Cobalt Blue Sea is Crying__   作:よしりゅー

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A Broken Heart is Reborn as Sun.

「何処にいるのさ……」

 消え入りそうな声で呟くも、何かが変わる訳では無い。

 

 海は、夜は、口を噤む。もう、お前にできることは何もないと言っているようだ。

 波は、風は、目を逸らす。もう、シオラは諦めろと言っているようだ。

 

 ふと、何かが砂を踏みつけるような音が聞こえた。夜の静かな海だからこそ、余計に大きく響く。しかし、音のした方を振り返ろうという気にはならなかった。

 

「かずま」

 

 ああ、幻聴までも聴こえるようになってしまったか。高く透き通ったその声は、明らかにシオラのものだ。だが、今の僕にはそれが海の誘惑にしか思えなかった。

 

「かずま……」

 

 はは、そんなに僕はシオラのことが好きになってしまったのか。人を好きになったことがなかったのに、初恋がこんな形だなんて、女々しくて情けない。

 

「かずま!」

 

 お願いだから、もう黙っていてくれ。分かってる。これは全て、海の見せた、聞かせた幻なんだろう? 

 

「むぅ……」

 

 突然、立ち尽くしていた僕の頬がつねられた。背後からの奇襲だったため、一切反応ができなかった。

 頬の辺りに手を伸ばし、そこにあるはずの腕を掴んだ。そのまま振り返って、僕は驚いた。

 

「しお、ら……?」

「やっと気づいた」

 そこには、クリーム色の髪をなびかせた美しき人魚がいた。気まずいような、照れたような、そんな微笑みを僕に向けている。

 思わず抱きつこうとしたが、それはシオラの手によって制止された。困惑した僕に対して、彼女はこう言った。

「今まで、ごめんなさい」

 

 

 

 *

 

 あるところに、それは大層美しい人魚の姉妹がいました。

 

 彼女らの末っ子である人魚は、海の上に顔を出しました。その日は、大嵐でした。

 

 船が見えます。嵐の中で、一人の男が指示を出しています。生まれて初めて、人魚は彼に恋をしました。

 

 波にもまれ、風に吹き付けられ、やがて船は転覆してしまいます。人魚はその男を助け出しました。

 

 彼を連れて必死に泳ぎ、何とか岸へ辿り着きました。ですが、彼を砂浜に寝かせても起きる気配はありません。気を失っているようです。

 人魚は寝る間も惜しんで看病を続けました。

 

 夜が明け始めた頃。近くの修道院から女性がやってきました。人魚は岩陰に隠れ、修道女らしき彼女を眺めていました。彼女はその男を見つけると、驚嘆して彼を連れて行きました。

 

 人魚は海に戻りましたが、日に日に恋心が大きくなっていきます。

 

 

 ある日、耐えきれなくなった彼女は海の魔女の元へ向かいます。すると、こう告げられました。

「声は貰う。その代わり、『人間の』足をやろう」

 人魚はたちまち意識を失いました。

 

 次に彼女が目覚めたのは、見たことも無い豪華な家具が並んだ部屋でした。そこにいたのは、あの時助けた男性でした。

 彼が言うには、ここは王城であり、彼はとある王国の王子のようです。人魚の下半身は、人間のものになっていました。

 彼女は献身的に王子の身の回りの世話をしました。次第に王子も彼女に惹かれていきますが、王子には忘れられない人がいました。

 

 あの時助けてくれた、修道女です。

 

 王子はその話を人魚によくしました。人魚は声がないため、本当のことを伝えられずに悲しんでいました。

 

 

 やがて、王子に縁談が持ち上がりました。その相手は、なんとあの時の修道女だと言うのです。喜ぶ王子を見て、人魚は嘆きました。ですが、声は出ません。まさに声にならない、嗚咽でした。

 

 人魚に、王子の幸せを壊す勇気はありませんでした。幸せを願う、ただその一心で人魚は王城を出てゆきました。

 

 

 夜、誰かが崖の上に立っています。眼下には、真っ暗で底の見えない海が見えます。彼女はゆっくりと一歩を踏み出し、崖から落ちてゆきました。

 

 ちゃぽん、と海に落ちる音がしました。見てみれば、そこには人影ひとつありませんでした。代わりに、無数の泡が漂っていました。

 

 

 

「……」

 シオラはネットで見つけた「人魚姫」のお話を読み終えた。そのまま何も呟くことはなく、黙って家を出た。

 

 彼女が向かったのは、海だった。あの時和真に連れていってもらった、砂浜。そして、恐らく彼女の故郷があるであろう、深海。

 だが、彼女は海には入らなかった。傷は完治している。泳ぎが苦手な訳でもない。

 

 和真に、お別れを言わなきゃ。

 

 和真ならきっと、私を探し出してくれる。そう信じて、砂浜で待ち続けた。まるで示し合わせるかのように、全く無関係の誰かが来ることは無かった。

 

 

 

 *

 

 突然謝罪を述べられ、何が何だか分からず困惑している僕に、シオラはさらに言う。

「人間の世界には、悲しいお話もあるんだね」

 そう言われても、僕にはますます意味が分からなかった。

「どういう意味、かな……?」

「『人魚姫』。読んだの」

 

「人魚姫」……確か、人魚の悲しい恋の物語だ。王子に恋するも、種族の違いに悩んでいた人魚が、声の代わりに足を得る……シオラの言わんとしていることが分からない。

 

「知ってる? 最後は結ばれずに泡となって消えちゃうんだよ」

 

 確かに、物語の中でシオラと似通った部分は多い。……彼女は純粋だ。まさか、あのお話を真に受けてしまったのだろうか? 

