担当ウマ娘がダンボールかぶってる 作:徐々に奇妙な冒険
ハリボテエレジーは松葉杖で歩いてきた。
激しい運動はしないという条件で、なんとか歩けるらしい。
俺としては安静に車椅子でも使ってほしかったが……過保護と言われて合点したので好きにさせておく。
とにかく今日は、ハリボテエレジーが復帰したときのためにできる限りの用意をしておこう。
つまるところ、勝負服である。
デザイナーがウマ娘の姿を見てデザインをし、調整に調整を重ねそしてそれは華々しい衣装となってレースおよびウイニングライブで使われることとなる。いわゆるバフ装備。
「〜♪」
適当に口ずさみながら車を飛ばし、とあるビルの駐車場に止める。
「いらっしゃいませ」
「ハリボテエレジーの勝負服を受け取りに来ました」
「はい、こちらへ。社長がお待ちです」
社長かぁ。なんだか待遇が豪勢だなぁ。
通されたのはこぢんまりとした会議室のような部屋。そこに、場違いなスーツの男が一人座っていた。
こちらに気づくと立ち上がり握手を求めてくる。
「あなたが、ハリボテエレジーの」
「えぇ。よろしくお願いします」
「どうもどうも。ささ、お掛けになってください」
さっそくですが、と社長さんが何かマネキンのようなものをひっぱりだしてくる。
チューリップを逆さにしたような赤いケープマントが印象的の衣装。
「これがハリボテエレジーの?」
「はい。頭にダンボールかぶってらっしゃるので、そちらの予備も作りました。こちらです」
どんと置かれたダンボール。
ハリボテエレジーがいつも使っているものと同じように黒ビニールで目穴を確保。
いつものと違う点は側面に切り込みがいくつか入っている。これは?
「空気を取り込む線ですね。それと空気抵抗が大きいと判断したのでとても小さなアイアンエッジをつけて風を絡め取る構造にしました」
ルール的にどうなんだろうそれ。
「もしもご本人から不満な点が上がりましたら、すぐにこちらへ。三回までなら無料で作り直すことが可能です」
「なんだかデザイン系の仕事みたいですね」
「デザイン系の仕事ですから」
マネキンに着せてあるのは予備なのか、秘書的な人がビニールに包まれたものを持ってくる。靴やマスクもセットで。
それらをもらった紙袋に詰め込んで(ダンボールは組み立てたり畳むことができる高性能ダンボールだった)、帰ろうとしたとき、ふと思いつく。
「そういえばなんですが、ここって蹄鉄も扱ってましたよね」
「……? はい、良ければご覧になりますか?」
「あぁいえ、そこまでしていただかなくても……。あの、脚に負担がかからない蹄鉄ってあったりしますかね?」
「脚に負担がかからない蹄鉄ですか……ふむ……」
「ハリボテエレジーは踏み込みを武器にしているんですが、先日医者から負担がかかっていてこのままでは危険だと言われたんです。なので、何かしら策を練ろうと思って」
「ははぁ、そんな
幻のウマ娘。
それってこの前俺がようやく思い出した……。
「トキノミノル?」
「そう! そうです、さすがお詳しい!! そのトキノミノルなのですが、彼女も脚が弱く何かしらの工夫をしていたと聞いております。当時の蹄鉄が残っていれば良いのですが……」
「保管している場所はわからないんですか?」
「申し訳ありません、
「なんですか!?」
「思い出しました、
社長さんがどたどたと部屋を出る。
トキノミノル……どこぞの幻のウマ娘さん、いろんなところで出てくるなぁ。
顔も知らない彼女は今どこで何をしているのだろうか。
そうしてどたどたと帰ってきた社長さんがパソコンにUSBメモリをぶっさす。
出てきたのはバグった画面で、曰くデータ破損で音声しか読み取れないらしい。
まあそれも仕方ないか。大丈夫ですと伝えると、マウスがカチリとなり、パソコンから音質の悪い歴史が流れ始めた。
『パーフェクトと呼ばれていたウマ娘! 名を改めて再びこの地へ降り立った! まさに十連勝であります! その名もトキノミノル!! トキノミノルの圧倒的な勝利であります!!』
『お姉さん! 僕、いつか、お姉さんみたいな人を育てるトレーナーになる!! ぜったい!!』
『それは楽しみですね。なら、んしょ……。これを、なんだかわかりますか? 蹄鉄って言うんですよ。あなたに差し上げます』
『いいの!? ……ありがとう!! 大切にする!!!!』
『あなたのトレーナー姿、楽しみにしてますよ』
『うん! まってて!』
「……ふむ。どうやらこの様子ですと少年らしき人物に譲渡したようですな。ウマ娘の蹄鉄は縁起が良いとされていますから、トキノミノルはこの少年の未来を願って、蹄鉄を渡したんでしょうな」
「…………」
「ううむ、声だけでは少年が今どこで何をしているのか見当もつきませんな。少年がSNSなどをやっていて、なおかつトキノミノルの蹄鉄を自慢でもしていればいいのですが……」
「そう、ですね。協力していただきありがとうございました」
「いえ、お力になれなくて申し訳ありません。また、ご贔屓に」
