担当ウマ娘がダンボールかぶってる 作:徐々に奇妙な冒険
翌日。
「キミと夢をかけるよ 何回だって 巻き起こせスパート♪」
両耳の無線イヤホンから流れる歌を口ずさんでいると、私の前に一人のウマ娘が立ちはだかった。
銀髪でスタイルが良く、それで……よくわかんない、耳当て? のようなものをつけている。
「ようハコ娘!」
ゴールドシップさんだ。私の憧れ。
さっきは気づかなかったけど、その後ろにひょっこりと黒髪のウマ娘がおどおどとしている。かわいい。
ダンボールに手を突っ込んでイヤホンを取り出すとゴールドシップさんが目を丸くした。
「あン? お前イヤホンしてたの? たくわかりづれえよぉ〜。なんで耳もしまってんだよ」
「あはは……。私に何か? さっきハコ娘って……」
「おう。登校早々悪いがお前には今からこのパエリアと一緒にトレーニングしてもらう!」
「ラ、ライスはライスだよ……?」
パエリアと呼ばれて黒髪の子が前に出る。
思い出した。ライスシャワーだ。黒い影と青い炎、みんなのヒール、ライスシャワー。私の憧れ。
私よりほんの少し小さいくらい。ゴールドシップさんと比べるとライスシャワーさんがより小さく見えちゃう。
「トレーニングってなんですか? そもそも授業は……」
「お前のトレーナーに許可は貰ってる。別にとって食うワケじゃないから安心しろ。なあチャーハン」
「ライスはライスだよ……!」
「えっと……じゃあ……お願いします……?」
「うし。決まりだな。じゃあまず食堂に行くぞぅ!」
「はい!」
食堂って購買だよね?
ほんとにトレーニングなんだよねぇ……?
爆速で駆けるゴールドシップさんと、ライスシャワーさんが後を追う。
続いて私もスタートを切るが、どんどん差が伸びていく。
「……ッ」
「おっほ、はええなお米。おういどうしたぁい! 置いてくぞぉい!!」
えっちょ……っ!!
加速するゴールドシップさん。まだ本気では無かったみたい。
走っているうちにスイッチが入ったのかライスシャワーさんは飛ばしはじめ、ぐんぐんとスピードを上げていく。
そんな加速して大丈夫かな。ここはレース場ではなく学園内の石畳なのに。
しかし、やっぱりとんでもなく速い。
自分との違いを見比べてみると全く重なる部分がないくらいだ。
「……あっ」
そっか。二人とも長距離型なんだ。
だから、消費を抑えるためにフォームのブレがほとんどない。
とくにゴールドシップさんがすごい。あんなに大きく手を振っているのに。どんな体幹してるんだろう。
「うっ、ぐ」
でも、今から気づいたことを実行するスタミナは私にない!!
指へ力がだんだん入らなくなっていく。同時に、歩幅も小さく。
「ひぃ、ひぃ……!」
「何やってんだハコぉ! そんなんじゃババロアにはなれねえぞ!」
「な、なりたくありませぇん!」
購買まであと何メートル?
距離はそこまで長くないはずなのに、異様に疲れる。
四つ目の角を曲がる。……ん、なんか違和感?
「…………」
そうだよね、さっき購買の看板あったよね!?
なんでスルーしてるの!?
「ッ」
「うそ……!」
後ろからライスシャワーさん!?
なんで!? 一周してきたってこと!? 校舎を!?
……なるほど!
購買までいくってよくわかんない命令で相手を困惑させる高等テクニックだ!
今まで私はゴールドシップさんの背中を追っていたけど、ウマ娘の背中ではなく目標だけを見据えろってことだ!
つまり、次にちゃんと購買への道に曲がれば勝ち!
で、でも……。
「なんだおめえもうスタミナねえの? なぁなぁ?」
「ひぃっ、へっ……ひぃ!!」
無理〜!!
