ハルウララ杯が出来るまで 作:MRZ
それと彼女は別に選別しているつもりはありません。
「おう、アンタがハルウララっちゅーウマ娘か?」
ウララの前に現れたのは、小柄で特徴的な口調のウマ娘だった。
胸を張ってウララを見上げるような体勢の彼女。その名は……
「ウチはタマモクロスや。なんやオモロそうな事考えとるらしいなぁ。で? 何でウチに声かけへんのか教えてもらおか? ん~?」
ギロリと睨み付けるように目付きを鋭くウララを見上げるタマモ。だがそんな視線を受けてもウララは怯える事もなく……
「ごめんね。誰に声をかけるかはわたしが決めてる訳じゃないんだ」
「は? いや、だってアンタが主催やろ?」
「しゅさい? えっと、みんなで一緒に走ろうって言い出したのはウララだけど、誰と走るかはウララだけで決めてないの。誘った人達に誰か走りたい人いるか聞いて声かけてるんだ」
「そいつらの走りたい人、か……。ナルホドな」
納得出来たとばかりに息を吐いたタマモだが、そこへ寮から出てきたライスが姿を見せた。
「ウララちゃん、お待たせ」
「あっ、ライスちゃん」
「らいす? ああ、ライスシャワーやないか。菊花賞や天皇賞、ええ走りしとったな」
「え? っ!? た、タマモクロスさんっ!?」
予想も出来ない相手に驚きライスの尻尾と耳が逆立つ。そんな反応にやっと期待していたものが観れたとばかりにタマモは満足そうに頷いていた。
「うんうん、それや。それがウチは欲しかった」
「え、えっと、何か美浦寮に用事ですか?」
「あのねライスちゃん、タマちゃんも一緒に走りたいんだって」
「えっ?」
「タマちゃん言うな。いや、でもまさか他薦やないと話がこんとはなぁ。どーりでウチやオグリが無視されるはずや」
タマモクロスと仲が良いスーパークリークやイナリワン、そしてオグリキャップは最近前線を離れている。そのために名前が挙がり辛い状況と言えた。
とはいえ前線を離れていると言っても最前線で重賞へ挑んでいる者と比べて、だ。世間からすれば十分活躍していると言える。
ただ、トレセン学園という場所で考えれば第一線とは言い難いのだ。
「タマちゃんもわたし達と一緒に走りたいの?」
「ん? どういう意味や?」
「あのね、わたしがやりたいレースは一緒に走りたいって気持ちさえ強かったらいいんだ」
「一緒に走りたい気持ち……」
まさかの条件にさすがのタマモクロスも面食らったのか目を見開いた。
そんな彼女へハルウララは笑顔で頷いた。
「うん! タマちゃんもわたしと一緒に走ってくれるならうれしいな」
混じり気のない純粋なレースへの想い。誰かと、みんなと走る事が楽しくて仕方ないという、忘れかけていたものを正面からぶつけられてタマモクロスはゆっくりと笑みを浮かべていく。
「ははっ、はははっ……ええやないか。ええで、一緒に走ったる。いや走りたいわ。ハルウララ言うたか。アンタ、オモロい奴やで」
「そう?」
「せや。ウチが保証したる」
「えへへ、ほしょうされちゃった。タマちゃんありがとっ」
「やからタマちゃんって……はぁもうええわ。特別に許したる」
毒気を抜かれるウララの笑顔にタマモはそう諦めるように告げて息を吐いた。
だがもうその表情に、目付きに最初のような鋭さはなかった。
一方そんなやり取りを見つめてライスは感心するように息を吐いていた。
ウララの性格や思考は知っていたが、それでもまさかタマモクロス相手でも何らぶれる事なく振る舞えた事に驚きと尊敬を抱いたのである。
(ウララちゃんらしいな……。でも、タマモクロスさんまで参加するなんて、これってもしかしなくても次の声かけ相手って……)
白い稲妻の異名を持つタマモクロス。そんな彼女が一緒に走りたい相手として挙げる相手など、ほとんどの者が察しがつくものだった。
「それでタマちゃんは一緒に走りたい相手っている?」
