担当ウマ娘がダンボールかぶってる 作:徐々に奇妙な冒険
不屈のトウカイテイオーやシンボリルドルフ、ゴールドシップやディープインパクトなどが出走しているレースで、有名なウマ娘はほとんどが出ている……否、このレースで勝った者が有名なウマ娘となる。そんなレースである。
『中山レース場、皐月賞。芝2000天気は晴れの良バ場となっております。さあ、一番人気はこのウマ娘、5番、ミッドナイトモーセ』
『良い仕上がりですね。やる気も絶好調のようです』
『二番人気は9番、ギンシャリボーイ』
『前回は凄まじい走りを見せてくれました。彼女の走りは魅せますよ』
トレーナーと生芝、そしてハリボテエレジーは観客席の最前列で出走ウマ娘を見ていた。
ギンシャリボーイが一瞬ハリボテエレジーの方に手を振り、それを遠慮がちに返す。
皐月賞という憧れの舞台は、ハリボテエレジーも出たいと思っていた。
しかし今の自分では勝てないことを悟り諦め、ならばとギンシャリボーイの応援に力を入れることにしたのだ。
やはり名前からして髪色は銀が似合うんじゃ……と言った雰囲気になるが、そのままでも充分に似合っているので誰も言及しなかった。
そして、ハリボテエレジーを驚かせたのは、ギンシャリボーイだけでは無かった。
『五番人気、1番、テッペンカイザー』
「…………!」
『皐月賞にはギリギリ出らえたと聞きます』
「テッペンカイザー、皐月賞なんだな」
「そうですね……あぁ、羨ましいなぁ」
ハリボテエレジーに気が付いたのか、テッペンカイザーは拳を観客席へと突き出し、ぴっと人差し指を立てて見せた。
この場の誰もが、皐月賞優勝を目指して戦って来たのである。主人公は、ハリボテエレジーだけではなかった。
と、ハリボテエレジーは隣にいた二人の男が話しているのに気づいた。
なぜか無性に気になって、ダンボールの向きだけは変えずに耳を寄せると……。
「皐月賞……テッペンカイザーは少しキツイな」
「どうした急に」
「テッペンカイザーはメイクデビューからずっと直線だけを走って来た。ハリボテエレジーに追いつくために頑張ってきたけど、まさか皐月賞に出るなんて……有名なことだが、中山の直線は極端に短い。さらに、脚質自在のギンシャリボーイとカーブがうまいモーセがいる。最近になって人気が出てきたカイザーも、これは対応できないんじゃないか」
もっともであった。
テッペンカイザーが何をなしてきたかはハリボテエレジーには見当もつかないが、もしもこの男の言う通りにテッペンカイザーが直線のみを走ってきたのだとすれば、皐月賞は厳しい結果になるだろう。
最初に戦ったからこそ、分かっていた。
「(……安易に応援はできないかな)」
こちらはギンシャリボーイも応援している身。苦しい選択だった。
「大丈夫だよ」
「トレーナーさん……」
「二人とも応援すればいい。一番良いのは、ギンシャリボーイとテッペンカイザーがワンツーを決めることだ。順位は……どうしようもないけど」
「……そうですね。二人ともがんばれーっ!!」
二人は大切な友人であった。
ハリボテエレジーの声が届いたかはわからない。
だが、確実に二人の背中を押す声となっていた。
『各ウマ娘、ゲートに収まりました』
頬を叩いたり体を震わせたり、各々がゲートが開くのを待つ。
そして、鉄の扉が開いた瞬間。
「「「「ッ!!」」」」
『スタートしました、まず最初に出てきているのは9番ギンシャリボーイ。ギンシャリボーイが、これは逃げ、逃げの体制で走っていく。その後ろをピタリとくっついていくのは3番モーニングコール。一番人気のミッドナイトモーセはバ群に沈んでこれは差しの位置』
