ハルウララ杯が出来るまで 作:MRZ
「挑戦状?」
「うん、本当のレースじゃわたしが走れない人達がい~っぱいいるからね、その人達に挑戦状をもっていくの」
穏やかな午後の陽射しの中、ウララはライスへそう笑顔で告げる。
ハルウララは現在GⅠどころかGⅢさえ一着を取れないウマ娘である。目の前にいるライスシャワーとはそういう意味で言えば格差が広がっていた。
けれど、二人は仲良しであり、こうしてお昼を一緒に食べる事もある間柄であった。ただ、それも最近ではライスがミホノブルボンやメジロマックイーンなどと過ごす事もあって頻度は減っているが。
「で、でも、みんな自分のトレーニングメニューがあるから無理なんじゃ……」
「だいじょ~ぶ! みんな走るの大好きだもん。ウララの挑戦状を受け取ってくれるよ」
重賞戦線に身を置くライスはやんわりとウララの考えが上手くいかない可能性を指摘するも、それを持ち前の明るさと楽観思考でウララは笑い飛ばした。
こうしてハルウララの挑戦は始まった。
「そ、それで、まずは誰に挑戦するの?」
「そうだなぁ……」
「ぶ、ブルボンさんやマックイーンさんならライスも一緒に頼んでみるよ?」
止めても無駄だと判断したライスは、せめて少しでも力になろうとウララへそう提案した。
ブルボンとマックイーンの人柄を知っているライスからすれば、あまり接点のない相手よりはウララの頼みを承諾してくれる可能性が高いと判断したのだ。
「わぁ、それホント? じゃあまずはその二人に声をかけよう」
「え? まずは?」
どちらか一人じゃないのか。そういう気持ちがライスの表情にありありと浮かぶ。
「うん。どうせなら大勢で走りたいんだ。みんなで走った方が楽しいからね」
「え、えっと……でも……」
ウララがレースで走れない相手は軒並み有力ウマ娘だ。彼女達は有名レースを勝つために日々努力している。
そんな者達が未だGⅢさえ勝てないハルウララとレースなどしてくれるのだろうか。そうライスは思い、けれど仲良しであるウララへ現実を突きつけるのは苦しいと迷った。
「そうだっ! ライスちゃんも勿論参加してくれるよね?」
「う、うん。それは勿論」
最悪でも自分だけはウララの望みを叶えてやりたい。そんな気持ちでライスは頷く。
一人ぼっちで悲しい顔をウララにさせたくない。それが人付き合いが苦手な自分へ声をかけてくれ、親しくしてくれた最初の相手へのライスの想いだった。
「じゃあ行こうライスちゃん! 善は急げって言うしねっ!」
「あっ、待ってウララちゃん。置いてかないで」
先んじて走り出したウララに出遅れるようにライスも走り出す。が、すぐにライスが抜き去る形になり、やや彼女がペースを落としてウララと並走する形となる。
「それでそれで、まずはどこへ行けばいいの?」
「えっと、この時間だとブルボンさんもマックイーンさんもトレーニングしてるはずだから……」
「じゃあターフコースだね。いっそげっいっそげ~っ!」
意気揚々と走るウララ。そんな彼女に笑みを見せてライスも走る。
そうして見慣れた場所へ来た二人は、まず目に入った長い銀髪をなびかせるように走るウマ娘へ近付いた。
「マックイーンさ~んっ!」
「……あら、ウララにライスじゃありませんの。どうかしまして?」
「えっと、実は……」
「挑戦状を持ってきたの」
「挑戦状?」
そこでウララはマックイーンへ自分の考えを説明した。本番のレースでは一緒に走れないウマ娘が多くなってしまった事や、だからこそそういう相手と走りたいと考えた事を。
「……成程。考えは分かりました」
「やった~。じゃウララと一緒に走ってくれる?」
「勿論、と言いたいところですが……」
そこでマックイーンの表情が曇る。彼女の見つめる先には彼女の担当トレーナーが立っていた。
彼はライスの担当でもある。だからこそライスも何をマックイーンが思っているか理解した。
「メニューにない事は出来るだけ避けたい?」
「ええ。ウララ、私の気持ちは貴方と一緒に走って差し上げたいですわ。でもトレーナーの許可がない事は……」
「そっかぁ。じゃあ、トレーナーさんの許可をもらえたらいいんだね?」
「え、ええ。それは勿論そうですわ」
「よ~し……」
その場から駆け出し、ウララはトレーナーの下へと向かう。その背中を見送り、マックイーンは驚きから苦笑へと表情を変えた。
「本当に真っ直ぐな子ですわね」
「うん。ウララちゃんはいつだって真っ直ぐだから」
「見ていて気持ちいいですわ。あんな風に生きられたらと、そう思います」
「え?」
意外だ。そう思ってライスはマックイーンへ顔を向ける。
ウララは世間的には未勝利と言われる存在だ。それを何故天皇賞(春)を二連覇したマックイーンが羨ましがるのだろうと思ったのだ。
「ライスはウララの戦績を御存じ?」
「えっと、メイクデビュー以外はずっと負けてるって事ぐらいは」