「おるで。ちょうどええわ。今なら確実に食堂におるし、ついでに朝飯食べるとするか」
「うんっ! あっさごっはんっ! あっさごっはんっ! ライスちゃん食堂に行こーっ!」
「う、うん」
タマモについていく形で歩き出すウララとライス。向かう先は当然食堂である。
トレセン学園の食堂は朝から忙しい。昼時もそうだが、朝は時間が少ない中で動かなければならぬためにもっと忙しいのだ。
そして、その忙しさを助長するウマ娘がそこにいた。
凄まじい量の食事を黙々と食べ進める彼女こそ、タマモクロスが一緒に走りたいと指名しようとしている存在である。
食堂に入った三人はそれぞれに注文をし、食事が載せられた盆を手に食堂の中を進んでいく。
「おっ、おったおった。お~い、オグリ~」
「……ん? タマか」
既に制服から腹部が出る程に食べているのだろう。まるで妊娠しているかのような状態で振り返ったのはオグリキャップ。葦毛の怪物と呼ばれているウマ娘であった。
彼女の隣へタマモクロスが座り、それに向き合う形でウララとライスがそれぞれ座る。すると見慣れない二人にオグリが小首を傾げた。
「この二人は?」
「ハルウララとライスシャワーや。例のレースの主催者達やな」
「そうなのか」
「あ、あのっ」
納得したオグリだったが、そこでライスが意を決して手を挙げた。
ウララはと言えば一人「いただきまーす」と手を合わせて焼き魚とにんじん定食を食べ始めていて、オグリもそれを見て再び箸を動かし始める。
「わぁ、そっちのもおいしそ~。ねぇ、一口ちょうだい?」
「構わないぞ。そっちのも一口もらえるか?」
「うん、いいよ。じゃあどーぞ」
「すまない。なら……ほら」
ライスの事が目に入っていないように会話するウララとオグリ。それにどうしていいのか分からず固まるライスと、そんな彼女を見て可哀想な表情を浮かべるタマモ。
そんな微妙な時間が若干流れた後、ライスはタマモの方へ視線を向けて戸惑いを見せた。
「え、えっと……質問してもいいですか?」
「ええよええよ。オグリの事は気にせんでええわ。あいつの目の前に飯があったらあーなるんが普通やし。で、何でレースの事をっちゅーならな、もう噂が流れ始めとるんや」
「噂?」
「せや。ハルウララっちゅーウマ娘が学園中の有力ウマ娘へ声かけてでっかいレースやろうとしとるって」
「ど、どうして……」
「自分ら、昨日サイレンススズカの居場所聞いて回ったやろ? それで何でか興味持った奴がおったらしいわ。それで自分らの話を聞いたんやと」
そう、昨日スズカの居場所を尋ねて回った時、一人のウマ娘が何故ウララとライスがスズカを探しているのだろうと興味を持ち、こっそりと後をつけた結果レースの事を知ってしまったのだ。
勿論走る事もレースを見る事も好きなウマ娘がそんな話を放っておくはずもなく、一晩の内にウララ達がやろうとしているレースは学園中の知るところとなっていた。
だからこそ、自分が強いウマ娘と自負しているタマモクロスは苛立ちを隠せなかったのだ。
何故自分やオグリへ声をかけないのか。葦毛とは走らないとでも言うつもりか、と。
ただそれが誤解であった事はもう先程のウララとの会話で理解しているので怒りはなかった。
「で、トウカイテイオーやスペシャルウィークが出るっちゅーのは知っとるが、他に誰が参加する予定や?」
「あの、教えてもいいんですけど……」
周囲から注がれている視線に気付き、ライスは困った顔を見せた。
ここで参加者を言うと騒ぎになるのではと思ったのである。
それを察したのだろう。タマモは仕方ないとばかりにため息を吐き……
「おうおう、見せもんちゃうぞっ! 興味あるんは分かるけどな、どうせその内分かる事や! 今は自分らの中で予想しあって楽しんどきっ!」
と大きな声で言い放って周囲を威圧したのだ。
「……で、他に誰へ声かけとんのや?」
「は、はい。えっと……」
