担当ウマ娘がダンボールかぶってる 作:徐々に奇妙な冒険
と言っても親の後を継ぐ気はさらさらなく、ウマ娘に関係する仕事ができればいいと思っていた。
父も母もその考えには賛同してくれ、まずはトレセンに行ってみたらどうだと言われ、トレセンで空いた仕事がないか探してみることにした。
「バイトの盛田です! よろしくお願いします!」
「まぁ、男の子が食堂に?」
「ウチ、定食屋なので……」
その結果がコレである。
持参したエプロンを纏い、清潔にして仕事に挑む。
相手はウマ娘。将来のための観察もできるしお金も出るという。楽な商売である。
そう思っていたのだが……。
「じゃあはい、これがマニュアルね。新人なんだし煮込みを見たり盛り付けてくれるだけで大丈夫よ」
「マニュアル……?」
メニュー表かなんかだろうか、とチラリとめくってみると、そこには衝撃の事実があった。
パターン白、黒、茶。それぞれにあった対応をすべし。対応ページは……。
「これは……?」
「ウマ娘によって食べる量が違うんだ、これくらいは合わせないとね。とくにお昼時は……っと、お客さんだね。ちょっと早いけど……」
「パターン茶! 並!」
「あいよう!」
入り口を見張っていたおばさんが声を上げ、真司はははあと合点した。
つまりこれは、ウマ娘を観察し、どれだけ迅速に動けるかが問われる仕事なのである。
だが真司も定食屋の息子。お昼時、ピークの忙しさはよく知っているしそれなりに動ける自信もある。
渡された唐揚げやご飯をウマ娘用に普段より多めに盛り付けると、おばさんたちから黄色い歓声が上がった。
「完璧な裁量ね!」
「期待の新人だわぁ」
「うっす。それじゃあ、これを提出口にっすよね」
お代わり自由な食堂だが、混雑時のことも考えてたくさん食べるウマ娘にはたくさん出す。
先程のメモにも書かれていた情報である。
ささっと注文番号のところにプレートを置き番号を鳴らすと待っていたウマ娘が嬉しそうに受け取る。
……やりがいがあるぞ。
「パターン黒! 大盛り!」
「はいっ!」
「注文、ハンバーグ!」
なるほどと真司は戦慄した。
客に合わせた盛り付けをするのは心得たが、注文があるのだ。
先程見たメニューの中でも唐揚げハンバーグコロッケカレーにんじん。さまざまな種類がある。
もともと用意してあるものとは言えど、ウマ娘に合わせた盛り付けを行うとは、案外に骨が折れるぞと思った。
だがしかし、それでも真司は折れない。
ささっと先程より二回り多めに盛り付けて提出する。OKサインをもらった後に番号を鳴らせばしゅしゅっと目にも止まらぬスピードでプレートが受け取られた。
も、もとより覚悟のことである。達成感はピークを過ぎた時に得られるものだ。
「お代わり!」
「あいよ、ご飯だけね! ……坊主ぅ!」
「っ、はい! どうぞ!」
「ありがとうございます! ……バイトさんですか?」
「はい、よろしくお願いします」
ウマ娘が律儀にも話しかけてくれた。
顔が良い。少しよからぬ妄想が頭をよぎるが、真司は首を振って自力で覚醒する。
時刻は12:28。
「嵐が……くる」
果たして呟いたのは真司か、それともおばさんたちか。
12時30分を回ったあたりで、真司は足元が揺れているのに気づいた。
地震か? と思ったがどうもそうではないらしい。現におばさんたちは何食わぬ顔で料理の支度をしている。
ならば、答えはただ一つ。真司は顔を青くして、だんだんと大きくなっていく振動を感じ取った。
これは、これは地震ではない。
これは……。
「パターン黒、黒、茶、黒!」
「唐揚げ、カレーとハンバーグ! コロッケ二皿!」
腹をすかしたウマ娘の剛脚と胃袋が成す、地響きである。
真司は身構えた。というか身構える前に仕事がやってきた。
さっと盛り付けプレートしゅばっ。
さっと盛り付けプレートしゅばっ。
「ッ、置いた側から無くなって……!?」
「何ぼうっとしてんだい! まだまだ続くよ!」
「はい!!」
真司にとっては地獄のような時間だった。
果たして今、自分は仕事をしているのだろうか。
よそってもよそってもなくならない。
米は炊飯器を五台連結して無限に炊き続けている。
忙しなく肉を捌く隣のおばさんはもう包丁が見えない。
自分は今、ただひたすらに手を動かしているだけで、実際は食事を作ってはいないのではないか?
