担当ウマ娘がダンボールかぶってる   作:徐々に奇妙な冒険

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ハリボテ上等ッ!

「ん……んぅ……はっ!!!!」

「お、目ェ覚ましたみたいやで」

 

知らない天井の片隅に芦毛が映り、ハリボテエレジーははねおきる。

トレーニングの最中に全身から力が抜けるような感覚に陥った後眠ってしまったのだろう。

幸い、己を包む薄暗さは健在でホッと胸を撫で下ろす。

 

「やぁ、調子はどうだい」

「えっと……」

「フジキセキ。ここの寮長だよ」

「……寮……?」

 

聞き慣れない単語にハリボテエレジーが首を傾げると、フジキセキは傍でダンボール若干引きながら眺めているタマモクロスの頭に手を置いた。

 

「消灯時間は過ぎている。今日はここで泊まって行くといいよ」

「え」

「手」

「部屋は急な来客用に開けているのがあるんだ」

「へぇ!!」

「手ェ!!」

 

うりうりと頭をこねられるタマモクロスが「お゛あ゛あ゛あ゛」と奇妙な声を上げ始める。

困惑しながらもあたりを見渡したハリボテエレジーは、そこでようやく自分がソファに寝かせられていたことに気がついた。

 

「あの、トレーナーさんは……」

「君を送り届けたあと、すぐにシャツとズボンを買ってきたよ。あとは鞄と……なぜかダンボールを数枚抱えてやってきて、『面倒を見てくれ』と言ってすぐに帰ったよ」

「そうですか……あ、これが……どうも」

 

安心と安全の激安服ブランドのパジャマセットと鞄を受け取り、ハリボテエレジーはスマホを開く。

トレーナーが気を利かせたらしく、学園にも話を通したらしい。

 

「……でも私、家が近いので……」

「そうかい? 夜遅いし、一日くらいなら良いと思うけれど……」

「でも……」

「泊まってきゃええやん。限界になるまで体力絞り尽くしたら、明日の筋肉痛は想像以上になんで」

「そうなんですかぁ……」

 

押しが強い。というよりは本当に善意なのだろう。

察したハリボテエレジーはここまでされて好意を足蹴にするのもどうかと思い、ぺこりと頭を下げた。

 

「では今晩、ここに泊まらせてください!」

「はい、どうぞ……っと、ご飯は食べたかい?」

「……? いえ……でも鞄の中にカロリーメイトが入ってます」

「ふむ……」

「手がまた頭の上に!!」

 

実に自然な動作で(隣の)頭を撫で続けるフジキセキ。

チラリと横目に見た時計が11時を回っているのを確認し、ぱっと思いついたように笑顔を見せた。

 

「そうだね、夜食にしよう! 粉物はどう?」

「……作れと?」

「……」ニコッ

「腹立つ笑顔や……」

 

手を払い除けキッチンへと向かうタマモクロス。

その後ろ姿を微笑ましく思いながら、ハリボテエレジーは再度フジキセキに頭を下げる。

 

「本当にありがとうございます。……正直、暴漢とか怖いですし」

「気にしないでいいよ。……まぁ、身体能力で暴漢に負ける気はないけどね」

「そう、ですね、はい。ウマ娘ですもんね」

「ウマ娘だからね。……ところで、トレーニングをしていたっていうことは汗をかいているんじゃないのかい? 夜食は……まだかかりそうだし、どうせならお風呂へ入ってから食べると良いよ。今は誰もいないはずだしね」

「お風呂ですか! ではいただいても良いですか!」

「うん。あそこを曲がった先にあるからね」

 

カバンとパジャマセット、そして一箱分のダンボールを抱え、ハリボテエレジーは風呂へと向かう。

やはりハリボテエレジーも女の子、お風呂は好きだし、フジキセキが言っていたように汗もかいている。

度重なる死力を尽くした戦いによって疲労が蓄積しているのも確かであり、ここ最近のハリボテエレジーの癒しは風呂の時間が大半であった。

 

そんなハリボテエレジーを見送ったフジキセキは、キッチンでタマモクロスがキャベツを刻む音を聞きながらほんの数刻前のことを思い出す。

そういえば先ほども、トレーナーに抱えられて寮へ帰ってきたウマ娘がいた。

胃が食事を受け付けないらしく今日はすぐに寝たいとの事らしいのでお節介は焼かないようにそのまま風呂を促したが、彼女はもう部屋に帰っているのだろうか。

 