ライスの口から出てくる名前にタマモもさすがに興奮を隠せなかった。特に彼女が表情を変えたのはシンボリルドルフが出ると聞いた瞬間だ。
「へぇ、あの皇帝まで走るんか。これは是が非でも参加せなあかんな。っと。そうやった」
そこで本来の目的を思い出したのかタマモは隣で大きな腹をしているオグリへ顔を向ける。
「オグリ、聞いとったか?」
「ん? いや、ウララと食事に夢中だった」
「んなっ!? い、いや、アンタらしいわ。しゃーない。もっかい話すからよーく聞き」
「分かった」
タマモの口から簡略的にこれまでの事が話され、オグリはその間お腹をさすりながらではあるが話へ耳を傾け続けた。
すると彼女の表情もタマモと同じくシンボリルドルフが参加すると聞いたところで変化したのだ。
「……シンボリルドルフが出るのか」
「せや。な? アンタも参加するやろ?」
「出来るのならしたい。他にも走ってみたかった相手が大勢いる。ウララ、構わないか?」
「いいよ。今のオグリさん、ご飯食べてる時と同じぐらい嬉しそうだもん」
すっかり親しくなった二人にライスは小さく笑い、タマモは軽く呆れを見せる。
けれど思っている事は同じだった。これでまたレースが面白くなるという事を考えていたのだから。
こうしてまたレース参加者が増え、遂に十人を超えて十一人となった。通常のレースでは、最大でも十八人が限度である事を考えるとそろそろむやみやたらと声はかけられないのだが……
「参加して欲しい相手?」
「うん。オグリさんの希望はある?」
「そうだな……」
「クリークとかイナリとか言うたらんかい」
「? あの二人とは結構走れたからな」
「いや、そうやなくてやな」
呆れるタマモだが、オグリはちゃんとウララの目的と思想を理解した上での発言だった。
本当なら一緒に走れない相手や走ってみたい相手とレースをする。故にこれまでレースでぶつかった事のある二人の名を挙げるよりも走った事のない相手をと考えていたのだ。
そうしてオグリキャップの口から出た名前は……
「「「ゴールドシップ?」」」
「ああ、何度かレースを見た事があるが、本気で走った事はないような気がするんだ。それに髪色が私やタマと同じでマックイーンも出るなら余計一緒に走ってみたい」
「ま、まぁそれが本当かどうかは置いといてもオモロそうなレースになりそうやな」
「うんっ! みんなの髪がキラキラしてるのが目に浮かぶねっ!」
「ゴールドシップさんだけ大きく出遅れたりしないといいけど……」
いつかの宝塚記念で見せた世紀の出遅れ。そういう事をやってしまうのがゴールドシップというウマ娘でもある。
食事を終えてタマモとオグリと別れたウララとライスは、授業が始まるまでの時間でゴールドシップへ声をかけるべく動き出した。
「ゴルシさん、どこにいるかな?」
「まずはチーム用の小屋へ行ってみる?」
「そうだね。じゃ、行こう」
「うん」
ゴールドシップを探して歩く二人。朝の風はまだ涼しく、それを浴びながら走ったら気持ちいいだろうと思わせる程爽やかであった。
「いい風だね~」
「うん、そうだね」
「レース本番もこんな感じだといいなぁ」
「あっ、そうだ。ウララちゃん、コースどうするかも考えないと」
「ああっ、そっか。ターフかダートか決めないといけなかったね」
「会長さんはどっちでもいいって感じだったけど……」
「うーん、じゃあメンバーが決まったらみんなで相談?」
「それが一番いいかも。でも、何となくどっちでもいいって言う気もする」
「少しいいだろうか?」
「「っ!?」」
突然かけられた声に二人の尻尾と耳が大きく動く。振り返った二人が見たのは、二人のウマ娘だった。
片方は眼鏡をかけ、もう一人は口に草を咥えている。その二人が誰かをライスは知っていた。
「び、ビワハヤヒデさんにナリタブライアンさん……」
「ああ。突然すまない。そっちにいるのがハルウララ、でいいだろうか?」
「うん、わたしがウララだよ」
