担当ウマ娘がダンボールかぶってる 作:徐々に奇妙な冒険
「おはよう」
「おはようございます!」
今日も今日とて頑張ってレースしましょう!
そんなわけで現在、都内の無名レース場に来ております。
短距離、カーブは二つ。
「まぁいけんだろ」
「行けます!」
ハリボテエレジーがパドックに踊りでる。
今度は歓声が出迎えた。
『三番人気はこのウマ娘。5番、ハリボテエレジーです』
『仕上げてきていますね……かなりの走りが期待できそうです』
各ウマ娘がゲートに入るってさ。
まぁ俺見なくてもわかるわ。
どうせ勝つ。これはファン数稼ぎだな。
『スタートしました』
俺はポケットに手を突っ込み、ニヒルに去る。
ハリボテエレジーの選手控室に「先帰ってるで。一位おめ☆」とメモを残しておいたぜ。
『おおっとハリボテエレジーここで転倒!?』
どうやら紙を回収しにいかなきゃならないみたいだぜ。
楽屋に戻って紙をくしゃくしゃにしてゴミ箱へぽい。
備え付けの液晶に映されたレース映像を睨む。
ええいなんか起これ! 芝がクソうまそうに見えてウマ娘全員立ち止まったりしろ!!
『っと一番をほしいままにしていたパクパクムシャーが立ち止まったぞこれは!?』
『これは……彼女芝を食べていますね。釣られて他のウマ娘も食べちゃってます』
まじかよ。
ゴミ箱からクシャクシャのメモを取り出して綺麗に広げておく。
『後ろから誰かやってくる! これはハリボテエレジー!! ハリボテエレジーがダンボールの角をすり減らして起き上がってきた! ハリボテエレジーここぞとばかりに芝を食べくさっているウマ娘たちを追い越し、今一着でゴールインッ!!!!』
『あ、芝を食べているウマ娘たちのトレーナーが出てきましたよ。どうやら彼、減量したいというウマ娘たちの願いに応え、食事を減らしていたようですよ。美しい友情ですね』
限度があるだろパクパクムシャー。メジロマックイーンを見習え。
まあそれだけ真摯にレースに向き合っていたのだ。誰が彼女らを責められようか。
そんなわけでウィニングライブセンターは我らがハリボテエレジー。
二着三着はくじ引きだって。パクパクムシャーのファンらしき人が芝へ飛び込んで補導されていたけど、結局芝食べちゃったんなら仕方がないよね。
扉ががちゃりと開いてハリボテエレジーが入ってくる。
膝が擦りむけている。
「おかえりハリボテエレジー。消毒するぞ」
「芝……食べるべきだったんですかね」
「いや、普通は食べないから。……はい染みますよ〜」
「ひゃんっ!?」
可愛らしい悲鳴(なおくぐもっている)をあげるハリボテエレジー。やっぱり痛かったらしい。
「骨折はしてないんだな?」
「はい。擦りむくだけで済みました」
「頑丈なんだな」
「それだけが取り柄なんです。えへへ」
バンドエイドを貼り付ける作業を見つめているハリボテエレジー。
俺が今バンドエイドを貼り付けているその脚はよく引き締まっていて、かつ女の子らしさを残した脚。
その下のはもはやボロボロとなってしまったランニングシューズがある。
この脚で地を蹴ってきたんだなぁ……。
「……トレーナーさん?」
「いや。特別なレースじゃなくても勝てるようになったお前に、ちょっと感動して」
「あれ多分普通のレースじゃないです」
感慨に浸ってまうでこれ。
「ウィニングライブの曲は?」
「えっと……なんでしたっけ?」
「ん……それは知らされてないけど、早めに聞いとけよ。……にしてもヒヤヒヤしたわ。転倒したって知ったときマジでどうしようかと」
「えへへ……すみません。ちょっと滑っちゃって」
「滑る? ……ふむ、そうか……あっ、ハリボテエレジーは蹄鉄はどこのものを使ってるんだ? ウェイトを上げたら、滑りにくくなるかも。その分脚が重くはなるだろうが……」
ちらりと、ボロボロのランニングシューズを見る。
関節の柔らかさを活かす走りをするトウカイテイオーを基準にトレーニングをしていたせいか、つま先がボロボロだ。これはシューズも変えなきゃ行けないかもしれない。
「て、蹄鉄は……ええと」
「忘れたか? どれ、ちょっと失礼」
「あっ」
ハリボテエレジーの靴をするりと脱がせ、裏に返す。
そこにはすり減った靴底とぉぉぉ〜っとこれはぁぁぁ?
