ハルウララ杯が出来るまで   作:MRZ

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最後の一人は色々悩みましたがこうなりました。
予定では次回で終わりです。


こうして参加者は決まる

 その日、朝から学園中はある事の話題で持ち切りだった。

 

「ねぇ、誰に投票した?」

「まだ迷ってるんだよね。だってさ、アレ見た?」

「見た見た。アレでしょ? 食堂前の掲示板や昇降口の掲示板に張ってある奴」

「ヤバいよね。アタシさ、アレ見ただけでマジヤバっ! って耳から尻尾までゾワゾワってなっちゃってさ」

「分かるわ~。あの参加者一覧だけでもうアガるって感じ」

 

 ハルウララ杯と銘打たれた大模擬レース。その参加者の一覧が製作され、学園の生徒が必ず目にする場所へ張り出されていたのだ。

 しかもそこには投票用紙が置かれており、そこに載っていない者で見てみたい選手を一名記入し、生徒会室前、食堂前、昇降口付近の計三ヶ所に置かれた投票箱のいずれかへ投票するようにとの張り紙もあった。

 

 そのため、朝から学園中が誰に投票するかでざわざわしていた。

 

 当然主催者であるウララの周囲もその影響で騒がしくなっていると、そう思われていたのだが……

 

「う~んう~ん……」

 

 幸か不幸か今のウララは周囲が声をかける事を躊躇する程悩んでいた。

 彼女の机の上には一枚の用紙が置かれている。それはルドルフが渡してくれた“コース使用届”であった。

 参加者も残り一人となり、ウララはいよいよ本格的なレースの仕様を決める段階へ入っていたのだ。

 

「ターフかダート、どっちにするかはみんなで決めるからいいけど、距離を決めないとダメなんだよね。あとあと、いつするかも決めないといけないなぁ」

 

 心の声が全て言葉になって出ているウララ。そんな彼女を遠巻きに眺めてクラスメイト達はひそひそと話し合っていた。

 

「距離だって」

「やっぱり中距離が無難じゃない?」

「マックイーンさんやライスが出るなら長距離でしょ」

「だからこそみんな不得意な短距離?」

「間をとってマイルは?」

「距離はどれでもいいでしょ。問題は芝かダートか、よ」

 

 あくまでひそひそと話しているので頭を抱えて悩むウララの耳には幸か不幸か届いていないが、これだけでも何故彼女が悩むか分かろうものだ。

 

 ウマ娘には適性距離というものがあり、それが異なるだけで得手不得手が出てしまう。

 ウララとしてはみんなに楽しく走ってもらいたいと考えているため、この距離が一番悩ましい問題であった。

 

 それでもハルウララ杯開催に向け、ウララは懸命に頭を動かしていた。

 ただそちらにばかり気を取られ、授業が疎かになっていたのを注意される事も多くなってしまったが、それもウララらしいと周囲は苦笑するのだった。

 

 そんな事があっての昼休み。ウララは用紙を手にフラフラと食堂へと向かった。

 ライスは既に他者に誘われて昼食へと出ていたので、ウララは久々に一人で昼休みを過ごす事になりそうだと思いながら歩いていた。

 そうやって歩いているとあちこちから誰に投票するかという話が聞こえてくるが、それに構う事なくウララは食堂へ入ろうとして、その手前にある掲示板前の人だかりに気付いて足を止めた。

 

「……すごいなぁ」

 

 そこに張り出されているハルウララ杯参加者一覧は、改めて見ても豪華な顔ぶれだった。

 スペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、サイレンススズカ、マヤノトップガン、ライスシャワーといった今売出し中の者達から、ナリタブライアン、ウイニングチケット、ナリタタイシン、ビワハヤヒデ、ミホノブルボン、メジロマックイーン、トウカイテイオーという実力者達に、オグリキャップ、タマモクロス、シンボリルドルフの伝説クラスとなりつつある者達の名前が書かれているのだ。

 

「ウララも頑張らないとね」

 

