担当ウマ娘がダンボールかぶってる   作:徐々に奇妙な冒険

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四章
別キャラ視点って便利だけど無闇矢鱈と長くすると読者減るよね


追えない。

届かない。

掴めない。

喉に唾と痰が絡んで気持ち悪い。

負けたく無い。

終わらせ無い。

無い。

無い。

無い───

 

 

『ギンシャリボーイが、日本ダービーを制しました!!』

 

 

いつまでも、あいつが持っている物は、俺には無い───

 

「……ッ……!! はぁ……夢……はぁ……」

 

チョクセンバンチョーは一人、暗闇の中で全身を汗まみれにして飛び起きた。

ウマ娘の数が合わなかったために同室のウマ娘はいない。転入生でもくれば話は別だろうが。

夢の中で再度見せつけられることになった、ギンシャリボーイが最も運を持つウマ娘だと分かった時の光景。

 

「気分悪りぃ……」

 

じとっとする空気の中枕元の明かりをつけ、ハンディ扇風機を起動させてチョクセンバンチョーは少しの間宙を見つめる。

いつも完全に治っている脚の疲労は癒えていなかった。

絶不調、というやつなのだろう、倦怠感が体を包み、脚は寒気を覚え鉛が流されているかのようにずんと重い。

普段より幾分か張ったよう見える脚はそのままに、だるさを無視して立ち上がる。

携帯のライトで足元を照らしつつ、寮長はいないかと警戒をしながら廊下を歩くチョクセンバンチョー。

 

「嫌な夢……見ちまった……」

 

低気圧頭痛の時のように、頭が熱く重い。

それでも病気では無いのだから、特効薬など無いことが余計に苛立ちを覚えさせた。

そんな時、ウマ娘達はどうするのか。

もちろん、己にとっての好きなことをするまでである。

 

「確かここに抜け穴が……っとあった。先輩には感謝、か」

 

ひょいと寮を抜け出し、細い道を歩いて目的の場所───ターフまで、歩いていく。

ウマ娘にとって一番好きなこと。本能である、勝ちたいという欲望、走りたいという体の奥から湧き上がる言葉。

敗北の味は、もう舌が飽きるくらいに感じたのである。ここからは己のターンだと、そう示すべきなのである。

 

普段寝食を丸一日中ジャージで過ごす彼女は着替える必要もなく、真っ先にターフへと歩いていった。

まだ夜明けもしない時間である。

頭にあるのは、ただ走りたい欲望と、そしてサブトレーナーのこと。

あの人を信じる事によって何か変わるのか。それが全くもって見出せなかった。

 

「……ふぅ。10周ってとこか」

 

靴紐を硬く結んで、芝へ立つ。

真夜中、遠くの街頭やライトが薄ぼんやりと道を照らす。

地面を蹴るたび、筋肉が伸び縮み、心地よい感触とともに風が己を吹く。

聞こえるのは草を踏む音のみ。

匂うのは土と芝の匂いのみ。

 

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」

 

このままでは勝てないことは分かっている。

もう少しで何かが掴めることは分かっている。

だが、それを掴むためのピースが今ひとつはまらない。

もどかしさと歯痒さの間で捩れる心の隙間を汗で埋め、チョクセンバンチョーは走る。

いつしか速度はぐんぐん上がり、フォームなど少しも考えていない、ただの全力疾走となっていた。

 

「……くそっ」

 

勝ちたい。

勝ちたいんだ、オレは。

あいつに勝てればなんでも良い。何をしてもいい。

オレが無意識でつけている枷を、誰かが外してくれたなら……そうしたら、もっと早く。もっと強くなれる。

 

「横浜ステークス……ハリボテ、エレジー」

 

思い出すのはあの箱であった。

なぜか頑なに取ろうとしないあの箱。中に何が入っているかわからない。

けど、今の自分では……あの箱娘にすら、勝てるビジョンが湧かないのだ。

大した功績も無く、つらつらと夢ばかり語って、なんと滑稽だろうか。

 

「クソッ!!!!」

 

大きく踏み締めてスパートをかけた。

肺は苦しく脚が鉄球をつけたように思い。恐らく今の自分はスパートをかけたと言ってもロクな速度が出ていないはずだ。

悔しい。

 

「悔しい……!」

「悔しい、か」

「っ……?」

 

突如聞こえた声に思わずつんのめり、足がもつれて派手に転んだチョクセンバンチョー。

目の前に現れたのは、全身を黒いマントやフードで隠す集団であった。

 

「ご機嫌いかがですか」

「どうしようもないくらいに肩が痛い」

「そうですか。……先程悔しいとおっしゃっていましたがアレは」

「次に出るステークスに全く勝てる気がしないんだ。これで良いか。わかったら帰ってくれ」

 

トレセン学園に入り込めるのだから、どうせただの一般人ではない。少なくともそれなりに身分の証明された人物であるはずだ。

その思いから、チョクセンバンチョーは無下に扱うこともできず、転んで打ちつけた肩を押さえながら立ち上がった。

 

「その思い……私達なら、叶えることができる」

「……あん?」

 