「……なんこれ」
「て、蹄鉄です」
「俺には蹄ダンボールに見えるんだけど」
何重にも重ねられたダンボール。
ひしゃげてくたびれてボロボロだ。
「……ど、どこで買えばいいのか……というか、自分で買っていいのか……」
「そりゃ滑るし転ぶわ……ったく、こういうのほんと命取りだからな。判断できません、だから転んで骨折りますじゃダメだろう」
「はい……」
「蹄鉄、買いに行くぞ」
「はい……」
つっても、ダンボールが軽いのは確か。
ううん、軽くてちゃんとした蹄鉄かぁ……結構絞られちゃうよなぁ……。
「ま、とりあえずはこのまま。帰ったらトレセンにある蹄鉄全部試すぞ」
「ひい……全部ですか」
「合うのがあったらそれで良いだろうに」
と、コンコンと扉が叩かれ申した。
ハリボテエレジーが「はい」と返事をすると、レースのスタッフがみんなおなじみアイドル衣装を持ってぺこぺこしながら入ってきた。
「おはなし中すみません。今回のウィニングライブなんですが、ハリボテエレジーさんの意志次第で変えられることになりました」
「……?」
「ええと、あのようなレース結果でしたので、するもしないもハリボテエレジーさんの決定で……と」
「……なる、ほど?」
んー……なるほどね。
「ハリボテエレジー」
「っはい」
「お前が今のレースで満足ならウィニングライブしてもいいんじゃないか」
「……あぁ〜……今ようやくわかりました。そうですね……もう一回レースをすることはできますか?」
「……はい?」
「私も転んじゃったし、他のウマ娘もきっと不完全燃焼だと思うんです。だから私は、もう一度、ちゃんとレースをしたくて……。スポーツマンシップって、多分そういうことなんだと思います」
「う、上に聞いてみます!」
いいのか? と視線を送るも、ダンボールの能面ヅラが頷くだけだった。
「か、確認取れました! ウマ娘とトレーナーも、全員再戦できるそうです!」
「ハリボテエレジー、本当にやるんだな?」
「はい」
「蹄鉄……」
「あ」
結局持ってきたアイドル衣装をそのまま持って帰るスタッフさんを見送り、俺たちは蹄鉄どうしようかと同時に首を傾けた。
◇
翌日。
再戦ができるとのことで、俺たちはもう一度レース場へやってきている。
「……あの」
「はいっ、なんでしょう?」
「再戦の件、ありがとうございます。私、ちょっと食いしん坊で」
「ちょっとじゃないじゃん」
「とっ、トレーナーさん今はしーです!! ……ちょっと食いしん坊で、あんな感じになっちゃって……本当に、ありがとうございます! 今日は負けません!」
パクパクムシャーか。
ウマ娘芝食い事件の原因である彼女は、本来ならすごい逃げウマ娘だ。
ちょっと(ちょっと)食いしん坊なところを除けば、彼女は一位を喰らい尽くす勇猛なウマとなっていただろう。
その後ろにいるウマ娘も、全員が闘志をたぎらせていた。
「せっかくの一着、無駄にしてよかったのかしら」
「あれを一着とは呼べませんよ」
「ふんっ。その余裕、いつまで持つかしらね……負けないわよ」
キングヘイローみてえな喋り方をするウマ娘。こいつは……サイキョウモロヘイヤ。
差しタイプで粘りが強い。まるでモロヘイヤのようだ。
でもコイツも芝食ってたんだよな。
それぞれがハリボテエレジーに対する挨拶を終わらせ、楽屋へ入っていく。
俺たちはだいぶ前から来ていて準備も万端なので既にパドックに出る前のあの例のよくわかんない通路に向かうことにした。
そこだったら、合図さえあればハリボテエレジーがすぐに出られる。
「ハリボテエレジーはさ」
「……?」
「走ること、好きなんだよな」
「はい」
即答かぁ。
「何のために走るんだ?」
「何のため?」
「こう……目標というかさ。それぞれ、優勝して実力を見せつけたい! とかいい思いをさせたい! とか信念があるだろ」