「ええ。けれど、私が注目しているのは結果ではなく別の事です」
「別の事?」
増々分からないと首を傾げるライスにマックイーンは小さく微笑んだ。
「彼女はレース回数が多いんですの。それこそもう五十回は走っているんじゃなかったかしら?」
「五十回……」
ライスは目を見開くと顔をウララがいる方へ向けた。彼女はトレーナーへ何やら熱弁しているようで、彼がそんなウララに困り顔をしていた。
「それだけのレースを行いながら未だに怪我もなければ体調不良もない。その丈夫さはとっくにGⅠ級です」
「……うん」
ウマ娘にとって怪我は常に背中合わせの不安である。誰よりも速くと走っている内に知らず疲労が蓄積されたり、あるいは体は何ともなくても骨へ異常が出たりと、考え出したらキリがない程に不安と恐怖が付きまとうのがウマ娘のレース人生だ。
「どうすればそんなに丈夫な体が手に入るのか。そう思っていましたけど、先程の話で理解しました」
「え? どういう事?」
「ウララは、彼女はレースを楽しんでいる。勝ちたいという気持ちよりも、速くなりたいという気持ちよりも、レースを楽しむ気持ちが一番強いんですわ。だから全力ではあるけど無理はしない。それこそが数多くのレースを走り続けていられる秘訣でしょう」
どこか羨望の眼差しをウララへ向けるマックイーン。何故ならそれは彼女には出来ない生き方だからだ。
勝ちたいという思い。速くなりたいという思い。それがレースを楽しみたいという思いよりも強くなってしまうからだ。
「マックイーンさ~んっ! ライスちゃ~んっ! トレーナーさんがレースしてもいいって~っ!」
大声で両手をブンブンと振りながらウララが二人へと駆け寄ってくる。
その後ろではトレーナーが根負けしたとばかりに項垂れていた。
その光景を見つめ、マックイーンとライスは笑みを向け合う。勝ちたい思いや速くなりたい思いは強いが、だからといってレースを楽しむ気持ちがない訳ではないからだ。
「マックイーンさん、レース、楽しみにしててください」
「ええ。一体どんなウマ娘が参加してくれるのか、ワクワクしながら待っていますわ」
こうしてウララとライスはマックイーンと別れ、次の相手であるブルボンを探す事に。
そしてそれは呆気なく終わりを迎える。ブルボンもそこからそう離れていない場所にいたからだ。
「ブルボンさ~んっ!」
「あなたは……ハルウララ、でしたか。それと……」
「こ、こんにちはブルボンさん」
「こんにちはライス。それで二人して一体何の用ですか?」
「実はね……」
ウララの説明を聞き、ブルボンは表情を変える事無く頷いた。
「分かりました。トレーナーへは私から説明しておきましょう」
「ホント?」
「はい。マックイーンさんが参加するのならいい経験になります」
「良かったぁ。これで四人目だね」
「うん、やったねウララちゃん」
思いの外あっさりと話が進み、ウララとライスは笑みを見せ合った。
思ったよりも順調な展開にライスもこれなら上手くいくかもしれないと思い出した。
だが、この後が問題だった。何故ならライスが親しくしている相手はこれで終わり。ウララは“みんな友達”が信条なのでこの相手なら大丈夫が中々決まらず、二人は目指す先を失ってしまったのだ。
「う~ん、どうしよう?」
「寮長さんとかは?」
「ヒシアマさんかぁ。受けてくれるかな?」
「あの、少しいいでしょうか」
そんな二人へ助け舟を出したのはブルボンだった。
「誰に声をかけるか迷っているようなので私からも提案します。トウカイテイオーはどうでしょう。彼女もレースが好きですし、何よりマックイーンさんがいるのなら参加しないと言わない可能性が高いです」
「そっか! テイオーちゃんか!」
「うん、きっとテイオーさんなら参加してくれるよ。ブルボンさん、ありがとうございます」
「ありがとう!」
「いえ、礼には及びません。上手くいくといいですね」
最後に微かな笑みを見せ、ブルボンはトレーニングへと戻っていった。
「よ~し、テイオーちゃんを探そう」
「うん」
その笑顔に背中を押されるように二人はテイオーを探して動き出す。
これが、後に“ハルウララ杯”と言われる事となる世間に知られる事のない大レースの始まり。
みんなで一緒に走りたいと思った一人のウマ娘の想いが、形となり、うねりとなって動き出して、やがてそれはトレセン学園全体を騒がせる事となるのだが……
「ウララちゃん、テイオーさんの次は誰?」
「そうだなぁ……あっ、テイオーちゃんに教えてもらおうよ」
今はまだ、それを誰も知らない……。
アニメのウインタードリームトロフィーよりも下手すると凄い事になるかもしれない“ハルウララ杯”ですが、今のところ誰を出すかは明確には決めていません。
出来れば有名ウマ娘を全員といきたいですが、残念ながら私にはそこまで書ける程知識がないので推しが出てこない方は申し訳ありません。