『ギンシャリボーイが大きく回っています。観客に見せるような動きをしていますね』
ギンシャリボーイは髪を揺らしながら最前線を突き進んで行く。
強い風が彼女の体を打ち付け脚が震えるが、その程度で弱音を吐くほどやわにはできていなかった。
ハリボテエレジーの視線はギンシャリボーイから後方でモーセと睨み合っているテッペンカイザーへと移る。
「(早めにスパートをかけれる位置につきたいのに……隣が邪魔で動けない……!)」
「(ヒヒヒ、内に入っちゃったのは失敗だったね。悪いね、わたしゃ一人一人潰していくタイプなんだ)」
ニヤリと笑うミッドナイトモーセ。
そのモーセに接近され、テッペンカイザーはポジション取りができなくなっていた。
『さあギンシャリボーイが逃げる逃げる、後方に続くモーニングコールに被さるように走って抜けさせない。後方バ群の後ろから少しづつ迫ってきているのは7番サンカンビ……っとここでミッドナイトモーセが仕掛ける!』
「(モーセが? なんで……ッ!)」
訝しんだテッペンカイザー。ギンシャリボーイもチラリと背後を見た。
そこにあったのは、バ群との圧倒的な差。
ミッドナイトモーセに群がるように走っていたウマ娘たちが、想定していたよりも後方にいたのだ。
「なるほど、チクショウ……」
「トレーナー、さん……?」
「ミッドナイトモーセはわざとバ群に埋まって周りを牽制してたんだ。抜け出そうと思ったタイミングで邪魔して、他のウマ娘たちを巻き込んで先頭との差を広げてたんだ。それでもって、多分アイツは……」
じゃあね
「まだ脚、持ってんだよなぁ……」
『おおっとバ群から黒い影が飛び出す! ミッドナイトモーセ、ミッドナイトモーセだ! ミッドナイトモーセが距離を詰める! ゴールまで残り400、ここでスパートをかけたかミッドナイトモーセ!! 先頭は依然ギンシャリボーイ、後ろモーニングコールとミッドナイトモーセ!』
してやられた。
テッペンカイザーが拳を握る。
ギンシャリボーイにたどりつくどころか、ミッドナイトモーセのペースに完全に飲まれていた。これでは周りのパッとしないウマ娘と同格。俗に言う噛ませ犬だ。
嫌だ、嫌だ嫌だ。そんな思いとは裏腹に先頭との差はどんどん大きくなっていく。
何バ身あるのか、それすらも今のテッペンカイザーには理解できなかった。
「(確実に後ろから来ている。コールのブロックには成功してるけど、モーセの足音がすぐそこまで来てる。ここでスパート? いや、もしもそれで間に合わなかったら……)」
先頭を睨むテッペンカイザーとは逆に、ギンシャリボーイは後方を気にしながら走っていた。
理解はしていたつもりだったのに、ミッドナイトモーセと自分にある明らかな技量の差に、喪失感さえ覚えていた。
脚質自在を獲得するための血が黒ずむような努力も、才能の前には地に伏すのだと。
「「(だけど……ッ!!)」」
後ろから抜かされて悔しかった。しかし今、テッペンカイザーは走っている。勝負はまだ続いている。
己だって天才と謳われたウマ娘。ここで折れては、二度と戻れなくなってしまう。ギンシャリボーイは今、走っている。
だから。
だから、だから。
くやじい……っぐ……メイクデビューなのに……くやしい、です……
次は負げまぜん。ぜったいに。ぜったい、負けませんから
うん。他のレースで、戦おうね
あの約束を、果たすために。
諦めちゃいけない。
諦めてはいけないんだ。だから私は……!
