼女達の大ファンだとも。
それ以上を望むのは、流石に我儘だろう。
ふと、思い返して見て、俺は転生して以来、かつてないほど人間的だと苦笑い。
どうやら俺は人間になるために、彼女達と巡り合ったらしい。
「それに、赤嶺。お前は前提を違えている。現実世界では俺はもういない、いないのだ。今まであいつらを見守っていたのは最後の確認の為だ」
―――そう。過酷な運命故か結んだ彼女達の絆の深さは信頼している。だが、同時に彼女達の脆さも解かっているのだ。こと、何かを失うことについて病的なまでの恐れを抱いていることも。
このことについては勇者のリーダーである風が一番顕著だ。
だから、彼女達の心を護る為に仲間に加わる選択肢を取らなかった。彼女達に武器を向け、知らぬ存ぜぬの態度を貫き古傷を抉るような事を繰り返してきた。
その後の彼女達の動行はスフィンクスの王体から逐一報告が来ていて、必要になればフォローをさせていた。幸い一時的に勇者になれない事態になったが自殺を試みる動きはしなかった。
今は精霊の守りがあって自殺を止めてくれるだろうが、俺が来た取りあえずの決着が着いた先にいつまでも精霊の守りがあるとは思えない。
心を守るために心をへし折ると言う中々に外道なことをしていた中でたぶん大丈夫だろうと結論が漸く得られたのだ。
―――漸く見えた、可能性の物語。これまでの世界と、これからの世界を。俺がいた今までの物語と、俺がもう存在しない……未来の物語。その、最後の確認が。最後の裁定が此処に終了を迎えた。
まぁ、正確には俺は現実世界の太陽の大神殿で仮死状態で治療されているが、どの道あいつらが執念で発見したとしても、あいつらが生きている間に目を覚ますかは分からん。
案外ケロッと目を覚ます可能性も十分あるが……、その辺は俺が古代エジプトの技術と魔術と、この体のことを把握できていないから何とも言えない。幸い、俺なんかいなくても当然のように世界は回るしあいつらも生きていけるだろう。
これまで観察してきた結果、大丈夫だと判断した。
そのことを含めて言葉にする。
「そ、そんな。それじゃあ君は……、東郷ちゃん達は……」
息を飲むような、躊躇いや色々な感情を含んだ言葉が背後から聞こえる。
「まぁ、その……なんだ。気にするな。元々死んでるようなものだったのが何の因果か、腐り、土に還るまでの僅かな間にこんな奇跡があるなんて思いもしなかったんだ。あいつらを見守れないのは少々癪ではあるが、例え夢に消えるとしてもこの命は最後までお前たちの為に使うさ。―――だから、そんな顔をするな。赤嶺」
顔を振り向けるとやっぱりと言うか、何というか。ポロポロ涙を流しながら悲壮に染まる顔つきの赤嶺。
さて、泣いている。しかも、年頃の異性にどのような言葉をかければ有効かなんて知らない。
これは困ったなと思わず苦笑いがもれる。
「……参ったな。この世に未練なぞ無いんだがな。いや、まぁ、あいつらの行く末は心配ではあるが何だかんだやっていけるだろう。それを信じてやるのが俺の最後の役目だ。皆を頼む。知っての通り寂しがりな連中ばかりだからな、慰めてやってくれ」
「へ? 何を言って……」
涙でぐしゃぐしゃな顔が困惑に歪む。
「お前は造反神側の陣営ではなく、あいつら側の陣営だ。最後の試練はあいつらと共に俺を倒すこと。長く共につるんだ者として最後の頼みだ。俺に勝て。言い訳のできないくらい、ケチの付けようのない完璧な勝利を」
赤嶺が淡く輝き、転移する。
最初から赤嶺をあちら側で戦わせる予定で準備していたとはいえ、少女をなだめることができないから強制的になだめてくれそうな連中の所に飛ばすとは。我ながら力技すぎると言うか何というか、苦笑いが止まらないな。
今の赤嶺にはもう造反神が与えていた権限が使えない。正真正銘、今の彼女は理不尽に涙し憤る、どこにでもいるただの無垢な
彼女達の勝利をもって、俺との決別の儀とする。その勝利の条件は降参による投降ではなく、俺に対する致命傷による決定打だが。
赤嶺さんがこれまでの経緯を事細かに話してくれる。
最初は罠か何かだと勘繰ってしまったけれど、どうもそう言った類の話ではないらしい。
話の内容としては神樹様の中でも意見が割れて力を貸さない神様が何柱も存在していて、その神様達を納得させ協力させる為の試練として敵役をやらされていたのが赤嶺さんとのこと。