 勿論そこにはハルウララの名前も書かれていた。実力では遠く及ばないとウララも分かっているが、それでも彼女は本来なら走れない名前の中に自分の名前がある事に笑顔を見せた。

 

 食堂へ入るとウララは本日のオススメと書かれた“にんじんサラダサンド”と“ローストチキンのキャロットソースサンド”をトレイに載せた。

 普段ならば定食のような選択をするが、今日は何となくサンドイッチの気分になったウララは飲み物にミルクを選びフラフラと席を探して動き出す。

 

「混んでるなぁ」

 

 いつもならばどこかしら空いている食堂も、ハルウララ杯の影響で大勢の生徒達が投票用紙を前にああでもないこうでもないと意見を交わしていた。

 

「おっ、ウララやないか」

「え? あ~、タマちゃんだ」

 

 ウララが声のした方へ顔を向けると、タマモが彼女へ向かって手を挙げていた。そのテーブルには他にもスーパークリーク、イナリワン、オグリキャップがいる。

 

「はじめましてウララちゃん。スーパークリークよ。クリークでいいわ」

「はじめましてクリークさん。ハルウララだよ。よろしくね」

「可愛い子だねぃ。あたしはイナリワン。イナリでいいよ」

「うん、分かった。よろしくイナリちゃん」

「んなっ?! く、クリークはさん付けであたしはちゃん付け?」

「ま、当然やろ。ウチもタマちゃんやしな」

「ぐぬぬ、な、納得いくようでいかない……」

「ウララちゃん、よかったら一緒にどぉ?」

「いいの? わーい! ありがとう!」

 

 一つだけ空いていた場所へ近付き、ウララが嬉しそうにトレイを置くとコース使用届が四人の視界に映った。

 

「ん? 何やそれ?」

「えっと……コース使用届って書いてあるわね」

「あー、あれじゃない? ハルウララ杯のためのやつでしょ、それ」

「そうなのか?」

「うん。でも、色々と決めないといけない事が多くて……」

 

 そこでウララは四人へ頭を悩ませている事を吐露した。レースに関して色々と決めねばならないが、特に頭を悩ませているのが距離の設定だと。

 

「ウララは特にそうってワケじゃないけど、みんなは一着になる事を一番強く目指してるでしょ? だから……」

「ナルホドなぁ。得意不得意のある距離は一番頭が痛いっちゅー事か」

「あー、それもそうだねぃ。あの面子は確実にあの中で一着を取りたいって思う連中ばかりだ」

「そうなのか?」

「「「「え?」」」」

 

 オグリの疑問にウララ達が揃って疑問符を浮かべた。

 

「いや、私はただ普段走れない相手と走れるだけで十分だ。たしかにその中で一着を取れたら嬉しいが、何が何でも一着をまでは思わない」

「そ、そうなの?」

「ああ。ハルウララ杯は勝つためにやるものじゃないとウララは言った。普段走れない相手と走る。それが目的だ。そうだろ?」

 

 オグリの問いかけにウララは目を見開いて口も開いた。気付いたのだ。オグリは“普段走れない相手と一緒に走る事が大事”という自分の最初の目的を思い出させてくれた事に。

 

「うんっ!」

「なら距離は悩む必要はない。中距離でいいだろう。長すぎず短すぎずだ」

「せやな。ウチも勝ちたい気持ちはある。でも、大事なんはそこやなくて、普段走れん相手とレース出来る事や」

 

 出場選手であるオグリとタマモは小さく頷き合う。走る以上は一着を目指すが、それよりも大事なのは楽しむ事だと確認し合ったのだ。

 

「いいわね~。私も出たかったな~」

「ホント、何とか投票で選出されないかなぁ」

 

 そんな二人を羨ましそうに見つめるクリークとイナリ。もし生徒会からの通達がなければ真っ先にウララへ参加希望を伝えていたと、その雰囲気は告げていた。

 

「ごめんね。ホントは走りたいみんなでレースしたいんだけど……」

「気にしないでいいのよ~。私もタマちゃんみたいに動けば良かったんだし」

「そうそう。行動するのがちょ~っとばかし遅かったって事だしねぃ」

 

