The Trail of Flame   作:ささみささじ

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「失礼する。件のサルカズ傭兵は此処だな?」

 

 思わず、息を飲んだ。透き通るような声。忘れるはずもないのに、意識的に目を背けてたそれと、今再び出会った。その声の持ち主は、白いフェリーンらしき女性。

 何故だかむず痒くなって姿勢を正した。声の主を視界に入れるだけで心臓が五月蝿くなって考える余裕が無くなる。何故だろうか。答えは勿論帰ってこない。

 

「ケルシー先生、どうなさったんですか?」

「《彼女》に契約を持ち掛けに来た。鉱石病の程度次第でその内容は細かく変わるが。……これは本来ならばアーミヤの仕事なのだが、アーミヤはまだ十全とは言えない体調だ。」

 

 だから私が来た、と小さい医者に言いつつ、ケルシー先生と呼ばれた女性はこちらを向いた。僅かに違和感を覚えたが、そんなものに構っている余裕など当然欠片も無い。

 この人が、ケルシー。なにか訊く事があった筈なのに、頭の中が真っ白になってなにも言えない。思考はショートし火災が起こって復旧工事もままならない。――もしかしてもう死んでしまったのでは、と思うぐらいにおかしい。

 

「君が、キャンドルだな?」

「……、そう、です。私がキャンドル。同じ名前の人はこれまで一度も見たことがないから、サルカズ傭兵のキャンドルは恐らく私。」

「《幽霊中隊》、という隊に心当たりは?」

「――私、いや、私と私のアーツ、それと仲間の傭兵達の《小隊》をそう呼んでる人がいるのは知ってる。」

「成程。」

 

 意識を向けられる。目が合う。さらに心臓が跳ね上がる。

 そんなことが言いたかったわけではないのでは?という返答が頭からようやく返ってきた。そういうことに気づくのはもう少し早めにしてほしい。ついでに言えばながらなんと返すべきかもなるべく早めに教えてほしい。

 W……は正直役に立ちそうにないし、イネスさんもなんだお前みたいな顔されるから、《ヘドリー》さん助けて。そういえば此処に居ないよヘドリーさん。私が手引きしたのか。なんてやつだ。

 

「……ロドス・アイランドの医療部のトップのケルシーだ。」

「ええと、《ケルシー先生》……あ、うん。よろしくおねがしいます。」

 

 先程の焼き直しのような挨拶が口から出てくる。いよいよ救いようの無い頭になってきたかと頭の中で嘆息する。

 どうにもならないぐらいに昂ぶっている。初めてヒトを殺したときも、キャンドルという名前を得たときも、――記憶の全てを洗いざらい探っても、こんなことにはならなかったはず。正直遥か彼方の記憶で正確なことは何も覚えていないけれども、これだけはわかる。

 こんなことは初めてだ。ここ数日は初めてのことが多すぎる。

 

「彼女のカルテを見せてくれ。」

「どうぞ。……この病状で戦闘オペレーターとして雇用するのは、少しリスクが高いかと。」

 

 ふと、気になって右手で表情を確かめる。Wみたいにコロコロと表情を変えられたらもう少しよかったのだろうけど、相も変わらず無表情だった。まあ、あいつはあいつで変な顔しかしない気がするけど、全く変化しないよりは多少はマシだろう。私の持っていないものを持っているのはやはり羨ましい。

 

「成程、融合率16%以上、血中密度は処置なしで0.14u/Lと原因不明だが低め。だが脊椎を中心に広く分布する源石結晶、脊髄には確実に、更に脳には十中八九存在することを考慮すると、拡散傾向は現時点では低めではあるが――いつ悪化するか全く不明なので危険視するには十分すぎる。確かに、現状では前線オペレーターとしては不適格かもしれない、と。」

 

 聞き覚えはあるが難しい言葉達がずらりと並ぶが、要は感染者を使うにしても、鉱石病の程度が酷いと《前線オペレーター》、つまり戦う人材として使うのは怖い、ということだろう。

 よし、ようやく頭の調子が戻ってきた。心音は相も変わらず煩いが、許容範囲だ。

 常に我が身は戦場に在り。このままゆっくりと調子を戻していこう。平常心平常心。

 

 ちらりと、《ケルシー先生》と呼ばれる彼女の姿を見る。透明な……白とも緑とも言い難いその綺麗な髪とフェリーンらしき耳、少し目線を下げると鋭めで煌々と燦めく緑の瞳に――

