「はぁ・・・ひどい目にあった・・・」
コーチに見つかったあの後、僕はとにかく走らされた。ホテルの周りどころかまったく来た覚えのない場所まで。よく戻ってこれた。いや、マジで両足動かないんだが。
「そういや、今日だけ飯の時間遅いんだよな。・・・腹減った、まだ少し時間あるしコンビニでも行ってこよう。ついでに夜食も調達してくるか。」
夕食の時間まではまだ2時間ぐらいある。同部屋のルームメイトはまだ戻ってきてないし、自分のだけ買い込んでおこう。そう思い、エレベーターでホテルに併設されたコンビニへ足を運ぶ。春先とはいえ、沖縄の夕暮れ時は少し肌寒い。なんてことを考えていたら何人かの子供に囲まれた。
「青山選手サインください!!」
「いいよー。はい、欲しい子はちゃんと一列に並ぶんだよ?写真?僕なんかでいいの?」
サイン、握手、写真。なるべくファンの方からの要望には応えるようにしていた。自分なんかを応援してくれる人に何かしてあげられたらとの思いで始めたことだけど、転売とかがないのが奇跡。
そんなことを考えているとどうやら最後のファンのサインが終わったようだ。手を振って当初の目的地であるコンビニへ。あ、アイス買っていこ。外のベンチで食べるのも悪くないかな。
「ふぅ、風が気持ちいい。」アイスを開けながらつい鼻歌を歌ってしまう。こんな時、いつもあの曲が頭に浮かび、鼻からこぼれだす。
「~♪」
鳴響のキズナ。鳴響高校吹奏楽部の伝説の曲にして、かつての野球部を甲子園まで導いた伝説の一曲。僕たち野球部と吹奏楽部が協力して復活させたこの曲は、今でも忘れることはなかった。
「・・・そこ、音程間違えてるよ?すーばるくん。」
その言葉に振り返ると、見間違いじゃなかった。本当の奏ちゃんがそこにいたのだった。
「久しぶりっ。隣いい?」
「断ると思う?アイス食べる?」
そのまま隣に座った彼女は挨拶代わりにアイスを一口食べると、僕の肩に頭を預けるような態勢になった。高校の時から変わらない、彼女のポジションだ。
「・・・寂しかったよ?」
ここから顔は見れなかったが、口調からして相当我慢していたのだろう。弱弱しく、どこから消えてしまいそうな声色。ああ、寂しかったのは僕だけじゃなかったんだ。
「・・・ごめんね奏ちゃん。でも、どうして沖縄に?言ってくれれば迎えに行ったのに。」
「応援もあるんだけど、オーケストラで演奏会があるんだ。あ、それともう一つ。これは昴くんに関係もあるんだけど・・・」
「あるんだけど?」
「まだ内緒っ!すぐわかると思うから楽しみにしてて?」
その言葉と同時に頬にあたる柔らかい感触。奏ちゃんは昔からこうやってアピールをしてくる。正直くっそかわいい。天使?女神?奏ちゃんが笑顔になれば世界平和はすぐそこだと思うんだけど。
「んんっ!!??・・・それより、さっき告白されてたでしょ?」
「・・・み、見てた、の?」
「たまたまランニングしてたらね。そりゃ学生時代に聞き飽きるほど見て聞いてきたフレーズが聞こえたら反応するよ。吹奏楽部のローレライは健在ってことかな?」
顔真っ赤にした奏ちゃんがポカポカ胸を叩く、やばいかわいい保護したい。というか耳まで真っ赤なんだけど写真撮ったら怒られそうだな。
「・・・でも、うれしかったよ。僕の事かばってくれたんでしょ?」
あの時に聞こえた相手の言葉。こんな世界に身を置く以上、批判等はどうしても避けられないのが現実だ。特に僕らのようなプロ選手は芸能人や政治家と違いファンと接する機会が非常に多いのもありちょっとしたことでSNSで拡散されてしまう可能性が非常に高い。
高校卒業後、一時的に奏ちゃんとは会わないようにしていたのもこれが一つの理由でもある。何かあった時、彼女に危害が加わるのが嫌だったから。もうひとつは純粋に練習に身が入らないからだけど。
「だって、貴方のことを何も知らないのに知ったような口ぶりで批難してたのが嫌だったから。高校の時も、プロになった時も。ずっと見てきた私だから、そういわれたくなかったのかな。だって・・・君は私の運命の人だから!!」
ああ、なんてまぶしいんだ。そして君はなんでここで目を閉じているんだ。いや、ここで断るのは恋人としていいのか?いや、いいわけがない。決めるぜ!覚悟!!!
そのまま奏ちゃんの頬をそっとさわり、唇を合わせようとしたその時。
ガサッ
「ばかっ!なにしてんだお前!」
「三崎さんが押すからじゃないですか!」
「気づかれてないか?ないな!」
・・・
「奏ちゃん。ちょっと周りに人がいるみたいだからまた今度。・・・その顔は他の人には見せられないから。あとちょっとだけ目を閉じてて?」
とりあえず耳元で奏ちゃんにささやいてから笑顔で音がなった方へ携帯を持ちながら向かう。ユニフォーム姿のチームメイト。ああ、投手組の居残り組か。
とりあえず恐怖で顔が歪んでる三人に対して、僕は三人が一番聞きたくない相手へ電話した。
「あ、ダニーコーチ。投手居残り組がさぼってます。」
直後。三人の悲鳴が沖縄に響き渡った。