 若干気落ちしたように二人が見えたウララは、まだルドルフにしか言っていない事を教える事にした。

 

「だいじょ~ぶ。このレースは一回で終わりにしないから」

「「「「え?」」」」

「こ~んな楽しいレース、一回だけじゃもったいないもん。ウララ、頑張って次も、その次もこういうレース出来るようにするから。クリークさんもイナリちゃんもガッカリしないで」

「ウララちゃん……。ええ、分かったわ。次は私も最初から参加出来るように声をかけるわね」

「よし、決めた。次回はあたしも最初っから参加するよ。だからウララ、頑張って成功させな。このハルウララ杯」

「うんっ! ウララもクリークさんやイナリちゃんとも走ってみたいからね! ゼッタイ、ぜぇ~ったいに次もやってみせるから待ってて!」

 

 持ち前の明るさが完全復活したウララの言葉にクリークもイナリも笑顔で頷く。

 こうしてお腹も心もいっぱいとなったウララは、元気よく食堂を後にして教室へと戻る。

 

 一方その頃のライスはと言えば……

 

「ではコースは参加者が全員決まったところで話し合うのですか?」

「そうするつもりです。距離はウララちゃんが決めてくれますけど、コースだけはみんなで話し合いたいって」

「ターフかダートか。ほとんどの参加者がターフを得意としますけど、だからこそダートと言うのもアリですものね」

 

 トレーニングコースの片隅でブルボンやマックイーンと昼食を食べながら話し合っていた。

 その話題もやはりハルウララ杯についてだったのは言うまでもない。二人も参加者一覧が張り出された事でその顔ぶれに驚きと喜びを覚え、すぐにライスへ接触を図った程だったのだから。

 

「いいのですか? ダートではマックイーンさんも本来の力が出せないのでは?」

「ふふっ、構いませんわ。このレースの目的は、普段走れないような相手と走る事。勿論勝ちたいとは思いますけど、大事なのはウララのように楽しむ事ですもの」

「マックイーンさん……」

「そうでしょう?」

 

 ライスへ微笑みながら問いかけるマックイーン。それはウララの気持ちや考えに賛同するからこその問いかけだと気付き、ライスは嬉しそうに頷いた。

 

 と、そんな時だった。

 

「ちょ~っといいかな?」

 

 聞こえた声に三人が振り向くと、そこにはナイスネイチャが立っていた。

 

「ネイチャさん……」

「何か御用ですの?」

「あー、うん。マヤノがさ、昨日嬉しそうに話してくれたのよ。えっと、ハルウララ杯、だっけ。それに誘ってもらえたって」

「あ、はい。ネイチャさんに教えるって言って走って行きましたから」

「なのにさ、アタシも出してもらおっかなぁって思ったところで声掛けしないでって放送が入ってきて……」

 

 そこでライスは察した。ネイチャは声をかける勇気を持ったのが少し遅かったのだと。

 

「ネイチャさん、その、今回は無理ですけど……」

「あー、やっぱりそうだよね。いいのいいの。分かってはいた事だし」

「で、でも、次がありますから!」

 

 このままネイチャをがっかりさせてはならない。そう思ったライスはその場で立ち上がって大きな声を出した。その脳裏にはウララの事が浮かんでいたのだ。

 

(きっと、きっとウララちゃんならこう言ってる。私が次があるってすればいいって言った事で会長さんにまたやりたいってハッキリ言えたんだから)

 

 声をかけられない事やレースに出られない事で、誰かが悲しんだり寂しくなったりしないようにしたい。

 そうウララが考えている事を誰よりも知るライスだからこその行動だった。

 

「次?」

「はい。ウララちゃんはこのレースを一度で終わらせたくないって会長さんに言いました。そうしたら会長さんも同意してくれて」

「次回がありますの?」

「はい。ウララちゃんは次回だけじゃなくて出来る限り何度もやりたいって」

「それは……何とも夢のある話ですわ」

 

