担当ウマ娘がダンボールかぶってる 作:徐々に奇妙な冒険
閑話 理事長はたいへん
「……無念」
親の後を継ぎ、トレセン学園をどうにか盛り上げようと私財を投入してはたづなに怒られていた。
「もう少しは許してくれても……」
ぶちぶつと呟きながら廊下をぐったり歩くやよいは、やはり背後からみればただの子供にしか見えないだろう。
そんなやよいに、声をかける者がいた。
「理事長!」
「お?」
いつぞやの体育教師である。
職員室でラバーストラップを開封するといった軽い言動や楽観視したような性格は教師として難ありと思われたが、あの場の雰囲気が柔らかくなったり教員の結束力が高まったり、ムードメーカーのような役割を果たしているのも事実。
トレーナーとしても優秀な成績を収めている男をやよいは気に入っていた。
「ちょっと時間空いてます?」
「執務! もう少しで終わるから、理事長室に入りたまえ!」
「あ、うっす」
あまりにも軽い。
この男は自分が少しペンを動かせば職を無くしてしまうことを分かっているのだろうか。
あっけらかんと、しかし無礼のないように最低限の礼節を持って理事長室に入る男の姿を見て。やよいは少し気分が良くなった気がした。
理事長室のソファにぐでっと座り、男が壁の勲章を眺める。
やよいはそのまま机に向かうと残りの書類に目を通し始めた。
「……理事長って、休みあるんですか?」
「……?」
「いや、この前『休養! 私だって休みがほしい!』って言ってたんで」
「合点。……いや、実際は極限までないと言ったほうがいい。家に帰ってもやることは無いから、ほぼ学園で仕事をしているぞ」
大変っすね、と男が億劫そうに声をあげる。
ぎゅっと書類にハンコを押したやよいは伸びをすると、書類を見つめながら男の次の言葉を待つ。
「仕事が終わったらでいいんで、ちょっと理事長の時間を俺にくださいよ。はい、紅茶っす。職員室のものっすけど」
「感謝ッ。……うむ、相談に乗ろう!!」
「あぁ、時間をくださいって、相談じゃないんですよ」
「……?」
「ちょっと俺と、デート行きませんか」
◇
「おお、ここが……」
「はい。来たことあります?」
「いや……」
やよいの目の前に聳え立つのはアラウンドワンだった。
ゲームセンターがあったりボウリングができるこの施設は、本来ならばトレーナーが担当ウマ娘とリフレッシュのために来るような場所。
そこに「デート」と称して上司を連れ込むこの男の思考回路が、やよいには理解できなかった。
「……事案……?」
「何考えてるんすかっ!? ……いや、ここ最近、理事長元気ないなぁと思って……息抜きに、どうですかね?」
「諦念。来てしまったら楽しむしかないだろう」
部下に気遣われるとは思っておらず面くらい、やよいはとりあえず乗ってみることにした。
すたこらとゲームセンターに入りながらオーバーワークは体に毒っすからね、と言う男につい最近エナジードリンクでガンギマリしてぶっ倒れたくせに、と思ってしまうやよい。
だが、後の仕事とか男の気遣いに対する礼は、扉が開いた瞬間流れ出す爆音に全てかき消されてしまった。
「おぉ、おおお……!」
「いろんなゲームありますよ! 理事長、どれから遊びます?」
「興味ッ!! では、あれを!!」
理事長が指さしたのはウマ娘に人気のクレーンゲームだった。
やよいが硬貨を入れると軽快な音とともにBGMが流れ出し、手元のボタンが点滅する。
反射でポチりとやよいが押すと筐体のクレーンが動き出し、びくっと驚き手を離す。
「あちゃあ」
「む……下に行き出した」
「これは長押ししてクレーンを動かすんすよ。で、目当てのぬいぐるみの上に来たらちょうどいいタイミングで離す。そしたらアームが降下してぬいぐるみを掴む。みごと左の穴までぬいぐるみを持って来れたら……」
「獲得! というわけだな?」
「その通りです!」
再び硬貨を投入、今度は慎重にボタンを押し、常に一着を取ろうとするウマ娘がモチーフのぬいぐるみの上で止めた。
男がよしっ! と声を上げ、やよい自身も手応えがあったもだが……。
「あっ!」
「不覚ッ! 少しズレていたか! もう一度……」
「ああちょい待ち理事長! えっと、これを狙ってみませんか!」
「ライスシャワーか? ……承知!」
男の指示で、やよいが狙いを変える。
今度は狂いなくアームが降下し、漆黒のウマ娘のぬいぐるみの頭部を掴んだ。
男は「ウマ娘にぬいぐるみの頭は大きく作られてるから頭を狙った方が良いんですよ」と得意げに解説する。
誰の頭がデカいって!? とどこかで聞いたような声を聞き流しながら、やよいは若干の期待を込めた目でアームを見つめる。
やがて穴の真上まで来たアームがぬいぐるみを手放した時……。
『やったね!』
「上場! 取れたぞ!!」
「おぉ、うまいっスね!」