「……あ」

 

そういえば風呂から出てきていない。

 

「まぁ……先客がいてもそんなに慌てる事じゃないか」

 

フジキセキは、イケメンスマイルを見せた。

そしてハリボテエレジーは頬が引き攣った笑みを見せた。

頭にタオルを、体にバスタオルを巻いて浴場の扉を開けたは良いものの、その視線の先にはウマ娘がシャワーを浴びていたのだ。

バリバリに慌てる事だった。

 

「ん、誰だ?」

 

そして気づかれた。

既に服は脱いでしまっている以上、ここから引き返せば不審に思われるだろう。

そうすれば素顔がバレるどころの話じゃない。

 

「お、お邪魔します」

「その声……エレジー?」

「バンチョーちゃん!?」

 

そしてそれが知り合いだった時の緊張感は半端なかった。

湯煙で大事なところは見えないが、流石に顔を隠すような効果は無い。

シャンプーを泡立たせ髪を揉んでいるチョクセンバンチョーの足元には金色の塗料が流れていて、滴る水は美しい艶のある茶髪から……。

 

「って黒髪!?」

「お、おう……とりあえず座れよ、いつまで扉開けてんだ」

「あっ……はい……」

 

言われて浴場の扉がそのまま空いていたことに気づき、ハリボテエレジーは扉を閉める。

これで完全に、退路は塞がれてしまった。

横目にチョクセンバンチョーを伺うと、シャンプーが目に入ることを恐れてか目を閉じて髪を洗っている。

これ幸いと手早くシャワーを浴び、汗が溜まりやすいところを流す。

 

「えっと……なんで黒なの?」

 

髪を染めているのは知っていたが、元の色は赤か金のどちらかだと思っていたハリボテエレジー。

とすればチョクセンバンチョーは人前に出る時は毎回塗料で色を変えていたことになる。

 

「あー……や、色を塗ったのは今回だけだ」

「そうなの? えっと……ん、えっと???」

「最初は美容院で髪を金に染めて、その上から赤を塗ったり塗らなかったりしてた。……けど、金がかかるから続けられなくなって、だったらって思って髪を黒に戻した。……あと、この髪でJWCに出たら親に顔向けできねぇ」

 

恐らく後者が本命である、と踏んだハリボテエレジー。

 

「戻したのっていつからなの?」

「昨日だ。……けどその、金色に慣れてたから……あんま自信なくて」

「そんなことないよ! 可愛いよバンチョーちゃん!」

「か、かわ……いや、オレには似合わねぇ! とにかく、黒髪に戻したんだ!」

「色を変えるのもやめるんだ?」

「いや、メッシュ入れる」

「やめないんだ……」

 

まぁ、その方がチョクセンバンチョーらしい。

ハリボテエレジーはシャンプーを手に取った。

 

「お前はどんな髪の色してるんだよ」

「え?」

「いつもダンボール被ってるからわからねぇんだよ。どれちょっと拝見、遠くね?

 

一通り泡を流したチョクセンバンチョーが横を向くと席を5つほど離した先にハリボテエレジーがいた。

そして桶で顔をガードするという徹底っぷり。そんなことしなくても湯気がかなりの密度で漂っているためにほとんど見えないのだが。

 

「人見知りで」

「見知った顔だろうが」

 

そこまでして顔を見せたくないのか。

半ば諦めているためため息をつくチョクセンバンチョー。

この通りじゃ期待は出来なさそうである。

 

「んじゃオレ先浸かってるから」

「あ、うん……」

 

足先から湯に浸かり、肺の中の空気が温度の差で外に出る。

それに任せて声帯が震え、結果として老若男女「あ゛〜」という声が出る。

しかし、チョクセンバンチョーのものは結構響いた。

ふふっという笑い声が聞こえチョクセンバンチョーは湯に顎を埋めてぶくぶくと赤い顔を隠した。

 

「……あ、ヘアオイル。忘れ物かな」

「オイル? あぁ、尻尾のか。やっぱアンタもそういうのに興味あんのか?」

「え? あぁ、まぁ、どのウマ娘がどのオイルを使ってるのか……みたいなのは気になるかも。バンチョーちゃんは?」

「オレは使ってねぇな。わざわざ色恋に気を使う年でもねぇだろ」

「同じ中等部だよね……?」

 