 

「何か?」

「い、いいえ。なにも。」

 

 目があった。見すぎた。正しく凝らして見ていた。やっぱりなにか、主に私の調子がおかしい気がするが、これっぽっちも原因がわからない。きっと今日は疲れすぎているのだ。

 

「これは私見だが、恐らく源石結晶の分布の特異性、それと源石血中密度の低さはアーツ、或いはそれの運用に原因があるのだろう。それが万人に通用する方法かどうか、は正直不明だが。」

 

 先生の話を訊いて思い返す。このアーツは古いものだ。パパにはそう私に言い聞かせていた。目に見えない物を在るよう《形而上学的》に扱い、それを動かす方法だと。

 

「背中の結晶がある部分、或いは身体の中がこれまで痛むこと、というのはあるか?」

「……?痛みは特に――、いや、私のアーツを壊されるときに。――アーツ、使ってもいい、ですか?危害を加えるほど大きいものじゃないから。」

 

 二人が目を合わせた。アイコンタクトという奴だろうか。

 

「やってみろ。いざとなったら止める。」

 

 頷いて、深呼吸。音を立てて手を合わせてまた一息。《蝋よ》と念じる。ゆっくりと手を開くと見慣れた、だがかなり小さい幽霊が手の上に現れる。白い布を縫い合わせた卵のような、黒い線を何重もぐるぐるにまとめた玉のようなやつ。

 

「幽霊、ええと、私はこれを幽霊って呼んでいるんだけど、幽霊に攻撃されて壊れると痛くなる。自分で回収する分にはそういうのは全く無いんだけど。」

 

 ヴァルポの耳が大きく揺れるのが見えた。昔、この小さい幽霊を見せた時に可愛らしいと評する人が居たけれど、この人もそうなのだろうか。サルカズには基本的に受けが良くないのだけど。

 

「……やはり、巫術の類のようだな。」

 

 それも、と言いかけてケルシー先生は口を閉じた。正直、その先が気になるのだ。正直、古いものだと言っても、教えられたものを完璧に再現しているわけでは無いし、このアーツを使えるカタチに持っていったのは名前を手に入れてからだ。とどのつまり、きちんと全て覚えている訳でもないのだ。なにか知っているなら教えて欲しいぐらい。

 

「もうひとつ、確かめたいことがある。何があっても、《今の君は誰にも害されないし、誰をも害することはできない》。少しの反応をくれるだけでいい。」

 

 何を確かめたいのかわからないが、安易に頷いて了承してしまった。

 ススーロさんを少し部屋の隅へ、つまり私から遠ざけてから、ケルシー先生は徐に口を開いた。

 

「《█████》」

 

 ――考えるより早く立った。そして足のホルダーにある翡翠のナイフを手に取って一閃する、筈だった。動いた手はなにも掴めず、空を切る手を受け止められる。

 ぶわり、と汗が吹き出る。なにも掴めないのはいい。なにせ武器などなにも持っていないのだから。それでも、正直何を言ったのかすらわからなかったのに、武器を手に取らねばならないと私の中のなにかが判断したのだ。

 

「――今のは、何……?」

「落ち着け。今の君は誰にも害されないし、誰をも害することはできない。そう言った筈だ。」

 

 きゅう、と抱き寄せられる。先程のものとはまた毛色の違う汗が滲む。ついでに体温がググッと上がってくるのがわかった。

 が、それがわかっても頭の方はどうにもならない。わけがわからない。

 

「済まなかった。そして確認が取れた。ありがとう。君はサルカズの古い血を濃く引いているか、或いは先祖帰りか、そのどちらかだろう。」

「は、はひ」

 

 私じゃないヒトの匂い。何日も行軍している時のように強烈なものではないはずのそれが、頭をくらくらさせてくる。

 少し、心配しているかのような表情をしたのが見えた。心臓が止まった気がした。

 

「……体調が少し優れなさそうだ。本来ならばもう少し雇用契約などの話をしたかったのだが。流石に病室で休ませるべきだろう。案内を付けよう。」

「――はい、わかりました……。」

 

 もう私はここで死ぬのかもしれない。

 

 




火焔の残滓:起 了


恋は戦争だぞ
ケルシー先生は競争率高いぞ
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