担当ウマ娘がダンボールかぶってる 作:徐々に奇妙な冒険
銀の月、月帝、銀王。
どれも、僕の名前になり得た可能性を秘めていた。
しかし、どれも僕の名前にはならなかった。
「ギンシャリボーイ」
母が呼ぶ。
その顔は何故かぼやけていて、霧を払おうと手を振ると、さらに濃くなっていく。
そのまま、霧は何かを象って行き、そして。
水晶のように綺麗な芸者の顔が、目の前に───。
「───ハッ!?」
目を覚ますと、見慣れた天井が目に入った。
今の夢は一体……。
つうと垂れる汗をタオルで拭き取り、時計を見る。
いつもより少し早い時間だった。
「今日は……模擬レースに出るんだっけ……」
絶不調。
そう表現するのがふさわしいコンディションだった。
体の傷はまだ塞がっていない。それに、つい最近傷口が開いたばかりだ。
「っう、ぐ……」
なんとかベッドから体を起こし、着替えながらカレンダーを見る。
うん。合ってる。今日は午後からトレーニングがある。練習方法で参考にするのは……アークインパクト御一行のって言ってたっけ。
言わずと知れた強豪組だ。チームってわけではないけど、周りを囲ってるウマ娘たちが強いって聞いた。
バンチョーに勝つため、頑張らないと。
日本ダービー突破はいいものの、次が面倒だからね。
硬くなった体をほぐしつつカバンを確認し、そして机の上に置いてある小さなボードを見る。
期待大と謳われたウマ娘たちの写真と、そして。
「チョクセンバンチョー……」
彼女と、走りたい。
そのためには、彼女が目標にしたがるようなウマ娘にならなければいけない。
よし。やるんだ。
がんばれ、ギンシャリボーイ。
「さて、アップでもしておこ……」
…………。
同室のウマ娘がいなくて良かった。こんな音聞かれたく無いからね。
「まずは……ご飯を食べようかな」
◇
「そこまで! ……1ハロン13秒です」
「……それは……好記録……なのかい?」
「うーん……平均的に見れば好記録ですが、今のペースならもう少しだけ早くなってもいいかと……?」
「……そっか」
「少し席を外します。自由にしていてください」
トレーナーさんがターフから出て行く。
抱きつきたくなる背中を見送り、脚のストレッチを始める。
最近、身体が思った様に動かない。
頑張らなきゃ……菊花賞が近いんだ……。
「三冠になる……三冠に……」
「おやおや、根を詰めておるのぅ」
「んっ?」
後ろから聞こえる声に振り返ってみれば、白い髪に赤いメッシュが一房入ったウマ娘が。
……地毛では……ないよね……赤メッシュだし。
「何か用?」
「んま、お主が見えたから来た、と言う方がいいかのぅ」
「ふぅん……? よくわかんないけど」
そういえばこの娘、ハリボテエレジーのメイクデビューの時にいなかったっけ?
アークインパクトと一緒にいた……。
「あっ、ゲイシャクリスタル!」
「おうおう、思い出したか。そうじゃ、ゲイシャクリスタルじゃ。あやつのライバルの一人だと聞いて、様子を見に来たんじゃよ」
「なるほど……?」
「敵情視察じゃ」
「言っていいのかなそれ……」
まぁ見られて困る様なものでもないし。
それに、日本ダービーにゲイシャクリスタルは出なかったはず。アークインパクトも。
だから好きにさせとこう。
そよ風に吹かれながら伸びをしていると、ゲイシャクリスタルも倣ってストレッチをし始めた。
あっ、体柔らかいんだ。トウカイテイオーといい勝負だなぁ……。
「……緊張はしとらんのか?」
「まぁね。どうせ勝つつもりだし」
「だがお主、今は不調気味じゃろうて」
見抜かれた?
どこから?