そう思った時、真司の耳に新しい情報が入ってきた。
「パターン白! これは……オグリ、オグリキャップです!」
パターン白は初めてだ。
見れば向こうのほうに白いウマ娘がいる、見るからに腹をすかしていた。そして顔が良い。
「ぱ、パターン白は……」
メモにあった項目。
パターン茶はこれくらい、パターン黒はこれくらいと言ったように、白にも平均的な目安があるはず。
そうしてマニュアルを開くと。
『とにかく盛る』
とだけ書かれていた。
イラストの目安は、マニュアルのスペースを超えて盛り付けられている。天辺が見えないのだ。
「真司、米を盛れ!!」
「む、無理です、僕には!」
「だったら帰れ!」
「ひええ!!」
鬼のような形相で睨まれ、真司は泣く泣く米を盛った。
盛って盛って守り続けた。
振り返る。まだ盛れと言うらしい。
「(逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……)」
やがて何度目かの振り返る動作。
ようやくOKサインが出た。
どうやら自分が米を持っている間、他のウマ娘分はフォローをしてくれていたらしい。
そして目の前にオグリキャップ。
真司は一瞬「?」となったがなるほど、米を高く盛りすぎてプレート載せるところに入らない。だから直接手渡しでもらおうとと言うわけか。
「お、お待たせしまし重ッ」
おばさんがこれでもかと盛った唐揚げと味噌汁と米。
プレートに乗せて渡そうとするも酒樽もかくやという重さ。
真司は悲鳴をあげる腕の筋肉をなんとか動かしてオグリキャップの目の前に差し出すと、オグリキャップは嬉しそうに受け取った。
「ぁ……」
一瞬、手が触れた。
その一瞬で真司の胸が高鳴り、儚げな笑顔が真司の脳内に焼き付けられ
「なぁにボサっとしてんだい! パターン黒! アッ、訂正、パターン黒S!」
S!?
バッと奥を見る。スペシャルウィークだ。
よく食べているところを見かけたり特集されたりしている。
「パターン黒Sは白と同じ量だよ!」
「嘘だろッ……」
開いた炊飯器から立ち込める蒸気で真司の手が熱される。
だがそれにリアクションをしている暇は無い。隙あらば盛るのだ。
「パターン桃!」
「桃ぉ!?」
フルーツの盛り合わせの桃を手に取ろうとする真司だが、どうも違うらしい。
「パターン桃は茶と同じ! 青もそう捉えていいよ!」
「パターン青もいるんですか!?」
「すまない、お代わりをくれないか」
「パターン白お代わり入ります!」
先程の余裕はどうした。
唐揚げやハンバーグなど見ている暇はない。さっきからただ米を盛り付けているだけである。
「パターン黒、注文うどん!」
これは自分に関係ない!
ただひたすらに米を盛れ! もはや誰のものとか考えている暇はない!
「青!」
青は茶と一緒! とばかりに真司が茶盛りの米を置いた。
「最後尾がもうすぐです! パターン白……メジロマックイーン! スイーツ班は準備を!」
「メジロマックイーンはそんなに米は食わない! 黒一割増しでいいよ!」
「それでも結構食うなァ!?」
炊飯器の中身は空になり、新しいものをと思ったらすぐに他の炊飯器が炊ける。
パカと開ければ熱気が真司を攻撃し、巻いた三角巾にじんわりと汗が染み込んだ。
「これで最後です! パターン黒!」
「ヨシッ!!」
たん、と真司がお椀を置いた。
真司は、見事ピークを乗り切ったのである。
もう手は動かない。
だがしかし、最後の仕事だけはこなしてみせる。
その意思だけで真司は腕を動かし皿をプレートに乗せ、提出口にそっと置いた。
「さあ、お上がりよ!」
「ありがとうございます! いただきます!」
◇
「はい真司くんおつかれさま。これ、今日のバイト代ね」
「ありがとうございます」
真司が働いたのは午前10時から午後3時。
計5時間の労働を終え、真司は食堂の棟梁……否、料理長から給金をもらっていた。
厚みがある。
開けてもいいかと視線で訴えると頷くので封の中を除くと、幾枚かの札が収まっていた。
「ここ、時給いいのよねぇ」
「正社員で時給1500円。真司クンはバイトだから時給1000円で、それに理事長からのボーナスが入ってるわ」
「それで、たった5時間で一万円……!?」
「1000円10枚に崩してあるけど、それは間違いなくキミのものよ」
周りを見ると、おばさんたちもうなずいている。
「ミスしなかったしねぇ」
「ちょっとぼうっとしてたけど、単純にスピードが良くって助かったわよねぇ」
「どうかしら? 正式にここの従業員となれば、ピークでないときも時給ででるからもっと出るわよ。理事長のボーナスは初任給的なソレだから、通常の時給1500円になるけれど……」
真司は清々しい顔で給料を懐にしまい、決意を秘めた目で言った。
「しばらくはバイトでたくさんです」
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