「そうか。その、実はな、君に相談があって」
「姉さん、回りくどい言い方はしない方がいい。そいつらがやろうとしてるレースに参加させろでいいよ」
「レースに参加?」
「ブライアン、言い方と言うものがあるだろう」
やれやれと言う様に額に手を当て、ビワハヤヒデは息を吐いた。
「すまないな。だが私達の本題はそこだ」
「私達をそのレースに出してくれ」
「いいよ。じゃあビワさんとブラさんの参加して欲しい人教えて?」
「び、ビワさん?」
「ブラさんって……」
「う、ウララちゃん、ブライアンさんじゃダメなの?」
二人がウララの呼び方を若干嫌がっているように思い、ライスがせめてとそう問いかけた。
けれどウララはそれに不思議そうな表情を返した。
「それじゃあ可愛くないよ?」
「……別に可愛くなくてもいい」
ややぶっきらぼうに返して顔を背けるブライアン。その妹の姿にハヤヒデは小さく笑う。滅多に見れない愛らしいところを見れたためだ。
「クスッ、いいじゃないかブラさんで」
「姉さんっ!」
「私はビワさんでいいぞ。それと、参加希望者はチケットとタイシンだな」
「二人も挙げていいのか? ズルくない?」
「そのどちらかでいい。チケットもタイシンも聞かれれば相手を挙げるはずだ」
BNWと称される三人。その絆は少々他の同期とは異なるもの。故にハヤヒデは察していたのだ。残りの二人も今の質問をされれば挙げられていない方を挙げると。
「ったく、なら私はマヤノトップガンだ」
「マヤちゃんかぁ。分かった。聞いておくね」
「頼む」
「そうだ。もし良ければ今決まってるだけでもいいからレースの参加者を教えて欲しい」
「分かりました。まずは……」
ライスの口から告げられる名前にさすがの二人も驚きを隠せなかった。どんな重賞でも揃わないような名前が次々と出てきたためだ。
だからこそ姉妹の顔が楽しみで仕方ないという風に変わっていく。
シンボリルドルフ、オグリキャップ、タマモクロスといったレジェンドクラスから、トウカイテイオー、メジロマックイーン、ライスシャワー、ミホノブルボンといった実力クラスに、サイレンススズカ、エルコンドルパサー、スペシャルウィークのような新進気鋭の者達まで揃っているのだから。
「想像以上だな。これは滾らずにはいられない」
「ああ。今からレースが楽しみだ」
「参加する人が正式に決まったらまた声をかけます」
「分かった。楽しみにしている。では私達はトレーニングへ戻るのでこれで」
「うん、分かった。トレーニング頑張って~」
「ああ。じゃあな」
揃って走り出す二人を見送り、ウララとライスは再びゴールドシップを探して歩き出した。
だが気まぐれな彼女らしくどこにもその姿は見えなかったために、二人は仕方なく校舎へと向かう事になる。
昼休みに昼食を食べてまた探そうと約束し、ウララとライスはそれぞれの教室へ向かうために別れた。
さてライスと別れたウララだが、教室にいつものように明るく元気に入ったところまでは普段と同じ日常と言えた。違っていたのは……
「ウララちゃん、テイオーさんやマックイーンさんとレースするってホントっ!?」
「ねぇねぇ、そのレースっていつやるのっ!?」
「観に行ってもいい?」
「誰が出るのか教えてっ!」
「わわっ、ど、どうしたのみんな」
一歩足を踏み入れた途端クラスメイト達に詰め寄られた事だろう。
興奮している者から興味津々な者まで、声に出す者も出さない者も様々な者達がウララの話を聞かせて欲しいという気持ちだけは一致させていたのだ。
だがこの詰め寄ったクラスメイト達の中にウララへ自分も出してと言う者は一人としていなかった。
ライスの言っていた“自分から言える勇気や覚悟”がなかったのだ。
ウララはその事を思い出す事はなかったが、誰も自分も一緒に走りたいと言い出さなかった事に首を傾げてはいた。
(何で誰も一緒に走らせてって言わないんだろう?)