「……どうしてそう思うんだい?」
「さてのう……アタシにもわからんわい」
「そっか」
「んま、強いていうのなら『そう見える』ってだけかの。直感じゃ」
「……そっか」
「さ! ストレッチも終わったし、ギンシャリの者よ、共に走ろうではないか?」
ギンシャリの者……。
それくらいは良いか。さっきトレーナーさんにももう少し出せるって言われたし、一緒に走る相手がいたほうが力を出せる……と思う。
「良いよ、やろうか」
「おう」
「……行くよ」
コインを構え、ゲイシャクリスタルと並び立つ。
ピン、と上に弾き、落ちたタイミングで……。
「「ッ」」
一気に芝を蹴る。
作戦は先行をイメージ。だけど走る人は二人しかいないからほとんど競争みたいなものだ。
真横を走るゲイシャクリスタルはまっすぐ目の前を見ている。軽く「走ろう」なんて言っていたとは思えない仕上がりだ。
踏み込みも力強い。
呼吸は深め、しかしペースは僕と同じくらい。
恐らく呼吸器官が強いってことなんだろう。
「……ッ」
カーブに差し掛かる。
ゲイシャクリスタルが一瞬だけこちらを見た。
内側、レーンスレスレを攻めるゲイシャクリスタル。
その尻尾が、挑発的に揺れていた。
……馬鹿にして!
「ッ…………!!」
ほんの少し、溜めていた脚を使う!
内側にいるゲイシャクリスタルを抜いて、後悔させる!
「……………」
よし、抜いた! ここから先は一度も抜かせない!
このままキープして、3か4バ身差を離してゴールしてみせる!
よし、今だ!
───[スシウォーク]───
ストライド走法の歩幅をもっと上げ、誰も追いつけない速度で……
───[
抜かれた!?
それにあの走法は一体!?
足音が全くしない……いや、聞こえない!!
聞こえるのは僕の足音のみ……これも違う!
たしかにそうだ。抜いた瞬間後続と同じ速度で走れば、抜かれることはない!
けれど、そんな芸当が本当に可能なのか!?
いや、実際に目の前で起きている!
「(抜かせ……! 抜かせ……!)」
あぁ、もうゴールが……!
「…………っ……」
抜かせ、なかった。
全力を出したのに、抜くことができなかった……!
速度を上げれば、向こうも同じタイミングで速度を上げた。
まるで、思考が読まれていたかのように。
「はぁ……はぁっ……! はぁっ……!」
「…………お主」
「ッはぁ……はぁ……」
どうして。
どうしてこんなに強いんだ。
「……っ……」
「遅いのう」
そこまでの強さを持って、なんで目立った活躍が無いんだ……!
「それはの」
「ッ……」
「目的があるから」
「目……的……?」
「黄金の不沈艦を倒す。それだけができれば良い」
名声は必要無いって……こと……?
ぁぁ、息が苦しい。
でも気になるんだ。
「お主にもいるじゃろ、勝ちたいと思う相手が」
「……っ……いる……」
いつも校舎裏にいた、あのウマ娘。
僕の……ライバル。
「ギンシャリよ」
「…………」
「甘んじるな」
「甘……?」
「強くなれ。誰よりも強く。アタシのように、表には立たなくとも速い者はごまんと居る。現状に甘えて負ければ、それは一生の傷となろうぞ」
「……そして、思ったよりも強くなっているウマ娘も……」
「いる」
……そうだ。
いつも挑まれてばかりで、頭から抜け落ちていた。
僕が今まで抱いていたのは、自信とか余裕とか、カッコいいモノじゃ無い。
慢心だ。油断だ。
僕はまだ、王じゃ無い。
チャレンジャーなんだ。
「……ねぇ」
「大体言いたいことは読めるが、聞いてやろう」
「あの走り方を、僕に教えてください!」
「……よかろう。いつからがいい」
「今!」
「今ぁ!?」
こうして、僕の特訓が始まった。
◇
「では、アタシが今持っている札は?」
「……星」
「……正解。まぁ、今日はこんなもんじゃろう。日も暮れ始めた」
夕焼けが僕らを照らす。
思考を読み取り。相手と完璧に調和する。
それはそう簡単なものではなかった。
だけど絶対にものにする。これを取得できたら、僕はもう一歩先へいけるはずなんだ。
帰ってきたトレーナーにも協力を仰ぎ、ただひたすらに思考を読み取る練習をした。
「……頭が痛い……」
「じき慣れる」
「わかった……」
「……ん、電話。出てきますね」
トレーナーのポケットから着信が鳴り、ささっと場を離れる。トレーナーは事務用と私用で携帯を分けてるって言ってたっけ。アレは……事務用か。レースかなにかかな。
ん。どうしたんだいゲイシャクリスタル……え? 耳?