「あー……。言われてみれば考えたことなかったです。レースで走るウマ娘たちに憧れて、頑張って舞台に立てるようにして……。だからもう、私の夢ってこの時点で叶ってるのかもしれません」
歩きながら語るハリボテエレジー。
アナウンスが流れた。どうやらパドックに出る時が来たらしい。
……じつは今回、ハリボテエレジーたっての懇願で、あることを無くしてもらっている。
それは……。
『現れました、一番人気ハリボテエレジー』
『昨日のレースでは転んでしまいましたが、体に支障はないそうです』
そう。番号の撤廃である。
なんとなく、ハリボテエレジーが何番! と呼ばれるのを嫌がったために番号をなくしてもらったのだ。
今回のレースは公式のレースというよりかはかけっこの方が表現が近しい気がする。
芝に躍り出たハリボテエレジーを見送り観客席まで向かおうとすると、途中ウマ娘とすれ違った。
小さな声ではあるがしっかりと、「よろしくお願いします」と俺に言ってきていた。
……今度はちゃんと見よう。
もっと真摯に、ハリボテエレジーを見守るんだ。
◇
『各ウマ娘、ゲートに収まりました』
ハリボテエレジーの隣のウマ娘は鋭い眼光でゲートの奥を見つめていた。
もう一度託されたチャンスを無駄にするわけにはいかない。勝てずとも、走りを見せられれば充分。そんな思いを感じ取り、ハリボテエレジーは気を引き締めた。
やがて観客がスタートを待ち望み、辺りに静寂が訪れた頃。
「「「「ッ」」」」
『さぁゲートが開きました』
快調なスタートを切りつつ、ハリボテエレジーは脚を溜め始める。
『先頭を行くのはサイキョウモロヘイヤ。その後をベニノコドン、パクパクムシャーが追っていく!』
実況を聞きながら後方に位置どり、手近にいたウマ娘の後ろにくっついて風避けにする。
自分の真後ろにいる暴走機関車のような存在に冷や汗を垂らしながら、風避けにされたオーバーメロスがペースを上げた。
『後方オーバーメロス、ここでペースをあげる!』
『これは完全にプレッシャーに負けていますね。どこかで一息つければいいのですが』
「(そんなこと言われたって……!!)」
オーバーメロスとて諦めたわけではない。
しかし、背後のハリボテエレジーはメイクデビューで凄まじい追い込みを見せたウマ娘。
ここで抜かされれば、たった1%しかなかった勝利の可能性が、完全に消え去ってしまうのだ。
「(負けたくない……ッ)」
土を蹴り飛ばし、なんとかハリボテエレジーの前を行くオーバーメロス。
そのオーバーメロスの先の先、先頭を行くベニノコドンも必死に頭を回していた。
「(今は二位に位置どれてるけど、このままじゃあっしは終盤で追い抜かされて終わりっす……! もっと速度を上げないと……でも……)」
『パクパクムシャー、後方を牽制しつつ差を広げていきます! 先頭集団三位までの差は1バ身!』
「(きっと抜かされたらおしまいっす!!)」
全員が極限状態で戦っていた。
そんな中、一人カーブに入ったサイキョウモロヘイヤ。
カーブは転倒の恐れがあるために誰もが速度を下げる。全員の頭に勝機の二文字が浮かんだ。
「「「「(ここで抜かす!!)」」」」
『おおっとここでバ群が全体的に速度をあげる! サイキョウモロヘイヤが作った2バ身のリードを縮めていきます!』
『ハリボテエレジーだけが加速しませんでしたね。やはりカーブはゆっくりしっかり曲がるのが彼女の定石のようです』
直線を行き第二カーブを曲がり、ゴールまで一直線に駆け抜ける魂胆。
その場にいた全員が、自分が勝つためにはどうすればいいかを理解していた。
「次のカーブを曲がったら直線だけで12バ身を覆さなきゃいけないんだぞ……」
トレーナーの額に汗が浮き出る。
先程の転倒がトラウマになっているのか、ハリボテエレジーの動きはトレーナーからはぎこちなく見えた。
『さあ最終コーナーをまわりました、先頭は変わらずサイキョウモロヘイヤ、後ろからパクパクムシャーが速度をあげる! ベニノコドン、ここでスタミナを切らしたか!? ……後方からオーバーメロスが狙ってくる! 少しタイミングが遅かったか』
