担当ウマ娘がダンボールかぶってる 作:徐々に奇妙な冒険
「……寝不足ですか?」
「あぁ、まぁね。オマワリサンに追っかけられた」
「お巡りさん!? 何か悪いことしたんですか!?」
「そういう名前のウマ娘だよ。……まあ実際にお巡りさんはしてるけども」
翌日。
さわやかな風の吹く芝に座ってうつらうつらとしていると、ウォームアップのランニングを済ませたハリボテエレジーが覗き込んできた。
もう体は完全に大丈夫なようだ。めざましい成長も遂げている。
最初はヒィヒィ言っていたはずなのに、今ではもう普通のターフでは息一つ切れない体になった。
もちろんレースとは違うだろうしその場の緊張やコンディションもあるかとは思うが、今や立派なアスリート。
「そうですか……まぁ……いい……んですかねぇ……?」
「大丈夫だ、あいつ頭バクシンだから」
「ば、ばくしん……」
「それよりもお前結構仕上がってきたな。横浜ステークスも近いが、どうだ調子は?」
「万全です! 怪我しないように気をつけないと……階段とかたまに怖くなっちゃうんですよ。あと曲がり角」
「あー、お前平面走るのだけが得意だもんな」
「降りるのは得意なんですけどね」
それもそれで意味わからんがな。
なにか? 頭のダンボールでソリ作ってすい〜ってか。
「ナイスネイチャも出るそうだし、負けられないぞ」
「ほほう。エモいレース、作って見せますからね!」
「期待してるよ」
とん、と互いに拳を突き合わせる。
満足したのかハリボテエレジーはタイマーを俺に渡して一周の速度を測り始めた。
……あれ? 横浜ステークスって芝じゃなくね?
スマホですいと調べると、過去の横浜ステークスはダート試合。
天気予報は……
「……あいつ、ダート練習って授業以外にしてなくねぇ?」
これはあかんかもしれない。
「ハリボテエレジー、ダートだ! ダート練するぞ!」
「うぇっ!? わっとと、とととっ……あべし」
「ハリボテエレジー!?」
急に止まって顔面から芝に突っ込んだハリボテエレジー。
ダンボールフェイスがあったので無事だったか、膝が擦りむけていた。
トレーニングするとき救急箱はいつも常備しているので消毒と絆創膏をささっと施す。
膝に絆創膏を張ったその姿、どこかで見覚えあるような……?
まぁいいか。ダート行きましょうダート。
◇
豆知識だが、ダートはアメリカでは煉瓦を砕いた物というか、赤土的なものを使っているらしい。
日本もそれに倣って赤土式ダートコースを作ってみたのだが、無論ダートコースは水捌けが悪い。
島国である我が国ニッポンは雨が多く、ダートに適していなかったのだ。
じゃあ、どうなったか?
砂だ。砂に変わったのだ。
水捌けよしな砂はカラッカラの状態だとやはりもうなんかやばいくらいに脚が取られる。
パワー練には最適なこのコースだが、脚にかかる負担が少なくなるという利点もある。すくなくともハリボテエレジーが骨折するようなことにはならないのが幸いだ。
つまるところ、芝ばかりで走っていたハリボテエレジーのは少々体力の消費が激しいという点もあるが、その分跳ねっ返りで体力の上昇が見込めるということだ。
さ、走れハリボテエレジー。
「おふっ」
転んだ。
「む、難しい……!」
「天気によって変わるが、基本はこれと同じか少し硬めのコースと思って走れ。意地の悪いウマ娘がいたら、蹴り上げて泥を被せてくるかもしれんぞ」
「
「これがプロの世界だ」
というわけで、併せってわけじゃないけどやってきて貰いました。
トレーナーと、一人のウマ娘に。
俺は声を上げる。
「お二方、お呼びだァ!」
「出走デース!!」
「勝利デースッ!!」
「なっ!?」
手で指し示すした方向に、太陽を背にしたシルエットが二つ。
意外と高いところにいるそれらは空中に身を投げ出すとくるりと一回転し、俺たちの目の前でスーパーヒーロー着地を行った。
そしてどこからともなくピェェェッとコンドルが鳴き、ウマ娘の肩に着地した。
事前に渡されていたメモを大仰に読み上げる。
「天呼ぶ地呼ぶ、人が呼ぶ! 荒野のスピードレーサー、エルルルルルルルルルルッ*1コンドルッ───パァァァサァァァ!!!!」
「デース!!」
「己の道は金の道! 財閥の息子であり有名企業の社長でありそして敏腕トレーナー!! 空を舞う一角の翼!! ペガサァァァスッ!! Uッ!! クロフォォォォォォドッッッ!!」
「デース!!」
ババァン、と爆炎でも背後に纏っていそうなポーズを撮る二人。
再びピェェェッとコンドルが鳴く。
……めちゃめちゃにキマッた登場してきおった……!