中等部といえば恋愛にうつつを抜かすウマ娘はそれはもうたくさんいるだろう。

恋多き時期が中等部、恋見定める時期が後頭部である。

マヤノトップガンが恋バナが大好物であるし、その同室のウマ娘の恋愛観は加湿器であるともっぱらの噂だ。

 

「そっか、ヘアオイル必要なのか」

 

ぼそりと呟いたハリボテエレジーに首を傾げるチョクセンバンチョーだったが、尻尾の手入れはする人はするだろう。

ハリボテエレジーはたまたま手入れをしない人だったのかもしれない。

 

「あっ、でも流石にブラシは使うぞ」

「ブラシ? なんで?」

「いや、尻尾の手入れの話だろ」

「あっ……あ〜っ! なるほどね、ブラシ! ネイチャさんがやってた!」

 

髪の毛を洗っているのか、湯気の向こうでわしゃわしゃという音を聞くチョクセンバンチョー。

湯船に浸かりいつものように体を揉んで解していると、足首に違和感を覚えた。

ぐりぐりと足首を回しながら天井を見上げ、チョクセンバンチョーは誰に聞かせるともなくため息をついた。

 

「どうしました?」

「え?」

「小さくため息が聞こえました!」

「聞こえたのか、今の?」

「聴力はいい方なんです!」

「なっ、お前いつもは難聴系みたいな……そうか、ダンボールか……」

 

ダンボールをかぶるというだけで自らの長所を封印しているハリボテエレジーに少々引きながら、チョクセンバンチョーは「別になんでもねぇよ」とつぶやく。

 

「ただ、あいつの顔が思い浮かんだだけだ」

「あいつって、ギンシャリボーイさん?」

「……まァな」

 

ちゃぷ、と掬った湯が手から滴り落ちる様を見つめながら茶髪のウマ娘はそっけなく返した。

温度が熱めに設定されている湯船に一人、ライバルに想いを馳せる。

 

「JWCで、勝てるのか……オレにはわからねぇ」

「…………」

 

湯気の向こうでシャワーを流す音が聞こえる。

 

「中央レースは……オレみたいなはぐれのウマ娘が目指すのには、場違いな場所だった」

「はぐれのウマ娘?」

「地方のトレセンで色々あったんだよ。騙され、いじめられ……虚勢はって不良気取ってるうちに、周りには誰もいなくなった」

 

チョクセンバンチョーは、最初からバンチョーだったわけではない。

番長ではなく、万長……全てを統べる者になってほしいという願いを込めて付けられた名前である。

その末脚で進撃を続け、中等部へ繰り上がったとき、チョクセンバンチョーの周りは一気に牙を剥いた。

何がスイッチだったかは本人すら知り得ない。誰かがグループを纏めていたのか、集団のヘイトを稼いでしまったのか。今となってはそれも気にするようなことでも無いが。

 

「適当に生きようかって思ってたんだけどよ。いつだったかに、中央のトレーナーとサブトレーナーが来てな。オレをスカウトしたんだ」

「えっすごい」

「普通、ただのトレーナーにスカウトなんて出来ねぇだろ。今にして思えばすげぇトレーナーだったのかは……知らないけどな。そんで、サブトレーナーが連れてたウマ娘と併走して負けて……悔しいって思ったんだ」

 

それから、血の滲むようなトレーニングを自分一人で積み重ね、破天荒な走りで地方レースに全勝。

誰一人としてチョクセンバンチョーに害する者はいなくなり、本当の意味での一人となった。

 

「中央は……いい人ばかりだ」

 

浴槽の減りに顎を乗せ、チョクセンバンチョーは尚も続ける。

 

「オレに協力してくれたり、敵として実力を認めてくれたり。レースも正々堂々、本気でぶつかり合って、そんな相手もオレが他のレースに出るって言ったら応援してくれたり……」

 

水滴が落ちる音。

 

「オレは……そんな期待に……応えられない……」

 

彼女の頬を伝うのはのは汗である。

お湯が熱いためにかいてしまった、汗である。

 