社長さんの元を離れ、スマホを開く。
電話帳をスライドし、しばらく使っていないアドレスを引っ張り出した、
コール音が響く。車のエンジンをかけながら相手を待った。
『もしもし』
「もしもし母さん? 今空いてる?」
『どした急に。なんなん、里帰り?』
「仕事。鍵今持ってないからポストに入れといて」
『アンタも大概忙しいねぇ』
アクセル踏み込んで車を発進させ高速まで進路を決定。
近況報告とか担当ウマ娘のこととかはほどほどに通話を切る。
……さっきの音声、なんか聞き覚えがあったな。
トキノミノルの方じゃない、いや、そっちもなんか聞き覚えはあったんだけど、それよりも気になるんだ。
トキノミノルの蹄鉄の在処を、多分俺は知っている。
◇
実家はあまり変わった様子はなかった。
まぁそりゃ中央で働くことになって実家を出てまだ数年しか経っていない。当たり前だろう。
なぜか玄関先にイルミネーションの取り付けられた門松を置いていたり、しめ縄を屋根から垂らしていたりとにかく縁起物を置いているが、まあ誤差の範囲か。
知らん犬小屋とそこでうずくまる獅子舞なんて気にしない。
「ただいま」
「あらおかえり! 早かったわね。電車すぐだったの?」
「いや普通に車だから」
「あ、あのバカ息子が車……!? あぁ、ついに無免許運転を……」
「取ったよ車の免許は!! ったく人をなんだと思ってんの……」
いくばか老けた母の顔。
懐かしい気持ちになったが今はそれどころじゃない。
「母さん、俺の部屋そのまんま?」
「ええ、たまに掃除機かけたりはしてるけどそのまんまよ。ベッドの下のえっちな本だってそのまんま」
いつかこの母は正座させなきゃいけないらしい。
「あらその顔、本当にベッドの下にあったのね」
「…………」
息子をはめやがったぞこの女!!
階段上がってすぐの部屋! 俺の、俺だけの部屋!
うーっわ、「トレーナーになるための100の知恵」じゃん懐かしい。持って帰ろ……いや違う違う違う。
「なぁに? 探し物?」
押し入れを開け、色んなものを放り出して奥の方へと進む。
俺の記憶さえ正しければこの辺に……!
「……あった」
あった!
「何その白い箱。そんなのあったかしら」
「母さんが箱をくれたんだぜ。保存用にって」
開けるとそこには、くたびれてぼろぼろ、ところどころに芝の緑色が染み付いた蹄鉄があった。
隅の方に紙が差し込まれており、幼い字で「みのるねえさんから」と書かれている。
ビンゴだ。
やはり俺は、過去にトキノミノルと会っていた!
あの音声の少年は俺だった!
あぁ、トキノミノル。あの時の少年は立派なトレーナーに育ちましたよ。
……ついさっきまで約束を忘れていた? はは、知らんな。
「蹄鉄? ……あぁ、あの時のウマ娘さんの?」
「そう、そうなんだよ。多分これに何か工夫がされているはずなんだ」
慎重に蹄鉄を持ち上げる。
これはプレミアが付いているらしいからね。慎重にしないとね。
「……? これは……」
蹄鉄の裏……靴と合わせる面には、何か布状のものが張り付いていた。
柔らかくてふさふさしている。
「母さん、これなにかわかる?」
「これはフェルトね。随分と昔のものだけれど。薄く切って縫い付けてあるわ」
「フェルト……そっか、フェルト! トキノミノルは蹄鉄と靴の間にフェルトを仕込んで負担を軽減してたんだ……!」
その時、ふと閃いた!
このアイディアは、ハリボテエレジーとの
トレーニングに活かせるかもしれない!
「ありがとう母さん! じゃ俺行ってくるよ!」
「ええっ! ちょっと、お茶してかないの?」
「今、そんな場合じゃないんだ! またハリボテエレジー連れて来るよ!!」
掘り出した蹄鉄を大切に抱え、車に乗り込んでいざ行かんトレセン学園。
時刻は昼を回ったころ。あと二時限くらいが終わったら、トレーニングの時間だ……!
ハリボテエレジーは骨が折れかけだから、まずは靴を合わせるところから……!!
───…………。
怒涛の勢いで帰って行ったわねあの子。
全く、部屋もこんなに散らかして。それで、蹄鉄を一対持ってまた東京に行っちゃうんだから。
そんなにウマ娘が好きなのね。なんだかユメヲカケル! って感じ。
「トキノミノル、か」
お父さんも好きだったような気がする。逸材だ! みたいなことを言っていたような。
散らかった部屋を片付けていると、あの子が集めていたらしいウマ娘のブロマイドが目に入る。
確かあの子、トキノミノルのものも持ってたと思うんだけど……ここにないってのはどういうことかしら。
「……あぁ、隠してくれって頼まれたんだっけ」
確かこの畳の隙間に……あぁ、あったあった。
「あなた、まだウチの子に追っかけされてるわよ」
これでまだウマ娘に関わろうってんだから、未練たらたらよね。
はーあ、いい加減にしてほしいわ。幻のウマ娘なんだから幻でいなさいよ。
「連絡くらいしなさいよ、親友」
でもちょっと懐かしくなったのは、本当かな。
まぁ、アレならきっとうまくやってるでしょう。
なにせ、私が担当したウマ娘なんだから。