ゲイシャクリスタルに耳を貸すと、小さくぼそっと耳打ちしてきた。
「察してくれる嫁というのは、男にとっては良いものじゃぞ」
「えッ!?!?!?」
トレーナーさんを見ながら言ってっ、それって、僕がトレーナーさんをっ、えぇ!?
な、そ、そんなことも読み取れちゃうのかい!?
「……図星か」
「!?」
なんっ、なんっ……!!
「ええもんじゃの、若い世代の恋愛は」
「同世代だよね?」
「かっかっか」
ケタケタ笑うゲイシャクリスタル。
お淑やかなのか豪快なのかクールなのか、全く掴めない人だよもう……。
っと、トレーナーさんが帰ってきた。
「…………」
「どうしたんだい?」
「………………」
「トレーナーさん?」
俯き、ただならぬ様子のトレーナーさん。ゲイシャクリスタルも察したのか唾を呑んで次の言葉を待つ。
しかし、いつまで待ってもトレーナーさんは言葉を紡ぐことは無かった。
代わりに、僕にスマホが手渡される。
「……これって?」
「菊花賞は勝ちましょう。絶対に」
「え、あ、ん……?」
「……少し、理事長の所へ行ってきます」
「あ、うん……」
「なぁ、相手は誰じゃ」
言われて気になる。
通話が繋がりっぱなしだった画面には非通知と書いてあり、ミュートなのか音は聴こえてこない。
スピーカーホンにして、恐る恐る声をかける。
「……あの」
『…………あぁ』
その瞬間、僕の頭に一人の顔が思い浮かんだ。
この声は。
散々ぶつかってきた、この声は。
「お久しぶりです、父上……」
『あぁ、しばらくだな。ギン』
ゲイシャクリスタルが離れる。積もる話があるかと察したらしい。
だけど少し寂しくなった。今は……少しでも勇気が欲しい。
「どうされたのですか」
『近頃、レースのほどは順調そうじゃないか』
「は、はい」
『取引先にもお前を知る者がいた。いつも見ています、とな』
「それは……はい。お仕事が上手く進んだようで、何よりで……」
『帰って来い』
「……え?」
今、この人はなんと言ったのだろう。
『お前の顔もかなり大きくなった。交渉の場にいるだけでも、取引が上手く行く確率は上がるだろう』
「……それは……しかし、次のレースに勝てば僕……私は、もっと大きな知名度を得られます。ここは、どうか……」
『もう一つ理由がある』
「…………」
『我が財閥の者が……ウィニングライブと言ったか。あのような愚かで低俗な真似事をしてはならん』
愚かで、低俗……?
勝利を讃え、凱旋をするあのウィニングライブが?