もし自分が逆の立場なら必ず参加させて欲しいと思いを伝えている。それがハルウララというウマ娘だ。
それでもその疑問は時間が経つにつれて忘れていき、昼食を食べる時にはすっかり頭のどこにも残っていなかった。
「ウララちゃん、ゴールドシップさんだけど」
「うん」
「何でもトレーナーさんと一緒にどこかお出かけしてるんだって」
「そうなんだ。どこに行ってるんだろう?」
「それがね、何でも宝探しに行ってるとかで学園にはいないみたい」
「宝探し? うわぁ、楽しそうだね!」
二人でにんじんハンバーグ定食を食べながらゴールドシップについて話す。残念ながら行き先不明となっている相手までは探す事は出来ないため、ならばとハヤヒデとブライアンの選んだ相手へ声をかける事にし、二人は食事の味に笑みを零すのだった。
食事を終えた二人が向かった先はトレーニングコース、ではなくそのまま食堂の一角だった。
「マヤちゃん、ちょっといい?」
「ん? ウララちゃん? あっ分かった。マヤを噂のレースへ誘ってくれるんだ」
食堂の一角で笑顔を浮かべながらはちみつ入りのドリンクを飲んでいたマヤノトップガンは、ウララとライスを見て即座にその目的を当ててみせた。
彼女の持つ直感力の成せる業にウララとライスは揃って目を見開いて驚きを見せる。それを見てマヤは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「ど、どうして分かったの?」
「いぇーい☆ すごい? 分かった理由はね、アタシがマヤだからだよ、あはっ」
「すごいすごーい。じゃあじゃあ、レースに参加してくれる?」
「うん、いいよ。そういえば誰がマヤを誘って欲しいって言ったの?」
「ブライアンさんだよ」
「えっ? そっかぁ。マヤとまた走りたいって口にしてくれたんだ。えへへ、嬉しいかも。あっ、この事ネイチャちゃんにも伝えなくちゃ。ウララちゃん、ライスちゃん、バイバーイ!」
「あっ……行っちゃった」
「速いね~。まるで風みたい」
慌ただしく食堂を出て行ったマヤの背中を呆然と見送るライスとウララ。
マヤの誘って欲しい相手を聞きそびれてしまったので、仕方なく次はウイニングチケットかナリタタイシンを探す事に。
だが食堂を出ようとしたところで二人へ声をかける者がいた。
「ごめんね。すぐ終わるからちょっとだけいい?」
その相手、グラスワンダーは一度だけ深呼吸をして息を整えるとウララとライスへこう尋ねた。
「エルやスペちゃんから聞いたんだけど、ウララちゃん達がやろうとしてるレースに私も出してもらう事って出来る?」
「うん、いいよ」
そしてそういう申し出に対してウララの返答は決まっていた。思いの外あっさりだったからか、若干グラスは拍子抜けしたかのように目を何度か瞬きさせたが、そんな彼女へライスは同意するように小さく苦笑する。
「グラスワンダーさん、心配しなくてもウララちゃんは参加させてって言われたら誰にでもいいよって言いますから」
「そ、そうなんだ。でも、うん。ウララちゃんらしいね」
「えへへ」
「本当にありがとう。じゃあ私お昼食べないといけないからもう行くねっ!」
二人が言葉を発する前にグラスは食堂の中へと消えていく。さすがに二人も限りある昼休みで食事もまだの相手を呼び止める事はしなかった。
「グラスちゃんにも後で聞かないといけないね」
「……そう、だね」
何か歯切れの悪い返事をするライスだが、ウララはそれに小首を傾げるだけでそれがどうしてかを確かめる事はしなかった。
そうして食堂を後にし出会う生徒達に聞き込んだ結果、ウイニングチケットもナリタタイシンも揃ってトレーニングコースへ向かうところを見たという情報が集まり、二人は早速トレーニングコースへ向かった。
ターフかダートか分からなかったが、おそらくターフと当たりを付けてそちらへ向かうと……
「あっ、いた! チケットさ~んっ! タイシンさ~んっ!」
「ん?」
「ハルウララ……それとライスシャワー」
