「お待たせしてしまってごめんなさい、検査の準備ができました!此方に来てください!」
白い頭の……コータスだろうか。その子が大きな声を出して呼んでいる。ガヴィルさんにうろちょろするなと言われて、適当にしゃがんで空を見上げていた。別にうろちょろしていた訳ではなく、古いアーツを円滑に運用するための、言わば簡易的な儀式のようなもの――なのだが、ガヴィルさんの頭をガシッて掴まれるヤツを思い出すだけでも痛くて怖いので、言われた通り大人しくすることにしていた。
立ち上がって、ローブの裾を少し払ってから、少し急いで呼ばれた方に向かう。
「君がキャンドルちゃんだね?」
「ひゃ、はいそうですけど。」
黒くて背の高いフェリーンが、ニコニコしながら此方に寄ってきた。何故だかわからないけれど、ニコニコしているのだが全然笑ってないようにも見える。
「ええと、ガヴィルさんから概要を聴いていると思いますが、もう一度説明させてください。」
その後ろから、白いコータスが真面目な表情で切り出した。
「今から行うのはアーツを使う際の身体の源石結晶への影響を、実戦型式で調べます。が、可能ならば体内の源石結晶を使わずにアーツを使うようにして欲しいのです。」
「身体の……うん。うん?」
「無理なのであればそれでも構いませんけど……。」
「いや、難しいだけ。できない訳じゃない。」
本当ならもっと別のやり方が有るのだろうけど、私が古いアーツを使う時には存在しないものを存在するように扱うとか、諸々の事柄を強引に解釈する、という思考を動かしている。解釈によく用いるのが数字の七と十。
「合計で十だから……あと九本?アーツロッドが欲しい。けどそんなに持てないから、難しい。」
「簡易的なアーツユニットならあるぞ!何も調整してないけどな!あとコレも忘れるなよ!」
紐の付いた板のようなモノが合計9個と青い輪っかのようなものが飛んできた。ギリギリ落としそうになるも、なんとか全部纏めてキャッチできた。この板がアーツユニットなのだろう。青い方は何かと疑問の視線を向ける。
「その青いリングはサーベイランスマシンといって、血中の源石濃度などを遠隔から簡易的に計測する機械なんです。それも調整などしていないものなので、今は服の上からでいいので、左の二の腕あたりに装着してください。」
成程、そういうのもあるのかと感心しながら、アーツユニットを地面に置いて言われた通りに付け、その後ロッドにひとつずつ板を紐で括り付ける。ぶんぶんと適当に振り回して簡単に取れないことを確認する。
「そっちも準備出来たみたいだね?」
訓練用の大剣をぶんぶんと振り回して準備運動をしている黒いフェリーンの方を見る。少し大剣を扱うのに慣れていなさそうだが、それでも一目で手慣れであることがわかる。圧も物凄い。手加減された上でボコボコにされることが容易に想像できてしまった。
「ブレイズさん……あまりやり過ぎないようにお願いしますね?」
「大丈夫大丈夫!死にはしないでしょ、ねえ?」
ねえ?と言われても、正直困る。めっちゃ困るし、格上相手には闇討ちぐらいしかしたことがないのだが、実力を試されるという面もあるし、ケルシー先生だって見ているのだ。無様な姿は見せられない。頑張らなければと気合いを入れる。
「いや、……うん。死ぬ気は更々無いけど。」
「なら大丈夫だね!いつでもどうぞ!」
少し両足で跳ねて重心の位置を整える。
「よし……それじゃあ、行くぞ。」
自分自身に言い聞かせるように、唱えて、ふうと一息。闘志を整える。身体の源石を使ってはいけない、と言われた通り、大人しくさせておく。
簡易的なアーツユニットやらを九つ付け足した得物を引き抜く。解釈を少し変えなければいけない。八、一、一ではなく。九が過去のもので、残りの一つは――現在ではなく恐らくは未来。
――蝋を滴らせて、足跡を付けて、線を描いて。
一歩、また一歩と足を動かし始める。三歩目にして白い足跡から泡が沸き立ち、四歩目でそれはぶくぶくと膨れ上がり、五歩目にして漸くひとつの幽霊がその形を成す。
――蝋は積もって幽霊に、足跡増えて行列に、線を束ねて洪水に。
走り始めて、六、七、八。同じように幽霊達が立ち上がり、そしてまた私と同じように走り始める。いつも通りとは言い難いが、それでも十全に増えていく。
――井戸の滑車を壊す。盃を蝋で満たす。頭を七つ並べる。