◇
何やってんだアレ。
出勤しようと思ったらゴルシとライスシャワーとハリボテエレジーが校舎周って競走してやがる。
ってかなんでハリボテエレジーは走らされてんだ。めちゃくちゃ息切れてるぞ可哀想だろ。
「あっトレーナーさ……止まれないのでもう一周してきます!」
「あ、うん。元気そうでよかったよライスシャワー」
俺に話しかけようとして高速で見切れていくライスシャワー。
何やってんだアイツ。
まあどうせ……。
「お前だろゴルシ」
「おッ!? ……ととと。鍵屋のおっさんじゃん」
「誰だそれ。いやこの惨状はなんなんだ」
「ハリボテエレジーのトレーニングだよ。お前言ってたじゃん、娘は託したって」
曲解が過ぎる。
「んでアタシがハリボテエレジーのトレーニング担当に」
「許可してない!」
「どふっ!?」
お、今日は綺麗にパワーボムが決まったな。ちょっと自慢できるぞ。
足元にうずくまるゴルシの背中を踏みつけていると、急ブレーキを踏んだハリボテエレジーとちょこちょことスピードを落としてきたライスシャワーが合流する。
「おう」
「こんにちはトレーナーさん!」
「改めて元気そうだなおもち」
「ライスだよ!」
「でハリボテエレジー、おはよ」
「おはようございます」
「おいゴルシ」
「ぐもーにん」
「あ゛?」
「おはようございますトレーナーさん、今日も一日張り切ってスイカ割りしましょう」
あぁ惜しい、最後ふざけなければ満点だったのに。
「ハリボテエレジー、状況は大体理解した。俺は許可は出したけどランニングをしていいとは言ってないからまず教室に行きなさい」
「はい……」
「スカンジナビア半島も」
「ライスだy……何と間違えたんですか?」
「ゴルシ。今いくら持ってる」
「金取んの???」
冗談に決まってるだろうに何を言ってんだかこのウマ娘は。
足を退けてやると何食わぬ顔で起き上がり、瞬間爆速でどこかへ逃げ去っていった。
あのアマ、その速度をレースで活かせば……!! はあ。
「ハリボテエレジー、今日は出場するレースについて話す。授業が終わったら芝まで来てくれるか」
「は、はい!」
さてと。
俺自身はちゃんと出勤し、すぐさま芝へ移動。
もともと理事長との契約としては、本来ならトレセン学園で培う一般的トレーニングのトレーナー、つまりは体育教師みたいなものだったんだ。
水泳、陸上、なんでもござれ。自主練はスパルタ、そんなスタイルをとっていた。
「ようい! ……スタート!」
「「「「ッ」」」」
それぞれのタイムや能力を見て、何がダメで何が武器かを判断する。
あとはその結果を見て個人でトレーニングしてください。僕あなたのトレーナーじゃないので。
「パワーが足りない……」
「こっちは根性だって。タイヤでも引きずればいいかな」
「強化合宿が待ち遠しい……」
「無理〜!!」
うむ。やはりウマ娘が走っている姿はとてもいい。
いつ見ても気持ちがいい走りをするな。
ようし、私生活のお金のため、そしてハリボテエレジーのため!
お兄さん、職務頑張っちゃうぞぉ!!
「───それでウッドチップが額を直撃して脳震盪ですか?」
「全部ゴルシが悪い」
たづなさんが困ったような顔でカルテを置いていく。
最後の最後でやりやがったアイツ。
保険室でぐでっとしていると、たづなさんと入れ違いになったハリボテエレジーが入ってきた。
「よう」
「だ、大丈夫なんです……?」
「所詮は脳震盪よ。体は動くし問題なし。痛みも一瞬」
「えっと……今日の練習は……」
「あぁ、今日のメニューは……っと、その前にだ。まず、お前にこれを見てもらいたい」
「これは……メイクデビュー?」
どのウマ娘も、レースに出る以上メイクデビューは必ず通る。
まずハリボテエレジーが目指す場所はここだが、それはそれとして、決めておかなければいけないことがあるのだ。
書類を捲るように促すと、ハリボテエレジーが二枚目に並んだ文字列を凝視した。
「トゥインクル・シリーズで走ることは確定なんだろ? で、その中のどれに出るかって話だ」
「どれに……?」
「基本みんなは有馬とか天皇賞を目標にしてるな。その上にURAファイナルズ。どうする?」
「URAファイナルズ出たいです」
「よし。じゃあその過程、URAファイナルズを目標にするとしてその道のりだ」
「…………」
「今決めるわけじゃない。色んなウマ娘から話を聞いて、どれに出走するのか参考にしておけ。以上、解散!」
ハリボテエレジーが書類を見ながら出て行く。かなり深く考え込んでいるらしい。
「さぁて……」
真っ白なメモ帳。
トレーニングメニューとだけ上に書かれたその空白は、俺が何度も消した後で少し伸びていた。
「どうすっかな……」
トレーナーとしての戦争が、始まろうとしている。