「失礼します……。」
検査とやらで巡った沢山の部屋と同じく、白を基調とした清潔感のある部屋。しかし、それらとは異なり、大きな機械などは無く、ベッドと机と、私と同じぐらいの背のヴァルポの女の子が居るだけだ。
半透明のカーテンの向こうでは、複数人が慌ただしく行き来をしているのが見えた。
沢山歩いて、血を抜かれて、沢山待って、沢山歩いて、Wとやり合って……、正直な所、非常に疲労困憊である。まあ、考えねばならないことは多くあるから、休んでいる暇など無いのだが。
「どうぞ。そこに座って。」
促された通りに座る。なるほど、この小さいのも医者なのか。今日だけでそれらしい人は沢山見てきたが、この医者も含めて皆やはり個性的だ。
「キャンドルさんだよね?私はススーロ。これから沢山顔を合わせることになる
「あ、うんよろしくおねがいします?」
肩から首元の辺りに結晶がちらりと見えた。沢山顔を合わせることになるかもしれない、とはどういうことだろうか。まあそう遠くないうちに分かるだろうから、隙があったら訊いてみよう。
「早速検査の結果についてなんだけど……、まず脳震盪の後遺症は特に無さそうだよ。まあ、あと2週間ぐらいは様子を見るべきなんだけどね。今のところは大丈夫だよ。」
脳震盪については検査のときに少しだけ聴いた。強く頭を打つと色々とやばいらしい。性格が変わることもあるとか。
知らないと怖いことが多いのは分かるが、かなり身近なところに危険があるということを後程知らされるというのもとても怖い。まあ、どうしようもない時は受け入れるしか無いが、検査で早めに分かると助かることもあるらしい。
医者って実は滅茶苦茶凄い奴らかもしれない。となると、このススーロと名乗る少女も小さい身で医者になった滅茶苦茶凄い奴なのかもしれない。もう少しきちんと話を聴こう。
「次に、
「余程変なものでも無ければ大丈夫。」
「ありがとう。じゃあ……まず、あなたの角についてきかせて。」
血を乾かして固めたかのような赤黒い角が、左右五本ずつ、目尻の上の辺りから耳の後ろ辺りまでずらりと並んでいる。長さは人指し指程しかなく、重力に逆らうように立っている。
「――角?10本あるよってやつ?確かに珍しいとは思うけど……。鉱石病に関係……?」
「
似たような色・形状こそあれど、それこそ人の顔程度に様々だから、邪魔くさいだとかは何度も思ったことはあるがそこまで気にしたことはなかった、というのが正直なところ。源石結晶もにたようなものだろう。死に関わるかそうでないかの違いだと、思っていた。
「私の知る限りではわからない。けれど、鉱石病とはそれこそ小さい頃からの付き合いだから関係ないとは私の口からは言えない……たぶん。」
「小さい頃……。何年前だったとか覚えていたらもう少し詳しく教えて。わからないのであればわからないでいいけど。」
何年前か……。確かまだパパが家にいて色々とおしえてくれていた頃だった筈。《お前が生まれてから8年間しか面倒を見ることができない。》と耳にタコが出来るほど聞いた。
しかし、それは遥か昔の事で、当時他に何と言われたかなんて全て覚えている訳ではないけれど、背中の結晶に気付いた時は少し悲しそうな表情をしていた気がする。
「15年前に背中に小さめの結晶があったと思う。本当はもっと前かも。」
「15年……。ならこの結果も妥当といえば妥当かな……。」
先程から少し難しい表情をしていたが、15年と聞くと一際顔が険しくなっていった。
「ちょっと、いやかなりショックを受けるかもしれないけれど、心して聴いてほしい。」
これでもかというぐらいに目が合う。綺麗な青い瞳は、私がその《ショック》をきちんと受け止められるのかを確かめているのだろうか。
「キャンドルさんの鉱石病は、現状かなり深刻な状況で……。これ、骨とか源石結晶とか見えるように撮った写真なんだけど。」
見せられた機械端末には、黒っぽい背景に人の骨の写真のようなものが映っている。臍の後ろ辺りから大きく背中に広がって首まで夥しい数の結晶らしきものが並んでいる。
左足のものを除けば、奇麗に左右対称に配置されている。ヒトの骨が見えなければ調度品とかの模様に有ってもおかしくないかもしれない、と思った。そういう奴にはあまり詳しくはないけれど。
これが、私だと気づくまでにそう時間は掛らなかった。
「結晶が多いのもそうだけど、頭の中、脳に結晶が出来ている可能性がとても高い。」
「……脳って、その脳震盪とかで聴いたけど、傷付けると滅茶苦茶にヤバイよって言われてた奴じゃ。」
「その通り。ちょっと今日は機械の予定がつかないけれど、すぐにまた検査する。その結果が出るまでまで確実な事は言えないけれど、正直
思ったより、身近に《死》があった。ああ、本当に簡単に死ねるんだ、と実感した。してしまった。
少し、寒くなった気がした。
「次に、源石融合率、これは鉱石病の進み具合を示す数字なんだけど……、キャンドルさんの場合、16%っていうかなり高い数字を出してる。これはまだ正確な数字じゃないから、もうちょっと高くなるかもしれない。」
正直なところ、死ぬのは怖いが、死ぬこと自体は構わない。だけど、心残りが沢山あるから、出来ることならもう少し歩いていたい。
この医者達を、もう少し信用しよう。Wには単純だって笑われるかもしれないけれど。それはそれでいい。
「……うん。私が死に体ってのは判ったけど、私は
「医者の話は最後まできちんと聴いてほしい。」
頭に手刀が飛んできた。痛かった訳では無いが、突然のことで非常に驚いた。
配慮された暴力が飛んでくるあのアクダリスの緑医者程ではなかったのだが、彼女と似ても似つかないこの医者からも飛んでくるとは思ってもいなかった。
いや、そうでもしないと話を聞かない奴らが多いからなのだろう、私も含めて。
「確かに病状も進度も楽観視出来る程のものじゃない。だけど、まだ
もう一発、手刀を貰った。今度のは避けたりいなしたり出来たが、甘んじて受け入れる。
お前の命が危ないぞと言われて落ち着いて居られる奴なんてそうそう居ないと思うが、人の話は聴かないと自分の首を絞めることになることは知っている。
聴く準備ができたと判断したのか、再び説明を始めた。
「薬の投与で結晶の成長やそれによる痛みとか抑えられるし、放置しておくと危険な結晶や変異した組織なんかは手術で取り除くこともできる。――それで完治するわけではないけれど、なにもしないよりずっといいよ。それに、研究だって進んでる。今は不治の病でもそれはずっとじゃないはず」
淡泊な感想だが、凄い真摯だなと思った。鉱石病に対しても、《感染者》に対しても。私は執着こそあれ、そんな熱は持ち合わせたことがないから、なんというか……、羨ましく思った。
少し自分が疎ましくなって、足音が話し声が聞こえてくる方向に視線を目の前の医者からそらした。
透明なカーテン越しに人影があった。何故だかそれから目を放せなくなった。
「失礼する。件のサルカズ傭兵は此処だな?」