 言いながらマックイーンはブルボンへ視線を向けた。彼女もマックイーンと同じ感想を抱いていたようで視線に気付くと小さく頷いてみせる。

 

「このハルウララ杯が今後も継続して開催されるのなら、そこに出られる事は喜びであり楽しみにもなります」

「ええ。それに出られないとしても、観るだけでも心躍るレースが展開されると思えば不満はありませんもの」

「で、頑張れば自分もそこに出られるって? いや違うか。指折りの実力ウマ娘相手だろうと、一緒に走りたいってちゃんと卑屈にならず言えればいいのか……」

 

 自分の手をジッと見つめてネイチャは息を吐いた。何故参加したいという声掛けを禁止されたのかを正しく理解したのである。

 

「はい。ウララちゃんは一緒に走りたいって言ってくれたら誰とでも走ります。そして、同じぐらいみんなと走りたいって思うんです。だから、次はネイチャさんからウララちゃんへ声をかけてあげてください。ううん、走りたいって思う人へ自分から声をかけてみてください」

「……参ったなぁ。ハルウララって戦績が振るわないけどレース回数だけは凄いウマ娘って、そう思ってた自分が嫌になるわ。考え方や振る舞いが素直で純粋なのか。うん、参った参った。レースへの情熱と走る事への気持ちだけは誰にも負けないとはね。ホント、参ったなぁ……」

 

 右頬を人差し指で掻きつつ、ネイチャはそう言って小さく笑みを零す。

 忘れていた何かを思い出したかのような、そんな表情で。

 

「うん、分かった。アタシも次は自分から参加させてって言おっかな。今回の事でハルウララってウマ娘に強い興味出てきたしね」

「はい! ウララちゃん、すっごく喜びます!」

「そっか。じゃ、とりあえず今回は観客として楽しませてもらうとするよ。じゃこれで失礼するね~」

 

 ヒラヒラと後ろ手を振ってネイチャはその場から立ち去って行く。

 その背中を見送り、ライスは静かにその場へ座った。

 

「……良かったぁ」

 

 安堵するように胸を押さえ、ライスは心の底からそう呟いた。何もネイチャを納得させられたからではない。ウララの気持ちや考えを伝える事が出来た事にライスは安堵していたのだ。

 

 そんな彼女を見てマックイーンとブルボンは微笑んだ。二人も正しくライスの呟きの意味を察したのである。

 

「ライス、貴方からハルウララへ伝えてください。私達がハルウララ杯を楽しみにしていると」

「ええ、テイオー達だけでなく貴方とも走れるのを心待ちにしていますと」

「はい! 必ず伝えます!」

「それと、貴方には菊花賞での借りを返しますので」

「私も春の天皇賞での借りを返させていただきますわ」

「そうはいきません。今のライスはヒーローだから負けません」

 

 真剣な表情で睨み合う三人だが、それもすぐに微笑みへと変わる。これまでの事は因縁などではなく絆なのだと、そう言い合うように……。

 

 

 

 放課後となり、ウララとライスは昨日と同じく生徒会室を訪れていた。投票の結果を知るためである。

 だがこの日の生徒会室は珍しい状況となっていた。ルドルフが開票の手伝いを呼んでいたために人数が多かったのだ。

 

「さすがに私やエアグルーヴは生徒会の仕事もあるからな。終わり次第手伝うつもりではあるが、それまでは申し訳ないが開票は君達で行ってくれ」

「うん、分かった。頑張ろうねライスちゃん、テイオーちゃん、バクシンちゃん」

「うん」

「オッケー」

「お任せくださいっ!」

 

 ちなみに何故サクラバクシンオーが呼ばれたかと言えば、その性格故に不正行為などしないと確信されたためである。

 それとテイオー以外の参加者は、さすがにトレーニングを休みにしてまで開票作業をさせる訳にはいかないというルドルフの判断があったために不参加となっていた。

 つまりテイオーは自主的にここにいたのだ。これも常日頃から生徒会室へ顔を出しているからこその出来事と言える。

 