準備運動をしていた二人を見つけ、ウララとライスはそこへ駆け寄った。
もうその二人が来ただけで何の用件かを察したのか、チケットもタイシンもどこか笑みを浮かべている。
「あの、ビワハヤヒデさんが二人と一緒に走りたいって」
「うん、どうかな? わたし達と一緒に走ってくれない?」
「やっぱりその話か。もちろんいいよっ!」
「ああ、こっちとしても拒否する理由がない」
「ありがとう! じゃあ」
いつものように二人にも参加して欲しい相手を聞こうとウララが口を開いた時だった。
「ウララちゃん待って」
「え?」
何故かライスがそれを遮ったのだ。不思議そうな表情のウララを無視し、ライスは目の前の二人へ話しかけた。
「二人も会長さんやテイオーさんと走れるの楽しみですか?」
「ええっ!? か、会長も出るの?」
「マジかよ……。いや、嬉しいけどさ」
「う、うん。そっかぁ。BNWどころじゃないな、それ。楽しみだよ」
「ああ、本気で楽しみだ」
「良かった……。じゃあ、参加者がちゃんと決まったらまた教えます」
「うん、お願い」
「頼む」
「ウララちゃん、行こう」
「う、うん」
どこか疑問符を浮かべたままライスに手を引かれるようにウララはその場を後にする。
しばらく歩き、誰もいないのを確認してライスは足を止めた。
「ウララちゃん、もう私達から声をかけるの止めよう」
「え? 何で?」
「人数も増えてきたし、マヤちゃんとグラスワンダーさんは指名しないで行っちゃった。じゃあチケットさんやタイシンさんへ聞くのはダメだと思う」
「でもマヤちゃんやグラスちゃんには後で聞けば」
いい。そう続けようとしたウララへライスは首を横に振った。
「もうみんなレースの事を知ってる。なのに声をかけてきたのはタマモクロスさんとビワハヤヒデさんにブライアンさん、それとグラスワンダーさんだけ。逆を言えば、もう参加したい人は声をかけてきてるんだよ? なら、後は待つだけでいいと思う」
既に参加者も十人を超え、何と十七人となっていた。レースを行うには十分な人数である。
ライスはそれを考え、ここからは自発的に動ける者だけ参加させるべきと考えたのだ。
その考えにウララは迷った。たしかに教室でクラスメイト達に詰め寄られたが、その中の誰も参加させてと言わなかった。もし言っていればウララは迷う事無くその参加を認めただろう。
だからこそ、ウララはライスの発案の意味を感覚的に理解した。そしてそれが現時点では一番最適だという事も、何となく分かった。
だが……
「ねぇライスちゃん……」
「ウララ、ちゃん?」
それでもハルウララは……
「あのね、ライスちゃんが言ってる事、ウララも分かるつもりだよ。でも、でもね、やっぱりこのレースはわたしが走りたいって思った事から始まってるんだ。だから、わたしが声をかけるべきじゃないかなって、そう思うんだ」
どこまでも、このレースの根底にある事を忘れなかったのだ。
「タマちゃんやビワさんみたいに声をかけてくれるのはうれしいよ。でも、それを待つのは違うと思う。わたしがライスちゃんと走りたいって思ったように、マックイーンさんやブルボンさんへ声をかけたように、大事なのはわたしが動く事だと思うんだ」
「ウララちゃん……」
「だって、そうやって動く事がスゴイってライスちゃんがほめてくれたんだもん」
「っ」
嬉しそうに笑うウララにライスは心を掴まれた感覚に陥った。
今ウララが自分の意見をやんわりと拒否する理由は、他ならぬ自分の言った言葉だからと分かったからだ。
「でも、たしかに人数が増えてきたし、次で声をかけるの最後にするよ。だから、一緒に誰がいいか考えてくれないかな?」
「っ……うん。うんっ!」
強く繋がれた手を見てライスは瞳を潤ませながら力強く頷いた。
嫌だって言われたらどうしよう。断られたらどうしよう。そう考えてしまうライスへ、ウララは絶対に突き放す事はしないよと行動で示してくれたと考えて。
「えへへっ、じゃあまた放課後に相談だね」
