彼女は、誰を待っているでもなく、フェンスに凭れてはロドスの外観を眺め思案を巡らせていた。
へドリーとイネスについては既に裏取り済みであるが、その意図を理解せねばならない。
もし、此処を追われる事になるのなら、どうやって、どのように逃げるか、或いは誰を連れて逃げるかを思案せねばならない。
あのおチビちゃんはこれからどう動いて、何を成すか予想せねばならない。
ドクターの記憶喪失の真偽、さらにケルシーやロドスの面々は何を以てドクターを彼処から掘り出したのか割り出さねばならない。
あの摂政王を下すために、何をしたらいいか考えねばならない。
今のWには、考える事なんて本当に山のようにある。
「あら、ケルシーじゃない。奇遇ねぇ。それとも、態々私を探しに此処まで来たのかしら?」
「――半分はそうだ。」
自動扉の開く音が聞こえた。Wには視線をそちらに向けなくても誰であるかは判別がついた。そもそも、此処ロドス・アイランドにて彼女に態々会いに来るような人など片手で数えられる程度にしか居ないから別に誰であるかなんて殆ど意味をなさないのだが。
かつかつと足音を鳴らし、そこそこの距離を保ちながらフェンスの前までやって来た。
「嬉しい事をいってくれるじゃない。感動で背筋がゾクゾクするわ。」
「そうか。それはなによりだ。」
Wはからかうように目を細めてそう言ったが、ケルシーは何処吹く風――というより、少々疲れ気味で返した。
ちらりとWはケルシーの顔色を伺った。いつも通りの仏頂面の上に、僅かに隈が見て取れる。
少し、らしくもない姿を見てしまって、思わず目をそらした。その先にあった滑走路にて、小さい白い影がちょこまかと走っていたのが見えた。
「随分と急いでいるのね?らしくもないわ。」
Wはそうケルシーに、心の中で嘆息しながらそう言った。
チェルノボーグ復興の援助及び市民の救助だったり、オペレーター達の負傷の療養だったり、亡くなってしまったオペレーター達のあれこれだったり――。ロドス艦内をあちこち駆け巡って慌ただしくしているアーミヤだって、4日前に復帰したばかりで。
おチビちゃんが目が覚めたのなんかは三日前だ。
それなのに、既に彼女に雇用について持ち掛けて、前線オペレーターとしての適正検査を兼ねたものすら始めている。
これを急いでいると言わずして何と言うか。
「面倒事は早めに片付けるべきだ。一つの事を解決するだけで二つ三つと纏めて片付けられるのであれば尚更だ。」
ケルシーの意見に賛するのは少々癪であったが、纏めて爆破して片付けられるのであればそれが楽なのはWもそうだった。
ケルシーとWの思考の差異があるとすれば、纏めて片付けた弊害が出ないようにフォローするか、そんなものを気にする必要が無いくらいの大火力で爆破するか、ぐらいだろうか。
それよりも、面と向かって面倒事、と言われた方が癪に触った。
「へぇ、面倒事、それって私?」
「自覚が在るようでなによりだ。……と言いたい所だが、お前の事は
漸く自由の身となったのに、ケルシーに捕まって、ロドスで監視なんて――正直冗談じゃない。だから、Wは交換条件におチビちゃんの
まあ、面倒事ではあるのは確かなのだが。
Wにとって予想外だったのが、彼女がボコボコにされてておねんね中だった、ということぐらいか。
「ということはつまり、おチビちゃんの方が面倒だった、ということね。どちらにしても嬉しくないけれど。」
ケルシーは、深く嘆息してから、その疲れ気味の視線をWの方へ向けた。
「何故アレに執着しているのだ?」
ケルシーの視線は、Wの方ではなく、滑走路の方、つまりあのおチビちゃんに向かっていた。
何故、と問われて、少し返答に困ったWは、彼女と出逢ってからを軽く振り返った。
初対面では変な奴程度にしか印象が無かった。身体は小さいのに実力はそこそこで伸び代もかなりある。だが、少し突っ掛かってくる事以外は何処かおかしい奴止まりだった。サルカズにはおかしい奴なんてそれこそごまんと居るからそのうちの一人だと、そう思っていた。
違和感を覚え始めたのは、《殿下》に出逢ってからだった。
慈愛と炎の化身。魔族の魔族たる理由とその象徴。テレジア。
「――違和感。何に対してか、は正直な所判らないわ。でも放置しておくのは良くないって、そんな気がしたの。」
おチビちゃんと殿下が似ている、というわけではなかった。ただ、おチビちゃんに違和感を覚えた。Wにはそれが何なのかまではわからない。今でもそうだ。
ただ、これだけはわかる。放っておく気にはなれなかったということは。
「否定しないのだな。」
「どちらかと言えば、執着だなんてしていないって、言ってやりたいところだけど……手を離したら何処かに消えていきそうなんて他の人に思ったことがないもの。表現するのであれは執着が相応しいわ。」
否定したい。だって、《らしくもない》もの。自覚はしている。
それでも、二回は道を違えたけれど、とWは溢して、それから大きく張っていた緊張の糸をほんの少し解くように嘆息した。
「――あの子。欲が本当に薄いのよ。暫く前までは、『とりあえず、生きる理由と生きるための食べ物』の一点張りで、……最近漸く『あの簒奪者を殺したい』を覚えたのよ。」
そんなのだから仏頂面で顔面が固まってしまったのだ。顔は綺麗で可愛らしいのに、勿体無い。とWはあの笑わない白い影を目で追いながらそう思った。
いや、もしかしたらおチビちゃんのことを考える時はいつもそう思っているかもしれない。
「……今日はよく喋ってくれるな。」
「そうかもね。何処かの誰かみたいに焼きがまわってきちゃったのかも。それでも、全く隙の無いヤツが珍しく目の下に凄い隈張り付けてるよりは可愛らしいもんでしょ?」
《らしくもない》と言外に揶揄うように、ケルシーは言ったが、それは互い様だろうと返した。
凄い隈、と言われてケルシーは少し目を見開いた。
「で、珍しくよく喋ってあげたのだから、そちらも喋ってくれるのよね?ああ、別に、今すぐじゃなくてもいいわよ。」
なんて優しいヤツなのかしら、私。などと自画自賛しながら、Wは少しは調子が戻ってきたと確認した。
なにせ、あの
それをここまで揶揄うのを辞めていたのだ。調子が狂っているのは流石に分かっていた。
「――、ああ。なるべく早く纏めて渡そう。」
「そうしてもらえると助かるわ。それじゃ失礼するわ。」
滑走路の人集りの隅で小さくなっている白い影が漸く動き始めた。
Wは、彼女があの痛ましいアーツを使うところを見るのは好きでは無かった。話も一段落着いたので、この場を離れることを決めた。
「一つだけ、聴く。テレジアと彼女を同一視はしていないだろうな。」
「――同一視?あの子はあの子、テレジアはテレジアよ。全然違うじゃない。」
「そうか、ならいい。」
不思議な事を聴くものだとWは思った。見た目も、印象も、向ける感情も、なにもかもが違う。同一視ではない。
でも、確かに、テレジアを見て、彼女に違和感を覚えたのは本当のことだ。
Wはひらひらと手を振りながら、ケルシーが入ってきた自動扉からロドス艦内に戻っていった。