───[
「走るんだッ!!」
テッペンカイザーはその前のギンシャリボーイに目を向ける。
視線が、あった気がした。
「(後ろから見てる……間違いなく、あの子が来る。恐らく、とても速い末脚で)」
しかし、だからとて負けるわけにも行かない。
このレースで脚質を逃げにしたのは何故だ? 見せつけるためだ。誰に? 同期に。
ぐるぐる回る思考の渦の中、ギンシャリボーイが奥歯を噛んだ。
「(そうだ。今の僕は逃げだ。逃げって、後ろを気にして走ることじゃない)」
とにかく速く走る。そうホワイトボードに書いたじゃないか。
「(だったら気にしてる暇、ない!!)」
───[スシウォーク]───
大きく、踏み込んだ。
両者、同時に。
「なッ!?」
『おっとバ群からもう一人ウマ娘が飛び出てきた! 泥と草を蹴り飛ばしてあれはテッペンカイザー! テッペンカイザーがミッドナイトモーセよりも速く差し迫る! そして前方ギンシャリボーイがスパートをかけた! 縮められた差はここで返すつもりか! テッペンカイザー、ミッドナイトモーセと並んで睨み合い! 二人してモーニングコールを追い抜き、先を走るギンシャリボーイを目指す残り200! ギンシャリボーイ、リードは2バ身、これは間に合わない! 今一着でゴールイン!』
「(せめて、せめてあなたは……)」
「(この小娘、わざと隣でブロックを……!)」
「(モーセだけには、食らいついて見せる!)」
『テッペンカイザーとミッドナイトモーセが根性のぶつかり合い! ミッドナイトモーセ、わずかにミッドナイトモーセ! ミッドナイトモーセが二着! テッペンカイザーは三着となりました!!!! 皐月賞、完璧な差を見せて三人のウマ娘がゴールインしましたァ!!』
ゆるゆると減速したギンシャリボーイ。
栄冠を手にしたウマ娘に、そしてレースを走り切ったウマ娘たちに、観客から歓声が向けられる。
うるさくも心地よい音圧に操られ、ギンシャリボーイは天へと拳を突き出した。
「……うるさい、ですね……」
テッペンカイザーは仰向けで倒れ、空を見上げていた。
体の底の底からあらゆる想いを絞り出して、結果は銅であった。
「……ぐっ……」
青色の空が、滲んで見えた。
「くそおおおおおおおおッ!!!!」
絶叫は歓声に呑まれ、掻き消えた。
それがなぜか異様に悔しくて、テッペンカイザーの口から息が漏れ出す。
肩を震わせ、ないながら笑顔を見せた。
ウマ娘とは、レースとは。
常に極限状態で戦い、勝てば笑い、負けても笑うぶつかり合いである。
「……クソかっこいいよ……ギンシャリボーイ……ミッドナイトモーセ……テッペンカイザー……!」
「はい……本当に……!」
「やっぱり僕、レース好きです。もっと見たいです! 色んなウマ娘の活躍を!」
「そういやお前レース中なんも喋らなかったな」
中山レース場はしばらくの間、ウマ娘たちを労う声で溢れていた。
そして、その中山レース場の入り口。
実況を流していたスピーカーから、突撃取材の声が流れ始めた。
『皐月賞一着、おめでとうございます!』
『はっ……はっ……ありがとうございます。あはは、ちょっと疲れちゃいました』
『すみません。一個だけお願いします。今、一着を取ってどんな気分ですか?』
『そうですね……良い走りを見せれたと、思っています……ちょっと待ってください、これって入り口のスピーカーにもつながってますよね』
「…………」
金色に染めたロングの髪が風に揺れる。
レース場に背を向けるそのウマ娘に、スピーカーから声が投げかけられた。
『見ててくれた? バンチョー』
「…………」
『僕、勝ったよ』
「……ふん。ま、よかったんじゃねえの」
コートのような学ランを羽織ったウマ娘は、路端の花に目をやりながら、ついには中山レース場を去った。
ラッピングがされていてまるでついさっき捨てたように見える花。
春先によく出回る、紫のラナンキュラスであった。