年相応にぬいぐるみを抱えるやよい。
その姿に妹のような娘のような感覚を覚えてじんとしてしまった男は胸を抑えた。
「歓喜!! 息抜きというものがこんなに楽しいとは!!」
「ストレス発散なら、ここが1番娯楽施設を多く取り込んでると思うんで……今日はガンガン楽しみましょう!」
「うむ! あっ、次はあれを!」
そう言ってやよいが指さしたのはメダルゲーム。架空のウマ娘にメダルを預け、レースで賞金を稼いでもらうというものだった。
男が横から差し出してきた銀貨……メダルの山を見て、少女の子供心は完全に復活した。
そこからは怒涛の勢いであった。
架空のウマ娘と言えども
意味もなくじゃらじゃらとメダルを掘り返し、その心地よい音に耳を傾ける。
まさに、理事長がここ最近疲労で失いかけていた、はしゃぐという行動なのだった。
対して、それを眺める男のカップには残されたメダルが一枚。
商才の無い男だった。
「……ま、目的は果たせたかな」
ピンと指先で弾いたメダル。
蹄鉄の柄が描かれたメダルはくるくると宙を舞い、再び男の手に戻った。
ウマ娘に一生懸命で、本来同年代の者であるならテレビに齧り付いているような頃であるはずなのを新聞と雑誌で補った女の子。
そんな子が、ただひたすら、爆音と喧騒の中でゲーム画面に食らいついている。
その事実が、男には嬉しくてしょうがなかった。
「……む! 残りのメダルが少ないではないか」
「いやあ、才能ないっス……お隣失礼しても?」
「承諾! そして譲渡! カップ一杯持って行くといい!」
「はは……あざっす」
ご機嫌な様子で次のレースを見守る少女の傍、箱にカップを突っ込んでメダルを貰う男。
側から見れば親子に見えなくも無いが、メダルを譲渡しているのが娘側というのもいかがなものか。
渡した分は勝って補う。見事に大勝ちを決めたやよいはふんすとふんぞり返った。
「愉悦ッ!! 所詮はゲーム!!」
「どこの神様なんですか……っと、本当に大勝ちだ……すげえや」
「どうせこの後も仕事に戻るなら、ここのゲーム全て買収し学園に置くのもやぶさかではないな!」
「あぁ出た出たズレた価値観。たづなさんが怒りますよ」
「脱法! たづなに隠せばいい!」
ガンジーも助走つけて殴るレベルの事を堂々と言いながら、やよいは男を連れてアラウンドワンのゲームコーナーを歩き回る。
時にメダルを全て失って涙をこぼしている少年に分け与えたり、メダルの連続投入でゲーム機を詰まらせたり。
ついにアカウントを作ってメダル貯金箱に貯蔵し始めたところで、男が時計を見て声を上げた。
「もう遊べる時間少ないですよ」
「む……では最後に……うむ……」
楽しい時間というのはすぐに過ぎて行く。
レースを見ている観客の気分になりながら、やよいは最後に楽しむものをとあたりをキョロキョロと見渡した。
メダルゲームは貯金箱を登録したためまたいつかできる。
ともなれば、選択肢は百円を入れるタイプの物となる。やよいが最後に目をつけたのは……。
「あれを!」
「プリクラ……?」
「やるぞ!」
「えっあっちょっと」
男の手を引き、プリクラへと入るやよい。
もはや手慣れた動きで硬貨を投入し、指示通りにカメラを見た。
そして、カメラからカウントダウンが聞こえたとき。
「よっ」
「なっ!!」
ひょいと、やよいの体が持ち上がった。
『パシャッ!! 可愛く撮れたね!』
「いやぁ、理事長は背が低いんで頭の位置合わせないと行けないかなぁと」
「む、むぅ……」
「次は編集ですよ……うわ目ェデカッ」
ペンを渡され、ぎこちないながらも落書きをしたやよいは、取り出し口から出てきた写真を見つめる。
いつもよりも顎が削れてかつ目が大きめになっている男はもはや別人。
慌てて振り返った自分は顔が認識されなかったのか加工無しで、自分が美形っぽい異形のナニカに抱き抱えられている姿だった。
それが妙におかしく、ふふと笑いが溢れた。
「……楽しかったっすか?」
「勿論!!」
「なら、良かったっす。帰りましょうか」
ポケットから車の鍵を出して歩き始める男は、今かなり危険な状況にあると聞いている。
担当ウマ娘の体質やダンボールマスクの事など、レース運営者に無理を言うためにかなり東奔西走しているのだとか。
少しくらいは、威張ったり愚痴ったりしても良いのではないか、そんな事を考えるが……。
「……? どしたんです理事長? 駄々こねてもダメです、帰りますよ」
「……あぁ!」
きっと多分、男と自分は同類である。
ウマ娘のためなら、なんでもできるのだ。
そんな思いとプリクラを胸に。熱い決意とぬいぐるみを両腕で抱え、やよいは次への一歩を踏み出した。
理事長室の高級な机の上には、一枚のプリクラと幸福を告げるウマ娘のぬいぐるみがあるのだとか。それが事実かどうかは、定かでは無い。