『帰って来い』
「……それは……」
『親の言うことが聞けんのか』
「……っ……」
『誰が学費を払っている』
「父上、です」
『その親が帰って来いと言っているんだ』
…………。
このまま通話を切ったらなんとかならないかと思っている自分は、きっと父上の言う愚かで低俗な真似事に浸り切ってしまったのだろう。
レースの賞金を使えば、父上がいなくともトレセン学園の学費は払えるだろう。
けれど、そうしたら父上のビジネスに支障が……。
「……ぁ」
『ギン。お前はもう充分役に立った。もうこれ以上、レースをする意味も無いだろう?」
「それはッ」
『違うか?』
否定したい。
けれど、そんなことはできない。
昔から、そうだった……。
「…………」
『…………』
「…………」
黙ったことを肯定と受け取ったのか、父上は愉快そうに笑った。
『では、来月までに帰って来るように。学友にも話す時間が必要だろう』
「……ぁ……」
『ではな、ギ……』
「ちょっと待ってくりゃしませんか」
「ッ」
『ぬ……』
そっと僕の汗を拭ったのは、ゲイシャクリスタルだった。
聞かないようにしていたようで、実は聞いていたのか……とにかく、一枚噛むつもりらしい。
『学友か? ギン』
「えぇ、ギンシャリの
『すまないが、これは親子の話だ。ただの友人に分かる話では……』
「しかし……そうされますとアタシらが困ります。アタシらにも……ビジネスという者がございまして」
『ビジネス? 学生風情が?』
ここでゲイシャクリスタルが僕をチラリと見た。
察せ……思考を読めと言うことなのだろう。
「えぇ、えぇ。レースの賞金を使ったビジネスです。アタシのも、ギンシャリのも混ざっておりまして。このままではそれがおじゃんに……運が悪ければ、莫大な量のお金が吹っ飛びますので」
『……なら後から言い値を払う。ギンからは離れろ』
「…………」
ゲイシャクリスタルが再びチラリとこちらを見た。
……親友、ビジネス、莫大なお金。
父上が躊躇うワードを炙り出そうとしている……?
けど、父上にお金の話は効かない。自分でいうのも癪だけど、結構大きめな財閥なんだ。
「この話には、アークも挟まっているんですけどね」
『……アーク? アークインパクトか? あの大企業の?』
釣れた!?
「そう。そのアークインパクト。アタシはアークとは幼い頃からの仲なんです。アタシの悲しみはアークの悲しみ。子供の計画が親に阻止された気分は、それは……いくらお金を積まれても、癒えないでしょう」
『…………』
きっと多分、アークインパクトのところはウチの取引先の一つなんだ。
それでいて、かなり懇意にしている。
『だが……アークインパクトと馴染みがあると言っても……ゲイシャクリスタルと言ったか? お前が直接関わるわけでも……』
「調べてください。きっと……会社の重鎮の中にアークと並んだアタシの名前があるでしょうから」
『…………』
「アークもギンシャリのレースはよく見ているんです。それがもう見れないとなると……そうですね、お金には困って無いですし、きっとどこかへ旅立ってしまうでしょう。風呂敷畳んで、どこか遠くへ」
『……………………』
「ここは一つ、ね?」
『……一つ問いたい。学友間で考えているビジネスとは?』
「企業秘密です」
『…………わかった。一度身を引こう』
ッ!?
あの父上を言いくるめた……!
「本当ですか父上!?」
『だが条件がある。次のレースでギンが優勝できなければ、ギンにはこちらへ来てもらう』
「……わかりました」
『これは決定だ。運命だ。こちらはまだ、ギンを認めたわけではないからな」
「……はい」
『切るぞ』
トレーナーのスマホに通話時間が表示された。
途端に、緊張が解けて座り込む。
「ふぅ。難義なものじゃのう」
「ありがとう……ゲイシャクリスタル」
口調を元に戻したゲイシャクリスタルは夕焼けに照らされながら空を見上げた。
ざぁっと吹いた風が僕たちの髪を揺らし、小さな戦いが終わったことを示す。
トレーナーさんはまだ帰ってこない。理事長と話すって言ってたっけ。
……そういえば、父上が「菊花賞で優勝する」という条件を即座に出したのも、トレーナーさんが頑張ったからなのかも。
彼にまた、恩が増えたなぁ……ゲイシャクリスタルにも。
「どうして助けてくれたんだい? 赤に他人と言っても過言じゃないじゃないか、僕らは」
「ふーむ……そうさのう」
ゲイシャクリスタルは空を見上げながら、ふっと笑った。
それは、初めて見るはずなのに、何故か見覚えがあるような……そんな、落ち着く笑みだった。
「運命を感じたから、かの」