 三ヶ所から運ばれた投票箱はどれも沢山の投票用紙が入っているため、一つずつ開票作業を行う事となった。

 

「「「「お~……」」」」

 

 一つだけでもかなりの量の投票がされている事を目の当たりにし、四人の口から感嘆の声が漏れる。だがバクシンオーがすぐに開票作業へと取りかかった。

 

「皆さん、時間がありません。バクシン的に作業を進めましょう!」

「「おーっ!」」

「お、おーっ」

 

 こうして開始された開票作業。書かれている名前はやはりと思う者ばかりであり、全てが活躍しているあるいは活躍した事のあるウマ娘達だった。

 

「結構大変だね~」

「うん。でも何だか楽しい」

「だよねだよね。見てて分かる分かるって思う名前ばかりだし」

「ですが早く終わらせないと消灯時間となってしまうかもしれません! 委員長としてそれは見過ごせませんっ!」

「あっ、バクシンちゃんの名前もあるよ」

「なんとっ! これは私がバクシン的に参加する流れが!?」

「「来てないよ(です)」」

「ガーンッ!」

 

 呆れるように告げるテイオーと冷静に告げるライスの言葉にバクシンオーがガックリと項垂れる。

 そんな賑やかな開票作業をチラリと見やり、エアグルーヴは小さくため息を吐いた。

 

(まったく……相変わらず騒々しい奴だ)

 

 ある意味でバクシンオーとは顔なじみとなりつつあるエアグルーヴ。猪突猛進な気質があるバクシンオーは、真面目なのだが色々と問題を起こす存在として認知していたのだ。

 

 けれどそんなエアグルーヴも、やがて聞こえてくる四人の声に笑みを浮かべる事となった。

 普段は静かな生徒会室がこの日は賑やかで明るい雰囲気に包まれていたからだと、後に彼女は気付く事となる。

 

 そうして二時間は経過した辺りで一つ目の投票箱の開票作業は終了した。

 

「この時点でも結構候補者が絞れるね」

 

 テイオーはそう言って綺麗に振り分けられた投票用紙を見つめた。

 

「そうですね。私への票が数える程なのが納得出来ませんが」

「副会長さんは結構あるけど……」

 

 そのライスの言葉にエアグルーヴの耳がピクンと動くと、それを視界に収めていたのかルドルフが小さく笑みを零す。

 

「今の時点で多いのはターボちゃんにゴールドシップさん、マルゼンスキーさんだね」

「だね。じゃあ二つ目、開けようか」

「待ってください! その前に今開票した分をちゃんと記録しておきます!」

「あっ、じゃあ私が言っていくので書いてもらっていいですか?」

「お任せを!」

 

 ホワイトボードへいくつかの名前と正の字が書かれていく。そしてそれが終わると二つ目の投票箱が開けられ、再び開票作業が始まる。

 単純作業故に中々根気が必要な作業だが、バクシンオーは持ち前の生真面目さで、テイオーはルドルフが見ているという気持ちで、ライスは無心で、ウララは誰の名前が出てくるんだろうというワクワクで、それぞれ作業を進め続けた。

 

「私も手を貸そう」

「いいのカイチョー?」

「ああ。テイオー、そちらの分を少しこちらへ回してくれ」

「うんっ!」

 

 やがてルドルフが参加し……

 

「まったく、見ていられん。少し渡せ」

「おおっ、手伝ってくれるのですか!」

「仕方なくだ。お前がこの中で一番そそっかしいからな」

 

 エアグルーヴも参加する頃には二つ目の開票作業も終わりが近付き、投票箱も最後の一つを残すだけとなっていた。

 

「よし、ここで一旦食事にしよう。この分だと最後の作業を終えた頃には食堂が閉まってしまう」

 

 二つ目の開票作業が終わり、記入まで済んだ辺りでルドルフが一旦休憩を告げる。

 既に夕方を過ぎており、このままでは開票作業が終わる頃には夕食の時間を過ぎると読んだからだった。

 だが全員で食堂へ移動し食事をすると開票作業が遅れてしまう。そう考えたエアグルーヴはルドルフへある提案をした。

 