「はい、というわけでエルコンドルパサーとクロフォードトレーナーにやってきていただきました」
「く、クロフォォォォォォド!」
「デース」
「あ、普通にクロフォードって呼んで良いからね」
「デース……」
基本この人は語尾にデースってつける。結構面白い人。
けどその眼は侮れない。エルコンドルパサーがデビューする前に目をつけておき、何回か彼女の前に顔を出して友好関係を築いていたそうな。
そしてダートの女神エルコンドルパサー。
いや普通に芝も走るし多分芝の方が適正高いんだろうけど、なんでもこなしてしまうのが彼女だ。
ちなみにこの娘もデースって言う。
「ハリボテエレジーは横浜ステークスに出ようとしているんです。でもダート走ったことほとんどないから教えてほしいんdeath」
「オー……仕事が増えるデース!」
「頼むよクロフォードトレーナー……チーズやろうか」
「さぁ、出走デース!」
「了解っ、デース!!」
「現金だな……」
エルコンドルパサーがダートを踏みしめる。
ちょいちょいとハリボテエレジーを呼んだのでまずは走り方から教えるつもりだろうか。
「すまないね、クロフォードトレーナー」
「ナーイスネイチャからも指導を頼まれたデース。ブラック企業デース」
「ナイスネイチャも?」
「そうデース。『勝ちたいウマ娘がいるから』だそうデース。オー、シルブプレ」
「お前シルブプレの意味知らないだろ」
ってかこいつフランスじゃなくてアメリカ国籍だったはずだが……まぁこの際どうでもいい。確か日本の血も混ざってたと思うし。
しかし、ナイスネイチャが。
たしかにナイスネイチャはダートで走るのを苦手としていた気がする。指導を受けにいくのも道理か。
しかし、『勝ちたいウマ娘がいる』ねぇ……なかなかアツいことしてくれるじゃないの。
「なるほどわかりました!」
「トレーナーっ! 完璧っ、デース!」
「そうしたら実践デース! コイン投げマース!」
「「はいっ!!」」
だ、段取りが早い!!
実にスピーディだ。やはり新米トレーナーとプロトレーナーの差はでかい。
コインが落ちるのと同時に二人が走り出す。
「アイエエエナンデ!? ハリボテエレジーナンデ!?」
「エルが完璧と言ったら完璧デース。エルの指導は完璧デース」
「いやでも、走り方なんてトレーナーの方が知ってるはずじゃ」
「まずはウマ娘を信じることデース」
……お?
「エルを信じてマース。無理な時は無理って言うこと、全力で頑張ること。頼まれたら敵に塩を送ること。全部全部、エルが決めたことデース」
「…………」
「トレーナーの役割はあくまで、ウマ娘のサポートデース。エルと走り、エルと生き、エルを押し上げるデース。それが、トレーナーとしての役目デース!!」
ウマ娘一人ではやれないことを、トレーナーが変わる。
クロフォードトレーナーの言う「ウマ娘と生きる」は、もしかしたら、相棒的な意味じゃなくて……。
「ウマ娘の手足になるべきデース」
「…………」
「悩み、時間ある時なら聞くデース」
「ありがとうございます」
また学んでしまった。
そろそろ、ハリボテエレジーだって自分でやり始める頃合いだよな。
じゃあ、一旦身を引いて、己のやりたいようにやらせてみよう。
自由練習、か。
「才能だけでどうにもならないのは、ウマ娘も人も同じ、ですか」
「デース」
「お、そろそろ戻ってきますよ。うまく走れているんじゃないですかね」
「筋がいいデース!」
お褒めに預かったハリボテエレジーがエルコンドルパサーに遅れないように必死に食らいつく。
後方へ砂を蹴り飛ばしながら、全力で進んで行っていた。
だけどまだ、届かない。
エルコンドルパサー自体が強力で走っているのが不慣れなダートということも重なり、うまく前に出れず……そしてそのままゴール。
うん、この調子で練習すれば、ダートもものにできるんじゃないだろうか。
エルコンドルパサーのタイムは測っておいた。きっと手加減はすているだろうが、これを抜くことを目標にしよう。
「パワーがたりないデース! もっと筋力を鍛えることが重要デースっ!」
「はい!!」
「エル、次に周回する時に全力で飛ばすデース。格の違いを見せつけてやるデース」
「デース!」
デースデースうるせぇな。
あ、なにダンボールに落書きしてんだ。黄色い線の内側を赤で塗って、目元に模様が───あらかわいいってこれエルコンドルパサーのマスクじゃねえか!!
本人もなに嬉しそうにしてんだ!!
「今日だけでダートのコツを掴んでもらいマース」
「デース! よろしくお願いします!!」
「デース! 望むところデース!」
「感染ってる!?」
砂が、えぐられた。
オグリキャップもかくやという踏み込みを見せたのは、ある一匹のウマ娘だった。
全身の筋肉は本来少女のなりであるはずの体を大きく膨張させ、抑えきれない熱が肌の表面からしゅうしゅうと音を立てていた。
ひらりと舞ったチラシを片手でキャッチした彼女はそこに書かれていた文字を読む。
「横浜、ステークス……」
ぼそりとつぶやいた声は可憐で、しかし落ち着きのある声。
普段の彼女はクールなのかキュートなのか、誰にもわからない。
チラシを片手に息を漏らす彼女の後ろには、死屍累々と精魂尽き果てたウマ娘たちが横たわっていた。
「か、怪物……ガクッ」
「……ここなら、実力を発揮できるかも……?」
決ーめた、とチラシをたたみ、胸ポケットへ入れる。
深夜のダートコースに、数々のウマ娘を置き去り場を後にする彼女は、自身の代名詞となるセリフを、狂気に満ち溢れた獰猛な笑みで夜空に放った。
「うっららぁ♪」
あなたの感想が筆を走らせたりして。