担当ウマ娘がダンボールかぶってる 作:徐々に奇妙な冒険
別キャラ視点って便利だけど無闇矢鱈と長くすると読者減るよね
追えない。
届かない。
掴めない。
喉に唾と痰が絡んで気持ち悪い。
負けたく無い。
終わらせ無い。
無い。
無い。
無い───
『ギンシャリボーイが、日本ダービーを制しました!!』
いつまでも、あいつが持っている物は、俺には無い───
「……ッ……!! はぁ……夢……はぁ……」
チョクセンバンチョーは一人、暗闇の中で全身を汗まみれにして飛び起きた。
ウマ娘の数が合わなかったために同室のウマ娘はいない。転入生でもくれば話は別だろうが。
夢の中で再度見せつけられることになった、ギンシャリボーイが最も運を持つウマ娘だと分かった時の光景。
「気分悪りぃ……」
じとっとする空気の中枕元の明かりをつけ、ハンディ扇風機を起動させてチョクセンバンチョーは少しの間宙を見つめる。
いつも完全に治っている脚の疲労は癒えていなかった。
絶不調、というやつなのだろう、倦怠感が体を包み、脚は寒気を覚え鉛が流されているかのようにずんと重い。
普段より幾分か張ったよう見える脚はそのままに、だるさを無視して立ち上がる。
携帯のライトで足元を照らしつつ、寮長はいないかと警戒をしながら廊下を歩くチョクセンバンチョー。
「嫌な夢……見ちまった……」
低気圧頭痛の時のように、頭が熱く重い。
それでも病気では無いのだから、特効薬など無いことが余計に苛立ちを覚えさせた。
そんな時、ウマ娘達はどうするのか。
もちろん、己にとっての好きなことをするまでである。
「確かここに抜け穴が……っとあった。先輩には感謝、か」
ひょいと寮を抜け出し、細い道を歩いて目的の場所───ターフまで、歩いていく。
ウマ娘にとって一番好きなこと。本能である、勝ちたいという欲望、走りたいという体の奥から湧き上がる言葉。
敗北の味は、もう舌が飽きるくらいに感じたのである。ここからは己のターンだと、そう示すべきなのである。
普段寝食を丸一日中ジャージで過ごす彼女は着替える必要もなく、真っ先にターフへと歩いていった。
まだ夜明けもしない時間である。
頭にあるのは、ただ走りたい欲望と、そしてサブトレーナーのこと。
あの人を信じる事によって何か変わるのか。それが全くもって見出せなかった。
「……ふぅ。10周ってとこか」
靴紐を硬く結んで、芝へ立つ。
真夜中、遠くの街頭やライトが薄ぼんやりと道を照らす。
地面を蹴るたび、筋肉が伸び縮み、心地よい感触とともに風が己を吹く。
聞こえるのは草を踏む音のみ。
匂うのは土と芝の匂いのみ。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」
このままでは勝てないことは分かっている。
もう少しで何かが掴めることは分かっている。
だが、それを掴むためのピースが今ひとつはまらない。
もどかしさと歯痒さの間で捩れる心の隙間を汗で埋め、チョクセンバンチョーは走る。
いつしか速度はぐんぐん上がり、フォームなど少しも考えていない、ただの全力疾走となっていた。
「……くそっ」
勝ちたい。
勝ちたいんだ、オレは。
あいつに勝てればなんでも良い。何をしてもいい。
オレが無意識でつけている枷を、誰かが外してくれたなら……そうしたら、もっと早く。もっと強くなれる。
「横浜ステークス……ハリボテ、エレジー」
思い出すのはあの箱であった。
なぜか頑なに取ろうとしないあの箱。中に何が入っているかわからない。
けど、今の自分では……あの箱娘にすら、勝てるビジョンが湧かないのだ。
大した功績も無く、つらつらと夢ばかり語って、なんと滑稽だろうか。
「クソッ!!!!」
大きく踏み締めてスパートをかけた。
肺は苦しく脚が鉄球をつけたように思い。恐らく今の自分はスパートをかけたと言ってもロクな速度が出ていないはずだ。
悔しい。
「悔しい……!」
「悔しい、か」
「っ……?」
突如聞こえた声に思わずつんのめり、足がもつれて派手に転んだチョクセンバンチョー。
目の前に現れたのは、全身を黒いマントやフードで隠す集団であった。
「ご機嫌いかがですか」
「どうしようもないくらいに肩が痛い」
「そうですか。……先程悔しいとおっしゃっていましたがアレは」
「次に出るステークスに全く勝てる気がしないんだ。これで良いか。わかったら帰ってくれ」
トレセン学園に入り込めるのだから、どうせただの一般人ではない。少なくともそれなりに身分の証明された人物であるはずだ。
その思いから、チョクセンバンチョーは無下に扱うこともできず、転んで打ちつけた肩を押さえながら立ち上がった。