「会長、でしたらここは二人程食堂へ向かわせて、おにぎりかサンドイッチ、それと飲み物を取ってきてもらうのはどうでしょう?」

「……そうだな。その間残りの者で作業を続ければ多少時間を縮められるか」

「はいはーいっ! ならウララが行くよ~っ!」

「ならば私も行きましょうっ! バクシン的に夕食を調達してきますっ!」

「そうか。なら頼むぞ、ウララ、バクシンオー」

「「はーい(はい)っ!」」

 

 揃って生徒会室を出て食堂目指して動き出す二人だったが、そこでバクシンオーが全力で走り出してしまうのがらしさであろうか。

 

「バクシンバクシーンっ!」

「バクシンちゃん待って~っ!」

「は~っはっはっは! ウララさんダメですよ! もっとバクシンしてくださいっ!」

「よ~っしっ! ウララがんばるよっ! よ~い、ドンっ!」

「おおっ! その調子ですっ! では一緒にいきますよ? せ~のっ!」

「「バクシンバクシーンっ!!」」

 

 ここで救いだったのは時刻が遅い事もあって校舎内に他の生徒がいなかった事だろう。

 おかげで二人は大きな事故などを起こす事もなく食堂へ到着し、事情を説明しておにぎりやサンドイッチなどを用意してもらう事になった。

 

 それが出来るまでそこで待つ事となり、バクシンオーはここぞとばかりにウララへ質問をぶつけ始める。

 

「何故私へ声をかけてくれなかったのですか?」

「えっと、最初にライスちゃんへ声をかけて、次は……」

 

 怒りではなく心からの疑問を口にするバクシンオーへウララも素直に答え続ける。

 やがてその話題は今行っている開票作業に関するものへと変わった。

 

「バクシンちゃんは誰になると思う?」

「そうですね……少なくても短距離が得意な私は望み薄でしょう」

 

 ガックリと肩を落とすバクシンオーだが、それでもすぐに顔を上げると握り拳を作って意気込んでみせるように口を開く。

 

「ですがっ! それでも最後まで諦めませんっ!」

「お~っ、バクシンちゃんカッコイイ」

「そうでしょうそうでしょう! もっと褒めてくれて構いませんよ!」

「バクシンちゃんすごーい! はやーい! 元気だね~!」

「は~っはっはっは! 当然です! 私は委員長なのですからっ!」

 

 二人がそうやって賑やかに、いや騒がしく過ごしている頃、生徒会室では黙々と作業が行われていた。

 賑やかなムードメーカーでもあるバクシンオーとウララがいなくなった事で自然とそうなったのだが、それを苦と思う者が誰もいなかったのは幸いだったかもしれない。

 何せライスもテイオーも集中力が並外れて高いため、一度作業へ没頭すれば口を開く事もなくなり、ルドルフやエアグルーヴは言うまでもなかった。

 

 結果として、ウララとバクシンオーがいる時よりも開票作業が進むという状況になっていた。

 賑やかな二人がいない事で作業効率が上昇したのである。

 

 と、そんな中ライスの手が一枚の投票用紙を開いた瞬間止まった。

 その事に真っ先に気付いたのはテイオーだった。視界の隅でまったく動かなくなったライスが映り続けていたからである。

 

「ライスどうしたの?」

「……これを見てください」

 

 問いかけたテイオーへライスが見せた用紙には“☆★☆パーマー☆★☆”と可愛らしい字で書かれていた。

 更に用紙の周囲を蛍光ペンで塗って目立つようにしている。まるで投稿ハガキのようなやり方だ。目立つようにすれば参加者になれるかもしれないという投票者の考えが透けてみえるそれに、テイオーは若干呆れつつもどこか好ましいような表情を浮かべた。

 

「これってメジロパーマーって事かな?」

「どれ、見せてみろ」

 

 テイオーの手にしている用紙を覗き込み、エアグルーヴは眉をひそめてため息を吐いた。

 