九、幽霊達もジグザグと走り始めた。十、それに重なるように速度を落とし、右にに回り込むように飛んで、斬りかかる。
フェリーンは右足を半歩だけずらして大剣で受け止め、弾かれた。本の少しだけ距離を取って、着地した瞬間に今度は左に跳ぶ。ついでに追撃を防ぐ為に幽霊を動かして視線を切る。
「――へぇ、視線誘導っぽいことも、一人で波状攻撃っぽいことも出来るんだ。」
あぶないあぶない、とぼやきつつ、その少し崩れた体制のまま無理矢理剣を振り回して幽霊達を弾き飛ばし、一つを叩き潰した。
痛みは――何時もよりかは無い。恐らくは、身体の結晶を使っていないからだろうか。幽霊の耐久力に少し難があるけれど、把握していればなんともない。
――黄金、宝石、価値有るものを汚し、罪は積もり積もって天に達す。
弾けた幽霊の跡からまた泡立ち、複数のそれが這い出でて立ち上がる。勿論、私や幽霊の足跡からも同じように。
詰まる所、もう十を超えてそろそろ二十程存在している訳で、包囲するには十分な数が居る。まあ、増える度に少しずつ叩き潰されてはいるのだが。
そういえば、戦っているのに声が聞こえる。まあ、今考えることではないのだけど。
幽霊達の相手をさせつつ、影に隠れてはほぼ死角から二三ほど斬り合い、一歩だけ深く踏み込むという小細工をしてから離脱して――というのを短期間でなるべく沢山繰り返す……が、これを悉く対応されている。アーツを使っている気配はなさそうなのに。
私の実力を見るためであるけど、格上であるのも分かってはいるとはいえ、手を抜かれているのは少し腹立たしい。
けれども、あのでかい模擬刀を振り回されるだけでかなり面倒臭い上に、なにも考え無しに振り回している訳ではなさそうである。力尽くで、かつ、繊細に。フェイクも所々に混ぜられている為に非常にやりにくい。
それでも収穫はあった。身体の結晶を使わずにアーツを動かすことにも、装飾が多くなった剣を振り回すのにも少し慣れてきた。それにあまり悠長に掻き回すだけでは芸がないという奴であるし、そろそろ小細工も完成しつつある。
ふう、と一息。また闘志を整える。
真正面に飛び込んで、右手の刀で斬りかかる。四回打ち合った後、五回目で鍔競り合う。かなり力負けしているのがわかるけれど、一瞬で十分。大きく右にずらして往なし、大剣の切っ先を地面に向けさせる。それに足を乗せ、左手でナイフを抜いて、そのまま最短距離で首を狙う。フェリーンはそれに対応する為に右手を大剣から放して私の左手を掴む。対応されるまでは予想している。大丈夫。
勢いそのまま掴んだ腕を蹴り飛ばして引き剥がし、距離を取る。そして、視線を外していた幽霊達に距離を詰めさせる。本の少しだけ対応が遅れている。
足跡から幽霊を呼び出せる。そして、深く踏み込んだ一歩。これからやることは簡単。複数の幽霊を一気に呼び出す。
着地するのと同時に刀、つまりはアーツロッドを地面に突き立てる。アーツを行使するためのルーチンであり、その行使するアーツは、勿論爆破だ。これでもくらえ、と、流石に口には出さないけれど。
「まずっ……なんてね。」
極東の諺に確かにこういう奴があった筈だ。虎の尾を踏む。正しく、今の状況がそれだ。
爆炎に揺らめく彼女と視線があった瞬間、とんでもない速度で懐に飛び込まれる。一、二、三、四と打ち合う。先程よりも重く鋭く、両手を使って受け流すだけで身体全てが痛くなってくる。その上に、まるで荒野の炎天下のような灼熱が体力と身体の水分を奪っていく。これが彼女のアーツなのだろうか。
幽霊を再び呼び出すも、彼女の視界に映った瞬間に斬り飛ばされる。息を吸う暇さえ与えてくれない。
後ろに跳んでも距離を開けられず、間髪入れずに飛んできた大剣を左手のナイフで受け止めるも、力尽くでナイフを弾き飛ばされる。
「病み上がりで、しかもまだかなり小さいのに、かなりいい線行ってるね。ちょっとだけ
最終的には、心身共にボロボロになった私の頭にぽんと大剣の背打を乗せられた。ぐうの音も出ない程に完敗である。
さっきまでかなり寒かったのに、今は汗だく、息も絶え絶えで地面にへたり込んでいる。もう一歩も動けない。
黒いフェリーンが先程よりも晴れやかな笑みを浮かべ、近寄ってきては頭をぐるぐると撫で回してきた。
この人、滅茶苦茶暑苦しい。二つの意味で。