領域(ゾーン)を習得する時、オレは……お前に謝らなきゃいけないことをした」

「……私ですか?」

「揚げ足を取って、オレの中でお前を悪者にした」

「…………」

「その憎しみで……苛立ちで、領域(ゾーン)を発現させた」

「そう、ですか……」

「ただ全力で走ってただけのお前に……怒りを向けて……」

 

良心の呵責であろうか。

よもや、自分にそんなものがあるとは。

ぎゅっと握った拳は震え、いつのまにか体を洗う音やシャワーの音は止まっていた。

 

「オレは……ウマ娘を信じることができない………ッ」

「…………」

「そこに手があっても……握れねぇ……ッ」

 

心の底から、死にたいと思った。

負の感情からでしか全力を発揮できない自分が、嫌だったのだ。

チョクセンバンチョーの言う場違いとは、つまりはそういう意味であった。

 

「…………」

「っぐ……うっ……」

「バンチョーちゃん」

「…………?」

「こっち、見て」

 

チョクセンバンチョーが視線を上げると、初めて見る顔がそこにあった。

見目麗しいウマ娘達の中でこそ輝くことは無いだろうが、一般の視点から見ればかなり良い顔立ち。

纏めているタオルから濃紺の髪が一房だけ見えていた。

そして何より目を惹くのは、見ればうっとりとしてしまう夜空を閉じ込めた宝石のように穏やかで、控えめな感情と知性の輝きを秘めた瞳であった。

その瞳に魂を吸い込まれ呆然としてしまったチョクセンバンチョーは悪くない。

 

「どんな人でも、何かを隠して生きてるんだよ」

「…………」

「隠して隠して、たまにバレそうになって。それでも良いなって思えた人を、信頼するんだよ」

「…………」

「バンチョーちゃんが、『何かを隠していても良い』って思えるのは、どんな人?」

「…………」

 

その時、チョクセンバンチョーは気づいた。

 

「……ハル……ウラ、ラ……」

 

あの時の自分は決して、ひとりぼっちではなかったことに。

 

「それと……」

「それと?」

「ギンシャリボーイ」

 

何かを隠していても、どうせ勝つから関係ないと思っていた。

だが、どうにもそのようなライバル心だけでは無いらしい。

共に走りたいと、願っている自分がいる。

(かたき)ではない。(ライバル)である。

 

「じゃあ……その二人を信じて、走れば良いんだよ」

「…………」

「誰かのために走るって、きっとそういうことなんだと思う」

「誰かの、ために」

 

交わした約束は、違えない。

しばらくは走れなくなった少女のために。

そしてこれ以上にないライバルのために。

力を、借りる。

 

───パリッ

 

「っ」

「今のって……」

「……多分……な」

 

チョクセンバンチョーは湯から上がる。

そしてそのまま振り向かず、脱衣所へと向かった。

 

「わりい」

「……」

「助かった」

「……ん」

「次も、負けねぇからな」

 

そして静寂が訪れた。

たった一人湯煙の中に立つハリボテエレジーは優しい笑顔を携え、湯船に浸かる。

そして、ふうと一息。

顔面を水面につけて、

 

「〜〜〜ごぶべぼぶぶぶべぼばぼぶば!?」

 

顔を晒してしまったことを絶叫したのだった。

 

「ばーばっば! ばーばっば!」

 

ダンボールマスクで鍛えた肺活量は伊達ではない。

およそ1分間もの間水中で叫び続け、そしてついに酸素がなくなり水滴を撒き散らしながら息を継いだ。

 

「あーっやァーっちゃったぁ……!」

 

どうして今日に限って潜水服を持ってこなかったのかと自分を叱咤する。

風呂に入る時に潜水服をつかう者がどこにいるというのか。

星空を閉じ込めたような煌めきをもつ瞳がぐるぐると周り星座周期を再現する。

ちなみに輝きはしいたけではない。まつたけでもない。

 

「はぁ……スリルありすぎ……」

 

タオルを外し、頭にくっついた団子をいじるハリボテエレジー。

一安心したのか緊張が解け、急激な眠気と空腹が彼女を襲う。

そういえば先輩方が夜食を作ってくれているはずである。待たせるわけにもいくまい。

 

「……もう少ししたら上がろ……」

 

脱衣所で着替え中のチョクセンバンチョーと鉢合わせては今度こそ終わり、コンプレックスのある体が晒されることとなる。

ハリボテエレジーはしっかり肩まで浸かってから100を数え、湯船を出た。

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