「……だろうな。それもかなり親しいんだろう。メジロパーマーではなくパーマーとしている辺り、な」

「だよね~。でもさ、こういう風に応援したいって気持ちを出せるっていいなぁ」

「ならばこれもそういう事かもしれんな」

「「「え?」」」

 

 揃って疑問符を浮かべる三人へルドルフが見せた用紙には“☆★☆ヘリオス☆★☆”としっかりとした字で書かれていた。

 

「……仲良しなんだなぁ」

「そういえば……ある時からよく二人で大逃げをするようになっていたな」

「ならきっと互いに相手を出してやりたいと思ったのだろう」

「多分そうです。パーマーさんもヘリオスさんもお互いを、えっと、ずっとも? そんな表現してましたし」

「「「あ~……」」」

 

 何かを思い出したかのようにライス以外が声を出す。その息の合い方にライスが小さく噴き出しクスクスと笑うとテイオーも同じように笑い出した。

 

「そんなに面白かっただろうか?」

「……会長が時折言うダジャレよりは」

「なっ……」

 

 そのルドルフの反応にエアグルーヴもクスクスと笑い出した。ルドルフは一人憮然とした顔をしていたが、やがて観念するかのように小さく笑い出す。

 

 静かな校舎内で微かに響く和やかな笑い声。ライスシャワーがもたらした穏やかで幸せな一時であった。

 

 

 

「これで終わったね~」

「うん、終わった」

 

 ウララとライスはホワイトボードへ目をやり、そこにズラリと書かれた名前を見つめる。

 

「こうして見ると、やっぱりみんな見たいって思う人って被ってくるんだね」

「そうだな。意外な名前もない訳ではないが……」

「大抵は納得出来る人選です。まぁ何故お前が割と善戦したのかは謎だが」

「それはきっと私のバクシンを見たいと思う人が多いからでしょう!」

 

 テイオー達も一仕事終えた満足感と達成感に浸りながらホワイトボードを眺めた。

 複数の名前と数多く並ぶ正の字。だがその正の字が群を抜いている名前が二つ程ある。

 

「やっぱりあのオールカマーかなぁ」

「しかないだろう。あれは私も驚きだった」

「私もやられたので納得です」

 

 一人はツインターボ。逃亡者という異名を付けられたからこそ、異次元の逃亡者サイレンススズカとの逃げ対決を見たいと思う者が多かったのだ。

 

「ならば彼女は大番狂わせを期待されているんだろうな」

「でしょう! 後方から一気に抜き去って一着を取った実績もありますし!」

「ワクワクさせてくれるもんね!」

 

 もう一人はゴールドシップ。オグリキャップが選んだ相手だったが担当トレーナーと共に行方不明となっているために誘えなかった相手である。

 

 そのため最後の一人は悩むまでもなく決まった。ウララは翌朝にツインターボへ誘いの声をかける事にし、こうしてハルウララ杯への参加者は決まった。

 

 レースの距離もウララから中距離にしたいと申し出があり、オグリの言った長すぎず短すぎずとの表現から2000mという事まで決定し、残るはコースの選択と開催日のみとなった。

 だが開催日に関しては、このハルウララ杯を知った学園長が協力を申し出てきたためにいつでもいいとなっている事がルドルフからウララ達へ伝えられた。

 

――宣言っ! ハルウララ杯を開催する日は授業を休みにして学園中の者達が観戦できるようにするっ!

 

 つまり残る問題はコースのみ。それを話し合うため、明日の放課後生徒会室へ参加者全員を集める事に決めてこの日は終わる。

 

「楽しみだねウララちゃん」

「うん! もうすぐだね!」

 

 星空の下を手を繋いで歩くウララとライス。その笑顔は月明かりに照らされて輝いていた……。




遂に第一回ハルウララ杯の出場選手が決まりました。
ある意味夢の第11Rです。しかも“誰が勝つのか”ではなく“ただ見たい”という意味合いの、ですが。

……このウララが有馬を勝てるウララならゴルシ以上の大番狂わせとなりそうですね(苦笑

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