「その思い……私達なら、叶えることができる」
「……あん?」
しゃべっていた男の隣の人物───これも揃って黒い服である───が、アタッシュケースを取り出す。
その中から中央の人物が取り出したのは、暗闇の中でも発光して見える緑色の液体の入った注射器であった。
「あらゆるウマ娘の力を統べる薬です。これを打ち込めば、あなたはどのレースでも勝てる」
「そりゃ魅力的だ」
「そうでしょう。これさえあれば、日本ダービーを優勝で収めたあのギンシャリボーイよりも速くなれる。さぁ、今すぐ無限の力を手に入れるのです」
チョクセンバンチョーは荒い息を吐きながら、男の持っている注射器に手を伸ばした。
そうして、そのまだ幼さの残る手が容器を掴み───。
「やっぱやめだ」
地面に叩きつけ、踏み砕いた。
「なっ!?」
「この薬は少ないんだぞ!」
「何をしたかわかっているのか!!」
「知らね知らね。暗闇だから手が滑っちまってな。……ったく、ウララはどうしてこんなわかりやすい話に乗ったんだかな。どうせ断ったところを後ろから刺したんだろ」
オレはたしかに弱い。
弱いが、それで薬に頼るほど。
「オレは落ちぶれてねぇ」
チョクセンバンチョーも、一人のウマ娘である。
繋がりがあり、生きてきた足跡があり、そして信念がある。
『これでいいか』
『すごいすごい! ばんちょーはとっても早いね!』
『ウマ娘なんだから、当たり前だろ……』
『ううん! ウララより全然早いもん!!』
遠い昔の記憶。
『ばんちょー。ウララね、トレセン学園に行こうと思うんだ』
『あっそ。好きにしたら良いんじゃねぇの』
『ばんちょーも行こうよ!!』
『なんでだよ……ったく、しゃあねぇな。考えといてやるよ』
チョクセンバンチョーが、何かを一人で決めることは少ない。
ハルウララに合わせ、トレーナーに合わせ、だがしかし命令には聞かない。
全ては己と対等であると、そう思っていた。
「オレは金魚のフンみてえに他人にひっついて生きてるけど……けどよ。薬を使うとこまで真似なんて、しようとは思わない」
そして知らされたこと。
井の中の蛙が意気揚々と海へ漕ぎ出し、溺れた事。
だから、己の力のみで。
「オレは番長だ」
「……ッ」
「チョクセンバンチョーだ。バカにすんじゃねぇ。そんなモノ無くたって、全部ぶち抜いて勝ってやる」
「…………しかし」
「失せろ」
もう、他人についていく意味はない。
ここから先は、チョクセンバンチョーが決めねばならない。
「後悔するぞ」
「失せろっつってんだ。顔面蹴るぞ」
「……フン」
すごすごと引き返していく黒服の男たちを見送りながら、チョクセンバンチョーは足元で微発光している液体を見つめた。
地面に染み込み、ゆっくりと光を失っていく薬をじっと見つめた後、チョクセンバンチョーはスマホを取り出し電話帳を開いた。
数コールの後。
「……わりい、寝てたよな。でも、決心が揺るがないうちに言っておきたかった。トレーナー。トレーナーが言ってた明日のレース、出る。そんで横浜ステークスは絶対勝つ。そんで、この前トレーナーが言ってたアレ勝って、その二日後のレースも勝って、そんで全部勝つ。もう、夢掲げてるだけじゃダメだってわかったからな。……おう、急に悪かった。……べ、別にそういう意味じゃねぇから!! 切るぞ!!」
エンジンを蒸し出したチョクセンバンチョー。
闘争心はクラクションを鳴らし、熱い吐息が排気される。
空が明るみだし、橙色の光が夜を切り裂いて行く。
長い髪が風に揺れ、決意を秘めた瞳が輝いた。
チョクセンバンチョーの道が、ついに今開かれる。
◇
『チョクセンバンチョーッ!! チョクセンバンチョーが一番乗り! 後続はもう届かない! 圧倒的な勝利です!!』
勝った。
『一着チョクセンバンチョー、二着ソルティライチ、三着バルバロッサ! 文句なしの大勝利であります!』
「すごい! 本当に、すごいです! 見ましたか、トレーナーさん!」
「あぁ……この前からやばいとは思ってたが、ここまでとは……強いぞ、アイツ」
「一緒に走りたいですぅ!」
「走ったろこの前」
ダンボールのあいつに勝てるように全力を尽くした。
そして、己の実力を見せつけた。
「なぁ、私、いるかこれ?」
「もう要らんかもしれん。親父、あいつのセーフティ外したくてサブトレーナーになったんだろ」
「むぅ……剣道でも教えようかな」
チョクセンバンチョーが、久しぶりに笑った。
「おっしゃあ! なんでも来いやァ!!」
一人のウマ娘が、スタートした。
チョクセンバンチョー覚醒イベントです