その問いかけに返ってくる声はなかった。ただライスは嬉しそうに、けれど大粒の涙をポロポロと流しながら頷くのだった……。
放課後となり、多くのウマ娘達がそれぞれ動き出す中、ウララとライスは生徒会室に来ていた。
レースの事を聞いているからか、エアグルーヴの表情が何とも言えないものとなっている。
けれどそこで声をかけないのは彼女なりの気遣いだった。何せ今ウララ達がルドルフに伝えている内容は……
「残り一人で声かけを止めるから後は待っていて欲しい、か」
「うん。だからそれをみんなに伝えて欲しいなって。参加させてって言われるとウララダメって言えないから」
最後の一人を入れれば十八人。だからそれで声かけを止めるべきだという考えはルドルフにも理解出来た。
「分かった。なら早速通達しよう」
「ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
「いや、それにしてももう最後の一人、か。誰が来ても楽しみな顔ぶれだ。それで、もう最後は決めているのか?」
ピクンっとエアグルーヴの耳が動く。生徒会の業務をこなしながらその気持ちは今一点へ集中していた。
「それがまだ決まってないの。会長さんはもう誰かいない?」
「私か?」
「その、ウララちゃんとここへ来る前に話し合ったんですけど、やっぱり私もウララちゃんも特にこの人って相手が浮かばなくって」
「わたしはみんなってなっちゃって、ライスちゃんはもうそういう人がいないって」
「そうか。ふむ、なら……」
ピクピクとエアグルーヴの耳が動き、尻尾が忙しくなく左右に動く。
「私ではなくギャラリーとなる生徒達から意見を聞いてみたらどうだ? このレースの最後の一人は誰がいいか。ファン投票ならぬ生徒投票だ。用紙に見たい選手の名前を書いてもらい、この部屋で開封して確かめてから君達で声をかけに行けばいい」
「うわぁ、それはいいかも。みんなが観たい人って事だもんね」
「うん、最後の一人を決めるなら一番いいやり方かも。会長さん、ありがとうございます」
「礼には及ばないよ。ならばそれも先程の通達に合わせて学園中へ連絡しよう」
「「ありがとう(ございます)っ!」」
そこでエアグルーヴの意識は三人の会話から離れて業務へ完全に向けられる事となった。
それから少しだけ何事かを話して笑顔で生徒会室を後にするウララとライスを見送り、がっかりするようにエアグルーヴの耳と尻尾が垂れ下がる。自分が選ばれる最後の可能性が消えたためだ。
と、そんな彼女の背後にルドルフが静かに近寄った。
「エアグルーヴ、聞いていたか? 先程の事を今すぐ学園中へ放送してくれ」
「はい、分かりました。あの、会長?」
「どうした?」
「いえ、今回の模擬レースですが、どう表現しましょう? ハルウララ主催レースと、そう言うのは回りくどい気もしますし、何よりやや堅苦しいかと」
「そうだな……」
若干の間が空いて、ルドルフが思いついた表現は……
「ハルウララ杯、というのはどうだ?」
「……まぁ伝わり易いとは思います」
「ならそれで頼む。ああ、そうだ」
「まだ何か?」
放送室へ向かおうとするエアグルーヴへ、シンボリルドルフは楽しげに笑みを浮かべてこう告げた。
「彼女達が言うには、このハルウララ杯は一度で止めるつもりはないそうだ。だから今回ダメでも次がある」
「な、何を言っておられるのか分かりません」
「ふふっ、そうか。それならいい。私は次回も声をかけてもらえるようにしなくてはと、そう思ったのだ」
楽しげにそう笑みを浮かべてルドルフは席へと戻る。その背中を見つめ、エアグルーヴは生徒会室を後にした。
「……次回、か。そうだな。こんな催し、一度で終わるには惜しい」
小さく笑みを浮かべてエアグルーヴは歩く。そしてどこかでこうも思っていた。
このレースはハルウララだからこそ可能なのかもしれない、と……。
最後の一人は果たして誰になるのか。それを想像してお待ちください。