『ハリボテエレジーにプレッシャーをかけられて焦っているようにも見えます。いつもはカーブを曲がり切ってから力を入れる彼女ですが、ここは采配ミスですね』
ハリボテエレジーはバ群との差を3バ身と捉え、カーブで失速してしまう自分に歯噛みしながら腕に力を込めた。
一つ前はオーバーメロス。
トレーナーが安堵の息を吐いた。
「(ここなら……抜ける!!)」
───[優勝トロフィー作成キット]───
『ハリボテエレジー、ここで全力で走り出します! 最後方オーバーメロスが逃げるがあえなく撃沈! その先バ群を狙っています! 大外からハリボテエレジーが追い上げる! もはや彼女を止められる者はいない!』
いや、いるさ。ハリボテエレジーとトレーナー、二人の声が重なる。
止められる者はいる。
ただそれが、ここに出走しているウマ娘よりもはるかに強いだけだ。
『ハリボテエレジーが追い上げる、ハリボテエレジーが追い上げる! バ群を完全に追い抜き四位の位置へ、そして勢いは止まらずベニノコドンへと向かいます! パクパクムシャーがベニノコドンの前に立った! ベニノコドン! ベニノコドンが落ちました! ハリボテエレジーまだ止まらない! 芝を切り裂く暴走列車は一位を取るまで止まらない! パクパクムシャーがハリボテエレジーをブロックしようっと、前に出るが一寸遅い! 戦況はサイキョウモロヘイヤ、ハリボテエレジー、パクパクムシャー! 三つ巴となっております! パクパクムシャーをぐんぐん抜かす! サイキョウモロヘイヤ、最初から最後まで先頭を行くが、今その栄冠に手がかけられようとしています!』
「(化け物……ッ!!)」
「(もう、動けそうにない……けど、あともう少し、もう少しで追い抜ける!! 絶対に渡さない! 絶対に……)」
「「ッ!!」」
『サイキョウモロヘイヤが逃げる逃げる! 追うハリボテエレジー、残り200! パクパクムシャーはもう追いつけない! 残り100、並ぶハリボテエレジー! 根性で逃げ続けるサイキョウモロヘイヤ、今、今ゴールテープが切られました! 判定をお待ちください!』
ハリボテエレジーとサイキョウモロヘイヤ。
全力の追い込みでプレッシャーをかけ続けたウマ娘と、その名の通り至高の粘り強さを見せたウマ娘。
速度を落として息を整えながら、二人して掲示板を見つめた。
それに表示されたのは───。
『ハリボテエレジー! ハリボテエレジーの勝利であります!!』
どっと湧く会場。
歓声に包まれながら、サイキョウモロヘイヤは気の抜けたように座り込んだ。
「……はあ」
観客席に向かって手を振る四角い顔。
ダンボールのマスクは表情が変わらないために全く感情が読めないが、体の動きやその雰囲気から、かなり興奮していると読みとれた。
サイキョウモロヘイヤは諦めたような瞳で再度掲示板を見る。
本当に、少しの差であった。
棒のようになった脚をなんとか動かし己を立ち上がらせ、ハリボテエレジーの元へと向かう。
「ハリボテエレジー」
「っ、はい!」
「すごかったわ。抜かされたら二度と追いつけないって思ったもの。……あなた、逃げでもいいんじゃない?」
「いやいやいや、私なんかが逃げだなんてそんな」
両手をわたわたと降って否定するハリボテエレジー。
その様子に勘づいたサイキョウモロヘイヤはダンボールの側面に顔を寄せると、真剣な声音で囁いた。
「もしも自信がないとかでできないって言うのなら、それは冒涜よ」
「……」
「あなたは充分立派なウマ娘。スタミナさえ鍛えれば、強い逃げウマ娘になるわ」
ぱっと離れ、ハリボテエレジーの元を去るサイキョウモロヘイヤ。
癖っ毛を一つに束ねておろしたその姿を、ハリボテエレジーはずっと眺めていた。
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