赤嶺さんの話にも思うところはあるものの、確かにそう言われればそれらしい行動とも言えなくもないという行動を取っている。
そんな赤嶺さんからこの夢のような空間の中で幸せに暮らそうよと提案されて秋原さんがその意見に賛同する。
秋原さんには悪いけれど、私はその声に賛同しかねると声を上げかけるが、
「なぁ、赤嶺。お前の言い分はわかった。それは、お前と行動を共にしていた光輝先輩も同じ考えでいると思っていいんだな?」
その問いかけに赤嶺さんは目を泳がせる。……わかりやすいわね。
「その…、ごめんネ。彼の考えはよくわかんないんだ。彼に頼んだのはあなたたちの味方にならないでってことだけで私側に付いてくれるとは思わなかったんだよ」
「何ですって!」
「気持はわかるけど抑えてわっしー、話が進まない」
私達の仲を割ったのはやはり彼女だとわかると私は変身して銃を構えようとしたら、いつものほほんと間延びしたような気の抜けるような声音が、低く、腹底に響くような声に変わってそのっちが私を羽交い締めする。
「君たちには悪いと思ってるよ。でも、彼がそちらに付いたらワンサイドゲームで今回の趣旨が変わっちゃうからできなかったんだ。……実際すごく強いわけだし」
そう、私も彼が戦えるとは思っていなかった。戦えるなら何故現実世界で一緒に戦ってくれなかったのかを問いただしたかったけど、その答えはお義母さまにこの世界に来てから教えて貰った。
彼は樹海に何故か招かれないから、結界の外で戦っていたのだと言う。
一体ずつ相手でも勇者部の皆でてこずって倒していた敵を彼は仲間もなくただ一人で倒して回っていたらしい。そのことを時々彼に助けてもらっていたと言う防人達と、防人の統括を実質的にやっていたそのっち、そして何故か銀(中)が証言してくれて彼を無意識に責めそうになっていた自分を恥じたことがあった。
それだけの実績とそれに見合う強さを持ち合わせているのならば彼が味方になったら確かに私達への試練にはならないだろう。
それと同時に、頭に何故か漠然と浮かんだ光景が警戒を厳にと激しく警告してくる。
お腹に大穴が開き、体が段々と空気に溶け込むようにゆっくりと透けて消えていく血まみれの彼のやり遂げたような清々しい、場違いに思えるほどに綺麗な顔が優しく見つめてくる場面を。
そんな
背筋に氷を入れられた様な底冷えする冷たさと、心臓を握りしめられたようなジワリとした圧迫感と焦燥感がこみ上げてくる。
何か取り返しのつかない重要な見落としが、或いはとんでもない思い違いが存在すると訴えかけてくる。
「どうしたの、東郷さん?」
不意に友奈ちゃんに声をかけられてハッと我に返る。
背中を優しくさすってくれてる友奈ちゃんの顔は心配と気遣いを孕んだもの。
握りっぱなしの銀の手が更に優しく力強く握られる。
「須美、お前……」
銀は更に顔を歪ませる。
「大丈夫よ、銀に友奈ちゃん」
心配させないように作り笑いで答えるけど、友奈ちゃんの顔は晴れないし、銀は目を細めて見つめてくる。中学生の方の銀は小さいほうの銀と違って随分大人びている印象を受けるのよね。……身長は小さい銀と変わらないし趣味趣向はそこまで大きくは変わらないけど、感覚で行動する小さい銀と違って結構頭を使う参謀よりの行動を是とする傾向にある。自分の知っている銀とは大きく違ったために銀の偽物や熱でもあるんじゃないかと布団に寝かしつけようとして銀が拗ねたこともあった。
しょうがないじゃない、あのそのっちだって驚きを隠し切れずにいたんだから。
と、現実逃避をするけれど、さっきの頭に浮かんだ受け入れがたい光景はより鮮明になっていく。
そんな私達をよそに、赤嶺さんの交渉は進む。
「あのさ、提案なんだけど。要は彼の考えを聞ければいいわけだよね?」
と前置きをして、彼女がそれとなく探りを入れそれをチャットアプリ『なるこ』のグループ通話で会話を流すと言うものだった。精霊を使えば彼が警戒するしボイスレコーダーは時間がかかるし信用度が下がるだろうからとのこと。
いつ決行するかの話になると、今日が良いと私が進言し、それに西暦の四国の勇者の面々が「早いに越したことないだろう」と支持してくれてそれが採用された。何故か、私の女の勘がそれが本当の理由ではない―――特に郡さんに注意せよ―――と告げている。が、それは今は置いておきましょう。
―――夜。
赤嶺さんが動き出す作戦行動の前。皆がそれぞれの家や場所でスマホを片手に落ち着かずにいる頃だと思う。