 

「でも、あれは架空の話だよ。子供に向けた教訓……なのかな」

 シオラはぶんぶんと首を振る。和真の思考に対して、それは違う、という強い意志を示すかのように。

「確かに私は『人魚』、だけど『人魚姫』に出てくる『人魚』とは違う。どちらかというと……」

 

 

 

「和真。貴方が『人魚姫』の『人魚』に思えてしまったの」

 

 

 

「ぼ、僕……?」

「うん。共通点は多くないけど、和真はなんだろうね」

 シオラはまだ上手く言葉がまとまらないのか、少し考え込んでいる。だがそれも少しの間で、また言葉を紡ぎ始めた。

 

「献身的な恋、って言うのかな。誰かに好かれるとか、誰かを好きになるとか私にはまだ分からない。

 だけど、和真から向けられている気持ちが特別な『愛』なんだ、って言うのは分かった」

 僕は何も言えず、ただ黙って聞いていた。

「何より、私と貴方は違う。私は、人間の世界にいてはいけない存在だって、この前のお祭りで薄々感じてた」

 

「……そんなの関係ない。僕はどんな姿だったとしても、シオラを好きになった」

 必死だった。このまま何も言わなければ、彼女がどこかへ行ってしまいそうな気がした。

 

 だが、現実は無情。シオラの意思が変わることは無かった。

「嬉しい……けど。私がこのまま貴方と共にいることを選んでも、いつか必ず綻びが来る。それは私に対する差別かもしれないし、和真が恋に我が身を滅ぼすようなことになるかもしれない」

 

 

 

「今までありがとう。……さよなら」

 

 

 

 シオラはそう言葉を結ぶと、海の方を振り返った。そのまま、尾鰭を器用に使って歩き出した。

「シオラ!」

 呼び止めの言葉を投げかける。それでも、彼女は振り返らない。

「シオラ……!」

 悲痛が、僕の心に込み上げる。声を辛うじて絞り出し、もう一度彼女の名を呼ぶ。

 

 もうすぐで海へ足……いや、この場合は尾鰭だろうか。尾鰭を踏み入れようというところで、彼女は振り返った。

 彼女の表情を見て、僕は何も言えなくなった。

 

 代わりに、黙ってギターを手に取った。そして、弾いたのはあの曲。

 

 前奏はさざ波が打ち寄せる音に聞こえる。一番のAメロ、Bメロは一転、次第に暗くなっていく。まるで先行きの見えない恋だ。一番のサビ、二番のAメロ、Bメロ、そしてサビは失恋の嘆きを表す。三番は立ち直ったこの曲の主人公が、心機一転、未来へと進んでいく。思い出を、抱きしめながら。

 

 彼女が海へと消えても、僕は弾き続けていた。

 

 

 

 ──彼女は微笑みながら涙を流していたのだ。まるで、僕の未来を案じるかのように。

 そこにあったのは、やはり愛だった。

 

 

 

 *

 

 僕は今、とあるアパートの一室の前にいる。夏も中盤を過ぎて、余計暑くなったような気がする。晩夏のじんわりとしたそれは、最早嫌がらせにしか思えない。

 さっさとインターホンを押して部屋にあげてもらおう。そう思い、インターホンを鳴らす。

 

 しばらくして中から人が出てくる。それと同時に、言葉を投げかける。

「敬佑! 助けてくれ!」

「はいはい……とりあえずあがって」

 呆れたようにそう言う彼は、僕の親友。あの日からおよそ一週間ほど落ち込んでいた僕を、ずっと励まし続けてくれた。事情を説明出来なかったのが、申し訳ない。

 

 至って普通の一人暮らし部屋に上がり、鞄を下ろす。中から書類や本などを取り出し、机の上に広げる。その間に敬佑が飲み物を持ってきてくれた。

「サンキュー……さて、レポートまじで助けてくれ」

「まあ今回のは難しいしね」

 早速書き始めようとしたが、ひとつ聞きたいことがあったのを思い出した。

「あ、そうだ」

「ん? どうした?」

 

 

「なあ、敬佑……『人魚』って知ってるよね?」

 

 

 

 *

 

 実を言うと、和真は完全に立ち直った訳では無い。無理もないだろう。彼にとっての初恋だったのだから。彼にとっての、初めての「夏」だったのだから。

「夏」が去ったのは、和真のこれからを照らすため。だから、太陽はまた空に燃える。

 

 ならば、彼は前を向いて歩き続けるしかない。あれは、ひと夏の長い夢だったと蓋をして。

 

 さよなら──今日も海は泣いている。




これにて完結です。短い間でしたが、読んでくださった方はありがとうございました。
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