しゃべっていた男の隣の人物───これも揃って黒い服である───が、アタッシュケースを取り出す。

その中から中央の人物が取り出したのは、暗闇の中でも発光して見える緑色の液体の入った注射器であった。

 

「あらゆるウマ娘の力を統べる薬です。これを打ち込めば、あなたはどのレースでも勝てる」

「そりゃ魅力的だ」

「そうでしょう。これさえあれば、日本ダービーを優勝で収めたあのギンシャリボーイよりも速くなれる。さぁ、今すぐ無限の力を手に入れるのです」

 

チョクセンバンチョーは荒い息を吐きながら、男の持っている注射器に手を伸ばした。

そうして、そのまだ幼さの残る手が容器を掴み───。

 

 

 

 

 

「やっぱやめだ」

 

 

 

 

 

地面に叩きつけ、踏み砕いた。

 

「なっ!?」

「この薬は少ないんだぞ!」

「何をしたかわかっているのか!!」

「知らね知らね。暗闇だから手が滑っちまってな。……ったく、ウララはどうしてこんなわかりやすい話に乗ったんだかな。どうせ断ったところを後ろから刺したんだろ」

 

オレはたしかに弱い。

弱いが、それで薬に頼るほど。

 

「オレは落ちぶれてねぇ」

 

チョクセンバンチョーも、一人のウマ娘である。

繋がりがあり、生きてきた足跡があり、そして信念がある。

 

『これでいいか』

『すごいすごい! ばんちょーはとっても早いね!』

『ウマ娘なんだから、当たり前だろ……』

『ううん! ウララより全然早いもん!!』

 

遠い昔の記憶。

 

『ばんちょー。ウララね、トレセン学園に行こうと思うんだ』

『あっそ。好きにしたら良いんじゃねぇの』

『ばんちょーも行こうよ!!』

『なんでだよ……ったく、しゃあねぇな。考えといてやるよ』

 

チョクセンバンチョーが、何かを一人で決めることは少ない。

ハルウララに合わせ、トレーナーに合わせ、だがしかし命令には聞かない。

全ては己と対等であると、そう思っていた。

 

「オレは金魚のフンみてえに他人にひっついて生きてるけど……けどよ。薬を使うとこまで真似なんて、しようとは思わない」

 

そして知らされたこと。

井の中の蛙が意気揚々と海へ漕ぎ出し、溺れた事。

だから、己の力のみで。

 

「オレは番長だ」

「……ッ」

「チョクセンバンチョーだ。バカにすんじゃねぇ。そんなモノ無くたって、全部ぶち抜いて勝ってやる」

「…………しかし」

「失せろ」

 

もう、他人についていく意味はない。

ここから先は、チョクセンバンチョーが決めねばならない。

 

「後悔するぞ」

「失せろっつってんだ。顔面蹴るぞ」

「……フン」

 

すごすごと引き返していく黒服の男たちを見送りながら、チョクセンバンチョーは足元で微発光している液体を見つめた。

地面に染み込み、ゆっくりと光を失っていく薬をじっと見つめた後、チョクセンバンチョーはスマホを取り出し電話帳を開いた。

数コールの後。

 

「……わりい、寝てたよな。でも、決心が揺るがないうちに言っておきたかった。トレーナー。トレーナーが言ってた明日のレース、出る。そんで横浜ステークスは絶対勝つ。そんで、この前トレーナーが言ってたアレ勝って、その二日後のレースも勝って、そんで全部勝つ。もう、夢掲げてるだけじゃダメだってわかったからな。……おう、急に悪かった。……べ、別にそういう意味じゃねぇから!! 切るぞ!!」

 

エンジンを蒸し出したチョクセンバンチョー。

闘争心はクラクションを鳴らし、熱い吐息が排気される。

空が明るみだし、橙色の光が夜を切り裂いて行く。

長い髪が風に揺れ、決意を秘めた瞳が輝いた。

 

チョクセンバンチョーの道が、ついに今開かれる。

 

 

 

 

『チョクセンバンチョーッ!! チョクセンバンチョーが一番乗り! 後続はもう届かない! 圧倒的な勝利です!!』

 

勝った。

 

『一着チョクセンバンチョー、二着ソルティライチ、三着バルバロッサ! 文句なしの大勝利であります!』

「すごい! 本当に、すごいです! 見ましたか、トレーナーさん!」

「あぁ……この前からやばいとは思ってたが、ここまでとは……強いぞ、アイツ」

「一緒に走りたいですぅ!」

「走ったろこの前」

 

ダンボールのあいつに勝てるように全力を尽くした。

そして、己の実力を見せつけた。

 

「なぁ、私、いるかこれ?」

「もう要らんかもしれん。親父、あいつのセーフティ外したくてサブトレーナーになったんだろ」

「むぅ……剣道でも教えようかな」

 

チョクセンバンチョーが、久しぶりに笑った。

 

「おっしゃあ! なんでも来いやァ!!」

 

一人のウマ娘が、スタートした。




チョクセンバンチョー覚醒イベントです
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