彼は何を想っているか、知らぬ存ぜぬで尊大で傲慢な態度に隠された確かな指摘に警告、本当に危ないと思った時の不可思議で不自然な現象。
その全てを語ってくれるとは思わないけど、何かしらの理由は話してくれる可能性は高い。
「!!」
「……」
そんなことを考えながら周りをふと、見渡したら部屋の隅で私の秘蔵の羊羹をモリモリかじっているスフィンクス(銀が言うには光輝さんの精霊らしい。名前はそのっちが聞いた際に尻尾を器用に使ってチョークで黒板に書いたことで判明した)と目が合った(正確には顔らしいものは無いがそう感じた)。
取り敢えず、縛って吊るしておきましょう。
縄でぐるぐる巻きにして天井に吊るし終わったところで赤嶺さんから「なるこ」にグループ電話がかかってくる。いよいよかと少し緊張しながら通話ボタンを押す。
電波、音量は良好。
ちゃんと彼の声もはっきりと聞こえる。
相変わらず尊大で傲慢な喋り方……かと思えば割と普通に話している。ちょっとした他愛もない普通のおしゃべり。
友奈ちゃんから『? 普通だね?』とコメントが「なるこ」に書き込まれる。それに勇者部に所属している皆が同じ様な事を書き込みしていく。
確かに、所々思い出したかのように傲慢な態度や尊大な言葉を混ぜてくるけれど、基本的には私達の知る彼だった。防人達や諏訪の二人、雪花さんに古波蔵さんなんかは意外と言う感想を書き込んでいる。
暫く日常的な会話が続き、赤嶺さんが「ところで、さ」と仕切り直し、本題を切り出す。
お茶を濁したり、回りくどい言葉で探りを入れずに躊躇いながらも直球ど真ん中な問い方をする赤嶺さんの言葉を聞いて思わず飲んでいたココアを吹きそうになる。も、もう少しまともな聞き方があるんじゃないかしら⁈ とか、警戒されたらどうするの! と思ったけど、意外と斜め上の返答を返してくる彼の声。
記憶喪失について語る彼の言葉。それについての彼の見解。
彼が此方に来てくれなかったのって、私を気遣ってのことであると述べる彼。
小学生組(特に須美ちゃんから)『どういうことですか、東郷さん!』と恐ろしいほど問い質すコメントが書き込まれる。
そして、赤嶺さんがフォローを入れてくれるけれど彼の言葉は既に私を過去のものとして捉えている事実。
それは、光輝が満開と散華と言う身体機能を引き換えに一時的に莫大な力を発揮する機能が存在することを園子と母親から聞いて知っていたが、それが記憶と言う一種の概念的なものまで奪われる対象となるのを知らなかったことから来た認識の違いによる不幸。記憶が戻ってからも美森が物事が落ち着いて、勇者としてのいざこざが片付いてから話そうとし、その間に彼が結界の外に出て(この世界に来てから知った)会えず仕舞いになったすれ違いと魔の悪さが生んだもの。
(恨みます、神樹様)
それと同時に、心の準備や勇者のごたごたが終わった後などと言い訳をせずに直ぐに彼に打ち明ければ悲しいすれ違いなど起きなかったのだと激しく後悔した。
今すぐに大声で通話機能越しに彼に話しかけようとして、世界から音が消えた。
時間が止まってしまったんじゃないかって思うくらいに。頭が真っ白になる。
まだ、赤嶺さんとのこと彼の会話は続いているけど、それらが頭に入ってこない。入れられるだけの余裕がなかった。
何かで頭を殴られて、目の前が暗転するような感覚が私を襲う。
「……悪いけど勝手に上がらせてもらった、しっかりしろ須美!」
「ぎ、ん」
倒れかけた私を抱きとめたのは、何故か勇者服を身にまとった銀。ベランダに続く窓は何故か開いていて、窓の近くにはスフィンクスが居たことから恐らくスフィンクスが鍵を開けたのだろう。
「ああ、クソッ! やっぱりそうだったか。あたしが居る時点で薄々わかっていたけどさ」
銀がぶつくさ何かを言っているけれど、気にしてられない。
「銀ッ! 噓よね、噓なのよね! 噓って言ってよ! ……お願いよ」
まくしたてるように、只々さっき通話アプリから聞えた言葉を否定してほしくて銀に問い詰める。
銀は、悲しげに顔を歪めて顔を横に振るうだけだった。
中学生の銀が小学生の銀と同じ身長の理由は次回で(次回があるとは言ってない)
美森電波受信中。忘れがちだけど美森って巫女の適性持ちなのよね。
スフィンクス君。
文字は何故かひらがなでしか書かない。「ワン」と「ニャー」が泣き声。君獅子だよね?